2005年[ 技術開発研究助成 ] 成果報告 : 年報第19号

回折理論を応用した磁気共鳴映像法の研究

研究責任者

伊藤 聡志

所属:宇都宮大学 工学部 情報工学科 助教授

共同研究者

山田 芳文

所属:宇都宮大学 工学部 情報工学科  教授

概要

1.はじめに
核磁気共鳴現象(NMR)を利用した生体映像法(MRI)により脳内血管を3次元的に映像化し動脈瘤などの有無を検査する診断が普及しつつある。この検査では3次元の映像を取得するために計測時間が一般的に長大になる問題がある。MRIにおいて計測時間を短縮するために、パルス繰り返しレートの高速化やデータ収集の間引きなどが行われているが、パルス繰り返しレートの高速化は励起用RFパルスによるRF被爆と大強度の勾配磁界パルスのスイッチングによる生体内の渦電流の発生を増大させるため、生体への影響が懸念されている。この状況は現在進行中であるMRI装置の主磁界強度の増大に伴い、さらに悪化する方向にある。本研究では、高速に3次元的な映像情報を取得するとともに生体への電磁気学的な影響を軽減することを課題とした磁気共鳴映像法の研究を行う。提案法では、MRIの従来映像法を拡張した3次元の映像取得を行うのではなく、回折理論を応用した信号収集法を採用する(本映像法をフレネル回折型映像法と呼ぶことにする)1)・2)。磁気共鳴は回折現象ではないが、信号形式を回折式と同形にすることができる。よって、ホログラムという2次元の波面記録媒体から立体像を再生できるのと同様な原理により、2次元のデータ収集によっても物体の奥行き方向の情報を取得することができる。この回折型映像法は、第1の特長としてデータ収集が2次元であるので高速に被写体情報を取得できる。また、第2の特長としてRFパルスや勾配磁界パルスの印加間隔と使用数は2次元の映像取得と同じであることから、生体に対しより安全な映像法といえる。回折型映像法では、2次元的に収集した信号からみかけ上で波面の伝播する方向の任意の面に焦点を合わせた像を再生することができる。しかしながら、NMR信号は物体の内部から信号が放出されるので、光学的に見ると物体内部に物質があるにもかかわらず、透明であるかのような自然界にはない物体に相当する。そのため、焦点面の映像には、焦点面に位置する物体の像に加えて焦点面以外の物体像が回折によりぼけた形で重畳することになる。医用画像診断においてこの焦点面以外の物体像は一種の雑音であり、焦点面映像から除去することが望まれる。そこで、本研究では回折型映像法において焦点面映像から焦点外映像成分を除去する方法について検討、ならびに実験による検証を行うことを目的とする。
2.フレネル回折型映像法
2.1フレネル回折型映像法の信号式
フレネル回折型映像法では、式(1)のように奥行き方向(z)に勾配係数がaの割合で変化する2次関数状磁界を使用する。ここで、bはz=0の面の勾配係数である。この2次関数状磁界は、外部から与える磁界によりその中心位置(x’,y’)をx-y面の任意の位置に移動させることができる。
式(1)の磁界をx-y面で移動した場合に得られる信号は、式(2)で表すことができる1)・2)。
ここで、Pは定数、ρは被写体のプロトン密度関数、γは核磁気回転比である。式(2)は、xy面では畳み込み積分であり、距離によってその回折効果が異なる点で、光は音波などで得られるフレネル回折式を簡略化した式と同形である。
2.2画像再構成
式(2)の信号から画像を再構成として方法として逆フィルタリングの方法を利用することができる。すなわち、合焦面を座標zに設定するときには、式(1)の信号をフーリエ変換し、合焦面の撮像パラメータγbτ(1+az')から計算される逆フィルタリング関数を乗じて、逆フーリエ変換を行えばよい。これは、ホログラフィにおいて波面を逆伝播させることによりある距離において再生光が収束し結像する過程に相当するものである。
ここで、F。yはxy面のフーリエ変換を、R(k。,ky,z)は、ρのxy面に関するフーリエ変換関数(F。y[ρ(x,y,z)])を意味する。このようにして、図1に示すように再構成時に設定するz面の設定により1枚の信号から、任意の面に合焦させた像を再生することができる。
