2015年[ 技術開発研究助成 (開発研究) ] 成果報告 : 年報第29号

多色化蛍光磁性ビーズを利用した多項目疾患マーカーの同時免疫測定法の研究開発

研究責任者

田中 俊行

所属:信州大学 医学部 産学連携特任研究員

概要

1.はじめに
 疾患の確定診断には生体中に存在するタンパク質やハプテンなどの疾患マーカーの測定は必須であり、診断の感度や特異度の向上のために複数の疾患マーカーの測定が行われている。例えば甲状腺疾患では甲状腺刺激ホルモンやサイロキシンなどの複数の測定項目の結果を組み合わせることで、甲状腺亢進症、甲状腺機能低下症、甲状腺産生ホルモン産生腫瘍などの可能性を判定している。血液を始めとする試料からの疾患マーカーの測定には主に抗原抗体反応を利用した免疫測定法が用いられる。しかし、現状の免疫測定法においては疾患マーカーの測定項目毎に数十から数百マイクロリットルの試料を必要としており、測定項目数が多くなればそれに応じて多くの試料が必要となることから、患者の負担が大きい。そのため、これまでに試料の採取量を極力少なくして微量の試料で多項目の疾患マーカーを測定する様々な技術が開発されている。一方で、疾患あるいは病態によっては治療方針の早期決定が求められており、問診程度の時間で確定診断を可能にする迅速疾患診断システムは医療現場において求められているニーズの1つである。しかしながら、微量の試料から多項目の疾患マーカーを迅速に測定する技術は実現していなかった。
 そこで、迅速診断の実現のために開発された、蛍光磁性ビーズの磁気捕集を利用した迅速免疫測定法を応用して、一項目分の試料から多項目の疾患マーカーを迅速に免疫測定する方法を開発した。疾患マーカー毎に異なる蛍光色の蛍光磁性ビーズを対応させて単一試料中で同時に免疫測定を行うことで、それぞれに対応する蛍光波長の蛍光強度から試料に含まれる各々の疾患マーカーの量が測定できる。

2.現状の同時多項目測定法とその問題点
 これまでに単一の試料中から多項目の疾患マーカーを同時に測定する様々な技術が開発されている。例えば、ルミネックスにより実用化されているFlowMetrixは、異なる蛍光色素で着色された複数のポリスチレンビーズで個別の疾患マーカーを捉え、フローサイトメーターにより高感度に測定する方法である1)。また、シンセラ・テクノロジーズより実用化されているMUSTagは、異なる配列のオリゴDNAを結合した抗体により個別の疾患マーカーを捉え、そのオリゴDNA量をリアルタイムPCRで定量することで高感度に測定する方法である2)。しかし、FlowMetrixではフローサイトメーターが1個ずつビーズを検出してから結果を出す必要があり、MUSTagでは抗原抗体反応とPCR反応の両方を行う必要があるため、共に測定終了までに1~2時間かかるという問題がある。その他にも、実用化されてはいないが量子ドット3),4)や蛍光色素5),6)を標識として同時多項目測定を試みた報告もあるが、酵素免疫測定法(ELISA)とほぼ同様の測定方式であるため測定時間を短縮できてはいない。よって、これら従来の技術では同時多項目測定での迅速化は実現できていなかった。

3.蛍光磁性ビーズの磁気捕集を利用した迅速免疫測定法
 ELISAは幅広く使用されている免疫測定法である。しかし、試料中の抗原を固相化した抗体で捉える抗原抗体反応や、シグナル検出のために酵素基質を酵素と反応させて呈色・発光させる酵素反応など、手順が多く反応自体も時間がかかっている。その結果、市販の免疫測定装置であっても試料の投入から結果の出力までに数十分かかっていた。そこで、これらの問題を解決して迅速診断を実現するために、蛍光磁性ビーズの磁気捕集を利用した迅速免疫測定法7)(図1)が開発された。
 本迅速免疫測定法に使用する蛍光磁性ビーズ(図2)は磁性体であるフェライト粒子と105分子以上の蛍光色素が有機ポリマーに内包されたサブマイクロメートルサイズの粒子である。この蛍光磁性ビーズは水中での分散性が高い一方で、外部磁界に対する良好な磁気応答性も有し、さらに強い蛍光発光能をも持っている。また、蛍光磁性ビーズの表面の官能基には共有結合を介して抗体を化学的に固定化でき、さらに化学処理によってタンパク質の非特異的な吸着を抑えることができる。
 本迅速免疫測定法は、上記の有用な特徴を有する蛍光磁性ビーズを利用することで、不均一免疫測定を基盤とする免疫測定法にも関わらず、数分程度の短時間で疾患マーカーを高精度に定量できる技術である。本迅速免疫測定法の手順としては、(1)捕獲抗体を固相化したプレートにサンプルと検出抗体を固定化した蛍光磁性ビーズを投入し、(2)磁石をプレートの下から当てて蛍光磁性ビーズをプレート側に磁気捕集して迅速に抗原抗体反応を進行させ、(3)未結合の蛍光磁性ビーズやサンプルを洗浄して除去した後に、(4)励起光照射によって蛍光磁性ビーズから発する強い蛍光を直接測定する。実際に、心疾患マーカーである脳性ナトリウム利尿ペプチド(BNP)は血漿中から磁気捕集1.5分で測定限界50pg/mLの高感度に測定でき、前立腺癌マーカーの前立腺特異抗原(PSA)も血清中から磁気捕集1分で測定限界50pg/mLの高感度に測定ができた7)。以上により、疾患マーカーの検出・測定に少なくとも数十分から2時間程度要していた従来の免疫測定法に比べ、本免疫測定法は全工程10分以内という飛躍的な迅速性を有する高感度免疫測定法となることが示された。

