2016年[ 科学教育振興助成 ] 成果報告

土のうを利用した農業用ため池のビオトープ化並びに緊急時用水としての利用

実施担当者

嵯峨 俊介

所属:栃木県立栃木農業高等学校 教諭

概要

1 はじめに
 農業インフラの老朽化による危険性が指摘されるようになったが、特に放置ため池による事故や環境汚染が全国的に問題視されている。その背景には、周辺の宅地化により貯水そのものを利用する機会が失われている現実がある。
 これらを単純に改修しても当然利用価値は低いと考え、それならば希少な地域固有の生物種が増殖できる場であったり、流入する水資源の質を高める場となるようにビオトープ化ができないか検酎した。環境改善後の目標の一つに、災害発生時に私たち自身の「命の水」となるように緊急時用水化も想定した。
 本校農業土木科の1年生が地域環境調査を、2年生がGIS(地理空間情報)技術によって水資源に関する流域情報を可視化し、3年生がそれらのデータを基に地域や専門機関と連携しながら、実際の改修計画・施工を通して、ビオトープ化を進めていく流れとした。


2 実施内容
2-1 地域環境調査とGISによるまとめ
 学校周辺は背景とな太平山からの湧水が豊富であり、その多くは水路によって上流から下流へと正しく流れており、良質ともに良好である。その一方で、本校に隣接する農業用ため池に目をやると、たくさんの支流がそそぎこんでいるにも関わらず、明らかに水質は悪く、夏場は異臭が発生していた。1年生の科目「農業と環境」内で行った環境調査によって「正しい水の流れが失われているため、水質が一気に富栄養化している」と結論づけた。
 その結果を基に、放置ため池内の水質をはじめとする環境問題は、流域全体の問題であると捉え、2年生の科目「農業情報処理」で、GISによるまとめ学習を行った。CADによる図面作成や国土地理院地図等を活用したマッピングを行い、水の流れや量、水質の状況などを一日でわかるようにした。
 ため池自体についても、定期的に水を全て抜いて、生物や水質などについて調査した。堤体である石積みは崩れ、中は汚泥やゴミなどが堆積しており、定着している生物種は少ない上に、外来種の個体数ばかりが多かった。
 平成27年9月の関東東北豪雨の際には周囲の至る場所から漏水が確認され、専門家からは堤体決壊の可能性もある深刻な状態であることが指摘された。これらの問題点は流域内のため池だけではなく、全国各地に共通しているが、大規模な汚泥の除去作業や漏水対策など、工事コストがかなりかかることから放置せざるをえないと実感し、何か莫大な費用がかからずに速攻性のある工法はないのか検討した。

2-2 土のうによる改修計画
 大雨によって学校周辺の砂防ダムやため池へと運ばれてきた上砂はそのまま放圏されている。ならば、本来はお金をかけて処理されるこれらの土砂を士のう袋を利用して構造体にできないか計画した。土木構造物は本来、時代の進歩に伴い変化する必要があり、解体・撤去を視野に入れ、再利用が可能な資源循環丁法が望ましいことから、土砂でインフラの改修が行えるのならば究極のエコ資材ではないかと期待は膨らんだ。
 一般的なポリエチレン製・紫外線に強いUV加工の2種類で土のう250袋(5トン相当)を製作し、耐久性や様々な物理的特性を調査した。透水性や強度試験、水中での変化の様子等を調べたところ、どんなに締固めて積んでも、時間とともに強度が落ちることから構造体に適さないことがわかり、土のう工法の再検討を余儀なくされた。