3.焦点外映像の除去
式(3),(4)で再生された像は焦点面の像は鮮明となるが、図1の再構成像にあるように焦点外映像成分もその面から焦点位置までの距離に応じた回折を受けて重畳することになる。一般的に、このようなぼけ映像を除去する方法として逆フィルタリングの手法が使用される。すなわち、合焦面zの位置を適当な間隔をおいて再生した画像群ρ’(x’,y’,z’)は、一種の3次元像となるので、これらの画像を3次元フーリエ変換し、逆フィルタリング関数を乗じた後に逆フーリエ変換を行う方法である。しかしながら、逆フィルタリングは、扱うデータのフーリエ変換関数が全ての空間周波数を有している場合には有効であるが、本研究の撮像系はコヒーレント結像系であり、帯域制限関数となるため回復不能な空間周波数帯が存在する。そのため、逆フィルタリング処理は実質的に有効ではない。そこで、本研究では最尤法(MaximumLikelihoodMethod)を使用した画像推定を行うことにした3)・4)。最尤法は、推定された像から計算される合焦像が観測信号から求めた合焦像に対し、どのくらいの整合性があるかを尤度という量を定義し、尤度を最大にする解を求めることで得られる。最尤法の反復式は式(4)で得られる。
ここで、pdは点像分布関数(PSF:PointSpreadFunction)であり、*は畳込み演算を、⑳は相関演算を表す。式(4)の手順は以下のようになる。計算は3次元的に行われるが、最尤法による画像回復過程を2次元に簡単化して図2に示す。
1) 初期推定画像gold(図2(a))を作成し、同図(b)のPdと畳込演算を行うことで合焦像を推定する((c))。なお、初期画像の推定において、血管などのような線状画像については位相情報が保存されるコヒーレント結像系を位相情報を捨てたインコヒーレント結像系に近似すると、良好な初期画像が得られることが明らかとなった。初期画像goldは以下の式により初期画像を計算している。
2) 1)で求めた合焦像と信号から計算された合焦像((c)図の右図)との比(d)(尤度)を求める。
3) 2)で求められた値とPdとの相関演算により画像を修復する関数(e)を求める。
4) 3)で求めた関数を初期画像ρ。ldに乗じて画像の修復を行う((f))。
5) 1)の処理に戻り、以降はこの反復を繰り返す。
4.数値シミュレーション
式(4)による画像推定の可能性を検証すべく、シミュレーションを実施した。フレネル回折型映像法で合焦像を再生する撮像系は、PSFが場所により変化するシフトバリアントであるが、シミュレーションでは、まず、計算の簡略化と式(4)の反復式による画像推定の可能性を調べるために、点像分布関数が場所によらず一定なシフトインバリアントな撮像系を想定して計算を行った。ついで、より計算が複雑で、かつ既に製作済みの磁界発生コイルシステムに適応可能なシフトバリアントな撮像系について検討を行うことにした。
4.1シフトインバリアントPSF撮像系
4.1.1血管像モデル
PSFがシフトインバリアントな撮像系では、畳み込み演算に畳み込み定理が使用できるなど、最尤法の反復式を構築する上では計算が簡単化される。図3は、血管の簡単なモデルとしてワイヤーフレームモデル(データ数128×128×8)を構築し、このモデルから得られる信号を作成した。ybi=2。45rad!cm2、α=0.1、信号の収集ステップムx-△y'=0.1cmとし、奥行き方向の計算ステップムZ=0.3cmとした。信号データに雑音は重畳していない。PSFは、座標原点で計算したデータを全ての断面において使用した。図3(a)は、この条件で得られた信号から、前面、中央、後面の各面に合焦させた映像である。焦点面の映像は鮮明化されているが、焦点面以外の映像成分がぼけた形で重畳している。(b)は、初期画像として使用したインコヒーレント結像近似像で、誤差があるものの焦点外映像成分の多くが除去されている。(c)は、最尤法による反復処理を20回適用後の推定結果である。極めて良好に焦点映像成分のみを抽出していることがわかる。