2014年[ 技術開発研究助成 (開発研究) ] 成果報告 : 年報第28号

室温で動作する生体磁気計測用集積化薄膜磁界センサの開発

研究責任者

薮上 信

所属:東北学院大学 工学部 電気情報工学科  教授

共同研究者

小林 伸聖

所属:電磁材料研究所 主任研究員

共同研究者

加藤 和夫

所属:東北学院大学 工学部 教授

共同研究者

小澤 哲也

所属:東北学院大学 工学部 准教授

概要

1.はじめに
従来の代表的な高感度磁界センサとして超伝導量子干渉磁束計(SQUID)があり、生体磁気計測、非破壊検査等へ応用されている1)、2)。しかしSQUID 磁束計は超伝導現象を利用するためセンサヘッドを液体ヘリウム等で冷却する必要があり、高コストかつ煩雑なメンテナンスが要求されることから、一部の医療機関や研究機関に限定的に設置されている。一方、室温で動作する代表的な高感度磁界センサとしてはフラックスゲートセンサ3)があるが、バルク材料により構成されることが多いため、センサのアレイ化や集積化は一般に困難と考えられる。
筆者らはこれまで伝送線路型のセンサ素子構造を有し、キャリアの位相差を計測することにより高感度な薄膜磁界センサを開発してきた4)。しかしこれまで報告したセンサはバルクのプリント基板やセラミック基板と磁性薄膜を伝送線路構造として組み合わせたもので集積化は困難であることから、センサ素子全体を集積化プロセスで作製することが必要であった。また生体磁気計測等の高感度磁界計測には環境磁界の影響を抑制するため差動構造(いわゆるグラジオメータ)にすることが必要であり、その観点からも同一特性の複数個のセンサ素子を薄膜プロセスにより再現性、かつ歩留まり良く作製することが必要である。
そこで伝送線路および磁性薄膜をすべて薄膜プロセスにより一体化したコプレーナ構造の集積化薄膜磁界センサを作製し、センサ素子の小型化と高空間分解能を有する高感度磁界計測を目指した。誘電薄膜材料として高い比誘電率を有するSrTiO3 薄膜をコプレーナ線路の誘電体として適用することでキャリア電流の波長短縮効果を利用して、磁界印加に伴うキャリア信号の位相変化を大きくすることを意図し、高感度化を目指した。その結果、SrTiO3 薄膜を用いたセンサ素子ではSiO2 薄膜を用いたセンサ素子に比較して、明瞭な波長短縮効果と磁界センサの感度向上が得られた。一方本センサは室温動作する汎用の薄膜センサであり、低コストや取り扱い易さの観点から、磁気シールドルーム外での適用が期待される。そこで本報告では磁気シールドルーム外において健常者心磁界の計測を試みた。
2. 実験方法
2.1 位相変化型センサの試作
図1 は試作したセンサ素子の構造を示したものである。
本センサは誘電体薄膜の波長短縮効果を利用して磁界に対する大きな位相変化を得ることを意図したものである。センサ素子は、Cu 薄膜による直線コプレーナ線路、SrTiO3 薄膜、アモルファスCoNbZr 薄膜から構成され、センサ素子はガラス基板上にリフトオフプロセスにより積層した。コプレーナ線路は特性インピーダンスが約50 Ω となるように、導体幅を300 μm、隣接導体間隔を50 μm とした。アモルファスCoNbZr薄膜(18.2mm×1.15mm)はRF スパッタ法によりパワー200 W、Ar ガス圧20 mtorr で膜厚5 μm成膜し、磁界中熱処理(回転磁界中熱処理を400 ℃で2 時間後、静磁界中熱処理200℃で1時間、磁界強度は0.3 T)により1 Oe~3 Oe の弱い一軸磁気異方性をコプレーナ線路の幅方向へ付与した。絶縁層として強誘電体薄膜であるSrTiO3 薄膜を約6~8μm 成膜した。SrTiO3 薄膜はRF スパッタにより成膜した。スパッタ条件はAr ガス圧20 mtorr、パワー180 W、基板加熱機構の温度は130 ℃とした。終端開放のコプレーナ線路のインピーダンスを測定し、有限要素法による電界解析結果から、SrTiO3 薄膜の比誘電率は100 程度で得られていることを確認した。導体はCu 薄膜(約4μm 厚)をRF スパッタ法により成膜し、リフトオフでコプレーナ構造に加工した。Cu 薄膜の下地層としてCr 薄膜(約0.2μm 厚)をSrTiO3薄膜とCu薄膜の密着性を高めるために成膜した。誘電体の波長短縮効果を比較するために、SrTiO3 薄膜の代わりにSiO2 薄膜(厚み2μm)を用いたセンサ素子と、バルクのセラミック基板(厚み0.5mm)を用いた直線センサ素子(センサ長は25 mm)とを作製した。
2.2 位相差の測定方法
図2 はネットワークアナライザによるセンサ素子の位相差測定方法を表した図である。
