2016年[ 技術交流助成 (海外派遣) ] 成果報告 : 年報第30号

平成27年度技術交流助成成果報告(海外派遣)・岡谷 泰佑

研究責任者

岡谷 泰佑

所属:東京大学大学院 情報理工学系研究科 知能機械情報学

概要

1)会議又は集会の概要

The 29th IEEE International Conference on Micro Electro Mechanical Systems は微小電気機械システム(Micro Electro Mechanical Systems;MEMS)分野において最も規模の大きい国際学会である。生体計測用のマイクロセンサや化学量分析用のセンサ・マイクロ TAS デバイスなど幅広く医工計測分野に応用可能なマイクロデバイスに関して多くの発表が行われている。例年アジア、欧州、アメリカから 1000 件近い応募があり、採択率 3 割という厳しい審査が行われるため、発表される研究のレベルは非常に高い。今回参加した国際学会は MEMS という分野に対して非常に強い影響力を持った学会だと言える。

 

2)会議の研究テーマとその討論内容

高齢化の加速に伴いリハビリテーションを手助けする歩行支援ロボットの研究が進められている。安定な歩行支援のためにはヒトのように様々な路面状況に対応することが必要である。しかし路面の滑りやすさが評価できないために路面で転ばない最適な歩行速度の制御ができていない。そこで路面の滑りやすさを計測可能なセンサの実現が求められている。

本研究では対象の滑りやすさを計測するため、センサ表面に生じる局所滑り検出機構と、垂直荷重と2 方向のせん断方向の力を計測する 3 軸触覚センサを組み合わせることで、摩擦係数および 3 軸力を同時計測可能な MEMS 触覚センサを実現した。これにより路面に作用可能な最大静止摩擦力を推定することができ、スリップを未然に防ぐ歩行支援が可能になる。

センサチップは、上面及び側面にピエゾ抵抗層を形成した 5 対の両持ち梁から構成されている。これらの抵抗変化率から路面摩擦係数と3 軸力を同時計測することができる。センサチップの大きさは2mm×2 mm×0.3 mm と靴裏に配置可能なほど小型である。

さらに製作したセンサの評価実験を行った。まず市販のフォースセンサと製作したセンサを固定して各軸方向に力を加えた時の出力を比較し、正しく 3 軸力を計測可能であることを確認した。次に異なる摩擦係数を有する対象にセンサを押し付け、センサ出力から摩擦係数が推定可能であることを確認した。3)出席した成果今回参加した国際会議(MEMS2016)において本研究に関するポスター発表を行った。終始、多くの方々に対して本研究について説明させていただく機会を得ることができ、2 時間という限られた時間ではあるものの有用なディスカッションを行うことができた。そこで興味を持っていただいた多くの方々からの貴重な質問およびコメントの一部を紹介する。

まず、「センサを靴底に貼る場合、耐久性や感度については歩行に耐えられるものであるか」という質問をいただいた。本研究で製作したセンサチップは、靴底と同じゴム素材の中に埋め込まれている。したがって、将来的には靴底の中に完全に埋め込んでしまうことも可能である。また製作したセンサに垂直荷重と摩擦力を加える実験を行い、ヒトの足底に加わる圧力を計測できることを確認した。したがって、センサ自体は歩行時に生じる力に耐えうるものであると考えている。また、感度はゴム材の硬さやセンサチップの構造によって調節することが可能である。

次に、「製品化の予定はあるか」という質問を頂いたが、これに関してはまだ多くの課題が残されていると考えている。今回開発したセンサの大きな特徴は接触した瞬間に接触対象の摩擦係数を取得できるというところにある。しかしながら、センサの形状や接触時の角度が変わると今のところ正しく計測することができない。今後の課題として、あらゆる路面環境にロバストに対応できるように改良し、実際の靴底に埋め込んでも正しく路面の滑りやすさを評価できるようにする必要があるだろう。

最後に、「摩擦係数がわかればロボットハンドの滑りを回避することができると思うが、他にこのセンサはどういう場面で役立つか?」という質問をいただいた。まさに、今回我々が開発したセンサはロボットハンドやヒューマノイドロボットの足底などに応用することで滑りを回避できることが期待さ れる。一方で、日本では急速に高齢化が進行しており、医療費の増大は大きな社会問題になっている。その背景には、身体機能の低下した高齢者による転倒・骨折などの不慮の事故が増加していることが挙げられる。ロボット技術は高齢者の身体機能を支えるツールとして期待されているが、我々が開発したセンサと組み合わせることで、滑りやすい路面を前もって検知し、高齢者を滑りによる転倒から未然に防ぐことができるようになる。MEMS を駆使して新しいセンサを創発し、社会に役立てるものを生み出したいと考えている。

以上は頂いた質問やコメントの一部であるが、他にも今後の研究に大いに役立つ多くの有用なご意見をいただくことができた。これは今回の会議に参加することで得られた貴重な成果である。今回の会議への参加に助成してくださった中谷医工計測技術振興財団様に心より感謝いたします。

 

(注:写真/PDFに記載)

ポスター発表の様子。筆者が研究内容を説明している。多くの方々から今後の研究に役立つ貴重なご意見を頂くことができた。