このように簡単なモデルで良好な結果が得られたことから、次に実際に撮影された血管像から作成された血管モデルを使用した。図4(a)にモデルを示す。モデルは連続性を近似するために奥行き方向のデータ数を増加させ、128×128×32とした。撮像条件は、ワイヤーフレームモデルと同様とした。合焦像とインコヒーレント結像近似逆フィルタリングをそれぞれ(b)と(c)に、反復処理30回後の推定像を(d)に、(d)の推定像から再構築した3次元モデルを(e)に示す。このように原画像に忠実に画像を推定できることから、シフトインバリント撮像系では、画像の推定能力が極めて高いことが示された。なお、いずれのシミュレーションも雑音を重畳していないが、現実的なS!N比の信号を使用するシミュレーションにおいて、雑音の混入によって著しい推定能力の低下は認められなかった。
4.1.2ソリッド断面画像モデル
血管像について良好な結果となったことから、通常のMR断面への適用可能性を調べた。ソリッド断面画像に提案法が適用できれば、本法の有効性が飛躍的に高まることが予想される。そこで、頭部断面モデルを使用して、数枚のスライスの断面像からの信号を同時に収集し、最尤法により画像を推定する方法について検討を行った。図5はソリッド断面画像モデルについて良好な結果が得られた撮像法である。通常撮像では、被写体のあるスライス状の断面のみを励起するが、提案法では複数のスライスを同時に励起する。ただし、画像推定精度と収束能力を向上するために励起する断面の間には非励起面を設ける。このようにして周期的に選択励起した断面からフレネル回折型映像法による撮像を行いNMR信号を収集する。
画像再構成時には、励起の有無にかかわらず合焦像を求めるが、最尤法による反復的画像推定において、非励起断面には像情報が無いという先見情報を利用し、この断面の像情報を消失させて反復処理を繰り返すと、選択励起面の像は次第に求めるべき像に漸近してゆく。図6にシミュレーションの結果を示す。信号データ数および再構成画像データは128×128画素とし、選択励起断面数は4枚、最尤法の反復計算に使用する非選択励起断面は4枚とし、合計8枚の画像データを使用して画像推定を行った。γbτ=2.45rad!cm2、α=0.1、△x-△y'=0.1cm、と△Z=0.3cmし、雑音は重畳していない。合焦像を(a)に、反復処理100回後の推定像を(b)に、各面に対応する原画像を(c)にそれぞれ示す。(a)の合焦像に重複している焦点外映像成分が(b)では、良好に除去され、原画像(c)に近い像が推定されていることがわかる。この例では推定画像の枚数を4枚としたが、選択励起面と同数の非選択励起面を使用する条件では、推定画像枚数を4枚以上に設定しても良好に画像推定を行うことができた。
4.4シフトバリアントPSF撮像系
磁界発生コイルの設計、製作を容易にすることを考えると、撮像系はPSFがシフトバリアントとなる。よって、シフトバリアントな撮像系によってもシフトインバリアント撮像系と同様な結果が得られれば、既に試作済みの勾配磁界発生システムから得られた合焦像にも適用でき、さらに磁界の不均一性による誤差などに柔軟に対応した画像推定を行うことができるため、その意義は大きいものがある。試作した勾配磁界発生システムをもとに撮像系を考えると、PSFは合焦面上では不変であるが、合焦面の位置を変えると変化する。よって、合焦面により決まるPSFを使用して畳み込み演算、相関演算を実施すれば異なることになる。しかしながら、PSFは位置によって異なる3次元データとなるために、合焦面によって異なるPSFデータを使用することは計算が煩雑になり、かつ使用するメモリ量も膨大になる。そこで、本研究ではPSFが再構成計算の中で決定される過程に着目し、信号が生成される過程から再構成までの計算を計算機内で実施することで等価的にシフトバリアントな撮像系に対応させることができる。すなわち、反復処理の中で推定像から式(2)の信号を計算合成し、得られた信号から各面の合焦像を計算すれば、シフトバリアントなPSFを使用して畳み込み計算を実施したことに相当する。このアルゴリズムを使用し、図3と同様なシミュレーションを実施した結果、同様に焦点面のみを像を抽出することができた。しかしながら、ソリッド断面画像モデルに対しては、図6と同様な計算を行ったが、同様な推定結果は得られなかった。これは、畳み込み演算に使用した信号取得、画像再構成の処理手順を、相関演算にも適用したことが原因であり、相関演算が正確に行われていないことが原因と考えられる。線状像に関しては、現アルゴリズムでもある推定は高い精度で行えるが、断面モデルに対しては最尤法のアルゴリズムに改善の余地が残る。
