2017年[ 技術交流助成 (海外派遣) ] 成果報告 : 年報30号補刷

平成28年度 技術交流助成成果報告(海外派遣)・浜田 俊幸

研究責任者

浜田 俊幸

所属:北海道大学 保健科学研究院

概要

会議等名称 Neuroscience 2016
開催地 アメリカ サンディエゴ
時期 平成 28 年 11 月 12 日~11 月 16 日

1)会議又は集会の概要
アメリカ サンディエゴで開催された Neuroscience 2016 (11/12-11/16) は神経科学分野で世界最大 規模の学会であり、今年は 80 の国々から 3 万 353 の人の参加があった。557 の企業による展示会、1 万 4020 のポスター発表、850 以上のセッションがあった。対象となる生物は微生物からヒトまで、研究分野も基礎的生理機能から機器製作まで幅広い。

2)会議の研究テーマとその討論内容
研究発表題目は「自由行動マウスの複数組織における時計遺伝子発現の in vivo 追跡定量化」であり、我々は、動体追跡技術と光イメージング技術を融合したシステムで、個体レベルで連続的に複数部位の遺伝子発現を追跡定量する装置を独自に開発しました。
発表内容:(背景)高度情報社会になり人々の夜型化やスマートフォンやゲームなどによる子供の夜型化が進む現代社会において睡眠の乱れによる体調不良およびそれに伴う体内時計の乱れが惹起する様々な疾患が大きな問題になっています。昼夜の区別なく 24 時間活動することが体内時計の乱れ(恒常性維持機構の乱れ)を誘発し,様々な疾患の発症に関係することが報告されています。そこで体内時計の乱れを精査できるシステムが望まれていました。体内時計の乱れは,生体各組織の時計遺伝子発現リズムを光イメージングの技法を用いて,同時計測することが可能です。これまでの研究では,遺伝子発現を長期間連続計測するには,組織を培養して観察する方法しかなく,この方法では,疾患の発症や治療効果を個体レベルで検討することはできませんでした。今回,自由に行動する動物の遺伝子発現リズムを 2 つのカメラを用いて長期間連続測定する新しい方法を開発し,異なる組織でみられる時計遺伝子リズムが外界の刺激に対して異なる反応を示すことを個体レベルで初めて実証しました。この発見は,体内時計の乱れから疾患発症に至る過程を解明する手がかりとなるものです。
(研究手法と成果)個体レベルで長期間、各組織の活動リズムを計測するにあたり、光イメージングの技術は有効であります。全身に発現している時計遺伝子の発現リズムを各組織毎に計測することで各組織の神経活動リズムの活動マーカーとして使用でき、全身の各組織の活動リズムが計測可能になります。時計遺伝子のプロモーターにルシフェラーゼ遺伝子を導入したトランスジェニックマウスの発光を超 高感度 CCD(EM-CCD)カメラで測定することで、遺伝子発現リズム計測は可能でありますが、現在の研究では麻酔処理をした後、マウスなどを動かない状態にして計測するため、時間分解能および測定 期間が限定され、かつ麻酔の影響も考慮する必要があります。また自由行動しているマウスでの遺伝子 発現定量では、カメラからの距離と角度が常に変化するため(カメラがとらえる発光量は距離の2乗に 反比例するため3次元空間内での発光量の補正が必要)、技術的に困難でありました。
今回、我々は臨床放射線癌治療に用いているステレオ撮影とパターンマッチングによる追跡技術を軸として、新たな動体追跡技術を開発し、3次元空間内で不規則な動きをするマウスの各組織における発光量(遺伝子発現を示す)を長期間、自動認識し、自動追跡、自動発光量を補正することに成功しました。この技術により予測不能な自由行動しているマウスの生体各組織の時計遺伝子発を長期間 追跡定量することが可能となりました。そして環境変化に対するマウスの各組織の時計遺伝子発現を連続的に定量解析することで、体内時計関連疾患のリスクファクターである生体内脱同調現象の形成過程の可視化に成功しました。このことは体の健康状態の可視化(健康状態の基準化)がリアルタイムで可能となることを示しています。
今回の結果は、生物発光を利用した時計遺伝子の 4D 解析により、体内時計の乱れる過程を個体内で観察した世界最初のものであり、今後この技術を用いることにより、脳にある体内時計の中枢が内分泌や免疫機能を支配する末梢組織のリズムをどのように調節しているのか、また、体内時計の乱れがそれらにどのような影響を与え、疾患へと進展させるのかの理解につながります。
討論内容:今までに全くない、自由行動中のマウスを個体レベルで遺伝子発現を定量する原理と装置であるため、それらの説明し、システムを多くの研究者に知ってもらえるよう時間をかけプレゼンテーションを行っ た。ポスターにはプログラミング、画像処理、体内時計研究、イメージング研究、行動解析など様々な 分野の研究者らが、昼の1時から5時まで(ポスター掲示の全時間)、来てくれて大きく計測装置のア ピールはできたと思います。
遺伝子発現定量に関して、今まで問題であった麻酔や拘束ストレスの影響が無視でき生理学的条件下で計測できること、長期の間自動で複数部位の遺伝子発現を追跡定量できること、薬理実験や他の計測システムと融合でき生体の機能解析が、遺伝子発現から行動解析まで連結して行えることは、様々な研究分野の研究者が非常に興味を持っており 装置の商品化をとの声が多かった。商品化で問題になる2 台の超高感度 CCD(EM-CCD)カメラは、計測目的(高発現遺伝子から低発現遺伝子、発光と蛍光) に応じて、いろいろカメラを変えればいいとの意見もあった。1台のカメラでシステムを製作できないかとの質問もあったが、3次元空間での Z 軸方向の正確な位置決めとトラッキングには、2台のカメラによるシステムが必要であると説明した。

