2016年[ 科学教育振興助成 ] 成果報告

富士山頂の自然に学ぶ教材開発-教員と高校生の参画型探究学習手法の創発-

実施担当者

古田 豊

所属:学校法人立教学院 立教新座中学校・高等学校 教諭

概要

1 はじめに
 自然が先生。日本の極地の一つである富士山、その山頂、標高3,776mにある富士山特別地域気象観測所(以下、旧富士山測候所)に教員が滞在し、自然に学ぶ教材を開発し、高等学校の授業の教材として、また部活動の研究テーマ等に展開しました。
 主な開発教材は、「ヘアドライヤーの送風による軽量球体の浮上実験」、「赤外線ヘリコプターの可搬重量測定実験」、「軽量物体の落下実験」等です。自然相手の思わぬ事態と遭遇し、大自然の懐(写真は富士山頂火口)で自然に学ぶ意義を深めました。


2 授業への展開
 高校3年理科選択科目「富士山のサイエンス」、「物理実験」、「物理4単位」、高校2年理科必修科目「物理基礎」で展開しました。
 「富士山のサイエンス」では、毎週100分の探究活動として教材開発を行い、13名の受講者が数名ずつのグループに分かれてアイデアを出し、試行実験を重ねて発表し合う方法で行いました。同様の授業展開は、2015年度6名、2014年度2名でした。4月に富士山頂の自然環境を紹介したビデオを視聴し、学校とは異なる様子を見てもらいました。その上で、山頂で実験を行う者は教員1人であること、過去の山頂での実験経験からの示唆、迷惑をかけない、安全性が高い、学校と山頂で違いが出やすい等の実現可能性を考慮して実験を考えました。
 「ヘアドライヤーの送風による軽量球体の浮上実験」では、卓球の公認球2種類と、大きさの異なる発泡スチロール球の浮き方の観察記録と計測を、球体の数と位置を替えて探りました。当初、浮上高だけを比較する想定でしたが、回転と振動が複雑に生じました。高校生はヘアドライヤーの吸気口に軽量球体を吸い付けて風量を小刻みに調節する方法等を発想しました。
 「赤外線ヘリコプターの可搬重量測定実験」では、ヘリに錘を取り付けて運べる高さを探りました。学校では浮上できても、富士山頂では浮上できず、振動と回転が生じました。横滑りしたり転げ回る機種が見つかりました。富士山頂でも浮上するヘリを探し、実験条件を整えながら比較実験に臨みました。
 「軽量物体の落下実験」では、焼菓子用アルミカップ4種類各20,30枚入りの仕切り紙を落下させました。記録方法として、高校生は1.50mの落下時間をストップウォッチで計測する方法を、教員はタイムラプス撮影したデータを使う方法を発想しました。
 受講した生徒の中には、本校必修の卒業研究論文を書いた生徒がいました。「気圧の変化を用いた実験~様々な山と学校との標高差を利用して~」のタイトルで、富士山吉田口頂上、大菩隧峠などに登り、空気を採取して自作の簡易装置で体積を計り、家庭へ持ち帰って再度計り、ボイル・シャルルの法則を用いて温度・圧カ・体積の関係を探る精度を高める工夫をしました。
高校生のアイデアが具体化すると、生徒が集まり沸き立つ驚きの声が上がりました。さり気なく工夫を吐露する生徒もいました。 教員は高校生の発想と試行を見逃さないように机間巡視して対話し、呟きや仕草などから実験アイデアの創発を促しました。
 「物理実験」、「物理4単位」、「物理基礎」の授業では、教員の研究テーマを紹介し、空気抵抗下での運動解析を用いました。


