2015年[ 科学教育振興助成 ] 成果報告

実験観察を通した放射線教育~これからの社会で生きていくために~

実施担当者

伴 浩光

所属:日光市立東原中学校 教諭

概要

1.はじめに
 本校は栃木県の北西部に位置し、日光国立公園や世界遺産の日光東照宮を眺める場所にある。華厳の滝から続く大谷川によって扇状地として開けた平野である。二宮金次郎によって灌漑がおこなわれ農業が発展してきた土地柄である。近年伏流水などの優れた水資源を有効活用できる企業、工場等の誘致活動が行われている。
 本校に学ぶ生徒は学習に対する興味関心が高く、また知識欲や先取の気風も高い。しかし現在の子供たちに共通するコミュニケーション能力や、自尊心に関しては伸ばしていく必要があると考えられる。


2.研究テーマの設定
 福島第一原子力発電所の事故後、今日でも本校グラウンドでは毎日放射線量の測定が行われ、一昨年には小中学校のグラウンドの土の除染が行われた。生徒のなかにも甲状腺の検査を受けるものもいる。このような地域に居住する生徒にとって、身近な環境に対し疑問を持つことは当然であるが、それに対する学習の機会が確保されているとは言い難い。
 そこで本研究では、放射線に関する実験観察を通し、実験データから科学的に判断をすることができる生徒、小グループによるディスカッションから客観的に合意形成を行える生徒、それに従い行動の意志決定をすることのできる生徒を育成していきたい。
 具体的に以下の点について生徒の能力が高まるものと期待される。
・放射生物質、放射線、単位、遮へいについての基礎的な知識の習得
・メディア等で発表される放射線量データへの理解力
・真実を追究するために、自己判断にとらわれないコミュニケーションを用いた合意形成、課題解決能力
・話し合った結果をもとに身の安全について判断し、行動を決定する力


3.研究内容
(1)教材の選定
 生徒が自ら実験をおこない、有意義なデータを収集できるよう、さまざまな放射線検知器を準備し、場所、物質、計測方法、実験器具、環境等を整備した。これは放射線に関する内容を実験室という限られた空間で、どんな活動がおこなえるのか、また、生徒の操作でどれくらい期待される結果を導き出せるのかを事前に把握しておく必要があるためである。
①校舎内外の自然放射線の測定
・本校グラウンド中央
・部室棟雨樋だまり
・体育館脇側溝
以上の場所で生徒による測定でも考察が可能な明確な違いが認められた。
②放射性物質の選定
・安定してある程度の放射線が放出される放射線源として、日本アイソトープ協会から133Ba370kBqをお借りした。遮蔽実験やレベル計での線源として利用した。
・市販のモナザイト結晶体は線量は少ないが校内に保管し、年間を通し必要なときに利用することができる。霧箱の中で飛跡を観察するのに利用した。
・市販の数種類の放射性物質組み合わせを購入し、放射線量を事前に測定したが、身近な物質からも放射線が出ていることを確認する程度の実験にしか使えなかった。今回のプログラムでは第2回の初めての放射線測定で利用した。
・電子線を観察する放電管から放射線がでている報告があったが、本校の放電管を調べてみると古いタイプのものでは市販のモナザイト結晶体より多量の放射線量を記録した。生徒に直接操作させる実験器具ではないが今後実験での使用には注意が必要である。
③霧箱
 簡易的な霧箱であるが、生徒自らの操作、作業によって観察できるよう、4人一班とし、8班分を準備した。
飛跡を観察した生徒の反応は大変良く、普段見えない放射線を飛跡として確認できた意義は大きい。また、その飛跡の発生する回数が規則的でないことから、放射線量を測定するときのデータの取り扱い方のイメージを補完することができた。実験班内でデータのとりまとめを行う際に、この実験を引き合いに出す場面がみられた。
④遮へい実験
 放射性物質から出る放射線を遮ることができる物質を調べるための実験である。実験では放射性物質から安定して放射線が出ているわけでないこともふくめ、遮へい物の厚さ、放射性物質距離からの距離など条件をそろえなければ望まれる結果を得ることは難しい。市販の遮へい実験セットを購入したが、鉛板以外の木板、プラスチック、アルミ板ではほとんど遮へい効果が期待できないものであった。生徒にも測定実験を行わせたが購入した実験セットを使うより、自分で予想し遮へい効果の期待できそうな物質を準備し、条件統一のもと測定した方が意欲と計測の基本が理解できて良かったのではないかと思う。
 この実験では事前の遮へい物の準備、実験の際の器具の設置方法を示した台紙、多くの計測とデータの信憑性向上のための取り扱い方を理解させた上でおこなった。その結果をもとに個人で考察をおこない、さらに班内でのディスカッションにて合意形成をおこなった。この実験からの考察では明確に鉛板による遮へいが認められ、プログラム最後のアンケートでも鉛板の効果が印象に残ったようである。また、放射線は防ぐことができる事実についても可能性を見出し、万一の事故の際には何もできずにいるのではなく、何かしらの方法をとろうとする意志が育まれた。
⑤レベル計
 ペットボトルに水を入れ、紙で覆い、その外側から放射線を飛ばし、放射線測定器で水を通過したときと、水がないところを通過したときとの計測数値の差からペットボトルの中にどこまで水が入っているかを調べる実験をおこなった。この実験からさらに医療で使われているレントゲン装置への原理として説明を広げていける。実際の実験結果からの生徒の考察からは目的と原理を理解せず、計測数値の減少に意識が向いてしまい、水を透過する際の測定値の減少ととらえず、「高いところほど放射線は少ない。」と捕らえる生徒もみられた。しかし、実験班内にてディスカッションをおこなうことで生徒同士、レベル計の仕組みを説明しあい、もう一度確かめることで合意形成をすることができた。

