2016年[ 技術交流助成 (日本招聘) ] 成果報告 : 年報第30号

平成27年度技術交流助成成果報告(日本招聘)・木竜 徹

研究責任者

木竜 徹

所属:新潟大学大学院 自然科学研究科 電子情報工学専攻 教授

概要

1)はじめに(招聘の概要)

筋活動機能をセンサで計測・評価する表面筋電図がスポーツやリハビリで散見される様になった頃、

EU で は 15 年 程 前 に SENIAM(Surface ElectroMyoGraphy for the Non-Invasive Assessment of Muscles,1997-99)プロジェクトで標準化を実施した事で様々な分野への表面筋電図の活用が進んだ。一方、我が国では電子情報技術産業協会(JEITA)で循環器に関してはヘルスケアインダストリ事業委員会があるが、筋活動機能に関わる機器の標準化対応は不十分である。そこで、EU プロジェクトで標準化を成し遂げた中心人物を招聘する事で、筋活動機能計測・評価の現状と課題を議論した。

 

2)被招聘者の紹介

トリノ工科大学で Laboratory for Engineering of the Neuromuscular System (LISiN)の所長を勤める。筋力、動作、筋電図信号を通じて制御機構の非侵襲計測、筋活動のパフォーマンスと疲労の変化の 探求を使命とし、随意と電気刺激に依る筋収縮、アレイ電極による筋活動計測で運動機能を評価する事 で、エルゴノミクス、リハビリテーション、スポーツ、宇宙医学へと貢献している。この際、SENIAM プロジェクトで Standards for Reporting EMG Data を取りまとめ、引き続き、高齢労働者の筋疲労を議論した NEW プロジェクト(Neuromuscular assessment of the Elderly Worker,2001-04)を遂行した。国際電気生理運動学会(ISEK: International Society of Electromyography and Kinesiology)2007 で大会長を務め、その成果を議論した。

 

3)会議または集会の概要

1.第 16 回日本電気生理運動学会大会(JSEK2015)第 4 回計測自動制御学会 ライフエンジニアリング部門 電気生理学運動学研究会

日本電気生理運動学会の年次大会である「第 16 回日本電気生理運動学会(JSEK2015)と計測自動制御学

会ライフエンジニアリング部門電気生理運動学部会の年次大会である「第 4 回電気生理運動学研究会」が同時開催され、参加者は電気生理運動学に関する神経科学、医工学、物理医学、リハビリテーション、スポーツ科学、理学療法、看護に関わる研究者や従事者で、大学関係者 22 名、研究機関 5 名、企業 1 名であった。

2.計測自動制御学会 ライフエンジニアリング部門 電気生理学運動学部会 講演会.共催:東京工業大学精密工学研究所計測自動制御学会ライフエンジニアリング部門電気生理運動学部会が関東地区の研究者および企業関係者向けに開催した講演会である。参加者は大学関係者 3 名、企業 1 名であった。

 

4)会議の研究テーマとその討論内容

1 . Fifteen years of surface EMG progress from SENIAM: new techniques and clinical applications. 1:00pm-2:00pm.(7 月 5 日)

SENIAM や NEW プロジェクトの成果として表面筋電図の映像化と神経支配帯の推定の重要性とその臨床応用に関する紹介があった。表面筋電図の発生機序を踏まえると表面筋電図計測では差動導出での電極の貼付位置と神経支配帯の関係が重要である事からアレイや2 次元平面電極による推定や筋活動パターンの画像化。さらに円柱状電極とその産婦人科での臨床応用の報告があった。強調していたのは、これまでの成果が人間工学、職業医学、リハビリテーション等の現場で使われていない現状。これには成果を現場に伝える努力(教育等)が必要であり、筋活動映像をその場でフィードバックする事で筋活動計測・評価への理解を広めた事例について説明があった。この際、動的運動時に正しい筋活動パターンを計測するには、表面電極の貼付位置によっては、十分な計測ができていない事の理解の重要性を強調した。

研究機関から筋電計測の国際規格の制定に関する動向についての問いに対して、“残念ながら、いろいろな理由があって医師たちがあまり積極的ではないということもあって、あまり進んでいない。今後は、日本も含めて、アメリカ、ヨーロッパとさらに連携をとる必要があると感じている”との回答があった。参加した学生の印象は“筋電図の使途の幅広さに驚いた”とあり、スポーツや運動というテーマで利用される筋電図とは違った筋電図の使途が多くあることは新鮮だった様である。

