2017年[ 技術交流助成 (海外派遣) ] 成果報告 : 年報30号補刷

平成28年度 技術交流助成成果報告(日本招聘)・相澤 健一

研究責任者

相澤 健一

所属:自治医科大学 医学部 薬理学講座臨床薬理学部門

概要

会議等名称 2016年度AMED成果報告会「疾患克服への挑戦ライフサイエンスの現状と未来への展望」他
開 催 地 よみうり大手町ホール
東京大学本郷キャンパス
時 期 平成 29 年 2 月 24 日~2 月 25 日

1)はじめに(招聘の概要)
平成 29 年 2 月 24 日 よみうり大手町ホールで 2016 年度 AMED 成果報告会発表
平成 29 年 2 月 25 日 東京大学で疾患プロテオーム/メタボローム解析の技術支援

2)被招聘者の紹介
鈴木亨先生は東京大学で循環器病研究について基礎から臨床、またトランスレーション研究まで幅広い領域で顕著な成果を上げられ、2014 年に英国レスター大学循環器内科教授に就任された。15 年以上前から先駆的に質量分析技術を疾患機序の解析に応用し、細胞や分子レベルの機序解析(JBC 2003,
2009; MCB 2003, 2008 等)から、バイオマーカーの開発(BBRC 2006, Nat Clin Pract Cardiovasc Med
2008)に至るまで幅広く応用した。具体的な例として、心不全のバイオマーカーとして広く臨床応用されている B 型利尿ペプチド(BNP)のプロセシング産物を質量分析計で測定し、冠動脈再狭窄の診断に有用なバイオマーカーになることを示した(Clin Chem 2013)。レスター大学では、心血管疾患症例の代謝物 2,500 例以上を測定し、世界最大の疾患代謝物のデータベースを構築した実績を有する。その成果の一例として、心不全症例においてホスフォチジルコリンの代謝物であるトリメチアルミン N-オキシド(TMAO)が急性心不全の予後予測マーカーであることを報告した(Heart 2016)。TMAO の代謝過程を解析することにより、腸管細菌により生成されるパスウェイを明らかにし、腸内細菌と心不全病態の関係を解明する等、日英にわたりグローバルに活躍され、質量分析計を用いた臨床プロテオーム、メタボローム解析の多数の実績を有す。

3)会議または集会の概要
2016 年度 AMED 成果報告会「疾患克服への挑戦 ライフサイエンスの現状と未来への展望」は国立研究開発法人 日本医療研究開発機構(AMED)が主催する研究報告会であり、循環器疾患・糖尿病等生活習慣病対策実用化研究事業、腎疾患実用化研究事業、免疫アレルギー疾患等実用化研究事業(移植医療技術開発研究分野)、慢性の痛み解明研究事業の 4 事業からなり、生活習慣病などを抱える人々に届ける新たな研究成果についての最先端の報告会である。AMED 発足以来、毎年開催されている。

4)会議の研究テーマとその討論内容
近年、今後の医学研究の方向性のひとつとして精密医療ないし層別化医療が注目されているが、その中で人種間の疾患成因の比較研究は重要な役割を果たすと考えられる。今回の講演では、日英の医学、医療の違いやプレシジョン医療を中心に、グローバルな視点から最新の動向を講演して頂いた。日本における将来の医療政策や医学研究の動向を知る貴重な機会になった。
また、鈴木先生は既に、レスター大研究所内のバイオインフォマティシャンとともに、研究室内で解析手法を開発中し、そのプロトタイプを完成させた。具体的な代謝物測定の方法論は、収集した血清を
HILIC カラム(疎水性カラム)ならびに逆相カラムで処理の後、Waters 社製の Synapt G2S の ESI 型質量分析計で測定するものである。データは Progenesis 解析ソフトを経て、統計解析ソフト Simca へと移し、群間解析ならびにノード解析を行い、病態の関連物質を特定する。これを用いて、臨床情報と照合し、心血管疾患の病態ならびに予後との関連を解析する。さらに、特定物質に対し、それを選択的に測定するための S/MRM 法(single/multiple reaction monitoring)を開発し、島津製作所製 LC-8050 超高速トリプル四重極型質量分析計でも測定できるような測定プロトコールも開発した。日本のコホートにおける測定と比較検討を実施可能とするものであり、今後日本のプレシジョン医療の実践に資するものになると期待される。

5)招聘した成果
病因の研究手法は多岐にわたる。動物や細胞の実験を用いた疾患モデルを中心に心不全研究は進んできたが、実際の患者試料(組織等)を用いたヒトを対象とした研究は限られている。ゲノム研究以外の生体試料を用いた研究はほとんど進んでいない。これまで心血管疾患の臨床研究は欧米を中心に疫学研究や画像研究(MRI 等)を中心に進められてきた。一方、近年の測定技術(質量分析)の発達は、血液からも循環内の微量の生体物質(蛋白質、代謝物)の包括的な測定を可能にした。蛋白質は個体・病態の変化を正確に反映するが、経時的な質的(プロセシング、修飾、相互作用等)・量的変化を測定し、情報を処理できるまでの技術的な成熟には至っていない。現時点で最も期待されている技術は生体物質の最終生成物である代謝物(メタボローム)の測定である。代謝物は小分子が中心であり、細胞膜を透過し、生体反応・細胞内反応の制御に関わるものが多く、病態機序や標的物質の特定に繋がる期待がある。重要なことは、代謝物は約 40,000 個程度に限られていることである。さらに、これらの限られた代謝物の量的変化を解析することにより、病態過程に関わった代謝経路を推測することが可能なことである。
今回の招聘による技術交流により、世界最先端かつ最高水準の疾患プロテオーム/メタボローム解析の技術とノウハウを鈴木先生から直接伺い、技術指導を受けることが可能となった。このことは、我が国の医工計測技術の発展に大きく寄与する。

6)その他
謝辞
この度はこのような貴重な助成を頂戴し、公益財団法人 中谷医工計測技術振興財団に心より御礼を申し上げます。なお、本技術交流助成は疾患プロテオーム/メタボローム解析の技術支援を目的としたものであり、AMED 成果報告会に対するものでありません。