2015年[ 科学教育振興助成 ] 成果報告

国内のアルゼンチンアリ分布拡大に対する考察と道しるべフェロモンを用いた防除法についての取り組み

実施担当者

河田 雅幸

所属:岐阜県立加茂高等学校 教諭

概要

1.はじめに
 各務原市で特定外来種のアルゼンチンアリが確認された8年前から分布調査および侵入経路の特定などの研究を行ってきた。今年度は、新たに合成道しるべフェロモンを使っての防除法を考察することにした。フェロモンを使った有害虫の駆除は、果樹園にやってくるオスの蛾をメス性フェロモンで誘導・捕獲し、雌雄間のバランスを狂わせ絶滅させる方法などは確立されているが、アリの道しるべを利用した駆除法はまだ始められたばかりである。この合成フェロモンを効果的に散布できるフェロモンディスペンサーを利用し、アルゼンチンアリを絶滅させる方法を提案することができた。
 各務原市鵜沼に圃場を借り受け、アリ相の調査、トラップによるアリの採集を行った。採集したアリはアルゼンチンアリ7,012頭、在来アリ9,595頭にのぼり、採集から同定・標本作りまで生徒一人一人が責任をもって行うことができた。考察していく過程において、図やグラフを分かり易く工夫し、論文としてまとめることができた。また、多くの研究者や卒業生からのアドバイス、文献の解読もおおいに参考になった 1)~4)。


2.問題提起、研究目的
 昨年度まで、アルゼンチンアリの行動学的分類や侵入経路などを研究してきたが、観察をとおして地域住民の方々から「早く駆除してほしい」との切実な声がよく聞かれた。私たちは分布調査のためにアルゼンチンアリを捕獲することはあっても、駆除までは深く考えていなかったことを反省した。そこで、今年はアルゼンチンアリ防除の手引き 5)や「アルゼンチンアリ」6)を参考に、合成道しるべフェロモンを使った防除法の考察を行っていきたいと考えるようになった。最初に、各務原市の防除の現状 7)と今後の方針を確認するため、アルゼンチンアリ対策協議会に連絡を取り、実験の協力を要請した。その結果、圃場については自治会の理解を得ながら使用できることになった。
 各務原市鵜沼においては、2007年に確認されてからアルゼンチンアリ防除モデル事業(岐阜県各務原市)として、効率的・効果的にベイト剤(毒餌)を用いた防除を行っている。また、自治体としてもアルゼンチンアリ対策協議会を設け、地域住民への丁寧な啓蒙活動、防除マニュアル・ベイト剤の配付を行っている。これらの効果により、分布域の広がりは制限されていると思われるが、ベイト剤が間に合わない箇所からの流出や、土砂の運搬による分布拡大が懸念される。
また、アルゼンチンアリは不快害虫として地域住民への被害にとどまらず、農業害虫および侵略アリとして、生態系への影響も見逃すことはできない。農作物への被害としては、共生生物であるアブラムシやカイガラムシの保護、風評被害による農作物の価値の低下がある。畑でできた野菜をもらってもらえなくなったと悲しそうに話された方にもお会いした。また、在来アリの減少は植物の種子の散布など微妙なバランスを破壊していると考えることができる。


