2016年[ 技術交流助成 (海外研修) ] 成果報告 : 年報第30号

平成26年度技術交流助成成果報告(海外研修)・寺本 高啓

研究責任者

寺本 高啓

所属:立命館大学 理工学部 電気電子工学科 助教

概要

1)研修中に実施した研究テーマ

2 次元電子-振動分光法の開発

近年のバイオテクノロジーにおいてタンパク質の変異型と野生型を比較することにより、疾病に関わるタンパク質残基の同定がなされている。それにより遺伝子検査から特定の疾病への確率を抽出し、予防的手段で診療することがなされつつある。一方でタンパク質の立体構造に由来する疾病、つまり本来あるべき立体構造がなんらかの原因により異なる立体構造をとることにより誘発される疾病(アルツハイマーなど)があることが明らかとなっている。これはタンパク質のフォールディング効果に由来するものであり、フォールディング状態、アンフォールディング状態、ミスフォールディング状態それぞれの状態の立体構造の決定・同定を行うことが必須とされている。X 線回折、NMR などにより原子レベルでのタンパク質の立体構造の決定が可能であるが、測定系が大掛かりであり、測定試料の調製に技術を要する。また動的変化を計測するには適さない。

一方で FTIR に代表される赤外吸収分光法やラマン分光法では、aへリックス、bシートなどそれぞれの構造に由来した振動モードのスペクトルを計測することが可能であるため、予め立体構造が決定されているタンパク質に対して外的要因を加えることにより、その分子の立体構造の変化を追跡することが可能となる。

分光学的手法の最近の動向としては、フェムト秒レーザーを用いた非線形分光法が挙げられる。フェムト秒レーザーを用いたポンプ・プローブ計測において、プローブ波長の波長分解を行うことにより時間分解過渡スペクトルが得られる。そのスペクトルからタンパク質の分子構造変化の様子がフェムト秒の時間スケールで計測できるようになってきている。その先端的分光法の1つに 2 次元分光法がある。これはプローブ光だけではなくポンプ光の波長分解も同時に行い、ポンプ光とプローブ光の両方の波長依存性(相関)を計測することができる手法である。用いる光の波長に依存して得られる情報が異なるが、赤外光を用いた 2 次元赤外分光法からは分子振動モード同士の相関が解明されており、可視-紫外

光を用いた 2  次元電子分光法からは、電子状態間のエネルギー移動プロセスの解明など複雑な相互作用・プロセス等の解明に 2 次元分光法が有用であることが報告されている。

 

カリフォルニア州立大学バークレー校の Graham Fleming 教授は 2 次元分光法の第一人者の一人である。本研修では、Graham Fleming 教授の研究室に滞在し、可視光と赤外光の 2 色のレーザー光を用いた 2 次元電子振電分光法という新しい 2 次元分光法の開発に携ることができたので、その成果を報告する。

 

2)研修期間中の研究成果

Betaine30 の 2 次元振電分光

2 次元電子振動分光法は、電子励起に伴う振電カップリングの程度および溶質―溶媒の相互作用による相関を計測する分光法である。本研究では、溶質―溶媒の相互作用の動的相関を調べるため、溶媒の極性により色が変わる Betaine30 という色素分子をターゲットに選んで実験した。

実験システムの概略を図 1 に示す。フェムト秒再生増幅器からの出力を 2 つに分岐し、1 つはポンプ光としての可視超短パルス(波長:550~750nm,パルス幅:20fs)を、もう 1 つはプローブ光としての赤外パルス(波長:3~7mm,パルス幅:80fs)の発生に用いた。発生した可視超短パルスは音響光学素子フィルター(Dazzler, fastlite)に導入され、パルス対の生成ならびにパルス対間の相対遅延時間 t1  および相対位相 (0,1/4p,2/4p、3/4p) の制御が行われた。赤外プローブ光との相対遅延時間 t2 は光学遅延ステージによって制御された。ポンプ光対およびプローブ光は試料に非同軸で集光され、試料を透過したプローブ光はHgCdTe 検出アレイにより検出された。2 次元電子-振動スペクトルは4×1×1 のphasecycling を行うことにより取得した。

