2014年[ 科学教育振興助成 ] 成果報告

宮城県の自然と人間生活の共存~自然林・人工林・被災地から学ぶ~

実施担当者

東舘 拓也

所属:宮城県柴田農林高等学校川崎校 教諭

概要

1.はじめに
 本校は蔵王連峰の麓の豊かな自然に囲まれた普通科高等学校である。宮城県固有の生態系が保存された観察林と松林などの人工林の両方を備えた演習林を有する。演習林を活用し,宮城県古来の生態系の保全や人間生活との共存について考えを深めることを目的として活動を実施した。
 さらに,宮城県は東日本大震災の大津波によって甚大な被害を受け,生態系も大きな影響を受けたため,被災地域との比較も加えることによって,地域の自然に対する畏敬の念や自然災害・復興に対する深い理解を喚起することを目指した。


2.活動報告
(1)青根演習林の生物・生態系調査
期日:平成26年10月15日 対象:26名
指導者:青根演習林技師 小綿勝美氏
 青根演習林において,宮城県固有の生態系が保存された自然林と演習林のそれぞれにおいて,樹種や林床のようす,生息する生物の調査・観察を実施した 1)。
(自然林の特徴)
 自然林にはコナラやミズナラといった夏緑樹林が生育し,幹は曲がっているものが多かった。
こういった広葉樹の多くは萌芽更新と呼ばれる,切り株の面から新たな個体が成長を開始する現象があることを学ぶことができた。また,林床は広葉樹の落ち葉が絨毯のように覆っており,ひざ丈程度の下草が生えていた。
(人工林の特徴)
 人工林には,アカマツやスギといった針葉樹が植えられていた。林床はきれいに刈り取られ,ひざ丈程度の下草は見られなかった。針葉樹の多くは落葉しないが,カラマツは落葉しており,林床に積もっていた。
(青根演習林の生物)
・ニホンミツバチ(図1)
 近年はセイヨウミツバチの移入などによってあまり見られなくなった,日本固有のニホンミツバチを観察することができた。演習林内にあるコンクリートの電柱の中に巣を作っていた。スズメバチが接近すると一斉に羽を羽ばたかせ,威嚇を行っていた。
・アカハライモリ
 演習林内の沼地にアカハライモリが生息していた。水は澄んでおり,底は泥であった。同じ沼で,春には環境省カテゴリー「準絶滅危惧」2)に指定されたトウホクサンショウウオの産卵が見られるとの説明があったが,今回は秋の調査のため確認できなかった。
(自然林と人工林の比較)
 自然林は広葉樹のコナラやミズナラといった大樹に加え,アオダモやムラサキシキブが生育し,樹種が多いことが特徴的であった。一方,人工林は人の生活に必要な針葉樹のスギやマツが区画ごとにまとまって植えられていた。これらの最も大きな違いは生物種の量であると考えられる。一目で分かる樹種の数だけでなく,広葉樹の葉は生物の餌や住み処となっていた。林床の保水力も自然林の方が高く,多くの生物の生存を支えていると予想された。

(2)青根演習林の生態系について講義
指導者:青根演習林技師 小綿勝美氏
(準絶滅危惧種ヒメギフチョウ)
 青根演習林には環境省カテゴリー「準絶滅危惧」,宮城県の「絶滅危惧Ⅱ類」に指定されているヒメギフチョウ(図3)が生息している。ヒメギフチョウの成虫はカタクリやスミレの花で吸蜜するが,卵をウマノスズクサ科のウスバサイシン(図4)という植物に産みつけ,幼虫はその葉を食べて成長するという特徴がある。個体数減少の原因として,食草であるウスバサイシンの減少が挙げられる。ウスバサイシンは背丈が低く,原生林よりも下草刈りなどが行われる里山などに多い。そういった適度に人の手が加えられる環境の減少がヒメギフチョウの食草をうばい,絶滅の危機に陥らせているとの説明を受けた。一般的に人の手が加わることは,生態系にとってはネガティブな影響を与えることが多いが,適度な干渉であれば,その環境を好む生物が「準絶滅危惧種」の中にもいることに生徒たちは大きな衝撃を受けたようであった。

(3)沿岸被災地との比較
 本校は,昨年度から沿岸被災地域に植樹を行ってきた。その際,沿岸被災地域の植生を観察した。これまで,宮城県沿岸は人の手によって植えられたアカマツの防潮林が広がっていたが,アカマツなどの針葉樹は直根で,大津波によって大半が流されてしまった。一方,古くからその土地に根付いていた広葉樹は根を絡ませ合って津波にも耐えたものが多いという報告がされている。こういった広葉樹を防潮堤に植樹していますが,広葉樹は塩害に弱いため,同じ堤防の海側と内陸側でも成長に差が見られた。
 演習林と沿岸被災地の環境は大きく異なっていた。防潮林や建物が津波で流されてしまった沿岸地域は,風が強く,その風は塩分を多く含んでいるため実地調査後には手や髪の毛がベタベタになった。一方,演習林は多くの樹木が存在し,風が弱められ,林内は静かで林外よりも暖かい印象を受けた。

(4)自然との共存を考える
 生物基礎の授業で,演習林での実習を踏まえ,「自然と共存できる森づくり」を生徒たちが考えた。実習前は,人が手を加えないことが生態系にとって良いことだと考えていた生徒たちも,自分たちの生活に樹木が必要であることや人の手がある程度加わる環境で生息する生物がいることを知り,人も固有の生物も無理のない共存の形を探っていた。

(5)探究活動
(透明標本の作製)
 青根演習林実習の際,生物の形の多様性に興味を持った生徒が多かった。そこで,形を捉えるため,透明骨格標本を作製した。ニワトリ胚の透明骨格標本はきれいに作ることができ,ニワトリの胚は骨格がすべて軟骨であること,四肢の形が人や魚類とも異なることが分かった。さらに,魚類でも作製しており,全身がきれいな透明になるよう条件検討を繰り返している。各個体の結果を合わせて,魚類のひれは外側が軟骨,内側が硬骨であることが分かった。

(塩分濃度の植物に与える影響)
 演習林と沿岸被災地の環境は大きな差である塩分濃度の差が植物の生育にどのような影響があるかを生徒主体で仮説・検証を行った。サイエンス・パートナーシップ・プログラムの事業と一部重複する部分もあったが,塩分濃度を変えた食塩水を与えるだけでなく,潮風が与える影響を調べるために霧吹きでの葉への食塩水の散布など生徒独自で考えを広げることができた。


3.まとめ
 本校は宮城県のなかでも豊かな自然を有する地域に位置するが,近隣の仙台市は急速に開発が進んでいる。宮城県固有の広葉樹林は,樹種の豊富さだけでなく,落ち葉やドングリなどの種子によって多くの生物を支えている。さらに,大津波にも耐えたことから復興の視点からも関心が高まっている。そうした自然や生態系をそのままの形で保全していくことは,次代を担う者の重要な責任である。
 さらに,都市と自然の両方が存在する宮城県の高校生として,生徒たちは,自然が人々の生活にも多くの恩恵をもたらしてくれること,人の手が自然にとって無理のない程度で加わることによって維持される生態系もあることを学び,人も生態系も無理のない里山のような地域の重要性を再認識することができた。