センサ素子をヘルムホルツコイルの中央に配置し、センサの電極にはウエハプローブ(ピコプローブ製40-GSG-150)を電気的に接触させ、同軸ケーブルを介してネットワークアナライザ(HP 8752A)と接続した。直流電源(アドバンテスト製 R6243)を用いて磁性薄膜の磁化困難軸方向へ直流磁界を加えて、静的に変化させた。ネットワークアナライザの透過係数(S21)の振幅および位相差を磁界変化に応じて測定した。ネットワークアナライザと直流電源はパソコンを介してGP-IB で制御した。ネットワークアナライザの周波数範囲は0.3 MHz から3 GHz まで変化させた。バンド幅は3 kHz、平均化回数は16 回、周波数点は200点とした。各バイアス磁界において0.3 MHz~3GHz までを周波数スキャンして、保存した。
3. 測定結果
3.1 磁界に対する位相および振幅の変化
図3 は試作した図1の寸法のセンサ素子について印加磁界に対するセンサのキャリアの位相変化および振幅の測定結果の一例である。1~2 Oe付近において、キャリア周波数約1.8 GHz 付近で位相変化が最大となり、その傾きは心磁界計測等への適用上の目安としている100 degree/Oe 以上になった。また振幅の減衰は-31 dB 程度となり、信号処理回路として接続するDual Mixer TimeDifference (DMTD)法7)においてノイズ増大によるSN 比の悪化が顕在化する-40 dB を上回った。健常者心磁界等を計測することを前提にすると、位相変化感度は100 degree/Oe 以上で、キャリアの減衰が-40 dB 以内であることが必要であり、ここではこの値をクリアすることを目安とした。
3.2 誘電体と感度の検討
図4 は位相変化感度と減衰量について異なる誘電体を用いた場合について比較したものである。
誘電体は、それぞれ●がSrTiO3 薄膜 、○がSiO2薄膜のみ、▲がセラミック基板を用いた場合である。SiO2薄膜を用いたセンサ素子の長さは5 mm、SrTiO3 薄膜を用いたセンサ素子は10 mm、セラミック基板を用いたセンサの素子の長さは25mm であった。なおそれぞれセンサ素子の長さとは磁界検出部分であるCoNbZr薄膜の長さを表記した。セラミック基板を用いたセンサ素子の構造は図5 に示すものであり、センサに用いるアモルファスCoNbZr 薄膜が25 mm×25 mm、検出素子部分のコプレーナ線路長が25 mm であり、薄膜プロセスで作製したセンサ素子に比較して寸法が大きい6)。図4よりサイズが大きいバルクのセラミック基板を用いたセンサには及ばないものの、SrTiO3 薄膜を用いたセンサは-40 dB 以上のゲインをもち、位相変化感度が100 degree/Oeを超える素子が比較的歩留まり良く作製できた。
図6 はSrTiO3 薄膜を用いたセンサ素子とSiO2薄膜を用いたセンサ素子の位相変化感度とゲインの比較を示したものである。コプレーナ線路におけるCoNbZr 薄膜の長さは10mm と等しくした。SrTiO3 薄膜を用いたセンサ素子はSiO2 薄膜のみのセンサ素子に比較して明瞭に位相変化感度が高く、かつ減衰は小さかった。またSrTiO3薄膜を用いたセンサ素子はゲインが-40dB 以内となり、減衰を大きくすることなく、高誘電率薄膜の波長短縮効果により位相変化感度が向上することが示された。またSrTiO3 薄膜を用いたセンサの減衰が小さいことはCu 膜厚を厚くした効果も効いていると考えられる。
3.3 磁界センサ素子の評価
図7 は微弱磁界を計測するための信号処理回路としてDual Mixer Time Differential Method(DMTD 法)を示したものである7)。この回路はセンサへキャリアを印加すると同時に、別ルートにもレファレンスのキャリアを分岐して、2 個のミキサで5 kHz へ低周波化した後に、センサから出力とレファレンス信号との時間差をタイムインターバルアナライザ(YOKOGAWA TC890)で計測するものである。センサへ被測定磁界が印加されるとセンサから出力されるキャリアの位相が変化して、タイムインターバルアナライザでは時間差の変動として計測される。キャリアは約2.3GHz、17dBm とした。ダウンコンバートした信号はタイムインターバルアナライザを使用し、5 kHz でサンプリングした。センサ素子へは直流磁界をバイアスとして加えて、微弱磁界を計測した。図8 はセンサ、バイアスコイルおよび微弱磁界印加用のコイルの写真を表したものである。磁界センサはアルミテープおよびアルミ板(厚さ1mm)により囲い、静電的なシールドを施した。