3 部活動への展開
 「観測部」の研究として、標高の異なる条件下で複数の実験をしました。週2回、各3時間活動します。7月中旬のオープンキャンパスでは、本校を見学する小・中学生に「軽い球体の浮上実験」と「軽量物体の落下実験」の体験支援をしました。8月に教員が富士山頂に滞在して教材開発を行いました。
 9月に部員4名と教員が富士山表口6合目(富士官口6合目、標高2,493m)にある雲海荘に1泊して実験合宿を行いました。この合宿での実験データを用いて、標高の異なる地点のデータを比較します。教員はI日富士山測候所活用の速報を出し、高校生は研究の中間発表を準備し、10月下旬の学園祭でポスター発表と来場者への説明と実験操作体験を支援し、また11月上旬の埼屯県私学文化祭作品展研究発表部門でポスター発表を行いました。
 教員と高校生は「認定NPO法人窟士山測候所を活用する会」第10回成果報告会の発表を準備し、3月上旬に集大成として「理科準備室へようこそ~富士山頂での教材開発V-」のタイトルで教員が発表し、その中で高校1年生部員が「標高に伴う落下時間の変化」と「ヘアドライヤーの送風によるピンポン球の浮上実験」の研究結果を口頭発表しました。
 部活動への展開は、高校生の関心と研究の完成度等を考慮して、どこで研究発表をするかの機会を選びます。実験の発想から試行実験、発表までの一運の流れを経験する1年終了時あたりで、年間の見通しを立てて次の研究テーマの構想を練ります。


4 開発教材例
 旧富士山測候所に滞在した期間は8月9日-12日、19日-23日でした。自然相手の思わぬ出来事との遭遇は、富士山頂での台風通過でした。22日に台風9号が通過し、山頂で最低気圧637hPaを記録しました。普段経験し得ない最低気圧下で「赤外線ヘリコプターの可搬重量測定実験」を行いました。台風対策を施した旧富士山測候所の守りは堅く、建物を叩く雨音が数時間微かに聞こえた程度でした。
 自然の振る舞いを短詩フォーマットで詠んだ例を挙げます。
 山頂で仰ぐ飛行機西へ飛ぶ青き空背に音を伴い
 夕暮れや西面照らす富士山の東の雲に影富士映る
 吹きすさぶ馬の背歩む命一つ
 喘ぎつつ留まり登る富士山頂
防災標語の例を挙げます。
 ヘルメット噴石避ける一手段
 噴火時の咄嵯の動き生還へ
 落石を起こさぬ歩き疲労時も


5 まとめ
 富士山頂を教材開発のフィールドに選んで5年目、高校の部活動に展開して4年目、高校物理系の授業に展開して3年目の教材開発でした。
 授業場面の「教員と高校生の参画型探究学習手法の創発」は、教員だけでは着眼しきれない発想を得たことと多様な実験方法に接し得たことです。高校生の参両の程度は、他のグループの工夫と進捗に刺激されながら高められていきました。実験アイデアに行き詰まったグループは、他のグループの実験を真似しても発想が飛躍せず微妙な調幣ができず先へ進めません。しかし突然発想が閃いて打開する成功体験を促せました。真似しても真似し続けない模倣と創造の微妙な小径を進んでいきます。探究結果を授業内で発表する際にはプレゼンテーションソフトを使い、手元実験を併用しながら質疑応答する学会発表に準じて展開しました。
 部活動場面の「教員と高校生の参画型探究学習手法の創発」は、9月に富士山表口6合日で実験合宿を行うことで自然の振る舞いを実感でき、標高の異なる地点を比較する実験の意義を意識することができました。特に今回は強い風雨に見舞われながらの登山、夜景観察時の視界の拡がりと寒さ、曇りの日の出など刻々と変化する富士山の自然を体感し、晴れた日の山頂での実験を想像しました。授業での展開と異なる点は、市民や他校生、科学者の前で研究発表をする機会を持つことに伴う準備と意識の持ちょうでした。7月から翌年3月まで4回の発表機会に学んでもらいました。
 自然の懐で教材開発をする醍醐味は、想定外の事態を活用できたことです。台風通過中に富士山頂に居合わせた偶然で発想したのが「赤外線ヘリコプターの可搬重量測定実験」でした。想定外の低い気圧下でデータを取ることができました。翌日が下山予定で実験機材を片付けた後、急逮思いついたアイデアでした。刻々と変化する自然の現象に応じた教材開発を行えることが、富士山頂を教材開発のフィールドにする意義の一つと実感しました。学校での教材開発とは異なる点です。
 富士山頂に身を置いて、五七五、五七五七七のフォーマットで描写する自然は、理科実験とは異なる教材開発事例です。言菜を紡ぐ中で、富士山頂で体感した暗黙知を短詩という形式知に落とし込む過程は、体験の追体験となり、淡い記憶を隅々巡り探して言語作品に結晶させます。知情意が拡がり滲む描写は、理科実験教材開発に限定しない教材開発の意味づけと言えます。