2008年[ 技術開発研究助成 (開発研究) ] 成果報告 : 年報第22号

完全非侵襲がん治療を目的とした温度測定法に関する研究

研究責任者

石原 康利

所属:長岡技術科学大学 電気系情報・通信システム工学講座 助教授

概要

1.はじめに
がん細胞を43℃前後に加温して治療を行うハイパーサーミアは、放射線療法、あるいは、制がん剤との併用療法として有効性が認知されている。しかし、単独加温におけるがん細胞の退縮メカニズム・治療効果は必ずしも明確になっておらず、ハイパーサーミアの臨床意義に懐疑的な意見さえ報告されている1)、2)。この主な理由として、臨床、および、in-vivo における基礎実験では、生体内の局所領域を所望温度に加温することが困難なこと、および、温度変化を精度良く測定することが困難なことが指摘されている。
このような状況の下、生体の非侵襲加温に関しては、集束超音波・高周波電界等を用いた方法3)、4)が精力的に検討されている一方、非侵襲測温に関しては、MRI を利用した温度測定法5)、6)が提案されているものの、加温装置に加えて大掛かりなシステムが必要となるため、実用性の面で大きな問題を抱えている。非侵襲加温のみならず、非侵襲測温を同時に実施可能なシステムを確立することで、がん患者のQuality of Life (QOL:生活の質)の向上、治療効率の改善が期待される。また、非侵襲に温度を測定できれば、in-vitro 研究において蓄積されている知見を基に、in-vivoにおけるがん組織の退縮メカニズムを定量評価でき、ハイパーサーミアによるがん治療効果の改善に繋がる可能性が拓ける。
本研究では、空胴共振器を利用した非侵襲加温装置7)~9)において、温度変化に伴う電磁波の位相変化を検出することで、大規模な装置を新たに追加することなく非侵襲測温が可能な手法の確立を目指す。
2.非侵襲温度測定法の原理
2.1 リエントラント型空胴共振器を利用した加温方式
従来の非侵襲温熱療法では、生体を挿入した平行平板電極に高周波電界を印加して病変部(がん細胞)を加温する。しかし、原理的にこの方法では、加温対象とする病変部を初め、正常細胞を含む比較的大きな領域を加温する恐れがある。これに対して我々は、生体深部の局所領域のみを効果的に加温するために、リエントラント型空胴共振器を利用した加温アプリケータの開発に取り組んでいる7)~9)。この加温アプリケータは、図1に示すように、円筒空胴共振器内に設けられた対向したリエントラント電極に特徴があり、熱源となる電界分布が電極中心付近で最大となり、半径方向に向かって急減するように形成される(図2)。したがって、リエントラント電極間に生体を挿入すれば、生体深部のがん細胞のみを非侵襲・非接触に加温することが可能となる。
2.2 電磁波の位相変化に基づく温度情報の検出
前記の加温方式によって、非侵襲に生体深部の局所領域を加温できるが、この方式による加温効果(温度変化)を確認するためには、熱電対・光ファイバ式プローブ等の温度センサを対象領域に刺入する必要がある。
そこで本研究では、温度変化に伴う誘電率の変化に着目した非侵襲な温度測定法を提案する。例えば、純水の比誘電率は、次式で与えられる温度依存性を示すことが実験的に確認されており10)、比誘電率は温度変化にほぼ比例する。
このような誘電率の変化に伴う空胴共振器の周波数変化から、対象とする物質の誘電率を測定する方法11)、12)が知られているが、生体を測定対象とした場合には、数百MHz の共振周波数に対して、数十kHz 程度の周波数変化を検出する必要があるため、正確な測定が困難となる。そこで、温度変化に伴う周波数変化を測定するのではなく、周波数変化によって生じる電磁波の位相変化を検出する。すなわち、式(2)に示す観測タイミング(電磁波の励振開始からの遅延時間:tdealy)を調整して位相変化 を拡大することによって、温度変化に伴うわずかな周波数変化を高精度に検出することが可能となる。
2.3 CT アルゴリズムを利用した温度分布の再構成
