2016年[ 技術交流助成 (海外派遣) ] 成果報告 : 年報第30号

平成26年度技術交流助成成果報告(海外派遣)・有田 龍太郎

研究責任者

有田 龍太郎

所属:慶應義塾大学 医学部 漢方医学センター 助教

概要

1)会議の概要

国際代替医療研究会 International Congress on Complementary Medicine Research ICCMR は、国際代替医療研究会International Society for Complementary Medicine Research ISCMR の年次学術総会であり、本年度で第 10 回目となる。世界各国から統合医療、代替医療分野の基礎医学、臨床医学の研究者が集結する、この領域では世界最大規模の研究会である。

本年度は平成 27 年 5 月 13 日~15 日に、大韓民国済州島、済州国際コンベンションセンターにて、韓国東洋医学研究所 Korea Institute of Oriental Medicine KIOM の主催で開催された。アジアでの開催であることからアジア諸国、特に主催国である韓国からの参加者が目立ったが、欧米、そして中東、南米など 25 カ国から、約 600 名が参加した。各国の特徴的な代替医療についての基礎研究・臨床研究の発表や、代替医療研究の方法論など約 30 のセッションが行われ、ポスター発表の数は約 250 にのぼった。

 

2)会議の研究テーマとその内容

代替医療とは通常医療の代わりに用いられる医療のことであり、その研究テーマは非常に多岐にわた る。我々が取り組んでいる生薬を用いた治療(中国の中医学、韓国の韓医学、日本の漢方医学、欧米のherbal medicine など)以外にも、近年欧米でも普及しつつある鍼灸や太極拳、マッサージ、ヨガなどの物理療法、瞑想、マインドフルネスなどの精神心理療法も代替医療に含まれる。各国の伝統医療が現 代の西洋医学と共存して実施されている現状と、それを科学的に分析する各国の試みを知ることができ、非常に興味深い会であった。分析方法は、細胞や動物を用いた基礎研究、症例報告、比較試験、システ マティックレビューといった臨床研究で、西洋医学と同じ研究手法を応用している発表が多かった。研 究テーマもやはり韓国の KIOM からの発表、特に鍼灸や韓医学の研究が多かった。

また、一見するとばらばらな各症例同士の傾向を見出す Propensity score analysis など、コンピュータを用いたこれまでの西洋医学的な研究とは異なる新しい方法論についても討論がされた。


 

3)出席した成果

我々慶應義塾大学のグループでは、4 つのポスター発表と 1 つの口頭発表を行った。私の発表は「日本の漢方薬である抑肝散は精神症状を制御する」という題名で、日本の漢方薬である抑肝散がどのような自覚症状に有効であるかを分析した結果を発表した(図1)。慶応義塾大学漢方クリニックでは、タッチパネルを用いて患者の自覚症状データを収集する、自動問診システムを構築し、診療に活用している。今回はそのデータを分析し、抑肝散の内服前後でどの症状に改善が見られるかを解析した。その結果、もともと精神疾患によく使われる処方である抑肝散が、早朝覚醒、抑うつ気分、イライラといった精神症状だけでなく、めまいや足の冷えといった身体症状にも有効であることを見出した。また、めまいの改善例では月経前症候群や更年期障害といった女性に特有の疾患をもつ患者において特に有効で あった。複数の生薬の組み合わせからなる漢方薬の有効性の幅広さをデータ解析によって示すことができた。今回の手法を応用することで、一つの処方がどのような自覚症状に変化を示すのかを明らかにすることができ、特に有効性の高い症状の組み合わせ(症候群)を見いだすこともできるかもしれない。

精神疾患は世界共通の健康問題になっており、オーストラリアやイギリス、中国などの研究者から質問を受けた。特に精神疾患に対する西洋薬は眠気やふらつきなど副作用の問題が指摘されており、漢方薬はそのような副作用を起こさない特徴がある。彼らはその点に興味を示しており、漢方薬への期待を感じることができた。今回の結果を臨床研究によって証明していくことができれば、より質の高いエビデンスとして発表できると考えられた。

また、研究会の開会前にもワークショップが開催された。定性的な評価によってそれぞれの症例を検 討する qualitative research という手法について指導研究者と若手研究者で議論が交わされた。西洋医学では一つの治療を全例に行って何らかのスコアで評価する quantitative research が一般的であるが、個々の症例で治療のアプローチを大きく変えることがある代替医療の領域ではそれがふさわしくない  ことがある。その際に行われるのが qualitative research である。インタビューや観察の方法について、また患者背景の徹底的な調査を行い、多くの症例からその共通項を見いだしていくことで、新たなエビ デンスを作る手法を学ぶことができた。我々の行っている自動問診システムでも、症例の共通項を見い だしていく試みをしている。同じ疾患でも複数のグループに分類でき、それぞれに用いられる漢方薬が 異なることを示すことができている。今回のワークショップで我々の研究のヒントを得ることができた。また、各国の代替医療研究者が様々なアプローチでその有効性を示す研究を行っていることも知ること が出来、有意義なワークショップであった。

会全体を通して、主催国の韓国と KIOM の発表が群を抜いて多く、一方で日本からの発表者は我々を含め 20 名に満たなかった。国が主導して伝統医学研究に力を入れている中国、韓国の発表に対し、日本は十分なアピールができていない現状を見せつけられた。現在、中国、韓国、日本を中心に東アジア伝統医学の標準化へ向けた議論が行われている。国際疾病分類 ICD-11、国際標準化機構 ISO(TC249)の構築へ向け3国がそれぞれの主張を行っているが、それぞれの思惑の違いから議論は難航している。日本は国際会議の舞台でその存在感を示す必要があるが、英語で発表や議論ができる漢方医・鍼灸師の不足などから、国際学会・雑誌での発表は中韓に後れを取っているのが現状である。日本の漢方の存続と発展のために、今後も国際学会の舞台でアピールを続ける必要性を感じた。

一方で、日本東洋医学会の出展ブースには各国の研究者が訪れ、日本漢方についても質疑を交わした。日本の漢方薬の特徴の一つであるエキス製剤の質の高さに期待する中韓の研究者も見られた。本来漢方薬は生薬を患者が煎じて内服する必要があるが、エキス製剤は煎じた液をインスタントコーヒーのように顆粒や細粒などにして簡便に漢方が内服できるようにした製剤である。中韓にも同様の製品はあるが、その原料となる生薬や製剤化の質が低く、信頼性は高くないとのことである。また、鍼製品も同様にそ の質の高さから世界中で使用されている。日本の優位性についても改めて理解することができた。

 

4)その他

今回我々が訪問した済州島は朝鮮半島の南西に位置する。会場は島でも南部のリゾート地区(中文地区)の中にあり、研究会のレセプションは海の見える広間で行われた。ここでは韓国の伝統舞踊のパフォーマンスなどが披露された(図2)。また翌日の研究会の Gala  dinner でもテコンドーのパフォーマンスのほか、名物の海産物や済州豚の料理などが振る舞われた。

本研究会に参加することで、代替医療と医工学計測技術の研究に対するアイディアを数多く得ることができた。さらに、各国の同世代の代替医療研究者と研究会で知り合い、交流を深められたことも、得られた財産の一つと思われた。

中谷医工計測技術振興財団の交流助成によって、このような貴重な経験をさせて頂くことが出来ました。この場をお借りして心より感謝申し上げます。

 

(注:写真/PDFに記載)
ポスター発表でのディスカッション

(注:写真/PDFに記載)

レセプションでの韓国伝統舞踊のパフォーマンス