2016年[ 技術交流助成 (海外派遣) ] 成果報告 : 年報第30号

平成27年度技術交流助成成果報告(海外派遣)・安藤 潤

研究責任者

安藤 潤

所属:大阪大学大学院 工学研究科 精密科学・応用物理学専攻

概要

1)会議又は集会の概要

Pacifichem2015 は、分析科学を含む、幅広い化学分野の研究を対象とした国際会議です。環太平洋地域 7 カ国の学会が主催し、近年は 5 年に 1 度のペースで開催されています。今期は世界の 71 カ国から、約 18000 件の論文投稿が行われ、334 件のシンポジウム、1493 件のセッションが開かれるなど、国際的にも規模の大きい研究集会です。当該分野の基盤技術や装置、手法の開発、及びこれらの応用研究に関する最新の研究成果の発表、専門家の交流・意見交換などが行われます。

 

2)会議の研究テーマとその討論内容

私が発表を行ったセッションの研究テーマは、Vibrational spectroscopy: New developments and applications in biological and medical sciences (振動分光学: 医学・生物学のための新たな研究開発とその応用) です。医工計測に資する振動分光法を用いた分析手法や装置の開発、及びその医学・生物学分野への応用に関する成果発表・意見交換が行われました。会議の討論内容としてまず挙げられるのが、金属ナノ粒子を用いた生体の高感度ラマン分光計測技術の開発です。ラマン顕微鏡は、生細胞や組織に おける生体分子の空間分布やその動態を、無標識で捉える事が出来ます。しかしながら、計測感度が極 めて低い事から、生体内の高速な分子動態を捉える事は困難でした。計測対象となる生体試料に金属ナ ノ粒子を導入すると、粒子周辺の生体分子から発生するラマン散乱光が増幅され、高感度に分子分析を 行うことができます。本討論では、金属ナノ粒子の表面に特定のタンパク質をコートすることで、細胞 内に導入した粒子の安定性や増強ラマン散乱計測の安定性を高める技術について議論が行われました。さらに、金属ナノ粒子を微小なピペット先端に結合し、細胞内の任意の位置に導入して増強ラマン計測 を行う手法についても議論が行われました。ラマン分光法を生体の医工計測に応用する際に、感度と並 んで問題となるのが、試料から発生する蛍光発光です。本会議では、ラマン分光計測を妨害する試料の 蛍光発光の影響を低減する計測技術の開発に向けて、励起レーザー光の発振波長をわずかにシフトさせ、得られた 2 つのスペクトルの差から、蛍光由来の背景光を除去し、ラマンスペクトルのみを抽出する技術について議論が行われました。さらに、ラマン顕微鏡を用いた生体計測の応用研究として、脂質単分子膜の計測・イメージング、幹細胞の分化による分子状態の変化の解析、マウス胚の質の評価、生体組織におけるガン診断など、先導的な医工計測技術の開発・応用研究に関して討論が行われました。

 

3)出席した成果

私は本会議に出席し、「High-resolution Raman imaging of lipid rafts in artificial monolayer membranes (人工単分子膜中の脂質ラフトの高解像度ラマンイメージング)」と題したポスター発表を行いました。本発表では、スリット走査型のラマン散乱顕微鏡を用い、単分子膜中の脂質ラフトの分析・イメージングを行った結果を報告しました。脂質ラフトは、スフィンゴミエリンなど、特定の脂質分子が特異的に集合したマイクロドメインで、生体膜において膜タンパク質を介したシグナル伝達など、 様々な生体機能に関与していると考えられています。ラフトの解析には、ドメイン内部の脂質分子の組成や空間分布の情報が重要ですが、その計測技術は確立されていませんでした。今回我々の研究グループは、単分子膜感度を有する高感度・高分解能なラマン顕微鏡を用い、目的の脂質にアルキンと呼ばれる微小なタグを導入して分子識別能を高めることで、ラフトドメイン内部のスフィンゴミエリンの分布の計測に成功しました。生体機能の発現において重要な働きをもつ脂質膜を、単分子膜感度、高空間分解能、かつ分子組成情報をもってイメージングできることを示した今回の成果は、医工計測における 1 つのマイルストーンと言えます。今後、医学・生物学研究に幅広く応用される可能性を秘めていますが、これまで上記の成果を世界に発信・技術交流する機会は十分ではありませんでした。今回、本会議に出席し、ポスター発表を行った成果として、海外の科学者と活発な技術交流・議論を行うことができました。定められた2時間の発表時間の最初から最後まで、一度も途切れることなく学会参加者が集まり、様々な質問を受け、技術交流を深める事が出来ました。様々なバックグランドを持つ科学者が集まる会議であることから、技術交流の内容も多岐に渡りました。中でも多かったのが、今回用いたスリット走査型のラマン散乱顕微鏡の設計や空間分解能、感度などの計測技術に関するものでした。単分子膜感度を達成するための計測条件について質問を受け、議論を通して今後の研究を推進するヒントも得られました。同様に多くの技術交流を行ったのが、アルキンを用いた小分子の計測技術についてでした。我々の研究グループは、アルキンタグ ラマンイメージングと呼ばれる、生体内における小分子の計測技術の開発を推進しており、今回の脂質膜のイメージングも、この技術を応用しています。アルキンタグを用いた分子検出技術に関して、散乱強度やサイズを考慮した最適なタグの分子デザイン、細胞中における小分子検出の計測感度、複数種の分子の同時検出の可能性などについて議論を行いました。さらに、上記の顕微鏡技術と分子修飾技術を結集して得られた脂質膜のイメージングの成果について、スペクトル形状の変化に関する考察、さらなるイメージング時間の短縮と脂質膜のダイナミクスを計測する可能性などについて議論を行いました。

 

4)その他

本会議における研究発表・技術交流は、公益財団法人 中谷医工計測技術振興財団からの援助を受けて行いました。本会議への参加を通して、国際的な科学者との技術交流を深め、自身の研究を広く世界に発信するとともに、専門家との議論から、今後の研究開発に資する知見を得る事が出来ました。ご援助に感謝申し上げます。

 

 

(注:写真/PDFに記載)国際会議場の様子(Hawaii Convention Center にて)

(注:写真/PDFに記載)技術交流を行っている様子  (分光学の生体応用に関するセッションにて)