2016年[ 技術交流助成 (海外派遣) ] 成果報告 : 年報第30号

平成27年度技術交流助成成果報告(海外派遣)・田中 幸美

研究責任者

田中 幸美

所属:東京大学大学院 新領域創成科学研究科 人間環境学専攻

概要

1)会議又は集会の概要

今回、出席した国際会議である Annual International Conference of the IEEE Engineering in Medicine and Biology Society (IEEE EMBC) は 8 月 25 日(火)~29 日(土)、イタリア・ミラノのMilano Conference Center において開催された。毎年開催されており、今回は 37 回目の開催となった。本会議は生体医工学分野において最も権威のある国際会議であり、世界各国から生物学、医学および工学を専門とする研究者が多く集まった。50 カ国以上から 2500 人ほどの研究者が参加しており、5 日間にわたって行われた大規模な国際会議であった。発表は、口頭発表またポスター発表の形式で行われ、生体医工学分野に関する様々なテーマに基づき、活発な討議がなされていた。

 

2)会議の研究テーマとその討論内容

IEEE EMBC は「バイオメディカルエンジニアリング:ヘルスケアの質、生活の質を向上させる架け橋」をメインテーマとし、医用生体工学の広範囲に及ぶ領域を 12 テーマに分け、さらに 170 を超えるセッションにおいて活発な討議が行われていた。特に、生体から得た信号を解析することで有用な情報を得る Biomedical signal processing というテーマに基づいた発表が、口頭発表およびポスター発表ともに多くなされていた。また、細胞組織工学における新たな技術に関する発表も多くなされていた。8 月 26 日(水)1 日目に行われた Advanced Technologies for Cell and Tissue Engineering のセッションでは、スライスの長期培養のための流路デバイスの提案や、細胞内における遺伝子発現の geometoric な情報を得るための手法、マイクロフィルム状に筋細胞を培養するための手法、さらに三次元培養に関する発表もなされていた。三次元培養法は幹細胞から組織をつくり生体内に移植するために必要となるが、三次元培養には細胞の維持に必要な栄養を内部まで届けることが大切であり、そのための血管を形成するような流路デバイスが提案されていた。さらに、8 月 28 日(金)4 日目の Special Session として行われた Neuronal Probes for Investigating Brain Circuits: Scopes and Challenges では、神経細胞の細胞外電位を多点で記録することのできる Microelectrode array (MEA)や高密度 CMOS アレイに関する新たな展開についての発表がなされていた。今までのアレイをさらに高密度にすることでより詳細に活動の伝導が検出できることや、神経細胞を三次元培養した際に電極も三次元に配置してより生体に近い状態で活動を計測することなど、MEA や CMOS に関する新たな知見を得ることができた。

 

3)出席した成果

今回、私は“Distance Dependent Activation of Dissociated Hippocampal Network by Tetanic Stimulation”という題目で 90 分間のポスター発表を行った。内容は、MEA による空間的パターン電気刺激を用いて、培養神経回路網におけるパターン分離能力の検証を行ったということである。成体内でニューロンが新生する現象である成体ニューロン新生は、似ているパターンをもつ神経活動をより区別する能力であるパターン分離能力を向上させるといわれている。しかしながら、新生ニューロンがパターン分離能力を向上させるメカニズムについては分かっていない。したがって、本研究では、制御性および観測性に優れた培養神経回路網を用いて、ニューロン新生によるパターン分離能力向上のメカニズムを検証することを目的とした。本発表では、まず、塩基性繊維芽細胞増殖因子(basic fibroblast growth factor; bFGF)を投与することにより、培養系でも新生ニューロン数を制御することが可能であることが示唆された。また、神経活動マーカーc-fos を用いて、神経興奮が電極からの距離に依存することを示し、空間パターン刺激がパターン分離能力の検証に有用であることが示された。さらに、ニューロン新生の促進により、空間的パターン刺激に関する記憶容量が増加することが示唆された。

発表を行ったところ、実験において MEA を用いている研究者だけでなく、脳波の信号解析を主に研究している研究者や、脳に対し電気刺激を行いてんかんの発作を抑えることを研究している研究者など、幅広い領域における方々と議論を行うことができた。質問された内容としては、電気刺激のパラメータおよび取得した信号の解析手法に関するものが多数を占めていた。本会議における情報交換から、より適した電気刺激プロトコルや信号解析手法へと改良することができると考えている。また、ヒトの脳を対象とした研究を行っている方々に今回の発表を聞いていただくことで、脳が細胞レベルでどのような神経活動を行っているかという新しい知見を提供することができたのではないかと考えている。

今回、生体医工学分野において権威ある国際会議である IEEE EMBC に参加し発表することで、幅広い分野における様々な立場の方々と意義深い討議ができたことは、今後の研究の方針を決定する上で、大変価値ある経験であった。また、講演の聴講を通して、最近の研究動向の調査ができたことも収穫である。以上のことから、本国際会議に参加し発表を行うことで得られた経験は今後の研究を発展させる上でも、大変有意義であったと考えている。

 

4)その他

学会参加の合間に、ミラノ大聖堂や市内の教会などを観光し、ミラノの歴史に触れることができ、有意義な時間を過ごすことができた。また、本会議の開催期間中、ミラノではミラノ国際博覧会(EXPO2015)が開催中であったためミラノ市内は万博ムード一色であり、残念ながら都合上見学することはできなかったがその雰囲気を楽しむことができた。さらに、他大学の方々との食事など様々な交流ができ、貴重な経験をすることができたと考えている。

 

(注:写真/PDFに記載)

ポスター発表の会場の様子

 

(注:写真/PDFに記載)

メインロビーの前にて