2014年[ 科学教育振興助成 ] 成果報告

岩石含有鉱物の組成の違いによる波浸食耐性の差の考察-偏光顕微鏡を用いた岩石の判別-

実施担当者

外ノ岡 和政

所属:二松學舎大学附属高等学校 教諭

概要

1.はじめに
 本校の理数科研究部では毎年,三浦半島先端にある城ヶ島への地学巡検を行っている。城ヶ島は様々な地学現象をダイナミックなスケールで観察することができることで知られる。この巡検において生徒達からたびたび問われる事の一つに「なぜこういった地形ができるのか」という質問がある。様々な要因によって引き起こされる地形の成り立ちは,一概にこれが原因であると断定することは難しい。しかし,なかでも岩石が波によって削り取られ特有の地形を構成する「海蝕」は,地質的にもろく弱い地層が打ち寄せる波に耐えられず削られて引き起こされる事が原因の一つとして知られている。
 そこで本実験では,岩石の組成を偏光顕微鏡にて判別することで,海蝕と岩石との関係性を明らかにしていくことを目的とした。
 本年度は,野外実習として城ヶ島への地学巡検を行い,岩石のサンプリングを行った。また室内実験として,偏光顕微鏡の使い方と岩石プレパラートの作成方法,岩石の観察と鉱物の種類の判別方法について修得し,組成がわからない未知の岩石試料の判別を行った。


2.実験活動の概要
 実験は本校理数科研究部の部員で部活動として行った。部員は1年生9名,2年生10名,3年生0名,合計19名で構成される。野外実習として城ヶ島への巡検を6月~8月にかけて行い,岩石のサンプリング採取をおこなった。室内実験では9月~翌年3月にかけて,岩石薄片プレパラートの作成と偏向顕微鏡による観察を,毎週土曜日に行った。


3.野外実習の活動報告
 野外実習は,1日かけて城ヶ島を一周し,城ヶ島の地層や地質を巡検した。巡検地点等の詳細は,ここでは割愛させていただく。この巡検では地層の走向と傾斜を測定することができるクリノメーターという機器を用いて測定し,城ヶ島の地層が東西で大きく逆転する事を学ぶことが大きな目的である。
 また地層は,層間異常やスランプ構造,正断層,逆断層,火炎構造,不整合,コンボリュートラミナ,などを観ることができる。これらは,高校地学の教科書,図説にもたびたび掲載されており,非常に教材としてもすぐれた良質の地学現象を直接観ることができる。また今回は特に,海蝕に注目し,城ヶ島の海蝕洞の観察と,海蝕によって削られた地層の観察を行った。
 城ヶ島の海蝕洞は「馬の背洞門」という名称で知られる。現在は,穴の位置までは波は来ない。関東大震災により隆起するまでは,波による浸食を受けて,徐々に穴が大きくなった事が知られている2)。現在海蝕洞は風化が進み崩れる可能性があるため,安全な位置から目視にて海蝕洞について観察を行った。
 室内実験に必要な岩石のサンプリングは,比較的足場が安定した場所で安全に行った。写真3は太平洋プレート側からの力をうけて地層が堆積時から90度傾いてしまった地形の写真である。波によって浸食されている層と,浸食を受けていない層がはっきりと見てとれる。このそれぞれの層をハンマーで砕いてサンプリングした。これらの岩石を構成する石の種類を偏光顕微鏡を用いて判別することで,岩石の種類が海蝕作用に及ぼす影響を比較しようと考えた。