(2)授業プログラムの構成
 今回の研究を通し生徒への目標、評価項目、単元構成を設定した。

(注:表/PDFに記載)

単元構成に関しては次のように6回で行った。
第1回 放射性物質から放射線が出る仕組みについて
第2回 放射線を測る単位について
第3回 私たちが浴びている放射線について第4回 放射線を遮る方法について
第5回 放射線の利用について
第6回 放射線による人体への影響
この構成により放射線について「見る」「測る」「遮る」活動を通し正しく理解できるようにする。また、社会に出てからの放射能、原子力発電などについて話をする機会にこれらの基礎知識は重要であると考えられる。

(3)実習
 資料1のように各実習ではワークシートを用いて1時間分の実習の流れを、目的と内容考察まで記入できるものを準備し実験をおこなった。
 今回は4人1グループとして実習を行うことができた。このことにより生徒が主体的に実習に取り組むことができたものと考える。

(注:資料/PDFに記載)

(4)合意形成に向けた話し合い活動
 実習で得られた結果はまず個人で考察する。考察がうまくできない生徒は隣の生徒と話し合う機会を持つ。さらに班員4人で各人の考察を出し合いさらに集約する。ある程度予測の立つ実習であるが、同一条件でありながら測定値のばらつきがあるのでそこから仮説として集約していかなければならない。
他の班の実習データや、不安があるときにはもう一度実習を行うことにより同じ結果が再現できるものである。
これらの作業により、各人の考察は客観性を持つものとなる。

(5)人間への放射線の影響
①授業で浴びる放射線量について
 この授業カリキュラムを通し、いくらかの放射線を浴びることになるので生徒がどのくらい被ばくする可能性があるのかを求めた。以下はその結果である。
一般公衆年間線量限度(人工放射線)
・・・1mSv/y
一人あたりの自然放射線日本平均
・・・年間 1.5mSv/y
1時間あたあり 0.00017mSv/h
本地域での自然放射線量
(平成27年9月を基準に計算)
・・・・・・・年間 0.5256mSv/y
1時間あたり 0.00006mSv/h
 本実験で扱う放射線量・・0.00007mSv/hよって今回の授業中の放射線量は3時間で0.00021mSvである。したがって生体への影響は自然界から受ける放射線の影響と比較して差異を認められるものではないと考えられる。また、放射線源の保管に関しては生徒が出入りしない理科備品準備室にて金属製のケースに入れて厳重に管理するものとする。
②放射線に対する危険性の理解。
 今回の授業プログラムの最後に「放射線による影響」として放射線の危険性を知ることを加えた。このことにより今後社会生活を営む中で安易に放射性物質に係わることがなくなるものと考える。被ばくによる病気(がんなど)の発生について「中学生・高校生のための放射線副読本」を利用し学んだ。生徒はやはりと思うと共に、線量を確認することで安心することができていた。


4.研究を終えて
 以上の授業を通し、生徒たちにはいくつかの成長が見られた。ここでは3点について述べたい。
 1つめは放射線に関する知識が定着したために、放射性物質に対して科学的に考え対応を考えることができる様になった。プログラム最後のアンケートでは自分の身を守るにはどうすればよいのか考える基準が明確になったとの意見がみられた。
 2つめは実験中の放射線量の測定値を科学的に扱おうとする態度が身についた。生徒が行う実験ではなるべく測定しやすい試料と測定器具をそろえたつもりではあるが、測定値が常に変動するために実験結果として測定値をどう扱えばよいのか後から気づいてやり直すこともあった。
 3つめは小グループ内でのディスカッションと、合意形成の手順の習得である。特に目視できない水位を測定するレベル計としての放射線の利用実験では、測定値の変化が何によって変化するのか理解していない生徒に一生懸命説明しようとする生徒が多くみられた。また、説明を受けその測定値の意味を理解した生徒は、もう一度実験装置を操作し、その実験の仮説通りに測定値が変化することに満足感を得ていたようである。
 今後このプログラムは生徒の実態に即し、さまざまな形態に変化させることができるものである。次年度にはさらに焦点化したプログラムに改良していきたい。また、今回のプログラムを体験した生徒たちも科学の目を用いて、闇雲に未知のものを怖がることなく、情報を集め、思考し、自己の考察と他の考察とを比較し、よりよい考えを生み出していく素養を身に付ける事ができたものと思う。