5.実験と考察
提案法を撮像実験データに適用した。実験は主磁界強度が0,0183T(共鳴周波数779kHz)の試作MRIを使用した。撮像条件は、データ数64×64、γbτ=2.45rad!cm2、分解能△x=ムァ=0.2cmとし、図7(a)に示すような水を充填したチューブファントムを使用した。2次元的に走査して得られたNMR信号を(b)に示す。この信号から画像再生を行う場合に△Z=0.4cmおきに焦点距離を変えて再生し、そのうちの一例(c)に示す。汎用MRIに比べて磁界強度が1150~11100程度であるために画像のSINは小さいが、それぞれの焦点面に像が合焦していることがわかる。しかしながら、焦点面以外の像情報が重畳しているため、焦点面の像が見にくいものとなっている。
この像に対して最尤法を使用した焦点面の画像推定を行った。シフトバリアントなPSFを有する撮像系の反復式を用い、反復処理20回を行った結果を同図(d)示す。焦点外映像が効果的に除去され、焦点面の映像成分が主成分になっていることがわかる。この最尤法により奥行き方向の像の分解能を調べた結果を図8に示す。(a),(b),(c)は、それぞれ図に示す軌道上の振幅である。物体の分布に対して、合焦像では焦点外の像成分が重畳するために拡がりが大きく分解能の低下したものとなっている。最尤法推定による像では、合焦像に比べ分解能が大幅に改善されていることがわかる。しかしながら、真の物体分布に比べると物体拡がりが大きなものとなっている。この原因については、次のような理由を考えることができる。
まず第1に、実際に得られる信号には、主磁界の不均一性などに代表される装置誤差が存在することである。主磁界の不均一性があると再生像は実関数ではなくなり、位相を有したものとなるため反復推定はより困難なものとなる。第2の理由に、実験データはPSFがシフトバリアント撮像系であるが、シフトバリアントな撮像系に対して使用した最尤法の計算アルゴリズムは計算処理を簡略化したため、画像推定精度が十分ではないことがあげられる。第3にシミュレーションでは、離散的な物体分布であるが、現実の被写体は連続的に分布するモデルであるため、推定像は焦点面付近のある程度の厚さを平均化した像となり、奥行き方向の分離性能はシミュレーションに比べて低下することがあげられる。
6.おわりに
光や音波などの回折式と同形のNMR信号式を得て、NMR信号から逆伝播により任意の断面に焦点を合わせた画像を得るフレネル回折型映像法において、焦点外映像成分を除去する方法について検討を行った。画像の推定に逆フィルタリング法が有効ではないことから、本研究では最尤法を使用した。数値シミュレーションによる検討では、点像分布関数がシフトインバリアントとなるような撮像系となるよう設計すると極めて良好な画像推定が可能となり、血管像だけでなくソリッドモデルへの応用可能性が示された。一方、点像分布関数が焦点面により変化するシフトバリアント撮像系は、設計、製作が容易であるが、計算はやや複雑なものとなる。メモリと計算時間を節約する計算アルゴリズムを考案し、シミュレーションと撮像実験結果に適用した。線状物体を想定したシミュレーションではシフトインバリアント撮像系と同様な良好な結果が得られた。実験結果への適用結果では、焦点外映像成分の顕著な除去効果が認められた。しかしながら、装置誤差、計算アルゴリズムの点で奥行き方向の分解能は改善の余地が残った。今後はさらに連続的なモデルを想定したシミュレーションやシフトバリアントな撮像系に対する計算アルゴリズムの改良について検討を重ねる予定である。