4.室内実習の活動報告
〈岩石の薄片プレパラートの作成〉
 室内実験では,まず既知の一般的な火成岩と鉱物を用いて岩石薄片プレパラートの作成を行った。岩石は安山岩,玄武岩,斑れい岩,花崗岩を,鉱物は輝石,かんらん石,磁鉄鉱,石英,長石,黒雲母,角閃石を用いた。ハンマーとタガネを用いてアンビル(台座)の上でで叩き,スライドガラスに納まる大きさに砕いた。この際,岩石が飛び散る事があるので生徒には注意させる必要がある。
 砕いた岩石の片面を80番の研磨用カーボランダムで凹凸がなくなるまで研磨した。研磨の手順は,研磨剤を薬さじ1杯ほど金属の敷板に落とし,粉塵が発生しないように水道水を数滴垂らす。次に岩石を押し当て,直線運動で往復して研磨を行う。適宜,岩石の向きを変えて研磨面に偏りが出ないようにする。
80番のカーボランダムで試料の片面を平面になるまで研磨したら,150番,400番のカーボランダムでそれぞれ約20分研磨を行う。カーボランダムは番号が大きいほど粒子が細かくなり試料を滑らかに削る事ができる。カーボランダムの番号を変えて研磨する際には,前の番号のカーボランダムが岩石,研磨板に残らないようしっかり洗い流す。またこの際に,研磨剤が排水溝に詰まってしまうことがあるので,バケツなどを用いることで研磨剤をトラップし,排水溝への流入を最小限にとどめた。
 仕上げにアランダム1500番で研磨する。アランダムはホワイトサファイアの粉末で非常に堅く細かい研磨剤である。金属板ではなくガラス板を敷板に用いて研磨する。10分程度研磨すると,鏡面仕上げのような平面が得られ,表面に水を垂らと天井の蛍光灯が反射するようになる。
 次に,研磨面をスライドガラスに貼り付ける作業を行った。接着は熱軟化性のレークサイトセメント(カナダバルサム)を用いる。この接着剤は加熱で液状化し冷めると固化するので,気泡が入るなど接着作業に失敗したときにやり直しが出来る。
 電熱コンロでスライドガラスを加熱し,レークサイトセメントを溶かしながら適量塗りつける。試料の岩石も適宜暖めておき,研磨面をガラスに乗せて接着させる。バルサム焼き入れ台へ移し,ガラスと試料の間に気泡が入り込まないように注意しながら,冷めて固化するまでしっかりと押さえつける。
 スライドガラスと試料の接着が完了したら,次はスライドガラスごと試料を削り,最終的に試料の厚さが0.01mmになるまで研磨した。まず厚さ1mmになるまで,カーボランダム80番で研磨をおこなう。研磨の際の注意事項は,最初の研磨工程と同様である。削り具合に偏りが出ないように注意しながら進めていき,80番→150番→400番→800番→1500番と研磨剤の粒度を細かくしながら,岩石を薄片にしていく。150番で更に0.5mmの薄さまで削り,400番で0.25mmまで,800番で
0.1mmまで,といった目安で作業するとよい。
800番まで研磨するとほとんど目視では厚さが判別できなくなってくるため,800~1500番では偏光顕微鏡を用いて,試料切片の厚さを判別する。偏光顕微鏡で光の透過の有無を確認する。この際の顕微鏡の設定は開放ニコルのほうが透過を確認しやすい。まずは800番で光が透過するまで研磨する。
 写真8は試料がまだ厚く,光が透過できない状態である。光が透過する薄さになるまで研磨できたら,次は直交ニコルで試料切片中の長石を観察する。長石は厚さによって,干渉色(直交ニコル時に観察できる石の色)が変化する。中でも長石は0.5mm→0.01mmと薄くなる過程で,緑→青→紫→赤→橙→黄色→白・黒と変化する3)。つまり長石が白黒で観察できれば,その試料切片は厚さが0.01mmであると判別することができる。写真9は厚さがまだ厚く,長石に高い干渉色がでてしまっている。写真10は0.01mmまで研磨が終わっており,長石に白と黒の干渉色がみられる。長石はほとんどの火成岩中に含まれていることから,火成岩の試料切片を作成する際にはこの鉱物を厚さ判別の基準にすると,生徒も自分で判別しやすく分かりやすい。
 研磨が完了したら,プレパラート表面を中性洗剤(台所洗剤でよい)で洗い,細かな研磨剤を洗い落とし,キムワイプで水気を拭き取りカバーガラスの接着作業へ移る。
 カバーガラスからはみ出てしまう試料とレークサイドセメントをカッターナイフで切り取り整形する。試料表面にマルチマウント480(揮発性接着剤)を数滴垂らし,気泡が入らないように気をつけながらカバーガラスをのせ,カバーガラスの四隅にきちんと接着剤が行き渡るようにカバーガラスの上から軽く押して固定する。固まるまで1日ほどそのままの状態にしておく。固化後,はみ出た接着剤はナイフで削り落とす。カバーガラス上など観察部に付着したマルチマウント480はキシレンを用いて溶かして拭き取る。最後に試料番号・岩石名・作成者名をシールで貼り付け,岩石の薄片プレパラートが完成する。