4.多色化蛍光磁性ビーズの開発
 蛍光磁性ビーズの磁気捕集を利用した迅速免疫測定法において、異なる蛍光色の蛍光磁性ビーズを用意することによって同時多項目測定の実現が期待できる。そこでまずは、異なる蛍光色素を封入して多色の蛍光磁性ビーズを開発した。
 最初に磁性ビーズへの封入に適した蛍光色素の選定を行った。磁性ビーズへ封入するために蛍光色素に必要な要件として、(1)水に不溶であること、(2)励起波長と蛍光波長の差であるストークスシフトが大きいこと、(3)励起波長がほぼ同一であること、が挙げられる。要件(1)は、免疫測定において蛍光磁性ビーズが血漿や緩衝液にさらされるため、これらによって蛍光磁性ビーズから蛍光色素が漏出しないようにするためである。要件(2)は、蛍光色素を高濃度に磁性ビーズへ封入しても自分自身の蛍光を吸収する濃度消光が生じにくいことから、合成した蛍光磁性ビーズの蛍光強度を強くできるためである。要件(3)については、多色化蛍光磁性ビーズを利用した同時多項目免疫測定法の自動分析装置を開発することを考慮した際に、励起光が同一であれば装置規模や開発コストが抑えられるからである。以上の3要件を満たす蛍光色素として、π電子受容性を持つ嵩高いホウ素置換基をオリゴチオフェン骨格の側鎖に導入した化合物1~68)(図3)を選定した。
 次に、選定した蛍光色素1~6をそれぞれ磁性ビーズへ封入した。磁性ビーズには本迅速免疫測定法での使用実績があり、表面にCOOH基を有するFG beads9)(TAS8848N1140、多摩川精機(株))を用いた。磁性ビーズへの蛍光色素の封入には、文献10)に従って磁性ビーズのポリマー部分を有機溶媒で膨潤させた後にポリマーの網目状の隙間に蛍光色素を浸透させる方法で行った。合成した蛍光磁性ビーズを純水中に分散させ紫外光を当てるとそれぞれ青色から赤色まで強く発光することが観察できた(図4(a), (b))。一方で、蛍光磁性ビーズを磁気回収した後の水中からは蛍光は観察されなかったので、蛍光色素は磁性ビーズの内部に封入されていることが確認できた。また、合成した蛍光磁性ビーズを有機溶媒中に分散させて内部の蛍光色素を溶出してその量を定量することで磁性ビーズ内部への蛍光色素の封入量を測定した。その結果、磁性ビーズ1粒子当たり3×105~5×105 分子という多量の蛍光色素が封入されていることが確認できた。さらに、蛍光分光光度計によってそれぞれの蛍光磁性ビーズの励起と蛍光のスペクトルを調べた。その結果、全ての蛍光磁性ビーズは400nm以下の紫外領域で励起できることが確認できた(図4(c))。また、それぞれの蛍光磁性ビーズのストークスシフトは100~200nmと大きく(図4(d))、多量の蛍光色素が封入されたことによって強い蛍光が得られたと考えられる。以上により、6種類の蛍光磁性ビーズが作製できた。

5.多色化蛍光磁性ビーズを利用した多項目疾患マーカーの同時免疫測定法の開発
 上記で作製した多色化蛍光磁性ビーズを利用して複数の疾患マーカーの同時測定を実現するには、それぞれの疾患マーカー検出抗体を異なる蛍光色の蛍光磁性ビーズに固定化して作製した検出抗体固定化蛍光磁性ビーズのセットを使用して抗原抗体反応を行った後、疾患マーカーに対応した蛍光波長毎に蛍光強度を測定すれば良い。今回は肝臓癌マーカーのα-フェトプロテイン(AFP、分子量70kDa)と前立腺癌マーカーのPSA(分子量33kDa)の2種類をモデルの疾患マーカーとして同時測定できるかを試みた(図5)。

