2014年[ 科学教育振興助成 ] 成果報告

国内のアルゼンチンアリの行動学的分類および侵入経路・スーパーコロニー分化に関する研究(Ⅱ)

実施担当者

河田 雅幸

所属:岐阜県立加茂高等学校 教諭

概要

1 はじめに
 アルゼンチンアリが、各務原市鵜沼で発見された翌2008年から分布調査を行っている。鵜沼での調査は、地域住民への聞き取りや、国道沿いの花壇や児童公園での観察を行い、その結果から分布域を少しずつ広げていることを研究会等で報告してきた。また、2011年には遺伝的解析を行い、鵜沼に生息しているコロニーのミトコンドリアDNAcytb領域が同一であることを明らかにした。さらに国内への侵入経路に興味をもったため、2013年から行動学的見地での実験を進めることにした。広島県廿日市市、兵庫県神戸市、愛知県田原市そして鵜沼での採集を行い、アグレッションテストという方法で検証した。その結果、鵜沼のコロニーは神戸に生息しているある1つのコロニーと同じであることを明らかにすることができたが、田原市のコロニーについてははっきりとした結果が得られなかった。
 今年度は田原市のコロニーの侵入経路を明らかにするとともに、田原市から5kmほどしか離れていない豊橋市のコロニー(2011年初確認)の侵入経路を突き止めることが研究の目的である。また、アグレッションテストの試行回数を3回から5回に増やして精度を高めるとともに、遺伝的解析も並行して行うことにする。


2 アルゼンチンアリについて
 日本国内におけるアルゼンチンアリは、1993年に広島県廿日市市で初めて確認されている。その後、西日本を中心に広がりを見せ、巨大なコロニーを形成させている。また、物資の運搬が媒体となるなど人為的な移入での跳躍的分散が見られ、家屋への侵入や農作物への被害が環境問題として危惧されている。アルゼンチンアリの社会構造は、1つの巣に多数の女王アリが存在しており、大きなコロニーを形成する。体長3mmの小さなアリで、巨大なキバや毒針もないが、在来種のアリに比べて動きが早く、国内での侵入・定着が進行しており、地域の生態系に影響を与えている。
 通常、アリは同じ種であっても巣が異なるとワーカー(働きアリ)どうしが牽制し合い、激しく争うため分布域が広がることがない。しかし、日本国内に侵入したアルゼンチンアリの大きな特徴は、1つの巣からコロニーが大きくなっていることに加え、跳躍的分散しているワーカーどうしが争わないことにある。現在までに日本には4回の侵入が確認されており、相互に敵対関係にある
4つの巨大なコロニーを「ジャパニーズ・メイン」「神戸A」「神戸B」「神戸C」と呼んでいる。また、これらの巨大なコロニーは人為的な移入で、遠く離れた巣間でも敵対性を示すことがなく、分散したまま同一のコロニーとして日本国内に分布域を広げているため、スーパーコロニーと称されている。


3 研究の内容
(1)現地調査および採集
 調査地として、日本初確認の廿日市市、同じ地域で3回の侵入があった神戸市、研究の目的としている田原市、同じく豊橋市、そして鵜沼を選んだ。神戸市のコロニーは鵜沼のコロニー内ではすべて敵対性を示さないのに対して、道路を挟んで敵対性を示すコロニーが4種類あることが知られている。調査地の多くは埋立地であり、生息地は街路樹の周辺または公園であった。そこで在来種は普通種であるクロオオアリやクロヤマアリは見られなかったが、アミメアリやトビイロシワアリは観察することができた。また、それぞれの地域・自治体でアルゼンチンアリに対する駆除が行われており、緑色の顆粒状ベイト剤の容器を見ることがあった。アリ以外の土壌性小動物については、ムカデ、オカダンゴムシ、ナメクジ、トビムシ等見ることができた。
 鵜沼、田原市以外は港に近く、コンテナ船やコンビナートの付近を調査・採集し、密封した保管用タッパーで加茂高校の実験室まで運んだ。なお、実験のために、「特定外来生物」に指定されているアルゼンチンアリを採集・輸送・飼育するために中部環境事務所から許可を受けている。

(2)敵対性に対する実験(アグレッションテスト)
 直径4.3cmのガラス製シャーレに異なるコロニーのアルゼンチンアリを1頭ずつ投入し、2頭が5回接触するか、投入してから5分が経過するまでの行動を数値化した。お互いが無視するか触覚で確認した場合が1点、どちらかが逃避行動を取る場合が2点、攻撃した場合が3点、連続した攻撃が見られた場合が4点とした。また、2頭を区別するために片方には着色したシロップを与え、どちらのコロニーが攻撃しているのかを明らかにするとともに、着色の影響も考慮して5回ずつ試行し、平均値を敵対性指数とした。敵対しない原因としては体表の匂い(体表炭化水素)が原因と考えられている。
 アグレッションテストの組み合わせとして、廿日市で採集したコロニーは「ジャパニーズ・メイン」であるが、ここでは「廿日市」と呼ぶ。また、神戸市で採集した4つのコロニーを「神戸A」「神戸B」「神戸C」、そして神戸で採集した「ジャパニーズ・メイン」を「神戸M」と呼ぶ。そして、田原市で採集したコロニーを「田原」、豊橋市で採集したコロニーを「豊橋」、鵜沼で採集したコロニーを「鵜沼」と呼び、それぞれの8巣について実験を行った。