2. Fifteen years from SENIAM: Is it time to update surface EMG recommendations? - Introduction of EU Projects - 5:00pm-6:30pm. (7 月 6 日)

ISEK2014 の特別セッションにおいて SENIAM で提案されてから 15 年程になった“表面筋電図計測・処理の勧告を見直すか?”の問いかけに、”Yes”として議論が始まった。SENIAM と NEW を含め

9 件の EU プロジェクトと関連した出版物の紹介があり、さらに表面筋電図関連技術開発の積極的・消極的側面について現状分析を説明した。現状が日本も同様なら国際的な活動が必要であるとした。表面筋電図信号で筋力や動作の制御機構を非侵襲計測し、さらに、筋活動のパフォーマンスと疲労の変化について、自身で開発されたアレイ電極、2 次元電極を用いた計測手法とデータの解析手法に関して解説があった。また、医療応用として、出産後の QOL の向上やリハビリテーションなどの実例を紹介していただいた。その後、東工大での研究を紹介し、今後の共同研究の可能性について議論を行った。

 

5)招聘した成果

新しい表面筋電図計測・解析方法とその応用について、深く議論を行うことができた。また、今後の技術的な課題だけでなく、どの様に社会に広めていくかについての難しさについても EU での状況を説明していただけたことは、日本で議論を広めていく際でも重要な問題で、大変参考になった。また、若手研究者の育成で国際協力実現の手がかりを得た。研究機関からの参加者はみられたものの、企業からの参加者はほとんどなく、広報の必要性を強く感じた。

 

6)会議以外の訪問先での概要、トピックス

1.EMG measurement and its application 大阪電気通信大学 5:00pm~6:00pm.(7 月 3 日)参加者:大学関係者 5 名、学生 15 名、学外 4 名(理学療法士 3 名を含む)。

基礎的な筋生理から始め、神経支配帯位置の可視化と活動電位伝導速度の推定が主だった内容で、理学療法士の方々には大変関心をもって聴講していただけたようです。質問内容としては、a.大腿四頭筋切断患者の回復過程における癒合やその経過の評価に多チャンネル筋電図がつかえるか? 回答:

“継続的に測定が可能であれば使える可能性はある”、b.人工関節置換手術後患者のトレーニングによる筋収縮のパフォーマンスを理学療法士の評価することが可能か?  回答:“いずれについても継続的な測定が可能であればその可能性はあるかもしれない”との回答でした。学生からは、c.神経支配帯の位置の違いによって個々人で筋出力のパフォーマンスが変わるか? 回答:”正直なところわからないとのこと。もちろん、神経支配帯の位置が変われば筋出力のパターンも個々に変わるのであるから神経支配帯の位置によってパフォーマンスが変わることは十分に考えられるのではないか”。

2.Surface EMG Measurement 新潟大学工学部 103 講義室 1:00pm~2:30pm.(7 月 8 日)参加者: 大学関係者 2 名、学生 52 名。

表面筋電図信号は脳からの信号(運動指令)が筋線維の神経終板に到達し、そこを起点に相反方向に伝搬する。一方、生体信号計測では電源等からの同期成分を除くため差動増幅が使われている。その結果、電極の接点間隔と伝搬速度の関係から計測信号が相殺される場面が発生する。さらに、神経終板は解剖学的であり動的動作時時に皮膚表面電極との位置が変化する。講演では、その生理と対応策として新たに開発した2次元平面電極について解説し、さらに活用例(バイオリン演奏、ダンス、筋肉トレーニング、リハビリテーション等)として、その場で計測・評価結果をフィードバックする事で筋活動部位の変化を自覚する装置を示した。大学院生への特別講義とした事で、参加学生は50名を超え、興味を新たにした学生が多かった。

 

(注:写真/PDFに記載)

第 16 回日本電気生理運動学会大会(JSEK2015)。第 4 回計測自動制御学会 ライフエンジニアリング部門 電気生理学運動学部会。名古屋学院大学。7 月 5 日、中央に R. Merletti 教授、左に吉田正樹教授

(計測自動制御学会 ライフエンジニアリング部門 電気生理学運動学部会 主査)、右に森谷敏夫教授

(日本電気生理運動学会会長)。