2004年[ 技術開発研究助成 ] 成果報告 : 年報第18号

多層観察型リアルタイム共焦点蛍光顕微鏡の開発

研究責任者

高松 哲郎

所属:京都府立医科大学大学院 医学研究科 細胞分子機能病理学 教授

共同研究者

藤田 克昌

所属:大阪大学大学院 工学研究科 応用物理学 助手

概要

1.はじめに
共焦点レーザー顕微鏡の発達によって、多数の細胞が3次元的構造をもって配列し機能を営んでいる組織を、そのまま生体に近い状態で観察できるようになった1)。しかしながら、共焦点顕微鏡で一度に観察出来るのは2次元面内のみであり、実際の生体における3次元的な細胞や組織の営み(動き)を捉えることはできない。共焦点顕微鏡では、焦点面以外の像は消えてしまい、深さ(光軸)方向への動きを観察することは不可能である。「動きや変化」を観察しようとする場合には、光学断層像が得られるという共焦点顕微鏡の大きな利点は、同時に大きな欠点にもなっている。
そこで、本研究では、細胞・組織、またはその内部の物質の動き・物質濃度変化等を3次元的かつ高速に観察できる顕微鏡技術の検討を行った。そのために、多層観察型リアルタイム共焦点顕微鏡を提案し、それを構成する多焦点走査機構の評価、および多層観察ユニットの設計・基礎実験を行った。
2。多層観察型リアルタイム共焦点顕微鏡
多層観察型リアルタイム共焦点顕微鏡は、多焦点高速観察顕微鏡部および多層観察ユニット部の主として2つのユニットより構成される。本顕微鏡は、多層観察ユニット部を多焦点高速観察顕微鏡部に組み込む形でシステム全体を構成するものでる。
多焦点高速観察顕微鏡部は、高速共焦点スキャナーを使用した共焦点蛍光顕微鏡である2-4)。光源には、モードロックチタンサファイアレーザーを用い、そこらかのレーザー光を共焦点スキャナーのマイクロレンズアレイディスクに入射させる。共焦点スキャナーを通過したレーザー光は、対物レンズ下において多焦点を結ぶ。マイクロレンズアレイディスクを高速回転させることにより、試料を高速に走査することができる。試料面の走査速度は1000フレーム1秒まで取ることができ、同スキャナーに取り付けた高速インテンシファイドCCDカメラにより、1000フレームノ秒の撮像速度で共焦点蛍光画像を取得することができる。
多層観察ユニット部の構成を図1に示す。複数の層を観察するためには、対物レンズ下の試料焦点面を深さ方向に自由に移動させることが必要となる。焦点面を自由に移動させる手法として、本顕微鏡では、対物レンズに入射するレーザー光の波面を制御する。図1中に示すように、対物レンズにレーザー光が入射する前に、中間結像面を作り位相板を挿入する。位相板を通過したレーザー光の波面は、位相板に応じて変調される。変調されたレーザー光は、対物レンズ下において、位相板が無い場合とは異なる観察深さに焦点を結ぶ。焦点面の移動量は位相板の厚さ・屈折率・枚数を調節することで観察する試料の大きさ・観察深さ・視野面積を切り替えることができる。
また、複数の層をほぼ同時に観察するために、図1中に示すように、複数の異なる位相板で構成される円盤を用いる。この円盤を中間結像面において高速に回転させることで高速に位相板および観察面の切り替えを行うことができる。
この多層観察ユニットを、多焦点高速観察顕微鏡部に組み込むことで、観察深度を順次変化させながら試料の光学断層像を取得することができる(図2)。
3.多層観察ユニットの設計・評価
設計した多層観察ユニットを図3に示す。多層観察ユニットは、中間結像面を構成する2個の対物レンズおよび位相円盤により構成される。中間結像面を構成するレンズ系は、できるだけ収差の影響を軽減するために対物レンズを用いる。これより、2つの対物レンズ間に中間結像面が形成される。この対物間距離は、位相円盤を挿入するに十分な間隔である必要がある。
