2015年[ 科学教育振興助成 ] 成果報告

地域が開発した新素材を活用した学習プログラムの作成

実施担当者

宇野 秀夫

所属:福井市立進明中学校 教諭

概要

1.はじめに
 地域には、新素材として炭素繊維複合材、染色加工技術、セラミック蓄光、リチウムイオン電池の正極材を開発し製造している企業や研究室がある。炭素繊維は飛行機、自動車の車体などに利用され経済性や効率性としての今後の需要が見込まれている。セラミック蓄光は避難誘導板、染色加工技術は撥水加工、涼感加工など、多岐多様に利用され衣類や産業資材に利用されている。リチウムイオン電池は二次電池として活用され、電気自動車などに利用されている。これらは地域企業も関連しながら開発した優れた科学技術である。
 科学技術立国を目指す日本として、日常生活や社会で実用化されている科学技術を学習することは科学の正しい理解をもたらすためだけでなく、将来を担う中学生に夢や希望をもたらす大切な教材となりうる。地域の新素材を教材化し、実社会や実生活と結びつける学習プログラムを確立したいと考え、本研究に取り組むこととした。


2.研究の目的
 地域が開発した新素材を教材化した学習プログラムを作成し,科学技術の発展と福井県の未来の発展の重要性を理解し、科学技術への関心と能力を持った生徒の育成を図る。


3.研究の方法
1)学習プログラムに位置づける。
地域が開発している新素材を教材化できる学習内容を洗い出し、プログラムに位置づける。
2)事前調査をする。
科学技術の発展や地域の産業や新素材に関する認識を把握するために事前調査を行う。
3)教材化とその実践をする。
炭素繊維、蓄光などの新素材を教材化した学習プログラムを実践する。
4)事後評価をする。
事後評価を行い、意識の変容を比較する。


4.実践の実際
1)蓄光の利用を考察する授業
 廣部硬器の制作するセラミック製品の紋章は、全国の警察・消防本部に指定採用されており、国内シェアNo.1を誇るメーカーである。セラミックスは木・樹脂・金属など他の素材に比べ、耐候性・耐久性に非常に優れており、セラミックス独自のすぐれた特性と純金焼成技術により半永久的な製品を製作している。第3学年「科学技術と人間」で実践した。
ア)避難誘導板の比較から蓄光の性質を理解する。
 グループ毎にプラスチックの板材でできた避難誘導板と蓄光材でできた避難誘導板の2種類を観察し、蓄光材の性質を理解するようにした。電気をつけた明るい中での観察と、電気を消した暗所の中での観察を行った。電気を消した暗闇の中でも、蓄光材の避難誘導板が光っているのを確認し、光を蓄え暗闇になると発光する蓄光材の素晴らしさを理解した。
イ)蓄光をどのように利用するか用途を考察する
 蓄光材の性質を理解した後、グループごとに何に利用するとよいか、アイディアを考察させた。生徒は、道路標識、誘導板といった実用されようとしているものから電灯、飛行機、自動車などユニークなアイディアを発表した。
ウ)蓄光材の今後の利用を説明する。
 各グループの発表後、社長からアイディアへの感想と蓄光材の今後の利用用途の説明をしていただいた。廣部硬器社長からは生徒のアイディアの良さをほめていただいた。現在、避難誘導等だけでなく、セラミック蓄光材としての耐久性や省エネといった特性を生かすために地下鉄やビルの階段や誘導ブロックとして利用実績があり販売を伸ばしていることの説明があった。そして、より長時間蓄光できるための性能開発を目指していることの説明があった。

2)加工布で身近な科学技術を体感
 福井県は水資源が豊富なことから戦前から繊維産業が盛んでありその基盤をもとにして、プラスチック加工などの素材開発が進められその分野での産業が発展してきた。東洋染工は撥水加工、防風加工、撥汚加工などを行っている企業である。第3学年理科「科学技術の発展」で連携授業を行った。
ア)4種類の加工布から特徴をさぐる。
 グループ毎に4種類の加工布を配布し、五感を使って観察し、それぞれの布にどのような加工技術が施されているのかを調べた。観察した結果と利用用途の予想をグループ毎に発表した。
イ)実験により加工布の特徴を理解する。
 水を落とすことで撥水効果があること、息をかけることで防風効果があること、水を浸してさわることで涼感効果があること、汗シミ防止効果があることなどを、実験を通して確かめた。
ウ)今後の進むべき加工技術の予定を聞く。
 技術者の説明により、光触媒加工、保温加工など、特許技術を有していることを知った。生徒は企業の技術者の話を聞いて、生活の中につながる理科を実感することができた。
エ)授業から自由研究につながる。
 加工布の授業の後で抗菌、殺菌、除菌、光触媒などの分からない言葉に疑問を持った生徒が出てきた。授業で学習するだけではなく、生徒自身の疑問を自ら解決方法を考え、観察実験を行い、結果と結論を得るのに適しているテーマである。
 しかし、実際に細菌があるのかないのか、また数量的に変化があるのかないのかを調べようとする時、何を使って実験すればいいのかが生徒の悩みである。インターネットで調べた結果、ルミテスターという装置で調べられるのではないかと考えた。科学部の生徒が、これらの違いを調べるために、ルミテスターPD30(ATP+AMPふき取り検査)で調べられると考えた。(ATP+AMPふき取り検査)とは、汚染物質を高感度に測定し衛生状態の改善をすることができるため、清浄度検査ができる実験装置である。台所の細菌調査をすることで、衛生状態を調べるとともに光触媒などの効果も調べることができた。

