2009年[ 技術開発研究助成 (開発研究) ] 成果報告 : 年報第23号

圧電マイクロ3次元振動デバイスによる生体細胞の内部ストレス計測と損傷治療法

研究責任者

小沢田 正

所属:山形大学 工学部 機械システム工学科 教授

共同研究者

中村 孝夫

所属:山形大学 医学系研究科生命環境医科学専攻 教授

共同研究者

後藤 薫

所属:山形大学 医学部 解剖学 組織細胞生物学  教授

共同研究者

馮 忠剛

所属:山形大学大学院 理工学研究科 応用生命システム工学専攻 准教授

概要

1.はじめに
生命の最小単位は細胞であり、その生死は臓器の不全のみならず、最終的には個々の生命体の健康・生死、ひいては種の存亡に直結する点で、近年各方面から注目されている1)。特に、事故、疾病あるいは種々の治療操作などによって損傷した細胞あるいは組織の再生回復メカニズムの解明や再生治療の具体的手法の開発は、その医学的重要性から焦眉の急である2),3)。もし、損傷した細胞・組織の安全で確実な再生治療法が実現されれば、再生医療や体外受精による不妊治療に代表される医学系分野のみならず、生命科学の数多くの分野に、計り知れないインパクトをもたらすものと見られる。
しかし、医学的、生物学的にも工学的にも未知の点が多く、格段の進展をもたらすためのブレイクスルーが切望されている。生体細胞は外界から何らかの刺激を受けると、防衛、適応、情報伝達等の機能発現のために膜張力の変化、細胞内の応力分布や外力に対する変形能の変化、細胞自身の移動などの力学的現象を示す。この現象を細胞外部から無侵襲で計測することができれば、細胞生理機能に関する多くの重要な情報が得られる4),5)。さらに、適度な力学的刺激はむしろ細胞の持つ自然な潜在的再生能力を助長して、細胞さらには組織の損傷回復を促す可能性があることが指摘されており、現在種々の実験が内外で精力的に試みられている。
以上の背景および基礎概念に基づき、本研究では、生きている生体細胞の内部力学状態を外部から無侵襲で計測・モニターし、かつ細胞の増殖、分化などの活性化を促進する最適な力学刺激を付加・コントロールし得る手法の開発をめざす。これは、損傷細胞のみならず組織の再生治療という革新的技術への道を開くことにつながる。具体的には、
1)超微小はり状振動子の屈曲インパルス微小振動を利用し、表面から接触スキャンすることにより、あたかも指でやわらかい物体を触診するごとく、無侵襲で生きているマイクロレベルの細胞の力学特性をセンシングできるマイクロセンサーの構築を提案する。
2)超小型にも拘わらず、3次元方向に任意の動的力学刺激を与えうるマイクロ3次元振動アクチュエータシステムの構築手法を提示する。このコンパクトなシステムにより、従来不可能とされてきた培養細胞への種々の3次元的力学刺激付加などの定量的かつ組織的操作・コントロール手段を実現する。上記マイクロセンサーと統合し損傷治療システムを開発する。
2.細胞組織の力学特性評価マイクロセンサー
弾性体振動子を励振させると、1次、2次、3次、…等の固有振動数が現れる。いま、一端が自由、他端が固定の境界条件を有するはり状振動子に曲げ振動を励振させるものとする。固定端の境界条件や振動モードによって大きさは異なるが、自由端には振動変位が生じる。Fig.1 のようにその先端を試料に接触させた場合、自由端境界における拘束条件の変化により固有振動数がf0 からfへと変化する。その固有振動数の変化⊿ f は、試料被接触部の硬さに関係し、接触部の移動性及びその周辺の振動伝搬性に起因するコンプライアンスと考えることができる。この考えに基けば試料の硬さ、やわらかさを⊿ f の測定によって評価できる4),5)。この原理は試料が十分軟らかい場合には有効であるが、そうでない場合には⊿ f とコンプライアンスが対応しないことが予想される。よって被測定物は金属などよりも十分やわらかいものに限定されるが、生体細胞・組織などには有効な手法である。