(注:図1/PDFに記載)
図 1  実験システム概略図

 

2 次元電子・振動分光法により取得した実験データを図 2 に示す。(a)は溶媒が重水素置換したメタノールで(b)はクロロホルムである。横軸は可視光(ポンプ光)、縦軸は赤外光(プローブ光)の波数を表す。等高線および色の濃さで信号の強さを表しており、青色は電子励起状態、黄色は電子基底状態を表す。電子励起状態の信号である 1370cm-1 付近の振動モードに着目すると、等高線のピークを調べると、可視光の波数が大きくなるにつれて赤外光の波数が小さくなる、すなわち電子励起の励起波数と振動モードの波数が負の相関を持っていることがわかる。これは 2 次元分光法により初めて明らかになったことである。またその傾きの程度がメタノールとクロロホルムで極端に異なる。この相関の違いは溶媒と溶質の相互作用の違いを反映している。このことは既知の極性の溶媒を用いて相関の程度について校正データを取得しておけば、逆に未知の溶媒の極性を知ることができるということを意味している。

 

現在、実験データの詳細な解析を引き続き行っている。本研究成果からの展望としては、例えば蛍光標識色素でラベルした細胞に本手法を適用し、その色素の周囲環境の極性、pH など局所的な情報を抽出することができるのではないかと検討している。

(a)(注:図a・b/PDFに記載)図 2 Betaine30 の 2 次元電子-振動スペクトル

pump と probe の相対遅延時間 0ps。(a)重水素メタノール(b)クロロホルム中の Betaine30

 

3)その他

Graham Fleming 教授は UCBerkeley の Vice Chansellor for Research を務めておられご多忙であるが、それと同時に親日家であり日本人研究者と交流が深い。現在も分子科学研究所の研究顧問をされており、毎年、年に一度 1 週間ほど訪日される。今後も著者は Fleming 教授と研究交流を深め、2 次元振動-電子分光の医工計測機器開発への発展について議論を進めたいと考えている。

UCBerkeley での研究生活について少し言及したい。アメリカは治安がよいというわけではなく、夜になると犯罪が多発する。そのため、日本のように夜遅くまで仕事をすると犯罪から身を守る手段に悩まされる。そのため著者が滞在した研究室では大抵 19 時までには帰宅するのが常である。仕事する時間が限られていることもあり、勤務時間中のメンバーの集中力は高く、ひたすら研究にだけ専念する姿勢である。実験データに関しての解釈等の議論を好み、会議室で徹底的に議論するというスタイルである。世界トップレベルの頭脳とスキルを持った若い研究者たちのこのようなワークスタイルには非常に感化された。

 

著者が滞在させていただいた大学、研究室およびお世話になった方の写真を紹介する。写真 1 はUCBerkeley のシンボルでもある Sather Tower である。夕方 18 時頃に鳴り響く鐘の音は幻想的なものであった。写真 2 は実験室の風景である。研究者が研究に専念できるように様々な技術スタッフが大学に雇われており、例えば実験室内の温度を 1°F (≒0.56℃)の範囲内で一定温度となるように 24 時間制御してくれている。写真 3 は著者と著者の研究を手伝ってくれた Graduate Researcher(日本でいうところの博士後期課程の学生)の Nicholas Lewis 氏である。彼の非常に高い研究スキルによって本研究が成功したといっても過言ではない。

最後に本研究成果については、光化学反応討論会、分子科学討論会、日本物理学会において、講演させていただいた。ここに深く感謝する。

 

(注:写真/PDFに記載)写真 1.Sather tower

(注:写真/PDFに記載)写真 2. 実験室の様子

(注:写真/PDFに記載)写真 3.著者と Nicholas     Lewis 氏