バイアスコイルは左右に約700 ターン、直径880mm の2つのコイルを約800mm 離して対向させた。微弱磁界発生コイルは直径50mm、20ターンとして、センサから約50mm 離して配置し、磁界強度等を校正した。図9 は磁界を静的に変化させた場合の2.3 GHz 付近でのキャリアの位相変化および振幅変化を示したものである。約2.3 GHz において位相変化は最大400 degree/Oeが得られた。約2.4 GHz 付近ではさらに位相変化感度は向上するものの、キャリアの減衰は-60dB以下となり、センサ出力信号におけるSN比が著しく悪化した。バイアスを約1.8 Oe 程度に設定して、微弱交流磁界(11 Hz、 約270 pT)を印加した際のDMTD 回路およびタイムインターバルアナライザにおけるSN比を表したものが、図10(a)である。信号レベルは出力波形をFFT 処理して11 Hz の強度を表記し、ノイズレベルは1 Hz~40 Hz の帯域の平均ノイズレベルを求めた。印加した交流磁界バイアス磁界1.8 Oe 付近においてSN比が最大となった。さらに図10(b)はバイアス磁界を1.8 Oe 付近に固定し、キャリア周波数を変化させて信号レベルとノイズレベルを比較したものである。SN 比が最大になる条件としてキャリア周波数を2.36 GHz を設定した。
3.4 心磁界の多点計測
図11 は磁気シールドルーム外(東北学院大学工学部バイオリサーチコモン棟バイオ実験室3)で非磁性ベットに被験者を仰向けにし、センサを胸部に接近させた様子を表している。センサ素子は体表面から5mm 以内に近接させた。被験者は測定中胸部がセンサ素子と接触しないように浅く呼吸をした。被験者およびセンサは磁気シールドルーム(遮蔽率:-34 dB (0.1 Hz)、-34 dB (1 Hz))内に置いた。DMTD 法の機器および処理回路は50 Ωの同軸ケーブルで接続した。
図12 は測定点を表しており、約30mm 間隔で16 点で心磁界を計測した。測定時にはセンサ位置は固定し、身体をセンサに対して相対的にずらして測定した。測定した磁界の方向は人体に対して左右方向成分である。心電信号はディジタル生体アンプシステム(5200 シリーズ、NF 回路設計ブロック)により、第Ⅰ誘導および第Ⅲ誘導を測定した。図13 は2名の健常者の加算平均した心磁界と心電波形を併記したものである。グラフ上部の波形が心磁界の波形を表し、下部は心電信号を表している。図13(a)は男性(21 才)、(b)は男性(22 才)の心磁界波形である。使用したフィルタはdigital で50Hz バンドストップフィルタ、0.8Hz のハイパスフィルタ、45Hz のローパスフィルタを通した。心磁界は心電信号のR波を基準に約800回程度加算平均した。
図13(a)、(b)を見ると、心磁界のR波の強度は最大で150 pT に達し、SQUID 等で報告されている値よりも大きかった。これはセンサを体表面から5mm 以内に近接配置したことによるためと考えられる。2 名とも心磁界のQRS 波は心電信号のQRS 波とほぼ同一の立ち上がりで同期している。また心磁界のT 波も心電信号のT 波とほぼ同時の立ち上がりで観測されていると考えられる。QRS 波の強度は左心室近く(図13 の16 点の中央あるいは右下のグラフ)で相対的に強く、体表面の中央(図13 の左側のグラフ)ほど弱かった。また左心室に近接する部分(右側のグラフ)では主としてR波は正方向に強く、体表面の中央に行くにしたがってS波が強くなった。これらは2 名の健常者に共通する傾向として観測された。これらの傾向は3 次元SQUID 磁束計を用いた先行研究の実験結果8)と定性的にほぼ対応するものであり、合理的な結果と考えられる。なお本実験では単独の磁界センサを使用しており差動接続されていないことから、多くの加算処理回数を必要としている。同一特性のセンサ素子を差動接続し、タイムインターバルアナライザの時間分解能を向上できれば、少ない平均化回数で心磁界計測が可能になると考えられる。左心室付近ではR 波が正成分を有して大きく、人体中央付近ではS 波あるいはR 波が負成分となった。SQUID を用いた先行研究の測定結果とほぼ対応したことから本センサで心磁界がおおむね正しく評価できたと考えられる。
4. まとめ
1. 高誘電体薄膜(SrTiO3 薄膜)とアモルファスCoNbZr 薄膜を組み合わせたコプレーナ線路構造の伝送線路型薄膜磁界センサを薄膜プロセスにより一体的に作製した。
2. センサの位相変化率は、100 degree/Oe 以上でキャリアの減衰は-40dB 以内のものを作製できた。
3. SrTiO3 薄膜を用いることによりSiO2 薄膜を用いた場合に比較して高い誘電率であることによる波長短縮効果により磁界に対するキャリアの位相変化感度が明瞭に向上した。
4. 磁気シールドルーム外において2名の健常者の心磁界を16 点で計測した。左心室付近ではR 波が正成分を有して大きく、人体中央付近ではS 波あるいはR 波が負成分となった。SQUID を用いた先行研究の測定結果とほぼ対応したことから本センサで心磁界がおおむね正しく評価できたと考えられる。