(3)アグレッションテストの結果
①神戸Aについて
 同じ地区で分布している神戸Bのコロニーとはお互いに連続した攻撃が見られ、強い敵対性を示した。神戸Bのコロニーとは道路を挟んでコロニーが存在しており、現地調査中にも攻撃し合っているところを観察することができた。豊橋のコロニーとは攻撃は見られなかったが、廿日市のコロニーからの移入と考えられており、逃避行動が10
回の内3回見られたことから、本来は敵対行動が見られると思われる。よって、神戸Aのコロニーは日本に侵入した他のコロニーすべてと敵対性を示すと考える。

(注:グラフ/PDFに記載)

②神戸Cについて
 神戸Aのコロニーと同じく、すべてのコロニーと連続した攻撃を行い、強い敵対性を示した。よって、神戸Aのコロニーと同様に、日本に侵入した他のコロニーと敵対性を示す。ただ、豊橋のコロニーに対して,神戸Aのコロニーはあまり敵対性を示さなかったのに対して、強い敵対性を示した。
 昨年度の研究からも、神戸Aと神戸Cのコロニーは神戸Bや廿日市のコロニーとは敵対性を示しており、日本に侵入した経路が異なっていると考えることができる。

(注:グラフ/PDFに記載)

③廿日市について
 日本に最初に侵入したコロニーであり、20年が経過しているため、国内に最も広く分布を広げていると考えることができる。
 神戸A、B、Cのコロニーに対しては攻撃性が認められるが、他のコロニーに対して攻撃性は認められない。神戸Bのコロニーに対して、神戸A、Cのコロニーより敵対性が強くないことは先行研究から、遺伝的な影響と考えられている。

(注:グラフ/PDFに記載)

④神戸Mについて
 廿日市から移入したコロニーであることがはっきりした。廿日市のコロニーと同じ敵対性を示し、鵜沼、田原、豊橋とのコロニーとは敵対性を示さなかった。田原、豊橋のコロニーは神戸Mのコロニーと同じように廿日市から移入したと考えられているが、鵜沼のコロニーは神戸Bからの移入と考えられているため、興味深い結果となった。

(注:グラフ/PDFに記載)

⑤「田原」について
 鵜沼のコロニーとはわずかに敵対性を示すことはあるが、多くの場合接触のみで終わることが多かった。神戸A、Cのコロニーとは明らかな敵対性が見られたが、神戸Bとのコロニーとは敵対性が見られなかった。
 田原市は内陸に位置しており、海外からの侵入ではなく、廿日市からの移入であると思われる。また、5kmほど離れている豊橋とも敵対性を示さないことから、豊橋へ移入したとも考えられる。

(注:グラフ/PDFに記載)

⑥「豊橋」について
 田原のコロニーとは敵対性を示さないことや、他のコロニーへの敵対性の様子から田原のコロニーと同一のコロニーであることがわかる。移入経路は廿日市から田原を経由して豊橋に入ったのか、廿日市から直接、豊橋に移入したのは定かではない。また、豊橋は埋め立てられた港であるため、海外からの侵入であると考えることもできる。また、廿日市で調査した地点にあった木材工場と同じ工場や物流センターが豊橋市にもあり、海路による可能性も出てきた。(図8)

(注:グラフ/PDFに記載)

⑦神戸Bについて
 神戸Aのコロニーとは強い敵対性を示し、神戸Cおよび廿日市、神戸Mのコロニーとも敵対性を示す。先行研究から鵜沼へ移入したことがわかっており、敵対性が見られないことは明らかであるが、田原、豊橋のコロニーとも敵対性が認められなかった。よって、神戸Bのコロニーの体表炭化水素が、鵜沼、田原、豊橋のコロニーの体表炭化水素に近いのではないかと思われる。

(注:グラフ/PDFに記載)

⑧「鵜沼」について
 神戸Aと神戸Cとは明らかに敵対性を示すが、神戸B、神戸M、廿日市のコロニーとは敵対性を示さなかった。田原と豊橋のコロニーについても10回の試行で1回のみ敵対性を示したに過ぎない。ただ、この1回が連続した攻撃であったことから、個体差の影響も考慮する必要がある。また、体表炭化水素の違いが攻撃の原因であり、この1回は、何らかの影響で体表炭化水素が変化した個体であると考えることができる。

(注:グラフ/PDFに記載)


4系統解析の方法
①アリからのDNA抽出
 腸内細菌ゲノムなどのコンタミネーションを防ぐため、DNA抽出にはアルゼンチンアリの脚部及び触覚だけをもちいた。採集後99%エタノールで液浸保存したアルゼンチンアリ1個体からピンセットで脚部、触覚をとり外し、1*PBS溶液(リン酸緩衝生理食塩水)で洗浄した。15000rpmでPBS中に沈むまで遠心し、その後PBSを捨てた。洗浄した脚部と触覚からQIAGENのDNeasy Blood & TissueKitを利用してDNAを抽出した。

