2015年[ 科学教育振興助成 ] 成果報告

宇宙エレベーターロボットで宇宙をめざそう!(2年目報告)

実施担当者

小林 道夫

所属:神奈川大学附属中・高等学校 教諭

概要

1.背景
 米国を中心とした欧米の学校教育では、21世紀社会で活躍できる人材育成のため科学や数学の学習を強化するSTEM教育に力を注いでいる。具体的には小学校低学年から数学やプログラミングの授業を開始し、これまでの学校教育で実施していた数学や科学の学習だけでなく、自動制御ロボットやソフト開発などを取り入れ成果をあげている。
 我が国でも中学や高校で自動制御ロボットを活用した教育が行われているが、おもに工業高校など一部の職業課程の学校で実施されているだけである。このような現状の中で、2010年ごろから理科や情報科の教員が集まり、ロボット教育の研修を始めた。各学校で実施している授業や部活動の実践報告や研修、こども科学館でのロボット教室などを開催した。一方本校では、中学技術科、高校情報科でレゴマインドストームでセンサーロボットを製作し、プログラミングの授業を展開するとともに、宇宙エレベータープロジェクトとして100mを昇降するロボット実験を行ってきた。


2.目的
 宇宙エレベーターは、地球から約36000km上空にある静止衛星まで人や物資を運ぶ夢の乗り物である。地球と宇宙をケーブルでつなぎ、電車に乗るように気軽に宇宙旅行ができる、ロケットのような墜落の危険やスペースデブリ(宇宙ごみ)の心配もない。宇宙(軌道)エレベーターは1979年にSF作家のアーサー・C・クラークが発表した小説「楽園の泉」の中で登場し、宇宙エレベーターという言葉を広く一般の人たちに知らしめられた。その後、1991年にカーボンナノチューブの発見によって、実現可能な研究プロジェクトとして動き始め、大手建設会社の大林組から「2050年宇宙エレベーター建設構想」が発表された。宇宙エレベーターは世界に先駆けて日本がリードしている壮大な宇宙開発プロジェクトであり、2015年には国際宇宙ステーション(ISS)でカーボンナノチューブの宇宙実験が始まりいよいよ開発段階に来ている。
 この壮大な夢の実現には、世界中で力を合わせ、新しいアイデアや技術を駆使し、問題解決を計らねばならない。その担い手は、子どもたちであり、その子どもたちに宇宙エレベーターに憧れ、興味を持って関わっていくことが重要である。そこで、レゴマインドストームを使った宇宙エレベーターロボットを製作し、昇降実験を行いながら物資や人を運ぶ問題点や安全について考えることを目的に、小学生~高校生を対象とした宇宙エレベーターロボット競技会を開催することにした。


3.主体的な学びと動機づけ
 競技会を実施するにあたって、この教育実践を全国の学校で実施できる教育コンテンツとして提供できないか考えた。チームで課題をクリアするセンサーロボットを作り、プログラミングを組み、競い合いながら成果を発表する流れは、アクティブラーニングの手法を用いた問題解決学習になる。
 世界の教育の潮流は、他者と協力しながら問題解決していく力が重視されており、その要素として自律性や新しい物事の考え方を創造し、表現する力が求められている。次期学習指導要領では、これまでの何をどのように教えるかではなく、子どもたちに実践力が身につけさせることを主眼に置いている。そのためには、「主体的な学び」の3要素「メタ認知」「学習意欲」「学習方略」が重要だとされている。メタ認知とは、自分の状況に対して客観的に認識できること、学習意欲とは、学びに向かう理由、つまりやろうという動機づけであり、学習方略とは、効果的な学習方法である。宇宙エレベーターロボット競技会は、宇宙ステーションに安全に人や物資を運ぶという目的のもと宇宙エレベーターについて学び、地上とステーションを昇降するロボットを作り、その成果を競い発表するという主体的な学び3要素を持っている。
 この主体的な学びの学習モデルは、自己学習理論に則っており、宇宙エレベーターロボット競技会もこのモデルをもとに実施することとした。


4.宇宙エレベーターロボット競技会
 本競技会には、専門家の講演会、子どもたちの発表、交流、競技の4つ要素を含め、宇宙エレベーターを学び、プレゼンテーションし、子ども同士で交流すれば、達成感を得られると同時に再度チャレンジしたいというモチベーションになると考えた。そして競技会を実施するにあたって、中学高校の教員を中心に、協力企業や団体を含めて13名でなる実行委員会を設置した。
 実行委員会で、年間スケジュールの作成や競技会実施に向けての準備を進めるが、具体的には、予算案の作成、研究費の申請、レギュレーションの決定、指導者向けワークショップの開催、ロボット教室の開催、会場の予約、機材の打ち合わせ、参加者募集、ボランティア募集、Webページの立ち上げ、チラシの作成、競技会準備など、多岐にわたる。
 これらの仕事を分担しながら進めるには、実行委員が共通でめざす目標や指標が必要と考えた。日本の子どもたちだけでなく、海外チームの参加を呼びかけ、世界大会の開催、そして2020年開催予定のロボットオリンピックに採択されることを目標とし、そのためのロードマップを作成した。

