2016年[ 技術交流助成 (海外派遣) ] 成果報告 : 年報第30号

平成26年度技術交流助成成果報告(海外派遣)・吉野 鉄大

研究責任者

吉野 鉄大

所属:慶應義塾大学 医学部 漢方医学センター 助教

概要

1)会議の概要

国際代替医療研究会(ICCMR: International Congress on Complementary Medicine Research)は学術団体としての国際代替医療研究会(ISCMR: International Society for Complementary Medicine Research)の年次学術総会であり、本年度で 10 回目を数える。欧米、アジアはもちろんのこと、オーストラリア、アフリカ、南米など南半球からの参加者も多く、文字通り世界中から統合医療、代替医療の研究者が集結する、この領域では世界最大規模の学会である。過去の開催地は、カナダ、ドイツ、オーストラリア、アメリカ合衆国、ノルウェー、中国、イギリスで、この領域の研究者が世界中で活発に研究活動を行っていることがわかる。今回は 25 カ国から 600 人近い参加者が集合し、活発な議論が繰り広げられた。

(注:写真/PDFに記載)

[開会式では砂絵が披露された]

 

本年度は 2011 年の中国に次いで、2 度目のアジアでの開催であり、韓国の東洋医学研究所(KIOM: Korean Institute of Oriental Medicine)が主催した。近年の代替医療の広がりと国際標準化の流れの中で、中国と韓国では伝統医療の教育と普及に国家レベルで力を入れている。KIOM は韓国における伝統医学である韓医学に関しての国立研究所であり、その予算と人員数、施設規模は日本の漢方を取り巻く状況とは全く異なっている。本年度の韓国での開催については、2 年前に英国ロンドンで ICCMR が開催された際に、日本との選挙となったのだが、韓国勢の誘致に対する勢いは凄まじいものがあり、日本は負けるべくして負けたという状況であった。国際標準化機構における東アジア伝統医学の標準化の動きは、各国にとって大きな経済的チャンスであるという認識のもとで国家政策となっていることが多いが、日本はその流れに遅れている。西洋医学を学んだ医師が、医療保険の中で、国家基準に準拠した高品質な漢方薬を運用して、複数の症状に対して安価に対応するという日本の医療システムは世界に先駆けた統合医療のモデルである。本邦の医学が、国際標準化の流れで消滅しないため、本邦からの研究発表を ICCMR で行う意義は非常に大きいものであると言える。

 

2)会議の研究テーマとその討論内容

ICCMR が扱う研究テーマは非常に多岐に渡る。太極拳、ヨガ、鍼のような理学療法もあれば、瞑想、認知行動療法のような心身療法、そして我々にとっては最も身近な生薬を用いた治療である中国の中医学、韓国の韓医学、日本の漢方、さらにはホメオパシーに至るまで、様々な代替医療が世界中で実践されていることを実感することができる。欧州、東アジア、インド、中東など、地域毎に実践されてきた伝統医療が異なり、開催地の近くの施設から多数の演題が登録されるため、開催地によって演題の傾向が大きく異なってくる。東アジアで開催される場合には、生薬を用いた治療に関する研究発表が中心になるのに対して、欧州で開催される場合には瞑想のような心身療法に対する定性的な記述・評価を行う研究発表が多く、また米国で開催される場合には様々な代替医療における介入を生物科学的に解析しようとする研究発表が多い。今回は韓国での開催であるため、圧倒的に東アジア伝統医学に関する話題が多く、我々にとって得ることの多い会となった。発表についても、基礎研究から、臨床症例報告、ランダム化比較試験、システマティックレビューなど様々なレベルの研究発表がなされていた。

また、複数国で特定のテーマについて討論するというセッションも多数組まれていた。我々に関係の深いところでは、舌診について韓国の Keun Ho Kim 氏が座長となり、千葉大学の並木准教授を始め、中国、韓国の研究者から、舌の色調、形態、舌表面を覆う苔などを画像解析により定量化する試みの現状について紹介された。舌の画像解析システムは、観察者の色覚異常の影響を受けずに舌に関する評価の標準化を進める可能性が指摘され、重要な点であると考えられた。また、舌の画像解析システムそのものの開発に関する発表とともに、機能性胃腸障害と舌の異常の関連について発表がなされた。舌の画像解析については、米国でも慢性胃炎との関係を指摘する研究がなされており、欧米諸国からの注目も高い。こういった討論を全世界から集まった研究者と行うことができるというのは、本会の最大の特徴であると言えよう。

