2017年[ 技術交流助成 (海外留学) ] 成果報告 : 年報30号補刷

平成27年度 技術交流助成成果報告(海外留学)・永井 萌土

研究責任者

永井 萌土

所属:豊橋技術科学大学大学院 工学研究科 機械工学系

概要

1.留学中に実施した研究テーマ
細胞動態の計測と制御に向けた超並列細胞核内デリバリー技術の開発

2.留学期間中の研究成果
カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA),Mechanical and Aerospace Engineering Department, Pei Yu Chiou 教授の研究室に 1 年間滞在して技術交流を実施した。
渡航前に「超高速単一細胞機能解析のためのオプトフルイディックシステムの開発」を計画した。さらに渡航後、Chiou 教授と 1 ヶ月近く議論した結果、具体的には、超並列に細胞核内へ物質をデリバリーする技術を開発することに決めた。本技術は細胞に物質を導入した後、超並列での細胞動態の計測と制御を可能にする。1 年の滞在期間の中では、Chiou 研究室が確立した技術をベースにした方が良いという判断であった。
主な共同研究者は、細胞内デリバリーでは Dr. Tuhin Subhra Santra(現インド工科大学マドラス校)、マイクロスタンプ作製では Dr. Yu-Chun Kung である。他にも技術的な不明点は、Chiou 研究室のメンバーを中心に問い合わせて解消した。
従来の細胞内デリバリー法では、①オルガネラレベルでの位置選択、②一定量の物質輸送、③大量の細胞を扱うことは困難であった。導入される結果にはばらつきがあり、細胞動態も分布が大きくなる。このばらつきを解決し、より均一にデリバリーする手法として、超並列に単一細胞の核内にデリバリーを行う技術(図 1)を開発することにした。
続く 2.1 節ではこの原理を説明し、2.2 節以降では個別の内容を説明する。

2.1 超並列単一細胞核内デリバリー技術の原理提案
細胞の核内に選択的にデリバリーする提案する方法は、パルス光を利用した超並列細胞内デリバリーの原理をベースにする。これは Chiou 研究室で開発された手法である(Nature Methods Vol.12, pp. 439–444 (2015))。
内皮細胞や線維芽細胞は、接着タンパク質のパターンに依存して細胞骨格を形成し、細胞核を中心部に移動させる。この現象を利用すれば、細胞内器官の位置を固定できるという着想を得た。
より具体的には、(図 1)に示すステップにて行うものである。
①対応するマイクロチップを作製、②接着タンパク質の形成、③細胞の接着培養、④パルス光の照射、⑤物質の細胞内輸送、という流れで実施するのが、提案手法の全体像である。

2.2 ウエハレベルでのチップ作製の実現
実験に使用するマイクロチップをスケールアップして作製した。これまで Chiou 研究室では、装置の安定性の関係や技術的な問題で、チップサイズでの微細加工プロセスが行われた。
ここでは自身の技術協力により、4 インチのウエハで微細加工プロセスが実現できるようにした。一つの具体的な工夫点は、シリコンの深掘り加工後にも個別のチップが連結し、離れないようにした点である。ここではフォトマスクの設計と使用する工程を変更した。一度に 4x4 チップの量産ができるように改良して、これを実現させた。

(注:図/PDFに記載)

2.3 細胞パターニングのための新規マイクロコンタクトプリンティング法の開発
細胞核に対して位置選択的にデリバリーするために、Polydimethylsiloxane (PDMS)製のマイクロスタンプを使い、細胞接着タンパク質の選択的な配置を実現する。今回はチップと大面積に位置あわせ(アライメント)をする必要がある。今回の用途に対して、従来のマイクロコンタクトプリンティング法では機能を満たさず、使用するのが難しかった。そこでまずは新しいマイクロコンタクトプリンティング法を実現させることにした。
アライメントが可能なように、レリーフの位置を移動させて保護する点が第1の工夫点である。また第 2 の工夫点は、個別のレリーフに対して独立の駆動力を設けて、転写圧を一定に保つ点である。この新しい方法を用いて、蛍光分子で修飾したタンパク質をガラス基板に転写することに成功した。

2.4 パルス光の照射と物質の細胞内輸送
既設のパルス光照射装置を利用して、これを理解するとともに、細胞内デリバリーに使用した。ガル バノミラーを利用してビームをスキャンするものであり、10 mm 角の領域を 10s 程度でスキャンさせた。本システムを用いて、物質(FITC-dextran)の細胞内輸送を実施した。穿孔の前に、チップの裏側で ある貫通穴にデリバリーする溶液を満たしてある。細胞の穿孔後に、連続して空圧を印加して、細胞膜に穿孔された部分に物質を輸送した。デリバリー後の細胞を顕微鏡評価すると、分子量の高い FITC でも導入直後に蛍光輝度の上昇が見られた。

3.その他と謝辞
今回の留学では、研究室のメンバー(図 2、図 3)の協力があって、技術交流がうまく実施できた。あえて学生の 居室に自分のデスクを設置して、距離を近くしてのコミュ ニケーションを実現させた。これにより光学技術を中心と した多くの技術を導入し、派遣者が持つ技術も提供できた。現地での体験により原理からの理解をし、これにより日本に帰国した際も同様の装置が立ち上げられるレベルに到 達した。
全体的には、超並列の細胞核内デリバリー技術を提案し、個別要素の開発を開始した。今後もこの立ち上げた結果を 元にして、目標である技術開発を進めていく。また学術的 な成果として、学会や論文という形での発表実施を行う。
留学は研究プロジェクト面でも、新しい展開を生むことにつながっている。留学中における研究成果から提案した内容にて、科研費 若手研究(A)「超並列単一細胞操作技術に基づく均一・安定細胞集団構築システムの開発」、文部科学省 卓越研究員「超並列単一細胞加工:基盤技術と集積システムの開発」に採択されている。
今回の留学にあたり、ご協力と援助をいただいた方々に感謝の意を表します。特に中谷医工計測技術振興財団、豊橋技術科学大学の方々に感謝を申し上げます。