2-3 新型土のうによる改修計画
土木建設分野で使用されている「新型土のう・D-BOX」。震災後の液状化対策などインフラ整備で広く利用されているとの記事を日にし、時に水中にもなる得るため池のような超軟弱地盤でも使用できる上のうなのではないかと考えた。D-BOXには以下のような特徴がある。
①土のうに圧力がかかると袋の周囲の長さが延び、張力が発生する。
②土粒子間の力が増加し摩擦力も大きくなることによって土のう全体が拘束強化し、コンクリ並みの強度を発揮する。
②袋内部のトラスバンドで吊ることによって、3方向の力で強力に固化させる。
 強度変化については、開発者の方より「D-BOX内の間隙水圧は静水圧状態を維持しているため、水没させた状態でも強度は減らない」との解答をいただき、D-BOXによる改修計両を進めていった。これらをまとめたものを大学工学部主催の土木設計競技に応募し、審査員特別賞をいただくなど、専門家から多くのアドバイスをいただき、工事の実現へ向けて自信となった。

2-4 施工に関する予備調査
 設置者である栃木市農林整備課等から工事許可をいただき、D-BOX開発者であるメトリー研究所・野本太様にも実際にため池や土質を見ていただき、ビオトープ化に向けた施工のポイントなどを確認した。特に土のうに入れる土質については、どんなに緩い土質でも固化させられることを証明させるためにも、きちんとした土質試験を行った上で施工することが望ましいとした。
 まずは、ため池の細部測量や月別の平均流入最の調査を行い、5月から6月にかけて水の収支計算を行った。その結果、蒸発散以外におよそ10%が消失されていることがわかり、目に見えない漏水を裏付けることができた。
 水質の状況については、簡易的なパック試験等を継続していたが、公的な分析機関の数値も参考としたいために、栃木県環境技術協会にため池の水を持ち込み、分析の依頼をした。
 土粒子の組成や上質については繰り返し調査した。学校内でふるい分けによる粒度試験、突固めによる締固め試験、密度試験を行ったところ、土木材料に使用される普通土に比べ物理的・カ学的に見ても不安定であることがわかった。学校で調査できない内容については、足利工業大学・土質西村研究室にて試験を行った。土の支持力や安定性の基準となる一面せん断試験によると、粘着力cは垂直応力に比例しない土の力、内部摩擦角Φは垂直応力に比例する力であり、両せん断強さはともに普通上に比べていずれも弱く「構造体にはなり得ない土質」との判定をいただいた。

(注:図/PDFに記載)

2-5 試験施工
 7月よりD-BOX30袋を使用して、最も水穴が多い箇所の試験施工を行った。まずは側面に開いた穴を現場の粘性土で充填してから遮水シートを貼り、法尻に置くD-BOXには上段からの水圧がかかるため、型枠を使って水平かつ均等に転圧した。野本様のご指導の下、50mずつずらして重ねていく階段構造とした。ランマで突き固めながら7段施工したが、いずれも安定した状態を維持している。その後の流量収支計算の結果、漏水も抑制されていることが確認できた。
 施工に際しては、ため池内の水量を調整しながら、汚泥の掘削や乾燥を行い、土のう内の材料として応用した。アメリカザリガニなどの外来生物が多いものの、サワガニや各種ヤゴ類も確認することができ、施工後のビオトープの方向性(導入生物等)も検討することができた。


3 まとめ
 今年度の取り組みでは、材料そのものは間題がある土砂廃棄物でも、D-BOXを使用すると構造体にできることが判明し、環境保全型のため池改修工事のプロトタイプを提唱することができた。また、次年度以降の本格的なビオトープ化に向けて、対象地周辺流域の各種データを収集・分析ができた。そして、実際に40t相当の土砂を再利用でき、試験施主により一部の漏水を遮断することができた等の成果が得られた。当初の目標であった、ビオトープ化や緊急時用水化までは、まだまだ先の状態ではあるが、高校生がインフラ整備に関わることができたり、循環型社会に即した土木施工を実践できたことは大きな自信となったようである。特に繰り返し行った土質試験など、科学的なアプローチによって課題解決に至ったことは、今後の研究活動でも継続していきたい方法である。
課題としては、土の含水比が高く転圧できるまでの養生期間が予想以上に長かったことなど、前例のない工法であることから詳細なデータを取りながらも臨機応変に対応していく必要がある。また、早急に導入生物種の検討を行い、生態系を壊さぬよう施工後速やかに環境修復・ビオトープ化をする必要があると考えている。