〈岩石薄片プレパラートの観察〉
 完成した岩石薄片プレパラートを偏光顕微鏡で観察を行った。偏向顕微鏡の仕組みは,2枚の偏光板を光路上に直交するように設置し,偏光板同士の間に岩石薄片プレパラートを挟む。1枚目の偏光板(下方ニコル・ポーラライザー)を通った光は,一方向に振動する波の光(偏光)となる。次にこの光が鉱物を通る事で屈折率が違なる光が生じる(速度の遅い光と速い光)。この光が2つめの偏光板(上方ニコル・アナライザー)を通過する際に,2つの光が合成されて特有の色になってみえる(干渉色)。干渉色は2つの偏光が作る色で,鉱物の種類やその中を通る光の方向によって異なるので,干渉色の違いによって石英や長石などの色のない鉱物でも,その鉱物が何であるかを判別する事が出来る。含まれている鉱物の種類と構造を判別するという地質学的なアプローチで,最終的に岩石の種類を判別する。
直交ニコル,開放ニコルそれぞれの状態で,各岩石と鉱物の観察を行った。観察結果はスケッチと写真で記録した。
 写真16-26は生徒作成の薄片プレパラートを偏光顕微鏡で観察した写真を示す。直交ニコルと開放ニコルそれぞれ同一視野でデジタルカメラにて撮影した。近年,顕微鏡の接眼レンズの大口径化が進んだこともあり,専用アダプターなどの特別な機材がなくともデジタルカメラを接眼レンズに近づけるだけでも十分に撮影できるようになった。
 生徒達にはまず,これらの既知の岩石と鉱物をよく観察させスケッチをとらせて,石の特徴を理解させた。岩石ごとの詳細な特徴についてはここでは割愛するが,例えば安山岩であれば,磁鉄鉱,斜長石,輝石,角閃石などの鉱物で構成され,結晶の組織構造は石基と斑晶からなる斑状組織出構成される。磁鉄鉱であれば,直交ニコルと開放ニコルのいずれでも光を通さず暗黒である。石ごとの特徴を判明させるとこで,未知の岩石について地質学的なアプローチで明らかにすることが可能となる。判別の目安となる特徴を簡単に表1,表2に示した。表1,2を参考にさせて,オーソドックスな基準となる既知の岩石と鉱物を偏光顕微鏡にて観察し,特徴をしっかりつかませた。

(注:表/PDFに記載)

 写真27,28は伊豆大島より採取した火成岩から薄片プレパラートを作成し,偏光顕微鏡での観察を行った。結晶の特徴と構成される鉱物の特徴から岩石の種類を判別させた。
 未知試料の中には,非常にもろく,研磨工程で崩れやすいものもあり,今回の手法では薄片プレパラートが作成できないものもいくつかみられた。写真27は,うまく薄片が作成できた未知試料岩石の1つである。組織は斑晶と石基からなる斑状組織で,磁鉄鉱,斜長石,かんらん石を観察することができる。これよりこの岩石が玄武岩である事が示唆され,伊豆大島を構成する岩石には玄武岩が含まれていることが生徒自身でも判断することができた。
 写真28は,組織がもろく,研磨が十分に行えなかった未知試料の岩石のプレパラートである。これ以上研磨すると試料そのものがプレパラート上から剥奪してしまい適切な厚さに研磨できなかったため,岩石の種類を判別することはできなかった。
本研究のテーマである城ヶ島の岩石についても同様に研磨を試みたが,岩石がもろく適切にプレパラートの作成を行う事が,今回は出来なかった。岩石にエポキシ樹脂や瞬間接着剤などを用いて補強するなどして,再度プレパラートの作成を試みている段階である。
以下に,生徒スケッチをいくつか掲載する。スケッチは図1のような用紙を用いた。


5.まとめ
 岩石を研磨して薄片を作成する,この作業は大変地味な所があり根気がいる。しかし生徒達は大変楽しそうに作業をしていたのが印象的であった。中学・高校では,最初から最後まで一人で行う実験はあまり多くない。しかし岩石薄片プレパラートの作成は,石選びから研磨,偏光顕微鏡による観察,とすべて自分の手で行わなければ,結果を出すことができない。グループでの実験にはない,実験の結果への責任感を強く持てるのがこの実験の良さでもあると思う。
 研磨しすぎて試料が無くなってしまった生徒や,スライドガラス面を研磨してしまい,磨りガラスになってしまい観察できなくなってしまった生徒,(いずれも最初からやり直し)もおり,試行錯誤しながら岩石薄片プレパラートの完成を目指してくれた。完成したプレパラートを偏光顕微鏡で観察した際に観られる岩石の美しさには,苦労の甲斐もあって,大変感激している様子であった。
 実験・観察,という点においても,既知の試料を用いて知識と技術を習得し,その技術を未知の試料の分析に応用する。既知試料と未知試料を比較することで,未知試料を解明するといった実験観察の最もオーソドックスな部分を多くの生徒が体験,理解してくれたようであった。
 今回の実験では,テーマにあるように城ヶ島の岩石と海蝕の関連性を明らかにする所まではたどり付けなかったが,今後も引き続き研究活動をつづけ,明らかにしていきたいと考えている。