2004年[ 技術開発研究助成 ] 成果報告 : 年報第18号

回転磁界と差動磁界を用いた生体運動計測装置の開発

研究責任者

熊谷 正朗

所属:東北学院大学 工学研究科 機械電子工学専攻 助手

共同研究者

江村 超

所属:東北大学大学院 工学研究科 バイオロボティクス専攻 教授

概要

1,はじめに
人体の運動計測やバーチャルリアリティ(VR)、コンピュータグラフィックス(CG)映像作成のために、モーションキャプチャと呼ばれる3次元計測装置が広く利用されている。モーションキャプチャは、測定対象となる点に何らかのマーカや小型の装置を取り付け、数点~多点の空間における位置、姿勢、もしくは位置と姿勢を検出する装置である。本研究では、人体など生体の運動計測に主眼を置き、高分解能で高応答な検出を可能とするシステムの実用性の向上を目指した。
既存のモーションキャプチャにはいくっかの方式がある。人体の運動計測のために利用が進んでいるものはカメラ式であり、人体の関節等に取り付けた標点(点光源、着色した球、反射のよい球など)を複数台のカメラで撮影し、カメラ間で標点の対応付けを行い、各カメラ画像上での位置から空間における標点の位置を検出する。特徴としては、同時に多くの点を検出できることが挙げられる。しかし高度な処理を要するため装置が非常に高価であり、また位置のみの検出であるため姿勢を求めるには複数点の検出が必要で、広い範囲の測定を行う場合に、空間分解能が低下して姿勢の検出精度が悪化する。
広い分野で普及しているものには、磁気を用いたポヒマスセンサと呼ばれるものがある1)。これは被測定空間の近傍に磁界を発生させる小型の励磁コイルを置き、発生させた複数種類の磁界の強度と方向を対象に取り付けた小型のコイルで検出し、演算によって位置と姿勢を求める。上述のカメラ式では標点がカメラの死角に入ると計測ができないことに対して、磁気であるため生体であれば直接見通せなくとも計測が可能であるが、磁性体や電磁ノイズの影響を受ける。ポヒマス式のほかにも磁界を用いた方法が提案されているが2),3)、一般に小型のコイルで磁界を発生させるため励磁コイル周辺で局所的に磁界が強くなりやすく、また磁力線が歪みやすい。ただし、カメラ式に比較して安価であるため、VR用途などで広く使用されている。
その他には、自由に動くように製作したアームの先端を測定対象に取り付け、アームの関節角度を計測することで対象の位置と姿勢を算出する機械リンク式や、加速度センサ、角速度センサ、地磁気センサなどを用いた内界センサ型もある。
以上のような既存の手法に対して、本研究では大型の励磁コイルを用いる磁気方式を使用する。磁気を用いることで死角の影響を受けずに低コストに検出を可能とし、また大型のコイルを用いることで、測定空間に均一な磁界を生成するようにして、磁界の強度を最低限とするとともに、磁性体による歪みの影響を低減した。また、高速ディジタル信号処理回路を開発し、演算精度、ノイズへの耐性および応答性を向上させた。研究題目にもあるように、研究開始当初は磁極が回転する磁界を生成して姿勢の検出を行っていたが4)、処理の簡素化とそれに伴う高性能化、低コスト化改良のため、より単純な交流磁界の方式に変更した。そのため、以下では回転磁界を利用した方法の報告は割愛し、研究を通して性能の向上を果たした現システムについて述べる。
2.原理
前述のように、本装置では磁界を利用する。まず、空間を囲む立方体を定義し、その各面に正方形のコイルを設置する。これに交流電流を流すことで計測空間内に交流磁界を生成する。この磁界を対象に取り付けた小型のコイルで電圧に変換し、励磁成分の検出を行い、演算処理を行って、対象の姿勢と位置を得る。以下では、使用したコイル、姿勢角度の検出法、位置の検出法について述べる。
2.1コイル
本方式では2種類のコイルを利用する。一つは図1(a)に示す、空間に磁界を生成する励磁コイルである。励磁コイルは数十巻の正方形の大型コイルを6面組み合わせて立方体を成した物であり、形成される立方体内部が計測空間となる。コイルは平行な2面ずつを組にして使用する。