実施年 目標
2015年 第3回大会 日本科学未来館で開催
2016年 第4回大会 日本科学未来館、ロボットオリンピック採択に向けた働きかけ、地方大会の開催、韓国でロボット教室
2017年 第5回大会 レゴランド(名古屋市)、海外チームの募集
2018年 第6回大会 世界大会の開催
2019年 第7回大会 プレロボットオリンピック
2020年 第8回大会 ロボットオリンピックで採択


5.WebページとiTunesU教材
 本競技会の認知度を上げ、この教育実践を全国または世界各地で実施してもらうには、情報公開するしくみと世界中の教師が実施できる教材を準備し、自由に閲覧できるしくみが必要である。
 そこで、日本語と英語表記のWebページとYouTubeチャンネルを開設し、新情報の案内、レギュレーションの告知、各地方開催ワークショップ案内、参加申し込み手続き、Q&A、映像配信、過年度の記録などを掲載した。
 宇宙エレベーターロボットを学ぶための教材配信について検討した。WebページからPDFファイルをダウンロードし映像を見るだけでは内容を理解し学習することは難しい。学習カリキュラムとして指導案、教材、課題、テスト、評価など準備しておかなければ、教師が指導することは難しく、競技会に参加しなくても、どのように指導して良いかわからないという状況に陥ってしまう。そこで、子どもたちや教師が世界中どこにいても自由にアクセスし学習できるeラーニング教材配信を検討した。2014年に発売となったレゴマインドストームEV3はiPadなどのタブレットでプログクラムが作成でき、Bluetoothで送信できるので、パソコンやUSBを使うこともなく簡単に扱うことができる。つまり宇宙エレベーターロボットを作るときはiPadを使う可能性が高いことから、Appleが無料で提供するeラーニングシステムのiTunesUを使い、教材を配信することとした。


6.第2回宇宙エレベーターロボット競技会
(2014年11月23日)
 2013年に8校の生徒を集め、聖学院中学高校で第1回宇宙エレベーターロボット競技会を開催した。参加校も少なく、手探り状態で何とか開催までこぎつけたという状態であった。そして、2014年第2回目を実施するにあたって、宇宙エレベーターの魅力を全国の子どもたちに伝え、できるだけ多くの子どもたちに参加してほしいということで、30チーム以上の応募と150名以上の参加という目標を立て、以下の活動を行った。
(1)指導者向けと子どもたち向けの講習会を実施し、競技会に興味を持ってもらう。
(2)Webページを開設し、情報を掲載するとともに問い合わせに迅速に答え、参加者を募る。
(3)本校の学園祭で、120m上空まで昇降できる宇宙エレベータロボットを製作し、実験を繰返しながら問題点等を検証する。
具体的には、以下の講習会等を実施した。

6月15日(日)レゴ本社(東京)
学校教師・指導者向け 宇宙エレベーターロボット教室 31名
6月29日(日)はまぎん こども宇宙科学館(神奈川)
小中高校生向け宇宙エレベーターロボット教室 25名
7月21日(月)パシフィコ横浜(神奈川)
小学生対象宇宙エレベーターロボット教室 70名
7月30日(水)神奈川大学 KU ポートスクエア(神奈川)
学校教師・指導者向け宇宙エレベーターロボット教室 35名
9月27日(土)神奈川大学附属中高学園祭(神奈川)
小学生向け宇宙エレベーターロボット教室 65名
宇宙エレベータロボット120mの挑戦 約200名
11月23日(日)神奈川大学附属中高等学校(神奈川)
第2回 宇宙エレベーターロボット競技会 約500名

 開催案内はWebページとメールや口コミが中心であるため、参加者数が懸念されたが、毎回30名程度の参加があった。内訳としては、中学や高等学校教員で中心で、ロボット教室講師や文部科学省調査官の参加もあった。授業や部活動での取組み、SSH(スーパーサイエンスハイスクール)実施校の研究テーマとして採択検討など、様々な取組みを検討されていた。
 2014年11月23日に神奈川大学附属中・高等学校で、第2回宇宙エレベーターロボット競技会を開催した。全国各地から33チーム150名を超える子どもたちが集まり、競技会では、午前中に宇宙エレベーター研究者である青木義男氏の講演が行われ、現在進んでいる宇宙エレベーター開発や実験についての詳し説明があり、参加している子どもたちや保護者は夢中になって話しに聞き入っていた。


