2017年[ 技術交流助成 (海外研修) ] 成果報告 : 年報30号補刷

平成27年度 技術交流助成成果報告(海外研修)・三輪 秀樹

研究責任者

三輪 秀樹

所属:群馬大学大学院 医学系研究科 遺伝発達行動学

概要

研修先名称 Harvard medical school VA Boston Healthcare System
研修地 1400 VFW Parkway West Roxbury MA 02132 USA
期間 平成28 年4 月1 日~6 月30 日

1)研修中に実施した研究テーマ
GABA 作動性ニューロンの睡眠振動波発生との関連性

2)研修期間中の研究成果
統合失調症などの精神疾患と睡眠障害との関連性が近年報告されてきている。申請者は、統合失調症死後脳解析結果をもととした統合失調症の病因に関する GABA 仮説に関して、新たな統合失調症モデルマウス[パルブアルブミン(PV)ニューロン特異的 GAD67 欠損マウス(PV-GAD67 KO マウス)。PV-Cre マウスとGAD67 flox マウスを交配させることで作製]を開発した(Miwa et al., 2015)。さらに、この遺伝子改変マウスはケタミン麻酔下で脳波リズム(特に低周波帯域)の形成・維持に異常があることを観察している。ケタミン麻酔下の脳波リズムは徐波睡眠時の脳波リズムとの類似性が多く指摘されており (Steriade M et al., 1993)、さらには統合失調症患者および自閉症患者が不眠症や概日リズム障害などの睡眠障害と強い関連性をもつ (Wulff K et al., 2010)ことから、申請者は、GABA ニューロンの睡眠覚醒リズムの形成・維持機構との関連性の解明に興味を抱いたが、睡眠機能の解析技術は所属研究室には持ち合わせていない。従って、現在所属する研究室を主宰する柳川右千夫教授が以前から共同研究を行っている米国 Robert W. McCarley 研究室 (McKenna JT, Yanagawa Y, McCarley RW et al, 2013; Brown RW, Yanagawa Y, McCarley RW, et al., 2008)に技術研修を行うことを目的とした。研修期間中には複数の実験を行ったが、ここでは「視床網様核 (thalamic reticular nucleus; TRN)の GABA 作動性ニューロンの機能障害によるスピンドル発生異常の検討」について報告を行う。
上記の統合失調症 GABA 仮説にもとづく新規マウスモデルの更なる詳細な研究として、統合失調症と睡眠障害との関連性を調べることにした。申請者が開発した新規統合失調症モデルマウスを 24 時間自由行動下で、活動量を計測した結果、異常を示唆する結果を得られている。さらに、近年ノンレム睡眠中に観察されるスピンドル波発生密度と統合失調症との関連が報告されているため(Pinault D et al.,2011)、新規統合失調症モデルマウスを用いて、スピンドル発生密度の異常の解析を検討した。視床網様核はスピンドル発生に重要な神経核であることが示唆されている(Luthi A et al., 2014)。しかしながら、研修先研究室の研究室主宰者 PI である McCarley 博士から、「TRN 特異的 GABA 伝達欠損マウスの作製」を提案され、当初の研究計画を変更して、DNA 組換え酵素 Cre を組み込んだアデノ随伴ウィルス(AAV)を脳定位固定装置下で GAD67 flox マウス(GAD67:GABA 合成酵素の一つ)の TRN に限局させて注入することで作出することを試みている。この計画変更に伴い、AAV の作製および注入量の検討、AAV 注入後 GAD67 タンパク質が欠損する時間過程(Cre が発現することで GAD67 遺伝子が欠損し GAD67 タンパク質は以後発現しないことになるが、細胞内にはそれまで転写、翻訳されていたmRNA とタンパク質が存在し、それらが自然分解されて消失するまで待つ必要がある)など予備実験を要している。したがって、当初の研究計画どおりに進んでおらず、計測した動物個体数が少ないが、AAV を GAD67 flox マウスに注入し、脳波ネジ電極を埋め込んだ後、脳波を記録して、脳波による睡眠・覚醒リズム(ノンレム睡眠・レム睡眠・覚醒)の異常およびスピンドル波発生の異常が観察できており、当初の仮説の通り、統合失調症と睡眠障害との関連性を細胞レベルの基礎過程で説明することできると考えている。今後は急性 TRN 脳スライス標本を用いたシナプス伝達の異常など詳細な解析を行う予定である。データ解析が終わり次第、国際的な学術雑誌への投稿を予定している。
またスピンドル計測技術に関しては、マウス個体でスピンドル波を検出するのは困難を要し、研修先研究室にて、研修期間中にスピンドル波をソフトウェアでの自動検出プログラムの開発に参加することができた。これは、市販の解析ソフトウェアでは解析できない内容であり、これを機にプログラミング言語 Matlab によるプログラム作成を実践的に習得すること機会に恵まれ、「未知の生体反応を計測する技術の開発」を身近に感じることができたことは大変よかったと考えている。また、このスピンドル波解析プログラムと現在作成している統合失調症モデルマウスを用いて、新規統合失調症治療薬のスクリーニングにも応用できると考えている。この場をお借りして、この研修をサポートしていただいた貴財団に感謝申し上げます。また、貴財団のますますのご発展を祈念いたします。

3)その他
上記のように、視床網様核はスピンドル発生に重要な神経核であることが示唆されている。スピンドルというリズム生成に重要なメカニズムの 1 つとして、視床網様核に発現している低閾値型 T タイプ電位依存性カルシウムチャネル Cav3.3 の特性が挙げられる(Lee at al., PNAS 2014)。派遣先研究室では、他の研究室との共同研究から、統合失調症患者からのサンプル解析から、Cav3.3 の SNP (single nucleotide polymorphism; 一塩基多型)を発見し、それを模倣した遺伝子改変マウスを作製し、スピンドル発生を含む脳波解析を行っており、良好な結果を得ている。この結果をもとに、更なる詳細な解析を行うため、TRN 特異的に Cav3.3 遺伝子を欠損させる研究計画を立て、進行中である。前述の遺伝子改変マウスは、全身の細胞の Cav3.3 遺伝子を欠損させたため、正確には、スピンドル発生異常が視床網様核に由来するものか、それとも他の脳部位に由来するものかはわからない。実際、脳の大脳皮質のある種の細胞は Cav3.3 遺伝子を発現しており、脳波自身が大脳皮質の電位活動を反映するものなので、そのスピンドル発生異常は大脳皮質に発現する Cav3.3 遺伝子の欠損に由来するという可能性は否定できないままである。そこで、TRN 特異的に Cav3.3 遺伝子を欠損させる手法として、最近新たなに開発されたゲノム編集技術として、CRISPR/Cas9 を利用するため、sgRNA の設計およびそれらを組み込んだアデノ随伴ウィルス(AAV)ベクターのコンストラクトを設計している段階である。この AAV を Cas9 を Cre 依存的に発現する遺伝子ノックインマウス(Jackson #024857)と視床網様核に Cre を発現するパルブアルブミン(PV)-Cre マウスを交配させたマウスに対して、視床網様核に注入することで、TRN 特異的に Cav3.3 遺伝子を欠損させる予定である。このマウスを用いて、スピンドル発生の分子基盤を解明し、さらに睡眠リズムや認知機能に関する行動実験を行うことで、睡眠の生理的意義の解明および将来的にはそれにもとづいた睡眠による QOL 改善の一助となるヒトを対象とした研究を進めたいと考えている。

(注:図/PDFに記載)