5.1 実験方法
 まず、検出抗体を固定化した蛍光磁性ビーズを作製した。化合物3封入蛍光磁性ビーズにはウサギ抗AFP抗体を、化合物5封入蛍光磁性ビーズにはマウス抗PSA抗体をそれぞれ固定化した。具体的には、蛍光磁性ビーズの表面に存在するCOOH基を1-エチル-3-(3-ジメチルアミノプロピル)カルボジイミド塩酸塩とN-ヒドロキシコハク酸イミドにて活性化し、検出抗体を結合させた。さらに、蛍光磁性ビーズへのタンパク質の非特異的な吸着を抑えるために、残存するCOOH基をエタノールアミンでマスキングした。
 次に、捕獲抗体を96ウェル黒色マイクロプレートに固相化した。具体的には等量のマウス抗AFP抗体とマウス抗AFP抗体を混合した炭酸バッファ(pH 9.6)を高吸着性の96ウェル黒色マイクロプレート(サーモフィッシャーサイエンティフィック)のウェルに入れて一晩静置することで、ウェルの表面に抗体を吸着させた。その後、プレートへのタンパク質や蛍光磁性ビーズの非特異的な吸着を抑えるためにスキムミルク溶液でプレート表面をブロッキングした。
 以上により作製した2種類の検出抗体固定化蛍光磁性ビーズと捕獲抗体固相化マイクロプレートを使って次のようにAFPとPSAの同時免疫測定を行った。まず、種々の濃度のPSAとAFPの混合溶液をサンプルとしてマイクロプレートウェルに添加して抗原抗体反応させた後、2種類の検出抗体固定化蛍光磁性ビーズを各0.5 ug 混合してマイクロプレートウェルに添加した。その後、マイクロプレートウェルに合わせてネオジム磁石(直径6 mm×長さ10 mm)を96個配置した板をマイクロプレートの下から10分間当てて蛍光磁性ビーズを磁気捕集した。最後に、未反応の蛍光磁性ビーズを洗浄除去し、マイクロプレートリーダー(ARVO X4、パーキンエルマー)にて蛍光強度を測定した。ここで、二つの蛍光磁性ビーズの蛍光特性に合わせて、励起光側には355 nm、受光側には550 nm(半値幅10 nm)と600 nm(半値幅10 nm)の光学フィルタを使用した。

5.2 実験結果および考察
 実験の結果、AFP濃度の増加に従ってAFPに対応する550 nm 光学フィルタを通して測定した蛍光強度が高くなる一方で、PSAが存在した場合も蛍光強度が高くなることが確認できた(図6(a))。PSAも同様に対応する600 nm 光学フィルタを通して測定した蛍光強度はPSA濃度の増加だけでなくAFPの存在によっても高くなることが判った(図6(b))。他方の疾患マーカーの存在によって蛍光強度が高くなる理由としては、他方の蛍光磁性ビーズからの蛍光も光学フィルタを通して検出してしまうクロストーク現象が生じたためと考えられる。たとえば、化合物3封入蛍光磁性ビーズの蛍光スペクトルを見るとピーク波長は550nm である一方で半値幅が100 nm と広いために、600 nm 光学フィルタでも蛍光がカットされずに検出されてしまう。そこで、式(1)により測定値に対してクロストークの補正を行った。
ここで、IAFP及びIPSAはそれぞれサンプル中のAFPおよびPSAの正味の蛍光強度、I550及びI600はそれぞれ550 nm 及び600 nm 光学フィルタを通してサンプルを測定した際の蛍光強度、I550BG 及びI600BG はそれぞれ蛍光磁性ビーズが無い状態で550 nm 及び600 nm 光学フィルタを通してマイクロプレートウェルを測定したバックグランドの蛍光強度、M はクロストーク補正行列である。Mは化合物3 及び5 封入蛍光磁性ビーズの蛍光強度を550 nm 及び600 nm 光学フィルタにて測定して算出したものである(表1)。式(1)によりクロストーク補正を行った結果、AFPではPSA濃度に関わらずほぼ同じ測定カーブとなった(図5(c))。PSAも同様にAFPの濃度に関わらずほぼ同じ測定カーブが得られた(図5(d))。測定時間は洗浄操作を含めて15~20分程度であり、従来の同時多項目測定法よりも迅速に測定できることが示された。

6.まとめ
 本研究では蛍光磁性ビーズの磁気捕集を利用した迅速免疫測定法を用いて、多項目の疾患マーカーの同時測定の実現を試みた。その結果、(1)選定した蛍光色素により6種類の蛍光磁性ビーズを作製し、(2)作製した蛍光磁性ビーズを利用して2項目の疾患マーカーを同時にかつ迅速に測定できることを示した。従来の1項目分のサンプル量から多項目の疾患マーカーを迅速に測定できることから、将来的に患者の負担の軽減が期待できる。今後は1 kDa 以下の低分子量マーカーも測定できるように蛍光磁性ビーズを利用した競合測定法を検討していくと共に、3項目以上の疾患マーカーを同時測定できることを確認し、最終的には検体からの検出試験を経て実用化を目指す予定である。