2016年[ 科学教育振興助成 ] 成果報告

小中高大・医を工学と医療で繋ぐサイエンス・ネットワーク構築

実施担当者

熊 坂克

所属:山形県立米沢興譲館高等学校 教諭

概要

1 はじめに

本校の歴史は、米沢藩第9代藩主上杉鷹山公が1776(安永5)年に学間所を再興して創建した藩校「興譲館」に由来する。鷹山公は、財政が逼迫し苦しい状況ながらも様々な殖産興業や人材育成を図る改革を手がけ、その名君ぶりが今も讃えられる。その善政の一つとされるものに洋学勤学制度および「好生堂」の創設がある。当時、いち早く洋学や西洋医学の導入を決断し、財政窮乏の折りにもかかわらず、藩医を長崎や江戸等へ派遣して修学させると共に、医師たちに教育・研修の場として医学館「好生堂」を提供した。加えて、高価な医療機器や洋書を購入して好生堂に下賜したともいわれる。
このような歴史になぞらえ、昨年度より貴財団の助成を受け、山形県内では本校が嘴矢となり、医学や工学を志す本校生徒(希望者)に、それらを体験的に学ぶことができる教育環境の構築を図ってきた。それらは、一方的な教えではなく、双方向的な学びあいや教え合い、医療に関わる種々の講義や研修、実験演習等の体験を通して、医学や工学への志を一層高め、キャリア形成を図っていくような取り組みとした。これらを通して、医学や工学といった、理工系学部への進路意識が高まり、それらの学部・学科を志望する生徒の増大を日指してきた。しかしながら、本取り組みは本校生徒のみにとどまっているのが現状だった。
そこで、これらの取り組みを水平展開(地域の他の高校生や中学生と一緒に行う取り組み)と垂直展開(高等教育機関や研究施設、医療機関等と連携しながら、本校生徒が講師となり、地域の児童を対象とした体験的な科学実験講座を行う取り組み)を推進していくことにより、本校生徒だけでなく、広く地域へこの効呆を波及させることができると考え、そのネットワーク形成の足がかりを図る取組を推進した。
一つはこれまで推進してきた「地域と小中高大をつなぐ、科学教育の架け橋となる取り組み」を活用し、高等教育機関等の指導を仰ぎながら、本校生徒が講師となり、医療や工学を題材とした子ども向けの体験的科学実験講座を行っていくことで、子ども達に医療や工学の科学技術を身近なものと感じさせ、その裾野を広げる活動を展開した。水平展開では、昨年度、本校が主催事務局として開催した「山形県高等学校サイエンスフォーラム」(県内の理数教育に力を入れている高校が合同で行う生徒研究発表会)を、高校生だけでなく、中学生も工学と医学との係わり等を体験的に学ぶことができる機会の一つとした「山形県サイエンスフォーラム」へと発展・昇華させ、工学や医学を志す生徒の掘り起こしとその一層の増大を目指した。

2 主な取組

2-1 山形大学理学部及び先端的なバイオ企業と連携したDNA実験学習会

平成28年7月5日、本校を会場として本校生徒や本地域の高校生物教員を対象とした「ハイレベル科学実験講座」を実施した。本地区の高校生物教員は55.6%が参加した
。講師の一人である山形大学理学部横山潤教授より、PCR法による体験型の遺伝子解析実験と「過去を復元する生物の系統関係の解析」と題した進化や系統樹に係わる御講義をしていただいた。また、バイオ企業であるイルミナ社テリトリーアカウントマネージャー菊地正勝氏より、遺伝子解析技術の最先端である「次世代シーケンサー」について御講義をしていただいた。本校生徒のみならず、置賜地区内の高校理科?生物教員が多数参加し、遺伝子研究の最先端を体験的に学んだ。

2-2「科学フェスティバルinよねざわ」でのDNA実験教室

平成28年7月23,24日、山形大学工学部を会場として、置賜地区高等学校教育研究会理科部会生物専門部と連携し、「科学フェスティバルinよねざわ」にて、地域の児童・生徒を対象とした体験型のDNA実験教室を開催した。本校生徒約60名が実験の講師を務めた。参加した地域の児童や生徒は200名をこえた。保護者了解のもと、希望した児童?生徒を対象に、自身のDNAを抽出し、そのDNAを入れた遺伝子ボトルペンダントを作成して持ち帰ってもらった。大変好評であり、このような体験的活動を通して、児童?生徒の遺伝子リテラシーの涵養を図った。

2-3 本校オープンスクールでのDNA実験教室

平成28年7月30日、本校を会場として、地域の中学3年生約400名を対象としたオープンスクールの機会を活用し、DNA実験教室を実施した。講師は本校生徒が務め、中学生を対象にDNA抽出等の体験的な科学実験を行った。
中学校理科でもDNAという言葉はでてくるものの、実際の実験をしたことがない生徒がほとんどのようで、非常に興味?関心をもって取り組む様子が窺えた。参加した中学生を対象としたアンケートでは「今回の参加で、サイエンスに対する興味?関心は増したと思うか」という設開に対し、334名から回答が得られ、「よく当てはまる」237名、「やや当てはまる」78名と肯定的な回答が94.3%を占めた。