もう一つは図1(b)に示す、磁界を検出するためのピックアップコイルであり、測定対象に固定する。数千巻の小型円筒型コイルを直交軸上に対称に配置した物で、同一軸上の2個を直列に接続して、同一中心を持つ互いに直交した3コイルと見なしている。
励磁コイルに交流電流を流すことで生成した交流磁界の強さとピックアップコイルの方向に応じて、ピックアップコイルに誘起する交流電圧の振幅が決定する。この振幅を処理し、姿勢と位置の検出を行う。
2.2姿勢角度の検出
姿勢の検出には図2に示すような磁界を用いた。図2(a)のように対向する励磁コイルのうち一対に対して、同方向、同振幅、同位相の正弦波電流を与える。この場合、両方のコイルが生成する磁界は協調して、図2(a)に示すように励磁コイルの立方体空間内にほぼ平行な磁力線を形成する。この磁界を協調磁界と呼んでいる。図2(b)は数値解析によって求めた、各地点での磁束密度の方向と大きさを示す。交流電流で励磁するため磁界の強度は時変するので、図にはその振幅を表示した。方向だけではなく強度も位置によって大きくは変化しないことがわかる。
この磁界中にピックアップコイルを置き、3対のピックアップコイルのうち1対について誘起する電圧を考える。誘起する電圧の振幅は、その場所の磁界の強さ(励磁コイルの大きさや巻数、励磁電流の強さに依存)とピックアップコイルの仕様(形状、巻数)の装置定数(既知)と、その場所の磁束密度の方向とピックアップコイルの軸が成す角度の余弦(ベクトル内積)を乗じた物となる。励磁コイルを3対使用して3方向に磁界を生成し、それぞれとピックアップコイル方向との内積を得ることで、既知の磁束密度場の数値データを用いた簡単な数値計算で、ピックアップコイルの方向ベクトルを得ることができる。本報告では紙面の制約のため演算式を割愛するが、詳細は文献を参照いただきたい4)・5)。
2.3位置の検出
位置の検出には図3に示すような磁界を使用した。先ほどの協調磁界とは逆に、対向する励磁コイル対に同振幅で逆位相の交流電流を与える。この場合、図3(a)に概略を示したように、それぞれの励磁コイル面で磁界の強度が強く、かつ磁束密度は互いに逆方向を向く。また、励磁コイル間の中央では両コイルによる磁界が相殺する。この磁界を差動磁界と呼んでいる。その様子を数値計算によって求めた物が図3(b)である。図2(b)同様に磁束密度分布を表示した。協調磁界とは異なり、この磁界では磁力線の方向はそろっておらず、簡単に扱えるようには思えない。そこで、励磁コイルの中心を結んだ軸(図ではx軸)に平行な磁束密度の成分を求めてみた。その等高線を図3(c)に示す。軸に平行な成分はコイル間の位置に対してほぼ直線的に単調増加していることが確認できた(ただし、コイル面の外およびコイルそのものの近傍では大きく歪む)
このことより、軸に平行な成分をまず検出する。検出には仮想ピックアップコイル法を用いた4)。これは実在のピックアップコイルの出力から、仮想的に定義したピックアップコイルの出力を演算で推定する手法である(図3(d))。その出力は、姿勢の検出で判明している3対のピックアップコイルの方向ベクトルと仮想ピックアップコイルの方向ベクトルの内積で重み付けした、実在ピックアップコイルの出力の和として得られる。
次いで、3組の励磁コイルによる3つの差動磁界を用いて、位置の検出を行う。3組のコイルの各々の軸方向に仮想ピックアップコイルを設定し、軸方向の成分を得る。これは上述のように軸方向の位置に対して単調増加傾向を持つため、3組の差動磁界に対する仮想ピックアップコイルによる検出強度は、一意に空間座標に対応づけることができる。ただし、解析的にその関係を得ることはできなかったため、事前に演算で求めた磁界強度の数表を用いて演算する必要があった。
2.4交流磁界の採用
従来の磁気を用いた検出法でも、一般には複数種類の磁界を用いる。ただしその多くは交互にパルス状に異なる磁界を発生させ、ピックアップではその強度を検出していた。この方法では、コイルの共振特性などによりパルスをある程度以上高頻度に出力することができず、またパルスを用いるためパルス状の電磁ノイズの影響を受けやすい。逆に、短時間でエネルギーを放出するため、他への影響も生じやすい。