7.競技会の概要
 昼食のあと、午後はいよいよ体育館で競技会が行われた。今年のレギュレーションは、バスケットゴールからテザーを降ろし、地上6mにドーナッツ状の宇宙ステーションをつり下げて、そのステーションに向けて地上から昇降ロボットを使って人間の代わりにミニフィグを運ぶという競技である。制限時間は4分で、ミニフィグ20体を運びきった場合は、タイムトライアルとなる。
 体育館のコース脇には、チーム毎に長机を置き、昇降ロボットの最終チェックやトラブル対応などの調整作業を行う場所を設置した。33チームの昇降ロボットは、同じ形のものは一つもなかった。見本もなければ、設計図もない中で、子どもたちは自分たちのロボットを設計し、この日のために日夜がんばって製作してきた。
 競技会では、コースを4カ所設置し、4チームが同時にスタートできるようにした。宇宙ステーションには、カメラを設置し、上から証拠ロボットが近づいてくる様子を大型スクリーンで映し出しながら、臨場感のある演出も行った。昇降ロボットが上がり、無事にミニフィグを宇宙ステーションに下ろして、下に戻ってくるたびに大きな歓声と拍手が起こっていた。中には上には上がったがセンサーが反応せず下に降りてこないチームや、1体のミニフィグもあげられないチームもある。しかし、20体のミニフィグ全てをステーションに運びきったチームは33チーム中11チームもあった。
 そして、すべてのチームの競技が終わって結果を見たところ、1位は1分1秒ですべてのミッションを終えていた。これは予想以上にすばらしい結果であり、各チームのレベルがかなり高いところまで来ている事もよくわかった。1位と2位は高校生であったが、3位には小学生チームが入ったことは大変喜ばしいことであった。


8.ポスターセッション
 競技会のあと、各チームがそれぞれ昇降ロボットの開発経緯やコンセプトを発表するポスターセッションを行った。「ぜひ説明を聞いてください」と積極的に声をかけてくるチームもあり、どのような工夫をしたか、またどんな問題が見つかり、それをどう克服したかなどを写真やイラスト、そして昇降ロボットを交えながら熱心に説明していた。
 競技会で競い合った子どもたちが昇降ロボットの機構のしくみや作り方、プログラムについてお互いに讃えながら意見交換をしている様子は、私たちが狙っていた恊働学習、交流学習の成果であった。


9.第3回宇宙エレベーターロボット競技会
(2015年11月8日)
 3回目となる2015年は、実行委員会で検討を重ね、2020年までのロードマップを作成し、年度毎の目標を明確にした。まず会場として日本科学未来館で開催することを計画し、予算編成や予約方法、物品の調達など新たな課題に取り組んだ。そして、東京神奈川が中心であった指導者向けワークショップを仙台、東京、横浜、京都、福岡で開催し、実行委員が交代で全国を行脚した。また、7月には経済産業省の霞が関子供デーの子供向けワークショップで宇宙エレベーターロボット教室を開催し、11月にはJST(国立研究開発法人科学技術振興機構)主催「サイエンスアゴラ」でブースを出展し多くの子どもたちや教育者の関心を集めた。宇宙エレベーターロボット競技会が徐々に認知されはじめ、東京、神奈川、高知などの小学校でロボット教室を開催してほしいとの依頼や、東京都高校情報科研究会、神奈川県高等学校教科研究会情報部会からワークショップの依頼があり実施した。
 これまでにない数のワークショップを開催し、Webページでの告知の結果、心配していたチーム数も60チームを超え、200名以上の子どもたちの参加申し込みがあった。予定通り11月8日に日本科学未来館で開催し、首都圏のほか福島、長野、静岡県などから子どもたち、顧問、保護者が集まった。一般見学者も含め、約1000名の集客があった。


10.30秒プレゼンテーションと競技会
 今競技会では、午前10時より未来館ホールにて青木義男教授の講演会、その後に競技説明を行ったあと、参加62チームの子どもたちによる30秒プレゼンテーションを行った。小学生から高校生まで、緊張の面持ちで自分たちの作ったロボットをアピールする様子は大変興味深いものであった。
 競技会のレギュレーションは、プログラミング(制御)したロボット(全長60cm以内)を作製し、宇宙ステーションに見立てた高さ5mの模型まで、ロボットに乗せたフィギュアやアヒルなどを運ぶというもので、その正確性と速さを競った。昨年と異なる点としては、人間に見立てたフィギュアだけでなく3Dプリンタで作った動物(アヒルの親子)も正確に宇宙ステーションに運ぶというものだ。競技は一回のみなので、時間ギリギリまで調整をして競技会に挑んでいた。
 競技のあとは、昨年同様ポスターセッションで各チームとも競技が終わって緊張もほぐれ、チームで協力しながらそれぞれプレゼンテーションしながら大賑わいの様子だった。


11.まとめ
 宇宙エレベーターは日本がリードする宇宙開発の夢の乗り物である。宇宙エレベーターロボット競技会は、その宇宙エレベーターに乗って宇宙旅行することを想像しながら、ロボットの構造やセンサープログラミングを学べるアクティブラーニング教材である。
 何より宇宙エレベーターには夢がある。「宇宙エレベーターを作りたい」研究者から子どもたちまでこの思いを繋げていくことこそ夢の実現に大きく進む事ができる。実行委員会では、2016年11月20日に第4回競技会の実施に向けて準備を進めている。全国、そして世界からたくさんの子どもたちが集まって交流できる日を楽しみにしている。