2-4 医療施設での体験学習

平成28年9月21日、米沢市立病院・三友堂病院の2つの医療施設にて各施設20名程度の人数で訪間し、医療・保健の現状について体験的に学習した。生徒それぞれの進路希望に合わせ、各施設において医師・獣医師・看護師・薬剤師・保健士・理学療法士・作業療法士等、各職の職務について説明を受け、ディスカッションを行った。また、手術室の見学や、各種検査機器の見学、薬の調合の見学、心肺蘇生法の研修などを通し、医療の根にサイエンスが関わっているということを体験的に学習した。

2-5 「生涯学習フェスティバル」におけるモバイルキッズ・ケミラボブース

平成28年10月9,10日、米沢市営体育館を会場として、山形大学工学部と米沢市教育委員会が連携しているモバイルキッズケミラボと協働し、本校生徒が実験講座の講師となる取組を実践した。本校生徒は理数系を志望している生徒にとどまらず、文系で教育系を志望している生徒もボランティアとして約80名が実験講師として参加した。地域の子どもたちの参加は100名を超えた。地域の子どもを対象とした取組ではあるが、子どもを介してその保護者の科学リテラシーの涵養も図ることができた。文系生徒や文系教員の参加により、今までの課題であった「文系」も協働した取組となった。

2-6 東北大学と連携したDNA実験学習会

平成28年10月12日、東北大学工学部を会場として、体験的な「工学と医療」の講義、実験及び研究室見学等を実施した。参加は本校希望生徒1年生40名であった。東北大学大学院医工学研究科神崎展准教授により、工学や医療の切り口で遺伝子研究に係わる最先端の知見を御講義していただいた後、小グループに分かれ、関遮する各研究室見学や体験的な遺伝子工学の実験実習を行った。通常の高校現場では体験することができない学びに触れることにより、生徒の「学び」に対する興味・関心を高めた。

2-7 山形県サイエンスフォーラム

平成28年12月17日、山形国際交流プラザ(山形ビックウィング)を会場として、本県教育委員会や山形大学、県内理数科設置校を中心とした理数教育や探究型学習に熱心に取り組んでいる学校と連携・協働しながら、裔校生・中学生がそれぞれの学校における諸活動の状況や研究成果の発表を行い議論することで、相互に刺激し合い、これからの活動や研究の質的向上と内容の深化を図る取組を実施した。生徒は自身が取り組んだ研究をポスターセッション形式で発表した。参加は、県内の高等学校17校および中学校の生徒で110件の発表がなされた。評価者(審査員)は、山形大学や山形県教育センター指導主事、山形県工業戦略技術振興課科学技術振輿主査、山形県農業総合研究センター研究開発主査(博士)の20名に依頼し、VALUEルーブリックに基づくパフォーマンス評価を行っていただいた。
発表者を含めた参加者を対象とした意識調査において、「今回の参加で、サイエンスに対する奥味?関心が増したと思うか」という設間に対し、230名の回答が得られ、「以前から興味?関心があり、今回の参加により一層増した」49.1%(113名)、「以前から興味?関心があり、今回の参加後もあまり変わらない」29.1%(67名)、「以前は興味?関心はなく、今回の参加により奥味?関心を持つようになった」17.0%(39名)といった肯定的な回答が95.2%(219名)と大多数であった。特に「(以前から興味?関心があり)一層増した」や「(以前は興味?関心なかったが)持つようになった」といった良い変容が見られた生徒は66.1%と高い割合だった。

3 まとめ

貴財団の科学教育振輿助成助成【プログラム助成(1年目)】により、本取り組みを本校生徒のみにとどまらず、小中学生等に向けた縦のネットワーク(垂直展開)、他の高校を巻き込んだ高校生同士の横のネットワーク(水平展開)形成を推進することができた。その中でも、当初の計画で想定していなかった、高校教員間のネットワーク構築の端緒が開かれたことは本取り組みの副次的効果である。具体的には、本校生対象の生物学ハイレベル講座(次世代シーケンサーの紹介やPCR法の実験演習等)への参加を本地区の高校生物教員に呼びかけたところ、その55.6%の参加があったこと等である。この現象は、平成24年度より高校生物の教科書が大幅改訂され、特に日進月歩の遺伝子やタンパク質といった分子生物学の領域において、その教授方法等に戸惑っている現場の高校教員も少なくないためだろう。本校が本地域の中核的役割を果たし、裔校生だけでなく、高校教員にも工学や医療を含んだ最先端のバイオテクノロジー等を学ぶ機会を創出することは、理科教育の推進の観点からも効果が大きいと思われる。そのような機会で教員が得た知見を、それぞれの
学校で多くの生徒に還元するためである。
平成29年度は、今年度の取り糾みに加え、この教員間連携の水端を意識した取り組みへと昇華し、推進していきたい。