これらの問題を解決するために、本研究では連続的な交流(正弦波)電流による励磁を採用した。周波数の異なる正弦波には直交性があるため、各励磁電流を異なる周波数の正弦波とすること(周波数多重)で、各磁界を独立した物として扱うことができ、同時に全計測を行うことができる。これにより、高速応答化を可能とした。また、連続波であるためエネルギーが分散し、磁界強度をより弱い物とすることができ、ノイズへの耐性も得られた。
3.装置の開発と評価
以上の原理を具体的に実装した。本研究の基礎となった研究では、精度が角度で1度程度、位置が励磁コイルー辺の11100程度、分解能は角度で0.1度程度、位置で111,000程度、応答速度が10Hz程度を達成していた。そこで、本研究では分解能1110,000および0.01度、応答速度100Hz相当を実用化レベルのための目標と設定した。精度に関しては、コイルの形状精度や周辺の磁性体の影響を受けるため、今後の課題としている(ただし、再現性は良いため、なんらかの解決策は得られると考えている)。なお、本装置の検出能力には原理的に相似性があり、励磁コイルを大きくした場合に磁界強度も変わらないようにすると(一辺を2倍にした場合には電流も2倍)、姿勢検出の精度、分解能は変わらず、位置検出の精度と分解能は代表寸法に比例する。そのため、性能は角度に関しては度、位置に関しては励磁コイルの寸法を基準として表記している。この角度性能が変わらないという点は本手法の大きな特徴の一つでもある。
上記目標の達成のため、従来はアナログ要素が多かった信号処理部をディジタル化し、処理法の見直しを行った。またアナログ信号を伝送しなければならない箇所はすべて差動信号とした。励磁電流は、管理用のパーソナルコンピュータ(PC)から指令される周波数、振幅、位相の正弦波を、メモリ上に保持した正弦波テーブルをもとにディジタル信号として生成し、アナログ信号に変換して電流増幅して得た(図4)。ピックアップコイルに磁界により誘起した信号は増幅してすぐにディジタル化し、信号の劣化を可能な限り避けた。具体的な処理としては、やはりディジタル値として生成した参照波(6種類)と乗じて、ローパスフィルタによって励磁周波数成分を取り除き、振幅を得る(図5)。高速な処理を可能とするため、処理をすべて回路化し、処理の並列化を図った。処理回路は図6に示す、汎用の信号処理ボードを開発し、その上に実装した6)。
実装した処理回路は、磁界の振幅をフルスケールの1110,000の分解能で、応答速度約100Hzで検出することを可能とした。これを本原理に照らし合わせると、位置分解能1110,000、姿勢角度分解能0.01度を達成することができる数値である。実際に一辺900mm、20巻の励磁コイルを製作し、40mAp・p程度の電流で励磁した空間に、図7に示すピックアップコイルをおいて計測を行ったが、安定性の面では上記性能を達成していた。単調増加性については、手元の測定器では性能が不足し、十分な検証は完了していない。
4.おわりに
本研究では著者らが提案していた磁気を用いた生体の位置と姿勢の計測手法を発展させ、実用化を視野に入れた性能向上のための開発を行った。実用的な計測を行うためには、計測空間の拡大と応答性の向上が不可欠で、計測精度の向上が必要であった。そのためには計測原理を見直して単純化することで誤差の発生を低減し、信号処理装置の大幅な高性能化を図った。これにより、計測空間の拡大に耐えうる処理性能を得ることができた。
現在は、実際に人間が入り、簡単な運動なら可能な1900mm立方の励磁コイルを製作し、その性能評価と応用について研究を進めている。応答性良く高分解能に人の振る舞いが計測できるため、VR用のセンサとしても適しており応用システムの開発を行っている。
本手法の基礎は磁界を通じて2組のコイル同士の位置関係を測定する物であるため、本研究で使用した立方体以外の形状のコイルの採用による、卓上での簡易的な位置計測システムや人体の関節の運動を3次元的に高分解能に測定する手法の開発などへの発展を計画している。また、成果は詳細な技術情報まで含めて公開して行きたいと考えている。