2014年[ 科学教育振興助成 ] 成果報告

学校内の植物と菌類を使用した進化教材の開発

実施担当者

飯田 仁

所属:茨城県立竹園高等学校 教諭

共同実施者

重永 由起子

所属:茨城県立竹園高等学校 教諭

概要

1.はじめに
 生物教育にとって進化は必要かつ重要な分野であり,高校生物の新教育課程でも注目されている。しかし,高校生物における進化の実験教材は開発が難しく少数しかない。校内の植物や菌類, 動物を使用した教材の多くが生態分野の教材であり,進化の教材はまれである。また,公共の植物園での展示の形態は,生態面での展示がほとんどである。現在,系統分類学の研究の場では,種の系統を議論する場合,形態的特徴(細胞小器官も含む)や生活環,さらに特定な遺伝子の塩基配列を比較し,形態面と遺伝子面から総合的に議論しているが,高校の教材としてこのような手法を扱ったものはあまりない。
 そこで,本教材では,この系統分類学の研究方法に則り,形態面と遺伝子面の両面から校内の植物の進化の教材の作成を試みた。
 今回,開発した植物の進化の教材は大きく3つ の部分から成り立っている。第一は,身近な植物 を丹念に観察し,それらについて書物やインター ネットで調べることによって形態的特徴や生活 環を知り,形態面からの進化を考える部分である。第二は,使用した植物について,アメリカ遺伝子情報研究機構(NCBI)から遺伝子情報を取得し, 遺伝子情報から進化を考える部分である。第三は, 形態的特徴からの系統関係と遺伝子情報からの 系統関係を総合的に比較検討し進化を考える部 分である。校内の植物という身近な植物を観察す る方法と,ワールドワイドな視点から遺伝情報を入手するという2つの方法を総合的に使いなが ら進化を考える点に本教材開発の要点がある。今 後は,取り上げる植物種や種類数,使用する遺伝 子に改良を加えながら教材を作成していきたい。また,校内の菌類を使った進化実験も植物同様に 開発していく予定である。


2.方法
 1年生の生物基礎1クラス(39名)において, 校内に生育あるいは実験室で培養中の植物を使用し,まず形態的系統樹,次に遺伝子から作成した分子系統樹を作成し,比較検討を行った。また, 実験終了後にアンケート実施し生徒の反応を確認した。
1)準備
① 以下の校内の植物には,あらかじめ和名と科名の書かれたプレートを付けておいた。
被子植物(クスノキ,コナラ,シロイヌナズナ),裸子植物(イチョウ,ソテツ,サワラ),シダ植物(イヌワラビ),コケ植物(スギゴケ),藻類(クラミドモナス,シャジクモ)。
② 使用した植物種ついて,あらかじめ18sリボソーム RNA 遺伝子のデータが NCBI に登録されているか調べておいた。

2)生徒実験
〔形態的系統樹の作成〕
① 1)①の10種の植物について,生徒は, その植物の校内の生育場所に行き(図 1),植物の大きさ,枝,葉,花や胞子のようすを観察し,ワークシートに記入した(図7の「ワークシート」中の表 1)。
② 次に,「維管束がある」「種子をつくる(胞子を作らない)」「種子が子房に包まれている」
「精細胞を作る(精子を作らない)」「陸上で生活する」の項目について調べ,獲得形質得点表(図7「ワークシート」中の表2)に記入し,得点合計を求めた。
③ 獲得形質得点表を元に,得点合計の大きい植物を,より進化したものと見なし,形態面における系統樹を作成した(図7「ワークシート」中の図 1 に記入した。図 2)。

〔分子系統樹の作成〕
① 1)①の10種の植物について,18s リボソームRNA遺伝子の塩基配列を,NCBIより取得し DNA データをメモ帳ファイルに保存した。その際,DDBJ ClustalW(国立遺伝学研究所のソフト)をインターネットから開き,アライメント(塩基の配列比較)を行った。次に,アライメントしたデータに名前をつけてファイルを保存した。
② 近隣結合法 系統樹作成ソフトを用い,① でアライメントしたファイルをもとに分子系統樹を描き,作成した分子系統樹を印刷した。