②抽出DNAの定量
 抽出したDNAサンプルを1ulとり、SHIMADZU BioSpec-nanoで定量した。ブランクとしてDNA抽出キットのBuffer AE(最終溶出用バッファー)を用いた。

③PCR
 泳動後のゲル染色過程を省略するため、予めSYBR Green蛍光色素が含まれているKAPA SYBRR FAST Universal qPCR Kitを利用した。サーマルサイクラーはApplied Biosystems Gene Amp PCR System 9700を利用した。
 PCRプログラムは以下のとおりである。

(注:表/PDFに記載)

プライマーはKrieger and Keller 1999にもとづいて作成した。

(注:表/PDFに記載)

④PCR産物の電気泳動
 1%アガロースゲルを用いて電気泳動を行った。ゲル作製と泳動バッファーには1*TAE(トリス酢酸・EDTA緩衝液)を用いた。PCR産物を5ulずつアプライし、100Vで30分間電気泳動した。泳動槽はMupid-2plusを用いた。泳動後、GE Lifesciences Typhoon FLA 9500を用いてゲルを撮影した。

⑤泳動ゲルの切り取り、抽出
 ゲル撮影画像をもとに三谷商事WinROOF v6.5を用いて最も太いバンドの移動度を測定し、ラミネートした方眼紙上で剃刀の刃を用いてバンド部分を切り出した。
Nippon Gene Fast Gene Gel/PCR Extraction Ktを用いてゲルからPCR産物を取り出した。

⑥抽出物の定量
 ゲル抽出物をSHIMADZU BioSpec-nanoで定量した。ブランクとして、ゲル抽出キットのGP3(最終溶出用バッファー)を用いた。

⑦シークエンス
 ファスマック社のサービスでシークエンス解析した。
(図1、2)

⑧波形データの変換、アラインメント、系統樹の作成
 出力された波形データ(.ab1)を解析、配列に変換、アラインメントしてNJ法によって系統樹を描いた。解析にはMEGA for Mac 5.2.2を用いた。


5 系統解析の結果
①シークエンスの結果

(注:図/PDFに記載)

上図は、PCR法で増幅したマイクロサテライト座位を電気泳動し、最も太いバンド部分を切り出したものをシークエンス解析した結果である。

②波形データの変換とアライメント

(注:図/PDFに記載)

③系統樹の作成

(注:図/PDFに記載)

考察
(1)アグレッションテストと系統解析の関連性
 系統解析の結果を系統樹で表した。距離0.1のところで見ていくと、Lhum-11では4つの枝に、Lhum-19では8つの枝に分かれた。
 Lhum-11の系統樹から、1番上の枝は多型であり、日本に侵入した多くのアルゼンチンアリに共通しているが、2番目の枝は神戸B、そして3、4番目の枝は廿日市のコロニーに限定していることがわかる。Lhum-19の系統樹からも、廿日市のグループ(廿日市・神戸B・田原・豊橋)と神戸Bのグループ(神戸B・鵜沼)が遺伝的に近いことが分かる。2番目の枝が神戸C、8番目の枝が神戸Aであり、そのほかの枝はこの2つのグループが占めている。
 アグレッションテストの結果からも、廿日市のグループと神戸Bのグループは敵対性が弱く、体表炭化水素が近いことから、遺伝的な要因が敵対性を示すことが明らかとなった。

(2)スーパーコロニー形成メカニズム
 田原、豊橋、鵜沼のコロニーは、それぞれ遺伝的距離があるものの、体表炭化水素が近く、将来コロニーが繋がることになれば、メガスーパーコロニーとして濃尾平野に広く分布することになると考えることができる。

(注:図/PDFに記載)

 豊橋のコロニーについては、発見されたのが2011年と新しく、田原からの移入なのか、廿日市からの移入なのかはわからなかったが、海外から直接侵入があったとも考えられる。今回の調査から、廿日市と豊橋に同じ木材工場があったことから、図8の中では、廿日市から海路で豊橋に移入した可能性の1つを示す。
 アルゼンチンアリが日本に侵入してから20年が経過した。3年前の夏に廿日市で調査したとき、セミの鳴き声がしないことが気になった。また、鵜沼地区での調査からセミの巣穴を利用してい
るアルゼンチンアリを観察している。アルゼンチンアリが在来アリの生息に驚異を与えている以上に、生態系全体への影響を詳しく調べる必要があると思う。
 「沈黙の夏」となる前に。


7 今後の展望
 Lhum-11とLhum-19のDNA配列をまとめてアライメントし直すことで、より確かな系統樹を描く。
 アグレッションテストの結果は、体表炭化水素の違いから現れており、体表炭化水素の化学組成をガスクロマトグラフィーで分離・定量を行いたい。また、今回調査した地点以外の調査も行い、日本国内での分布拡大を明らかにしていく。
 フェロモンを使った防除が有効であると思われるので、自治体と協力しながら定点観察していくとともに、「アルゼンチンアリは湿った林になぜ侵入できないのか」を解明していきたいと考えている。