上述の動作原理に基いて設計されたカンチレバー型マイクロセンサーの図をFig.2 に示す。センサー振動子は、ステンレス板(20mm×3mm×0.2mm)の両面に加振用と振動数測定用の圧電セラミクス(3mm×3mm×0.2mm)をそれぞれ接着して製作する。Fig.3 は、一端固定他端自由境界条件の場合の1次~3次振動モードである。これらのうち2次振動を積極的に励振させるために、2次振動の腹の位置に加振用圧電セラミクスを取り付ける。また、振動数測定用の圧電セラミクスも同様の位置に取り付けることで、振動数の測定精度向上を図っている。固定端側は、強固な固定条件を実現するために、振動子の端7mm を2つの真鍮ブロックで挟み4本のネジで固定する。自由端側にはマイクロプローブを取り付ける。このプローブは接触試料の特性と、振動子の振動を相互に伝える役目を果たしているので、その形状・材質は高感度のセンサーを製作するための重要な要素である。またプローブは試料と直接接触する部分であり、生細胞・生体組織に悪影響とならないような大きさ・先端形状にすることも求められ、対象となる試料に応じて適宜選別し差し替える必要がある。
実際に製作したセンサーをFig.4 に示す。各圧電セラミクスに接続する導電線は振動子の振動に影響を与えないよう直径0.06mm の極めて細いポリウレタン線を用い、圧電セラミクスとの結線には導電性塗料を使用した。振動子自由端側先端には、実際に測定対象となる試料と接触するマイクロプローブを取り付けた。生細胞や生体組織など生きているものを測定対象とする場合、プローブの接触に起因して応答・反応してしまう恐れがある。従ってこれらに対するコンプライアンス測定は非侵襲的に行う必要がある。具体的には、測定対象とのプローブ接触面積を小さくする、あるいはプローブの測定対象への押し込みを小さくする、などが挙げられる。一方センサーのプローブの微細化は、その剛性の低下によってセンサーの測定精度の低下を招くと予想される。以上を考慮し製作した2種類のガラス製マイクロプローブをFig.5 に示す。これらの製作手順は、まず直径1mm のガラス管を熱伸展装置(SHIMADZU 、MPT-1)にて加熱しながら伸長させる。これにより非常に細く長い形状のガラス針の先端を局所加熱装置(SHIMADZU、 MPF-1)にて加熱し任意直径の球状に丸める。これを適度な長さで切断してセンサー振動子先端に接着する。Fig.5(a)は比較的大きめの細胞や組織を対象としたプローブであり、先端部直径は35μm である。Fig.5(b)はより小さい細胞の測定を目的としており、先端部直径は10μm と微細であるものの、プローブの太さを2段階にして全体が微細化しないよう工夫することでセンサー測定精度低下の回避を狙っている。
製作したセンサーの性能を評価するため、硬さが既知のシリコンゴムブロックを用いて測定を行った。測定方法は、FFT アナライザ(ONOSOKKI、CF-360Z)の信号出力機能を利用し100kHz までの周波数帯域でswept sine 波を1フレーム発信し、その信号をアンプ(NF 社、 4015 高速パワーアンプ)を介して励振用セラミクスに出力、振動子を励振させる。このときの応答信号を、検出用セラミクスからFFT アナライザ(ONOSOKKI、 CF-5220)に出力してパワースペクトルを解析し、センサー振動子の振動数を求める。Fig.6(a)はセンサー振動子にFig.5(a)で示したプローブを取り付けたもの、Fig.6(b)は同じくFig.5(b)で示したプローブを取り付けたセンサーの実験結果である。グラフ横軸はシリコンゴムブロックに対するプローブの押し込み深さ、縦軸は振動数応答(コンプライアンス)を示している。Fig.6(a)、(b)ともショア硬さ6)で示されている硬さの違いを検出できていることがわかる。ただしFig.6(a)は20~80HS、Fig.6(b)は5~20HS と硬さの測定域は異なっている。プローブの押し込み深さに関しては、Fig.6(b)は深い押し込みに対して振動数があまり変化せず、むしろ浅い押し込みによる測定に適していることが確かめられた。
3.3次元マイクロアクチュエータの開発