〔形態的系統樹と分子系統樹との比較検討〕 形態観察から作成した系統樹と遺伝子より
作成した分子系統樹を比較し,異なる点はどのような点か確認した。また,その違いについての理由をどのように考えるか考察した。

3)生徒アンケートの実施
進化に対する興味や実験内容についての理解,実験操作について確認するため,実験後に下の資料(図8)のようなアンケートを行った。

4)実施後に以下の3点について検討を行った。
・使用した校内植物の植物種と種類数の検討
・形態的系統樹作成方法の指導法の検討
・使用した遺伝子の検討


3.結果と考察
1)生徒実験
〔形態的系統樹の作成〕
① 生徒は,指定された 10 種の植物の場所に行き,シロイヌナズナの例にしたがい,植物名, 大きさ,枝・葉の区別,花や胞子のようすを表に記入していた。野外観察に慣れていない生徒が多く,予定時間より多くかかった。
② 観察した植物の各形質をいくつ保有しているかを資料集で調べさせ,獲得形質得点表上で形質保有数を算出させた。生徒は,これまでの学習で取り上げられていない植物について, 獲得形質の有無について答えるのに苦労していた。事前に使用した植物の生活環について教えておく必要があった。
③ 獲得形質得点表を元に形態面における系統樹を作成したが,うまく作れない生徒もいた(図3)。
また,被子植物は3種使用したが,大まかな大きさを記録したので,被子植物内での進化の上位下位を確認させることができ,個体の大きさも進化と関係することを考察させることができた。

(注:図/PDFに記載)

〔分子系統樹の作成〕
 10種の植物について,18sリボソームRNA遺伝子の塩基配列により作成した分子系統樹 が図4である。図より,基部から上部の枝に次の 植物が位置した。クラミドモナス→シャジクモ→ イヌワラビ,スギゴケ→ソテツ→イチョウ,サワ ラ→シロイヌナズナ→コナラ,クスノキ これは, 緑藻植物→シダ植物,コケ植物→裸子植物→被子 植物と進化しており,ほぼ形態的系統樹と同じに 見える。また,被子植物 3 種と裸子植物 3 種内でも,下位から上位への系統関係が示された。なお, 図4に示されているブーツ・ストラップ値(系統 樹の各枝の分かれ方の確かさを表した数字。最大 値は1000になる。)について,裸子植物の系統関係以外は高い値なので,信頼できる分子系統樹ができたと考えられる。また,進化速度は枝の長さで表され,10種のうち最も遅いのは,イヌワラビ(Athyrium filix),イチョウ(Ginkgo biloba),コナラ(Quercus rubra)の3種で,これらの植物は各植物門に分岐してからあまり変化していないことになる。一方,最も速いのはシャジクモ(Chara globularis)であった。陸上植物に最も近いと言われているように,多くの形質を獲得しつつあるものと考えられる。

(注:図/PDFに記載)

〔形態的系統樹と分子系統樹との比較検討〕
 今回の形態的系統樹と分子系統樹を比較すると,大きな相違点がある。それは,イヌワラビ( Athyrium filix )とスギゴケ( Polytrichum formosum)についてである。形態的系統樹では, イヌワラビがスギゴケより上位に位置していた。この相違については,ほとんどの生徒が確認できたが,その原因について考えられた生徒は少なかった。