位相円盤を設計するに当たって、位相板の挿入による焦点深度の変化を見積もるために下記のような基礎実験を行った。図4に実験光学系を示す。中間結像面を構成するレンズ系として、光軸上における収差を軽減するために非球面レンズ(焦点距離3.5mm・開口数0.68)を用いた。対物レンズは、倍率60、開口数1.2で、カバーガラスを併用するものを用いた。その他光学系を構成するレンズとしては図に示すとうりである。位相板として3種類のガラス基板(屈折率1.5、厚さ0.17,0.34,0.51mm)を用い、中間結像面に挿入した。焦点の移動量を見積もるために、サンプルステージを深さ方向に走査し、ローダミン6Gからの2光子蛍光を測定することで焦点のエッジ応答を測定した。また光源としては、モードロックチタンサファイアレーザー(繰返し周波数80MHz、パルス幅80fs、波長800nm)を用いた。これは、光学系の共焦点性を簡略化するためである。ローダミン6Gは、モードロックチタンサファイアレーザーの波長800nmにおいて効率よく2光子吸収をおこし、2光子蛍光を発光する。2光子蛍光は2次の非線形光学効果であり、レーザー光が対物レンズによってローダミン6G内部に集光された場合、焦点近傍によってのみ起こりうる現象である5)。この実験では、複雑な共焦点光学系を用いることなく、共焦点顕微鏡の同等の結像特性を得るために、2光子蛍光を利用した。6)
図5に、異なる厚みのガラス基板を挿入した場合のエッジ応答の結果を示す。黒実線は、ガラス基板を挿入しない場合の焦点のエッジ応答である。挿入するガラス基板の厚みが増すにつれ焦点が+Z方向に移動していることが分かる。各厚さにおける焦点の移動量をプロットした結果を図6に示す。図より移動量がガラス基板の厚みに対して非線形に対応していることがわかる。この結果は、波動光学的手法を用いた数値計算から予想される移動量とほぼ一致する。
上記実験より、今回用いた光学系では、位相板(屈折率1.5)の厚みが0.51mm以下の場合について焦点の深さ方向への移動が可能であることが示せた。この実験を元に次に位相円盤の設計を行った。
設計した位相円盤を図7に示す。円盤の回転中心および重心を一致させるため、2つの異なる位相板を2枚1組として円盤の中心に対象になるように配置した。
位相板としてガラス(屈折率1.5)を用い、厚みはそれぞれ0.15mm、0.40mmである。位相面は中心から半径1cmおよび2cmの円によって囲まれる範囲に配置した。これより、位相板を回転することで、焦点は、位相板が無い部分を基準として深さ方向に8μm、16μm移動する。これにより3層の試料面の切り替えを行うことができる。また、位相円盤の回転にはステッピングモータを用いることで、1800rpmの回転速度が可能となる。位相板回転速度の安定化には、フェイズロックループを基本とする制御回路を用いる(図8)。これにより回転誤差を±1rpmに抑えることができる。1800rpmの回転速度で位相円盤を回転させた場合、およそ5ミリ秒間隔で観察面が切り替わる。観察面の切り替わりにかかる時間(スキャンデットタイム)は2ミリ秒以下である。
設計した多層観察ユニットを用いて、多層観察型リアルタイム共焦点蛍光顕微鏡の設計を行った。図9にそれを示す。今回の設計では、中間結像面を構成するレンズ系として、非球面レンズ(焦点距離3.5mm、開口数0.68)を使用した。また、対物レンズとしては、ニコン対物レンズ(倍率60、開口数1.2、水浸、カバーガラス(0.17mm)有り)を使用した。観察面の切り替えは上記にもあるように5ミリ秒間隔である。また、光源としてモードロックチタンサファイアレーザーを採用した。パルスレーザーにより生じる非線形光学効果による共焦点性を従来の共焦点顕微鏡に組み込むことで、焦点の移動によって生じうるすべての収差を軽減することが期待できる。
4.まとめ
多層観察型リアルタイム共焦点蛍光顕微鏡の開発にあたり、多層観察ユニットの設計およびそれにともなう基礎実験を行った。多層観察ユニットの設計では、観察面の切り替えるための、複数の位相板を組み合わせた位相円盤の設計を行った。基礎実験の結果より、位相板の材料としてガラス(屈折率1.5)を選択した。設計した位相円盤は、位相板の厚みが0.15mmおよび0.40mmの2種類の位相板により構成される。これにより、3層の観察面(観察面距離8μm・16μm)を5ミリ秒の時間間隔(2ミリ秒以下のスキャンデットタイム)で切り替えを行うことができる。