細胞・組織に力学刺激を付加するための3次元アクチュエータの概略図をFig.7 に示す。ダブル立体L型構造を有する振動子の一端を2つの真鍮ブロックではさんで固定端とする。自由端側先端はセンサーの場合と同様マイクロプローブを取り付ける。振動子には3枚の圧電セラミクス(図中、緑、青、赤でそれぞれ表示)を図の位置に取り付ける。ここで圧電セラミクスに電圧を加えることで、圧電効果によって振動子の圧電セラミクス取り付け部に曲げ変形が生じ、振動子自由端側において任意の変位を得ることができる。振動子はダブル立体L型構造を有しているため、電圧を加える圧電素子によって変位が生じる向きが異なる。図中赤の圧電セラミクスに電圧を加えれば変位は鉛直(Z 軸)方向、青ならばプローブ押し込み(X 軸)方向、緑ならプローブ水平移動(Y 軸)方向、といった仕組みである。この動作原理に従って3次元アクチュエータを構築する。厚さ0.2mm のステンレス板を加工し、ダブル立体L型振動子とする。この振動子には3枚の圧電セラミクス(3mm×3mm×0.2mm)をそれぞれの位置に貼り付ける。振動子固定端側は2つの真鍮ブロックではさんで把持、自由端側にはマイクロプローブを取り付ける。
細胞や生体組織に力学刺激を付加し、その影響を力学的手法によって評価しようとしたとき、本章の3次元アクチュエータと第2章で述べたカンチレバー型センサーとの併用は非常に有効である。しかし両者の効率的使用のためには、センサーとアクチュエータが一体化されていたほうが便利である。実際に製作した一体型センサー・アクチュエータをFig.8 に示す。一体化することによって、センサー、アクチュエータ双方の振動子に接続されている導電線の総数が7本と煩雑になり、相互インダクタンスなどの電気的悪影響が発生する恐れがあったため、真鍮製固定部位の後方にウレタンスポンジを取り付けてそのなかに導電線を通し、それぞれの導電線間に一定の距離が保たれるようにした。
4.細胞への力学刺激付加・影響評価実験
4.1 メダカ受精卵を用いた力学刺激付加実験
メダカ(killifish、 学術名:Oryzias latipes)は優れたモデル生物であり、これに関する研究も多い。本研究では、被験試料としてメダカの受精卵を利用した。この理由として、発生期の構造の変化が視覚的に顕著、かつ卵がほぼ透明で観察が容易であることが挙げられる。また遺伝学・発生学的研究が多くの研究者によってなされ、詳細な生態が解明されており、継代飼育が容易で3~5ヶ月程度で世代交代が可能であるため、基礎遺伝学的、生物学的情報を得やすいことも挙げられる。さらにメダカは、水温26℃、日照時間を昼14時間、夜10時間の状態にすることで産卵を促すことができ、季節を問わず年中容易に受精卵を入手することができる7)。
メダカの卵は通常、産卵から8~10日目には孵化に至る。医療・畜産の現場で遺伝子診断を行う際には受精後間もない卵細胞を使用しているという実際に則し、受精後6 時間以内のメダカ受精卵を実験に供した。メダカ受精卵を用いた力学刺激付加実験で使用する実験装置構成図をFig.9に示す。倒立型位相差顕微鏡(Olympus、 IX70)にはマイクロマニピュレータシステム(Shimadzu、MMS-77)が装備されており、左右それぞれのマイクロマニピュレータは電子制御で1μm 単位の操作が可能である。この左腕に、第3章で開発した一体型センサー・アクチュエータを取り付ける。センサーによる測定方法は、FFT アナライザ(Ono-sokki、 CF-360Z)の信号出力機能を利用し100kHz までの周波数帯域で50V のswept sine波を励振用セラミクスに1フレーム発信し、振動子を励振させる。その時の応答信号を、検出用セラミクスからFFT アナライザ( Ono-sokki 、CF-5220)に出力してパワースペクトルを解析し、センサー振動子の振動数を求める。一方、連続sine 波を3次元アクチュエータに出力することで細胞に力学刺激を付加するアクチュエーションが可能である。メダカ受精卵の固定にはセルインジェクター(Shimadzu、 CIJ-1)を使用する。セルインジェクターは本来細胞内へのマイクロインジェクションによる遺伝子導入や人工授精などに使われる装置であるが、機能の一つとして-80~200kPa の圧力をマイクロピペットに印加できる。この機能を利用し、マイクロピペットに-15kPa の負の圧力を印加することでメダカ受精卵を吸い付けて固定し、右腕のマイクロマニピュレータにマウントする。実験中のメダカ受精卵は、Flow chamber とLab bath(Taitec、 LB-21 JR)によって温度を一定に保つこともできる。また、実験中の動画、静止画を、CCD カメラ(Sony、DXC-107A)経由でコンピュータ上に記録することができる。センサーのプローブは、Fig.5(a)を使用する。実際の実験装置の写真をFig.10 に、センサーで受精卵のコンプライアンス測定している様子をFig.11 に示す。