 

3)出席した成果

我々の研究室からは 5 つのポスター発表と、1 つの口頭発表を行ったが、私は全ての演題の解析に参加するとともに 2 つのポスター発表を筆頭演者として担当した。1 つ目は「大学病院における漢方薬使用の実態調査」である。漢方医学は日本の保険診療において広く使用されている。慶應義塾大学病院の、漢方専門外来以外において漢方薬がどれほど使用されているかを、当院における主な処方形態である院内処方箋をもとに調査した。ほぼ全ての診療科で漢方薬が使用されており、特に産婦人科、消化器内科、消化器外科での使用頻度が高かった。産婦人科や腫瘍内科では 1 割弱の処方箋に漢方薬が含まれていたが、使用されている漢方薬の種類は限られており、漢方を専門としない医師が適切に漢方薬を運用できるシステムの構築が必要であると考えられた。中国・韓国では西洋医学の医師と伝統医学の医師が、大学教育の段階から完全に分離しているのに対して、欧米で代替医療を実践するのは本邦と同じように西洋医学を修めた医師である。したがって、最先端の西洋医学を実践する大学病院において、多くの医師が漢方薬を実際に使用しているという事実は、特に欧米の臨床医から非常に興味を持たれた。本邦の医療システムの長所と可能性を強く実感することができた。

(注:写真/PDFに記載)
[ポスターの前で写真]

2 つ目は「大規模診療情報を用いた、日本漢方医学の診療支援システム構築」である。日本では 90% 近い医師が日常臨床において漢方薬を使用していると報告されているが、99%以上の医師は漢方を専門としておらず専門教育を受けていない。漢方を専門としない医師は、自身の専門領域において西洋薬の代替として西洋診断に基づいて漢方薬を使用している。そこで、漢方を専門としない医師が、伝統医学的な診断に基づいて漢方薬を活用するための診療支援ツールが必要と考えられる。我々が 2008 年から使用している、タッチパネルを用いた自動問診システムにより集積した診療情報をもちいて、頻用される漢方薬を予測したところ、90%近い一致率で予測を行うことができた。その際に、伝統医学的診断の重要度が高かった。我々はすでに、伝統医学的診断を、問診と Body Mass Index から統計学的に予測できることを報告しており、処方予測の際に、統計学的に予測した伝統医学的診断を用いても一致率の低下は小さかった。漢方薬が伝統医学的に運用されれば、漢方医学を専門としない医師でも高い有効性と安全性を実現することができ、統合医療全体の質が向上することになるであろう。我々の研究成果は、日中韓で進められている脈診や舌診の標準化、定量化の研究結果をそのまま取り込むことができ、それにより伝統医学的診断が、さらに精緻に予測することができるであろうという点にも興味を持たれた。また、自動問診システムそのものにも強い興味を持たれて、各国語に翻訳して実際に共同研究を行いたいというような要望もあった。我々の手法は、データさえあれば漢方に限らず様々な領域におけるパターン認識を統計学的に再現することが可能であるため、広い応用範囲をもつ。これからも、各国の研究者と緊密に連携を取りながら研究を進めていきたい。

 

また、学会に先立って半日を使って行われたワークショップでは、治療的介入の効果を評価するための臨床試験のデザインの方法について討論するというものに参加した。このワークショップではefficacy を評価する研究と effectiveness を評価する研究の違いについて理解するとともに、自身でもefficacy もしくは effectiveness を評価するための臨床研究をデザインするグループワークが実施された。各国の若手研究者が、自分の研究をより良いものにするために学ぶ場に参加し、グループワークを通して英語で議論できたというのは非常に刺激的であった。

 

4)その他

今回は学会会場以外に訪問はなかったが、ホテルやタクシー、飛行場などの各所でコミュニケーションをとる必要があった。英語が通じない場面も多く、アジアに暮らす一員として、現地の言葉を学ぶことの重要性も痛感した。言葉の理解は文化の理解の第一歩である。伝統医学は各国の文化的背景の影響を色濃くうけており、 東アジアの伝統医療の一端を担うものとして、英語だけでなく中国語や韓国語を含めた言語の習得も含めてこれからもますます努力を続けていきたい。

 

5)結論

補完代替医療・統合医療の領域では世界最大規模の学会である国際代替医療研究会に参加した。これからも、各国の研究者と緊密に連携を取りながら研究を進めていきたい。