2016年[ 技術交流助成 (日本招聘) ] 成果報告 : 年報第30号

平成27年度技術交流助成成果報告(日本招聘)・高田 則雄

研究責任者

高田 則雄

所属:慶應義塾大学 医学部精神・神経科 学教室ETC寄附講座 特任講師

概要

1)はじめに(招聘の概要)

機能的 MRI(fMRI)撮像を行うと全脳の活動を計測できる。しかし脳領域間の活動が互いに相互作用した結果なのか、あるいは単に相関しているだけなのか、fMRI を用いた受動的な撮像だけでは解明できない。この困難を打ち破ったのが光遺伝学的 fMRI(opto-fMRI)である。光遺伝学によって活動を操作する脳細胞を厳密に特定し、fMRI 撮像によって全脳応答を計測する。つまり活動操作の起点が明確な状態で全脳応答を知るという、脳活動の因果的研究が初めて可能となった。スタンフォード大学医学部のLee 博士はこのopto-fMRI を初めて実現した研究者であり(Lee et al., Nature 465: 788-92, 2010)、現在も opto-fMRI を精力的に推し進めている。ひるがえって日本神経科学大会では opto-fMRI を適用可能な「小動物に対する MRI」のシンポジウムすら開催されたことが無かった。そこで日本神経科学大会において「小動物 MRI」シンポジウムを開催し、そこに Lee 博士を招聘できれば、神経科学研究における小動物 MRI の持つ可能性の大きさを示す絶好の機会になると筆者は考えた。

 

2)被招聘者の紹介

Lee 博士は光遺伝学と機能的 MRI とを初めて融合した神経科学者かつ神経工学者である(Lee et al., Nature  465:  788-92,  2010)。「光遺伝学(optogenetics)」とは 2005  年に報告された革新技術である(Boyden et al., Nat. Neurosci. 8:1263-8, 2005)。遺伝学的手法を用いて、光感受性陽イオン透過型チャネルを特定の脳細胞に人為的に発現させる。その結果、光照射によって特定の脳細胞を活性化できる。

「機能的 MRI(fMRI)」を用いると全脳活動を非侵襲的に計測できる。脳の小さなマウスなどに対する

fMRI 撮像は困難だったが、近年の技術革新によって可能となった(Van der Linden et al., NMR Biomed 20:522-45, 2007)。Lee 博士は上記「光遺伝学」と「機能的 MRI」とを初めて組み合わせて「光遺伝学的 fMRI(opto-fMRI)」を実現し、特定の脳細胞活動が他の脳領域の活動へどのように影響するのか初めて検証可能とした。現在、opto-fMRI を牽引する研究者である(Weitz et al., NeuroImage 2015; Lee, NeuroImage 2012; Lee et al., Front Neuroinform 2011 など)。

 

3)会議または集会の概要

日本神経科学会は 1974 年に創設された学会である。5000 名以上の会員数を擁し、国内における神経科学研究の代表的な学術団体である。分子生物学から心理学、臨床医学まで広範な領域を対象とする。日本神経科学会が主催する年会には例年 3000 名以上が参加し、1500 名以上が研究発表している。

 

4)会議の研究テーマとその討論内容

第 38 回日本神経科学大会において申請者らはシンポジウム「脳の統合的理解を目指した小動物用高磁場 MRI の活用」を開催した。MRI は臨床では広く活用されているが、脳の小さい小動物に対する機能的 MRI が近年まで困難だったこともあり、日本神経科学会において小動物 MRI をテーマとしたシンポジウムがこれまで開かれたことは無かった。そこで本シンポジウムでは小動物 MRI を用いた神経科学研究の特徴を長短含めて発表し、その特徴と留意点とを議論した。具体的には機能的 MRI 法と光遺伝学とを融合させて初めて可能となった opto-fMRI を用いた筆者らによる講演や、マンガン強調 MRI 法を用いた疼痛モデルマウス研究などの講演が行われた。特に公益財団法人中谷医工計測技術振興財団の交流プログラム【日本招聘】の援助を得て招聘できた Jin Hyung Lee 博士(スタンフォード大学医学部)は、小動物 MRI 計測の画像を 6 倍に高める新規撮影法や、fMRI 計測を iPS 細胞注入と組み合わせた最新の知見を講演した。その他の講演では、通常の fMRI 撮像法の持つ弱点の克服を目指した新しい撮像法 dfMRI が提案された。

 

5)招聘した成果

日本神経科学会では小動物 MRI の研究者人口が少ないにも関わらず、本シンポジウムは 70~80 人の聴衆を集めた(執筆者の目算による)。また全ての講演発表に対して活発な質問と討論がなされた。さ らにfMRI 撮像の基礎となるBOLD 効果の発見者である小川誠二先生も本シンポジウムを拝聴下さった。本シンポジウムによって、小動物 MRI を用いた神経科学研究の可能性を示せたと自負している。

 

6)その他

シンポジウム終了後に被招聘者(Lee 博士)を囲んで昼食会を設けました。小川誠二先生も参加して下さいました。

 

(注:写真/PDFに記載)

シンポジウム終了後にシンポジスト 5 名が前列に座って集合写真を撮った。前列中央が opto-fMRI の

Lee 博士。後列中央は BOLD 効果の発見者である小川誠二先生。筆者は前列左から二人目。