本実験は、損傷回復に与える動的力学刺激の影響を検証することを目的として、以下の手順で実験を行った(Fig.12)。一般の不妊治療操作を念頭におき、受精後6時間のメダカ受精卵を先端直径2μm 以下のガラス針で穿刺して損傷を付与した(Fig.13)。損傷は、ハッチング操作を想定し卵膜を4/5 ほど穿刺した場合と、顕微授精を想定し卵黄内に達するまで300μm 程度穿刺した場合の2種類とし、損傷量による受精卵への影響の差異をみることとした。損傷付与直後にそれらの細胞に対し3次元アクチュエータを用いて動的力学刺激を5分間、12時間毎に3日間与えた。ただし、動的力学刺激が傷口を広げる結果とならぬよう、損傷を与える点と動的力学刺激を付加する点は別とした。付与した動的力学刺激は、前の実験で大きな反応がみられた押込み30μm、振幅15μm、5Hz で押し込み(Y 軸)方向の連続sine振動とした。この実験の結果をFig.14 に示す。横軸は損傷を付与してからの経過時間、縦軸はコンプライアンスを示している。未操作の受精卵に着目すると、測定値は受精後30 時間まで徐々に下がり、その後は徐々に増加していることが確認できた。これは受精卵の成長の過程で起こる律動性収縮運動によるものと考えられる。損傷を付与した受精卵に着目すると、損傷直後は力学刺激の有無に関わらずDeeply damaged 、Slightlydamaged 共にコントロールと比較して値が有意に低下している。その後力学刺激を付加しなかった受精卵の値は低いまま推移した。それに対して力学刺激を付加した受精卵は、損傷から24 時間以降測定値が徐々に上昇、48 時間後に未操作の細胞とほぼ等しい値となり、刺激を与えていない細胞との有意な差が確認できた。損傷に対する防御反応によって軟化した受精卵が、その後の力学刺激によって回復が促進され、正常化したことを示していると考えられる。
Fig.15 は、Fig.14 の0 hour、48 hours における比較であり、Student のt 検定でp<0.05 であったものを*印で表示している。0 hour では局所損傷の影響が、48 hour では力学刺激付加の影響が有意にあらわれている。Fig.16 は損傷付与から7日後の受精卵の生存率を示したグラフである。コントロールの卵細胞と比較して、損傷を与えた細胞の生存率は低下しており、特にDeeply damagedの生存率は大きく低下している。これに対して動的力学刺激を付加した場合、Deeply damaged の生存率が改善しており、Fig.14 結果と併せて、動的力学刺激が損傷回復に有効であることが示された。これらの結果は、畜産分野における卵細胞のローカルダメージに起因する受胎率・生存率低下による経済的損失の低減に資する新たな損傷回復手法開発への応用が期待できる8)。
4. 2 正常ヒト骨芽細胞を用いたマイクロセンサーによる力学刺激付加実験
第2の例として本研究では、外部からの力学刺激に敏感であると同時に活発な増殖能を持つ骨芽細胞に注目した。骨芽細胞は骨に存在する骨細胞 (osteocyto) の1つである。骨は通常、生体内で体を支える役割を果たすのと同時に骨の主成分であるカルシウムの貯蔵や供給を担っている。また、骨組織は静的にみえるが、外部からの機械的刺激に応答して骨量の見直しおよび空間的再構築が絶えず行われている。これらの機能を調整しているのが骨表面に存在する骨芽細胞(osteoblast) や破骨細胞 (osteoclast) などである。骨芽細胞は接着性細胞 (adherent cell) で、細い形状を有して多くの葉状仮足(lamellipodia)や糸状仮足 (filopodia)がみられ、絶えず細胞移動 (cell migration) などの細胞運動 (cell motility) を行なっている9)。生体内に存在する細胞が持つ特徴、もしくは細胞の老化現象をより忠実に捉えるため、株化細胞ではなく正常細胞である正常ヒト骨芽細胞 (NormalHuman Osteoblast: NHOst、 インフォームドコンセント下にてドナーの組織から摘出した細胞を単離・培養したものをCambrex 社より入手、Lot No.5F0582) を実験対象とした。培養には、α-MEM(alpha-minimum essential medium, COSMO BIO Co.,LTD.) + 10 % FBS (fetal bovine serum,Invirtogen, Lot No: 915045) + 1 % antibioticsubstance (penicillin - streptomycin solutionstabilized, SIGMA-Aldrich)を用いた。