3)最先端技術である炭素繊維の授業
 福井県がもつ開繊技術を活用して最先端科学の一つとして炭素繊維の研究がなされ、実用化されるようになった。福井の優良企業であるサカイオーベックスの協力を得て、理科が私たちの生活に結びついていることを実感させるように連携授業を行った。第3学年理科「物質資源の再利用新素材」で実施した。
ア)実用化されている新素材を理解する。
 プラスチックは私たちの生活になくてはならない物質である。もともとは自然界に存在しない物質である。しかし、軽い、堅い、加工しやすい、柔軟性がある素材として人間が開発した新素材である。炭素繊維を提示し飛行機などに実用化されていることを学習した後、科学技術の進歩の重要性を認識するようにした。
イ)金属との比較実験で炭素繊維を理解する。
 新素材である炭素繊維とアルミニウムや鉄などの金属を比較することで、軽い、強い、錆びにくい、電気伝導性と発熱作用があるといった炭素繊維の性質を見つけ出すようにした。また、グループで出た意見を、ホワイトボードにまとめて学級全体で発表し深めていった。生徒は炭素繊維が金属に変わりうる素材であることを理解した。
ウ)炭素繊維の今後の用途と技術開発を学ぶ。
 実験後、サカイオーベックスの技術者が炭素繊維の特徴と用途について説明した。軽い、堅い、加工しやすいなどの炭素繊維の特徴を実験データーを使って説明した。炭素繊維複合材を開発し、飛行機、自動車などの日常生活品にまで実用化がすすめられていることを説明し、幅広い分野にまで広げようという取り組みを行っていることが説明され、生徒は理解した。福井県内の企業が頑張る企業や人がいることに興味を持ち、科学技術が生活に結びついていることを実感することができた。

4)希土類磁石で電流と磁界の応用を学習する
 レア・アースマグネットなど希土類磁石は磁力が強く、家庭用電化製品など様々なものに利用されている。国民的関心の高い最先端科学であるリニア・モーターにも利用されている。電流「電流と磁界モーター」の単元で、希土類磁石を制作している企業から情報提供を受け、第2学年「電流と磁界」で実践した。
ア)磁界の中で電流を流す実験を行う。
 教科書実験で扱っているU型磁石の中にコイルを置き、電流を流すと、コイルの動きがどうなるかを調べる電気ブランコの実験を行った。電流の向き、磁界の向きが変わると力の向きが変わり、電流の強さや磁界の変化の速さで力の大きさが変化することを実験によって確かめた。
イ)希土類磁石を製作している企業を知る。
 磁性研究所はレア・アースマグネットなど希土類磁石を制作している企業であり、自動車の電気モーターなどに利用されている。工場見学や連携授業の協力は得られなかったが、ハードデスクや電気モーターに利用されている情報提供を受け、生徒に紹介した。
ウ)リニア・ライナーで原理を考察する。
 山梨のリニア実験線では実用化に向けて、試運転を行っておりデーターの蓄積と改良、今年から一般に向けての試乗体験を行っている。視察の際に撮影してきた映像をもとにリニア・モーターの実際を視聴させた後、リニア・ライナーを使って浮上し進む原理を学習するようにした。極の性質、磁界の中で電流が受ける力のしくみ、マイスナー効果などにも触れ超伝導体の原理を説明し、最先端分野に活用されていることを学習した。

5)リチウムイオン電池を教材化した授業
 リチウムイオン電池が飛行機、自動車、住宅ななど、私たちの生活や社会の中で利用されるようになってきている。福井大学産学官連携本部では地域の企業との共同研究を通してリチウムイオン電池の開発と実用化に向けて最先端の研究に取り組んでいる。リチウムイオン電池を教材化して、実験をしながら二次電池のリチウムイオン電池の効用を学習する。第3学年「化学変化とイオン」で実践した。
ア)電池の種類と用途を考える。
 どのような電池があるかをグループごとに考えさせた。マンガン電池、アルカリ電池、鉛蓄電池など電池の仕組みの違うものから、単3電池、単1電池、ボタン電池など形状による違いまでグループごとに意見を出し合った。
イ)1次電池と2次電池の違いを調べる。
 マンガン電池(1次電池)とリチウムイオン電池(2次電池)の比較実験を行った。発電量、容量、持続性、充電機能などを調べた。リチウムイオン電池は発電量が大きい、容量は小さい、繰り返し充電し使用できるなどの利点を導き出した。一方で、高価格、発火などの危険性などの問題点なども説明により理解するようにした。
ウ)イオンによる説明を理解する。
 身近な水溶液に各種類の金属を入れて電流が流れるか、実験をする。実験後、電流が流れるのは電解質水溶液と異なる金属の組み合わせであることを発見していく。そして、電流が流れる仕組みはマイナス極の金属が電解質水溶液の中にイオンとして溶け込み、その際にできた電子がもう一方の金属(プラス極の金属)に流れることで、電流が流れるといった現象が生じる。このしくみをイオンで学習した。
エ)リチウムイオン電池の今後を考察する。
 福井大学産学官連携本部では高性能なリチウムイオン電池の開発に産業界、学術関係者、行政機関が連携しながら取り組んでいる。リチウムイオン電池の今後の説明を受けた。また、次世代ネットワークシステムであるスマートグリッドを、本部にある施設を使って説明していただいた。


5.まとめ
1)実用化されている科学技術を理解できた。
 ほとんどの生徒は、実践前には蓄光、炭素繊維、リチウムイオン電池、撥水、光触媒といった実用化されている科学技術の意味や意義を理解できていなかった。実践後、個々の科学技術を正しく理解し、生活や社会の中への実用化を実感することができた。
2)地域活性化への期待が高まった。
 福井は少子高齢化の影響を受けている地域である。実践研究を通して、地域の科学技術への興味・関心を高め、地域の産業活性化への期待を広げることができた。