3.研究方法
(1)フェロモンディスペンサーについて
 道しるべフェロモンは巣からえさ場まで仲間を誘導する行列行動の効果的な役割を担っている。そこで、道しるべフェロモンを攪乱させることができれば、アルゼンチンアリの巣に大きなダメージを与えることができる。アルゼンチンアリの道しるべフェロモンの成分としてZ9-ヘキサデセナールが知られており、イネ害虫ニカメイガのメス性フェロモン成分の1つと同じである。また、Z9-ヘキサデセナールは不飽和脂肪酸族アルデヒド化合物であり、酸素や紫外線の作用により容易に酸化や重合する不安定な物質である。そこで、Z9-ヘキサデセナールを安定して蒸散させる装置として開発されたものがフェロモンディスペンサーであり、二連のポリエチレン製中空チューブにそれぞれアルミニウム製針金と油状液体のZ9-ヘキサデセナールを内包させ、ロープ状に成型したものである。なお、Z9-ヘキサデセナールは、採集した在来アリの道しるべを攪乱させることはな
かった。
今回は信越化学工業㈱合成技術研究所から提供していただいた1巻(100m)を用いた。
(2)フェロモンディスペンサーの設置
 圃場として利用する林には、アルゼンチンアリ以外の在来アリも多く生息していた。フェロモンの効果がアルゼンチンアリのみに影響を与えることを確認するのに好都合であると考え、圃場の周囲に張り巡らせることにした。また、フェロモンディスペンサーの固定は農業用シートの固定に用いられるアグリスティックシルバーを用いた。
(3)フェロモンディスペンサーによる影響の検証
 フェロモンディスペンサーの近くにエサを置き、フェロモンによる影響を観察することにした。フェロモンディスペンサー設置前に2日間、設置中の11日間および撤収後3週間後および1ヵ月後、エサにやってくるアリを採集し同定した。また、エサは10ヵ所にペットボトルのふたをエサ台にして、ガムシロップ(糖)1gと粉チーズ(タンパク質)1gを毎日1時間置いて回収した。
(4)同定作業
 回収したエサ台(ペットボトルのふた)ごと、その場でアルコールを入れたビーカー
(100m用)に入れ、固定する。その後、実験室に持ち帰り、ろ過してアリの種を同定し、個体数を数えた。


4.結果
 15日間の調査で、採集したアルゼンチンアリは7,012頭、在来アリの総数は9,595頭であった。採取したアルゼンチンアリの個体数をポイントごと、エサの種類ごとにまとめた。7月25日のフェロモンディスペンサーの設置後に採集した個体数の変動と、8月4日の撤収後に採集した個体数の結果から、フェロモンディスペンサーがアルゼンチンアリの林内への侵入を制限していることがわかった。なお、フェロモンディスペンサーの撤収後の9月10日に採集されたアルゼンチンアリの個体数が大きく減少しているのは、自治体による秋季の一斉防除で、境内にベイト剤が散布されたためである。また、最も多くのポイントで採取された在来アリは2,151頭のアメイロアリであり、採取した個体数として最も多かったのは5,573頭のヒメアリであった。
 アリは中生代にハチから分化した後に、羽を捨て、巣作りを放棄したと考えられている。もちろん羽を捨てたといっても結婚飛行をする種も多いが、子育て、エサ集めをするときは徘徊することに徹している。また、巣作りについても穴を掘り、いろいろな「部屋」を作る種もあるが、今回調査した林内の多くの巣は、巣というよりは集合しているという感じであった。特に、アルゼンチンアリについては行列をたどり、巣を特定しようとしたが、落ち葉の下やコンクリートの割れ目に集合しているだけのように見られた。