電磁波の位相変化は測定対象外部でのみ検出可能であるため、これらの限られた情報から測定対象内部の位相変化分布を推定し、温度変化を算出する必要がある。前述したように、リエントラント電極間には、鉛直方向の電界ベクトルが形成される(図3)。この際、温度変化に伴う電磁波の位相変化は、主に電界ベクトルに沿った方向に分布すると考えられる。したがって、電界ベクトル方向に位相変化の分布を線積分すると、X 線CT13)における投影データと同様に扱えるデータを収集できる。このため、図4に示すように、空胴共振器を回転させて得られる位相変化の分布を線積分したデータ(投影データ)を多方向から収集し、CT アルゴリズムを適用することで、測定対象外部の位相変化から、測定対象内部の位相変化を推定できる14)~18)。
3.3 次元FDTD 法による数値解析
3.1 数値解析モデル
提案手法の妥当性を確認するために、3 次元FDTD 法(時間領域差分法)19)を利用して温度変化に伴う電磁波の位相変化を数値解析により算出した。今回の基礎的な検討では、FDTD 法における解析が容易であり、また、リエントラント電極間の電界分布を模擬可能な、図5に示す方形空胴共振器を解析対象とした。温度変化分布を再構成する測定対象物体は、空胴共振器中央に配置した直方体ファントムとし、誘電率の温度依存性は純水に等価と仮定した。また、FDTD 法における解析要素数は35×35×35とし、ファントムの温度変化に伴う空胴共振器内部の位相変化を算出した(tdealy = 510 [ns])。
3.2 数値解析結果
図6に、方形空胴共振器内部の位相変化分布を示す。温度変化に伴う位相変化は、主に方形空胴共振器の電界ベクトル(図中破線)に沿って生じることが確認される。ファントム内部の位相変化を推定するために、ファントム外部の位相変化を線積分した投影データの算出が必要となるが、線積分の範囲を広げることは、多くの電磁界検出プローブを要することに対応するため、線積分の範囲と投影データ(位相変化分布の線積分値)との関係を明らかにしておく必要がある。図7は、線積分の範囲を変更した場合の位相変化の線積分値を示している。ファントム外部における位相変化の線積分値は、線積分の範囲にほぼ比例していることが確認される。これは、位相変化の線積分を空胴共振器の一部の空間領域において行えば、測定対象物体内部の位相変化を再構成できることを示唆している。このため、今回の検討では、FDTD 法において、空胴共振器壁近傍の要素(図6中実線部)に対応した位相変化を線積分することで、投影データを算出した。
図8に、位相変化分布を一般的なフィルター逆投影法を用いて再構成した後、温度分布に変換した画像を示す。各画像は、投影方向数を2~18としてFDTD 法により得られたデータに基づいて再構成された結果に対応している。これらの画像から、空胴共振器内部の電磁波の位相変化を基に、ファントム内部の温度変化を推定できる可能性が確認された。また、投影方向の増加に伴い、再構成アーティファクトが軽減されることが示された。しかし、温度変化に伴う位相変化分布が電界ベクトルに垂直な成分としても現れるため、再構成される温度分布は、実際のファントムの領域に比べ3 倍ほど広がっており、今後、この広がりを補正する方法が必要である。一つの解決策として、各点における位相分布の広がり(点広がり関数)を利用することを検討している。並行して、数値解析の結果に基づいて構築した試作機により、ファントム内部の温度変化分布を再構成するための準備を進めている。
4. まとめ
本研究では、リエントラント型空胴共振器の特性、および、誘電率の温度依存性を利用した非侵襲温度測定法を提案した。3次元FDTD 法を利用した数値解析の結果、温度変化に伴う電磁波の位相変化(投影データ)に、CT アルゴリズムを適用することによって、測定対象物体内部の温度変化を推定できる可能性が確認された。これにより、非侵襲局所加温と非侵襲測温が可能な融合システムの可能性が示唆された。
今後、臨床適応に必要な温度測定精度1℃以下で測定対象物体内部の温度変化分布を逆推定するために、温度変化に伴う位相変化分布の広がりを補正するアルゴリズムを考案し、融合システムの実現可能性を数値解析・試作機構築によって明らかにする。