3)出席した成果
予測不能な動きをする生物の各組織の遺伝子発現を、無麻酔・無拘束条件で、長期間計測するシステムは、様々な分野および生物・植物の研究および治療薬開発において必要とされている技術だと実感しました。
本学会では自由行動下での身体機能計測が、企業が出店している展示ブースにおいて多くみられました。我々の装置に関するところでは、人の様々な箇所にマーカーを付けて動きを解析するモーションキャプチャーのより簡素化したシステムやマウス上に取り付けたマーカーで動きを追うシステムは、現在の我々の装置の改良に参考になりました。我々の装置に取り付け可能な電気生理学的手法をもちいた自由行動下での脳機能解析において、マウスやラットの頭蓋骨に計測機器(電極)を取り付け、脳深部細胞活動するものでは、より小型軽量計測機器の開発が進んでおり、データもクラウドシステムを使うことで、自宅でデータをリアルタイムチェックできるシステムは参考になりました。ただ体内時計研究のように長期間の計測には適切な小型取り付けバッテリーが無くバッテリー開発の必要さを実感しました。ドイツの企業はマウスケージの下にボードを置き常にマウス体内にある計測機器を充電できるシステムを販売しており、我々の装置にも応用可能だと思いました。
将来的に我々の装置に取り付けようと考えている小型 CMOS センサーにより自由行動マウス個々の細胞活動の可視化技術では GRIN レンズを取り付け、脳神経活動が個々の細胞レベルで観察できており、より小型化した計測システムになれば体内時計研究の長期間計測に応用できると思いました。自由行動 中の生物の生体機能解析では、上記のような、非常に限定された極小領域のみの遺伝子発現あるいは電 気活動計測(オプトジェネティクス、光ファイバーによる計測、脳神経細胞計測など)が主流であり、かつ脳をターゲットとしたものが多いが、我々が開発した個体レベルで、体全体をイメージングしなが ら脳中枢と抹消組織の機能を同時に解析するシステムに目的毎に既存のシステムを取り入れることで、目的の疾患毎に、より詳細な解析ができ、疾患発症機構解析および治療薬開発に大きく貢献できると考 えられた。