5.考察
 フェロモンディスペンサーの設置前から設置中にかけて採取したアルゼンチンアリと在来アリを調査ポイントごとに表わすと、大きな特徴が見られた。ポイント①②⑩は林の南側に位置し、境内で見られたアルゼンチンアリが侵入してきていると考えることができる。ポイント③⑧⑨についてはフェロモンディスペンサーによるアルゼンチンアリ侵入にある程度の制限があったため、アメイロアリが生息できていると思われる。ポイント④⑤についてはヒメアリの巣が近くにあるため、ヒメアリが多く採集され、ポイント
⑥⑦についてはキイロヒメアリ、キイロシリアゲアリの巣があることが予測されるとともに、北側の畑からそのほかの在来アリの侵入があることがわかった。
 林内の在来アリの中で最も多く採集されたヒメアリおよび優占度が最も高いアメイロアリとアルゼンチンアリの日変動について考えてみた。設置中、ヒメアリとアルゼンチンアリの採集された個体数は拮抗しているが、エサ場までの競争というよりは、アルゼンチンアリが林内への侵入が制限されたため、ポイント④⑤でヒメアリが多く採集された結果である。撤収後2日間の調査では、ヒメアリを
1頭も採集することができなかった。また、設置前から林内における優占度はアメイロアリが高かったが、林の南側はアルゼンチンアリとの境界線であり、撤収後3週間目には林内で採集される優占度の高いアリがアルゼンチンアリに変化していた。
よって、フェロモンディスペンサーはアルゼンチンアリの林内への侵入阻止に効果が高かったことが明らかとなった。
フェロモンディスペンサーの効果を明らかにするため、設置前・設置中・設置後のアルゼンチンアリ、ヒメアリ、アメイロアリそして、そのほかの在来アリについてグラフ化してみた。設置中に置いて、林内におけるアルゼンチンアリの採餌行動が著しく制限されていたことがわかる。
 採集したアリ全体の個体数変動をグラフ化してみると、フェロモンディスペンサーを撤収した8月4日まではアルゼンチンアリが林内に侵入することはあっても、「占拠」することはなかったことが明らかとなった。
 しかし、これらのグラフから見て取れるとおり、フェロモンディスペンサーの撤収後、林内のアリ相は一変し、アルゼンチンアリが「占拠」することになった。この林は在来アリとアルゼンチンアリの境界線であり、人為的な影響で侵入したアルゼンチンアリの占拠を食い止めるためには人為的な手立てを行っていく必要がある。寺社林でもある林の生態系を守っていくためにもアルゼンチンアリの侵入を阻止したい。9月10日の調査結果は境内でのベイト剤による効果によるものであり、林内にはまだアメイロアリ等の在来アリが生育していると考えることができる。また、ポイント⑤ではフェロモンディスペンサー設置中、アルゼンチンアリを1頭しか採取できなかったが、撤収後南側からの侵入により採取できるようになったと考えることができる。また、秋の一斉防除によるベイト剤のため、巣を荒らされた女王がポイント⑦⑧⑨の近くに移動し、新たな巣を作り出していると思われる。
なお、今回の調査結果ではエサの種類による有意な差が見られなかったため、糖とチーズで採集された個体数を合算して採取した個体数として表わした。


6.まとめ
 アルゼンチンアリと在来アリの境界線にフェロモンディスペンサーを設置できたことで、多くのことを学ぶことができた。フェロモンディスペンサーの威力は大きく、アルゼンチンアリの侵入を食い止めるとともに、行列を攪乱することがわかった。実験がおこなわれたのは2週間ほどであったが、フェロモンディスペンサーは1か月半の効果があり、ベイト剤と併用することで、アルゼンチンアリの防除に大きな威力を発揮することが確認できた。防除法として最も大切なことは、現状を把握することであり、アルゼンチンアリの巣および行列の様子を明らかにすることである。現地調査を丁寧に行うことで、効果的に防除できるとともに、生態系への影響を少なくすることができると考える。各務原市のアルゼンチンアリ防除モデル事業は効果的に行われているため、アルゼンチンアリのコロニーは分散している。よって、1つ1つのコロニーを計画的に潰していくことを提案したい。方法として、地図上でブロックに仕切り、1つのコロニー全体をフェロモンディスペンサーで囲い込む。そして、コロニー内に見られる行列を短く切ったフェロモンディスペンサーで攪乱させることでコロニー内の巣を一時的に飢餓状態にする。その後、その巣の近くにベイト剤を置いてやれば、巣の中のエサはベイト剤のみとなり、巣を絶滅させることができる。いままでもベイト剤による効果は大きかったと思われるが、1つの巣にはたくさんの女王アリがおり、巣内の環境が悪くなると移動し、また別のところで巣を作っていたことが実験結果から明らかとなった。巣内の女王アリを絶滅させることで、そのコロニーの壊滅と同時に、分布の拡大を抑えることができる。
 アルゼンチンアリの防除にベイト剤や殺虫スプレーは効果的ではあるが、他の昆虫、特に在来アリへの影響も大きい。フェロモンディスペンサーと併用することで、ベイト剤等を減らし環境にも配慮した防除法を確立させることが急務である。