2016年[ 技術交流助成 (海外研修) ] 成果報告 : 年報第30号

平成26年度技術交流助成成果報告(海外研修)・渡辺 梢

研究責任者

渡辺 梢

所属:大阪大学大学院 工学研究科 精密科学・応用物理学専攻 応用物理学コース 河田・藤田研究室

概要

・研修中の研究テーマおよび、研修期間中の研究成果

 

光学顕微鏡は光を用いて試料を観察する手法であり、非破壊の観察が可能である/測定が比較的簡便である などの利点から、様々な分野において欠かせない観察 手法として用いられている。特に生物学の分野では、 試料を非侵襲で観察できる手法として活躍しており、より高い空間分解能を持つ光学顕微鏡が期待されている。光学顕微鏡の空間分解能は、光の波動性による制限から使用する波長の約半分程度とされてきたが、ここ 20 年ほどで『超解像顕微鏡法』が開発され、光の波動性による限界を越えるためのいくつかの手法が成功を収めてきた。2014 年には超解像顕微鏡法がノーベル化学賞を受賞するなど、近年では今後の発展に期待が寄せられている。本研修期間における研究テーマでは、超解像でかつ生体試料を非侵襲で観察可能な『可視二光子励起の構造化照明顕微鏡の開発』を目的として研究を行った。

(注:図1/PDFに記載)

(注:図2/PDFに記載)

(注:図3/PDFに記載)

本研究では、可視二光子励起蛍光顕微鏡と超解像顕微鏡法の一つである構造化照明顕微鏡法(Structured illumination microscopy: SIM)を組み合わせ、生きたままの生体試料を高空間分解能で観察できる顕微鏡を開発する。走査型蛍光顕微鏡の分解能は、励起光および蛍光の波長によって決まり、短い波長を用いるほど空間分解能は高くなる。図 1 に示すように多くの蛍光タンパク質が紫外域に吸収帯をもつが、紫外域の光は生体試料に光損傷を与える確率が高いため、これまで生体試料の観察手法として用いられることはあまりなかった。我々の研究室では、紫外光を励起光として用いる代わりに 500-600 nm の可視領域の光による二光子吸収過程を利用して紫外領域の吸収帯を励起できることを示し、生きたままの生体試料の高空間分解能観察に成功した[1]。また、図 2 に示すように、二光子励起蛍光は励起光強度の高い集光スポットの中心部分のみで起こるために、実効的な蛍光励起領域が一光子励起蛍光の場合と比較して小さくなる。二光子励起により発生した蛍光を検出して画像化すると、集光スポットの中心部分からの信号のみを検出するために、背景光の少ない画像を得ることができるという利点もある。我々は、この可視光励起の二光子顕微鏡と SIM を組み合わせることで、より高空間分解能での観察が可能であると考えた。SIM では試料を均一な照明光ではなく、細かい縞状のパターンで照明する手法で、図 3 に示すように試料の微細な構造が励起光と重なると、モアレ縞が観察像に現れる。モアレ縞は周波数変調された情報を含んでいるため、得られた画像を数学的に処理することで、通常の顕微鏡では観察不可能な空間周波数の情報を取得することができる。SIM によって、空間分解能を最大で二倍まで向上させることが可能である。

可視二光子励起蛍光の構造化照明顕微鏡とし て、図 4 に示すような光学系を設計した。可視二光子励起の蛍光を検出するためには、比較的高い励起光強度で試料を照明することが必要である ことから、光源としてはパルスレーザーを使用し、また、試料全体を一度に照明するのではなくライン状に成形した構造化ライン照明パターンで試 料を照明し、ラインに垂直な方向に照明光をスキ ャンする方法を考えた。設計したシステムを元に 研修先では、可視二光子励起の構造化照明顕微鏡 の画像シミュレーションおよび、撮像した画像の 数学的処理プログラムの開発を行った。

(注:図4/PDFに記載)

(注:図5/PDFに記載)

可視二光子励起の構造化照明顕微鏡の画像シミュレーションの結果を、図 5 に示す。励起波長を 525 nm、蛍光検出波長を 350 nm とし、開口数1.20 の水浸対物レンズを仮定して計算した。図 5 の input として示すような構造を試料の構造として与え、ライン状の照明パターンを一方向にスキャンして蛍光画像を得ることを想定している。SIM による空間分解能の向上は、瞳面でのレーザースポットが通過する位置の瞳の縁に対する割合によって決まるが、この割合を 0.8 とした。SIM の計算では構造化照明のパターンが 5 つの異なる位相となる場合を計算し、それらの画像を併せて数学的に処理することで高空間周波数の情報を抽出している[2]。また、照明パターンが 60°、120 °回転した状態となる場合を計算し、それぞれの角度において再構築した高空間分解能の画像を空間周波数領域において足し合わせることで、全ての方向に対して均一な空間周波数を持つ画像を構成するようにした。

図 5 における、均一な照明光による二光子励起蛍光画像と、二光子励起の構造化照明顕微鏡画像の計算された蛍光画像とを比較すると、均一な照明光ではぼやけている微細な構造であっても、構造化照明顕微鏡を用いることで観察できることが分かる。また、円型の比較的小さい対象物を画像化した場合の、蛍光画像の FWHM を比較すると、元の入力画像では 120 nm であるのに対し、均一な照明光を用いた場合には 158 nm、および構造化照明を用いた場合には 128 nm であり、小さな構造を持つサンプルがより細かく観察できることが分かる。

本研究では、蛍光タンパク質で染色した生体試料を非侵襲かつ高解像度で観察可能な新しい観察手法の提案を行い、より高い空間分解能が得られることを画像シミュレーションによって示した。現在は、光学実験を行っているところであり、実際に蛍光画像を撮像したのちに、研修先で構築したプログラムを用いて画像を処理し、超解像の生体イメージングを実現させる計画である。また、可視二光子励起の構造化照明顕微鏡で使用できる蛍光タンパク質は非常に汎用的であり、一般的な生体イメージングでの応用が期待できる。本研究により、これからは生きたままの生体細胞の高空間分解能観察が可能となる。

 

参考文献

  • Yamanaka et al., Journal of Biomedical Optics, in press

  • G. L. Gustafsson, Journal of Microscopy 198, 82-87 (2000)


 

研修先での技術交流の様子

(注:写真/PDFに記載)ドイツ・Gottingen(ゲッティンゲン)にて開催されたFocus on M icroscopy2015 に参加した様子

(注:写真/PDFに記載)研修先の研究室のミーティングにて、議論を行う様子