正常ヒト骨芽細胞(NHOst)を用いたマイクロセンサーによる力学刺激付加実験の様子をFig.17 に示す。実験装置の基本的な構成はメダカ受精卵を用いた実験と同様であるが、大きく異なる点はマイクロマニピュレータが3次元水圧式(Narishige、MLW-3、動作精度:0.04μm)に変更されている。このマイクロマニピュレータにセンサーをマウント、振動子先端のプローブはFig.5(b)を使用する。なお、NHOst への力学刺激付加は第3章の3次元アクチュエータではなく、センサーへの連続sine 波入力による強制曲げ振動により行う。一体型センサー・アクチュエータでは培養ディッシュ内での取り回しが窮屈であるなどの理由による処置である。培養細胞のコンプライアンス測定は2V のswept sine 波による非常に微細なセンサーの振動を利用するため、倒立型位相差顕微鏡( OLYMPUS 、IX71 ) を除振台(Kurashiki Kako、 Micro-g)上に設置し、環境からの振動を遮断した。
センサーのマイクロプローブ接触による振動刺激が継代数6のNHOst のコンプライアンス変化に与える影響を調べた結果をFig.18 に示す。Control は刺激付加前、Stimulated は刺激付加直後のNHOst のコンプライアンスであり、それぞれStudent のt 検定でp<0.05 であったものを*印で表示している。付加した振動刺激は1~20Hz、振幅約0.5μm でそれぞれ3分間、プローブの細胞に対する押し込み距離は振動刺激付加・コンプライアンス測定ともに1μm としている。ただし、光学顕微鏡画像上で細胞とプローブの接触点を探すことは難しい。そのため、細胞内情報伝達物質であるCa2+イオンと反応して蛍光する指示薬、Fluo-4 を3μM、60 分で予め細胞内に導入しておく。その後、センサーを真下に1μm ずつ下ろしていき、Fluo-4 が発光したところを接触点としている。この実験の結果、付加した振動刺激の振動数に関わらずプローブ接触部においてコンプライアンスの上昇、つまり細胞の硬化がみられた。刺激付加時間はわずか3分であり、この間に細胞骨格の大幅な再構成が行われたかは疑問であるが、細胞が振動刺激を感知し局所的に硬化する反応を示した可能性は残される。またこの反応は、振動数が低いほど大きくなる傾向が示された。
以上の結果が得られたことで、本センサーは細胞の力学刺激受容によるコンプライアンスの変化を検知できる性能を有していることが確かめられた。今後様々な条件で実験を重ねることで、例えば細胞内メカノセンサーの局在性や刺激受容特性などメカノセンシング解明に資する情報の提供が可能となるはずである10)。
5.まとめ
1) カンチレバー型マイクロセンサーのプローブの形状・材質を最適化することにより、細胞などの微小な物体のコンプライアンスを無侵襲的に測定可能なセンサーを開発した。
2) ダブル立体L型構造を有する3次元動作が可能なアクチュエータを開発した。またこれをカンチレバー型マイクロセンサーと一体化し、細胞・組織に対して力学刺激の付加およびそれによるコンプライアンスの変化を検出可能な一体型センサー・アクチュエータを開発した。
3) 培養細胞のような微小な細胞に対して局所的力学刺激を付加し、それによるコンプライアンスの変化を一種の細胞応答あるいは内部ストレスとして評価する方法を提案した。
4) 体外受精などによる局所損傷を模擬した、局所損傷メダカ受精卵を用いた実験の結果、動的力学刺激付加によって損傷回復が促進され受精卵の生存率に大きな改善がみられた。
5) 培養正常ヒト骨芽細胞に局所振動刺激を付加した結果、細胞は短時間のうちにコンプライアンスを変化させ(相対的に上昇、すなわち硬化の方向)刺激に敏感に適応していることが検証された。