2)実験終了後の生徒アンケート
 今回使用した10種の植物のうち,何種の植物を観察したことがあるかという質問の答えでは,「2種以下」10.2%,「3または4種」12.8%,「5または6種」35.9%,「7または8種」17.9%,「9種以上」23.1%で,「5または6種」と回答した生徒が最も多かった。
 また,被子植物やコケ植物,藻類の形態についての知識はあるが,イチョウとソテツ,シャジクモ,クラミドモナスの生活環を知らない生徒がそれぞれ 82.0%,89.7%,97.4%であった。このアンケート結果からも,事前にこれらの植物についての生活環の資料を配付し教える必要がある。
 遺伝子による系統樹の作成に使用したパソコンの操作が,上手に行えない生徒が半分ほどいることがわかり予想外の結果であった。
 形態的系統樹と分子系統樹との相違点について 97.4%の生徒が確認できたが,その原因については 46.2%の生徒しか考えられず,十分に考察できていないことがわかった。
また,生徒の実験についての記述の質問につい て,「植物の進化の方向から考えて,今後,被子植 物はどのような形質を獲得し,どのように進化し ていくと予想されるか。あなたの考えを述べよ。」の質問の回答として,「乾燥に耐えられるようになる」28.7%,「温度変化に適応できるようになる」
17.9 %,「種子以外で増殖できるようになる」7.7%,「種子が変化する」7.6%,「動物を餌にするようになる」5.1%,「その他」10.2%であった。
 次に「今回の実験の感想を書け。」の質問の回答の記述として,形態的系統樹と分子系統樹の違いに触れたものが,15.4%いた。
時間が足りなかったと書いた生徒もいたので, もう少し時間をとるか,内容を精選する必要がある。

3)実施後の実験内容の検討
 以下の3点について検討を行った。
〔使用した校内植物の植物種と種類数の検討〕
 今回は,学校内に生育している植物10種(緑藻植物2種,コケ植物1種,シダ植物1種,裸子 植物3種,被子植物3種)を進化実験に取りあげた。この10種を使用し,18sリボソームRNA遺伝子の塩基配列より分子系統樹を作成すると,よりブーツ・ストラップ値の高い系統樹が描けた。これを単純化して9種で同様に分子系統樹を描くと,10種の植物のうちどの植物を一つ除くかで,ブーツ・ストラップ値が大きく変化した。最もブーツ・ストラップ値が高い値が維持できたのは,裸子植物のソテツを削除した場合である。その分子系統樹を図5に示した。ソテツを除いた9 種でより信頼できる分子系統樹を作成し,その分子系統樹に使用した植物を形態的系統樹の作成にも使用することで,より信頼できる進化の流れを学習させることができる。

(注:図/PDFに記載)

〔形態的系統樹の検討〕
 実験終了後の生徒アンケートからもわかるように,多くの生徒が,今回使用した10種の植物のうち5種ほどしか見たことがないと答えている。また,イチョウやソテツ,シャジクモ,クラミドモナスの生活環を知らない生徒がほとんどであった。さらに,系統樹を作る作業を初めて行う生徒がほとんどだった。これらを克服する方法として獲得形質得点表を元に,表の獲得形質と各植物種による集合図を作成し,各植物種の類縁関係をまとめる過程を置くと,より適切な系統樹になったと思われる(図6参照)。

(注:図/PDFに記載)

〔使用した遺伝子の検討〕
 今回使用した遺伝子18sリボソームRNA 遺伝子は,原生生物界,植物界,動物界,菌界の 生物が広く保有している遺伝子であるため,系統樹の作成には適した遺伝子だと考える。この他に, 葉緑体 DNA 中に含まれるrbcL 遺伝子が良く 用いられているので,さらに,分子系統樹の信頼度を上げるには,これら複数の遺伝子を使用する必要がある。


4.まとめ
 今回行った進化の実験教材の開発において,担当した教諭の感想や生徒のアンケート結果より, 事前の指導方法や「学校内植物を使用した進化実験」の生徒実験プリントをさらに改良した。
1)実験実施前の予備知識をつける。
 イチョウ,ソテツ,シャジクモ,クラミドモナスの生活環を,プリントや参考資料で生徒に示してから実験に臨む。

2)改良した生徒実験プリント(図7)

(注:図/PDFに記載)


3)今後の課題
 校内の菌類については,担子菌類やペニシリウム類,コウジカビ類,酵母菌などの採集や培養を行った。今後,菌類を使った進化の実験も植物同様に開発していく予定である。