1998年[ 技術開発研究助成 ] 成果報告 : 年報第12号

多光子過程による紫外高解能走査型レーザー顕微鏡とその生物学への応用

研究責任者

中村 収

所属:大阪大学大学院 工学研究科 物質・生命工学専攻 助教授

共同研究者

加野裕

所属:大阪大学大学院 工学研究科 特別研究員

共同研究者

藤田哲也

所属:京都パスツール研究所 所長

共同研究者

高松哲郎

所属:京都府立医科大学 第2病理学教室 教授

概要

1.まえがき
従来,細胞内における化学反応などの解析,組織の病理診断・研究などにおいては,特定の分子や細胞を蛍光色素により標識し,その蛍光画像によって形態的解析や蛍光の強度により各部を定量する手段が採られている。特に,共焦点走査型レーザー顕微鏡が開発されて以降,3次元的な断層像が得られるようになり,厚い試料内の各部位における分子の定量なども可能となってきている。
しかしながら,紫外域と,可視域の両方にわたって結像1生能が高い対物レンズがほとんど存在しないことから,蛍光顕微鏡の結像における波長は,400nmより長い方の可視域に限られ,空間分解能の向上はこれ以上望めない状況になっている。共焦点顕微鏡を用いる場合においても,紫外レーザー光を励起に用いると,励起レーザー光を回折限界まで絞ることができないことから,共焦点光学系の特長が失われ,空間分解能はこれ以上高くはならない。
紫外光を吸収する色素の種類及び紫外域において生体分子自体が吸収を持つ場合は多く,空間分解能のみならず,それらを画像化し,新しい解析手段を与えれば応用範囲が著しく広がるという側面からも,紫外域における高分解能顕微鏡に対する需要は大きい。
本研究では,紫外域のレーザーを用いて直接的に紫外蛍光を励起するのではなく,空間的にも時間的にもエネルギーが集約された状態で,2光子励起などの多光子過程を発生させることにより紫外域における蛍光の励起を試みる。このとき,励起レーザーの波長が可視域であっても,色素や生体に2つの光子を同時に吸収させることにより,より高いエネルギーの紫外域の蛍光を発生させることができる。
この方式の特長は,a)励起用のレーザーは可視域~近赤外域の波長を持っているので,従来の蛍光用対物レンズを用いることができ,その収差補正が最もよく施された状態で利用することができる,b)蛍光と励起光の波長の差が,従来の1光子を用いた蛍光顕微鏡に比べ,100nm~200nmほど大きいので,それらの分離が容易であり,したがって,画像のコントラストがよくなる,c)2光子吸収は,励起光強度の2乗に比例して起きるので,焦点面以外の励起光強度が弱い面ではほとんど起こらない。したがって,厚い試料中のある断面のみを切り取って映像化することができる(これは,共焦点効果と等価である),などが挙げられる。
2.内容と成果
当初計画した研究テーマとしては,1)深紫外域,近紫外域の2光子励起を誘起する短パルスレーザー光源の開発,2)3次元結像特性,蛍光分光特性,理論解析,実験と理論の比較検討,3)医学・生物学応用:各波長域において吸収を持つ試料の探索,応用事例の積み上げ,それらへの損傷の確認,などをあげていた。
1)深紫外域,近紫外域の2光子励起を誘起する短パルスレーザー光源の開発
励起光源には,基本的には,現有のアルゴンイオンレーザー励起のチタン・サファイアレーザー(パルス幅120fs,発振波長750nm)を用いたが,このレーザーによって直接的に誘起できる2光子吸収は375nmの近紫外域のみであるので,BBO結晶(β一C,i())を用い,その第2高調波を発生させ,適当な波長に変換した。
近紫外域への応用においては,チタン・サファイアレーザーをそのまま励起光源として用い,375nmの近紫外域における2光子励起を行い,400nm以上の可視域で蛍光を検出した開発した実験装置の構成を図1に示す。
深紫外域への応用に際しては,BBO結晶を用いて,チタン・サファイアレーザーの第2高調波を発生させ,それを2光子励起の光源として用いる(波長375nm)予定であったが,現在まで第2高調波の発生とそれによる1光子励起蛍光像を測定したのみに留まり,2光子励起はできていない。これは波長200nm以下に適当な吸収をもつ標識物質を見つけられなかったからである。無機物質については,これまでシリカガラス,LiNb(》,BuzSi(》oなどで深紫外多光子吸収を確認しているが,有機系物質ではこのように高いフォトンエネルギーの吸収をもつ物質は少ない。
2)3次元結像特性,蛍光分光特性,理論解析,実験と理論の比較検討
DAPI(Dipeptidylaminopeptidase I)で標識されたマウス胎児(受精後9日~11日)について,通常の1光子励起像と2光子励起像で,3次元結像特性や試料に与える損傷などがどのように異なるかについて調べた。図2にその結果を示す。
図2(b)はパルス幅120fs,波長750nmのチタンサファイアレーザーで励起された,マウス胎児の心臓(深さは試料表面から80μm程度)の2光子励起蛍光像である。一方図2(a)は,同じレーザーからBBO結晶で波長375nmの第2高調波を作り,その第2高調波で1光子励起した像である。このとき,(b)図の画質の方がよいのがわかる。ただし,これは空間分解能の優劣というよりはむしろ,励起光の波長が長いほど,試料に散乱・吸収されずに試料中の奥深くまで到達するという特性によるものである。つまり近赤外の750nmの光の方が,紫外の375nmの光よりレーリー散乱は16分の1小さく,また吸収も何分の1かになるからである。
図3に他の例を示す。図3はマウス胎児の脊髄部の断層蛍光像である。このとき,深さ280μmの奥深くまで蛍光を観察することができた。これは1光子励起では難しい。
3)医学・生物学応用:各波長域において吸収を持つ試料の探索,応用事例の積み上げ,それらへの損傷の確認
紫外域に吸収を持つ生細胞に対し,2光子励起を行ない,通常の1光子励起とでは,同一の平均出力に対し,試料に与えるダメージがどの程度異なるかについて調べる予定であったが,これについてはまだ試みていない。今後,蛍光指示薬のIndo-1,SBFI,PBFI等の励起も,紫外2光子励起によれば容易であるので,その効率などを調べ,Ca2+,H+などのイオン波,ヌクレオチドや神経伝達物質の濃度分布,ATP等の光分解の分布などについても,共同研究者(特に京都府立医科大学高松哲郎教授)の協力を受けながら実験を試み,そのとき得られる空間分解能を調べる予定である。
3.まとめ
以上の成果の医学応用として実用化の目指す場合,走査時間,試料への損傷の程度,試料のプレパレーションの問題など,いくつかの課題がある。走査時間については現在手作りの装置で1画面あたり15秒ほど要している。心筋細胞内のイオン波の測定などにおいては,現状の1000倍程度の高速走査が必要である。Nipkowディスク走査などの高速走査系,よりハイピークパワーを持つパルスレーザーなどを用い,高速観察が可能な顕微鏡を開発してゆきたい。