1990年[ 技術開発研究助成 ] 成果報告 : 年報第04号

反射評価システムに関する開発

研究責任者

岡本 卓爾

所属:岡山大学 工学部 情報工学科 教授

共同研究者

明石 謙

所属:川崎医科大学 リハビリテーション科  教授

共同研究者

軸屋 和明

所属:川崎医療短期大学 医療技術科  講師

概要

1.まえがき
近年,リハビリテーション医学の分野では,四肢の反射を定量的に評価することが,重要な課題の一つとなっている。この課題を解決しようとする目的から,すでに,打腱により誘発した足部の反射を光学的に検出する方法(1),自由落下により誘発した膝部の反射をゴニオメーターで検出する方法(2}などが提案されている。しかし,いずれの方法についても,適切な評価指数が与えられていない。他方,同じ目的で提案した筆者らの方法は,脛骨神経刺激(インパルス刺激)により誘発した足部の反射を加速度計を用いて検出する方法(3)であって,痙縮と個縮を分離して評価できる評価指数が与えられており,臨床的には,その妥当性もある程度確かめられている。
本研究の目的は,この評価指数の妥当性を理論的に確かめるとともに,実用的な反射評価装置を開発することである。まず,痙縮および固縮に対応して,反射弓をそれぞれ相動性反射弓および持続性反射弓に分離し,これをもとにして反射モデルを構成する。次に,このモデルを用いて反射を模擬し,筆者らの提案した評価指数の妥当性を明らかにする。そして最後に,この評価指数を測定する反射評価装置を開発し,痙縮患者(脊髄損傷患者)と固縮患者(パーキンソン症候群患者)に適用して,その有効性を確かめる。
2.反射モデル
2.1反射弓
脊髄レベルでの反射弓は,古くから研究されている(4)が,いずれも1つのループで構成されている。これに対して,本研究の反射弓は,γ細胞,α細胞,筋などを,それぞれ,相動性成分と持続性成分に分けて,図1のように構成される。相動性反射は,核袋錘内筋線維(NB),相動性GI。線維(DGI。F),相動性α細胞(DαMN),相動性α線維(DαF),相動性筋(DMF)のループで生起し,痙縮患者の反射に対応する。また,持続性反射は,核鎖鍾内筋線維(NC),持続性GI。線維SGI。F),持続性α細胞(SαMN),持続性α線維(SαF),持続性筋(SMF)のループで生起し,固縮患者の反射に対応する。痙縮患者において相動性反射が亢進するのは,一上位から相動性γ細胞(DγMN)への刺激頻度が増加するとともに,一ヒ位からシナプス前抑制部への刺激頻度が減少するからである.また,固縮患者において持続性反射が瓦進するのは,.上位、から持続性γ細胞(SγMN)への刺激頻度が異常に増加するからである。
2.2反射モデル
筋のモデルは,能動特性を示す興奮収縮連関のモデルと,受動特性を示す筋リンク系のモデルとで構成される.,前者のモデルは,DMF,SMFともに同じで,最大強縮張力と単収縮時間のみが異なる。また,後者のモデルは,主働筋側,拮抗筋側の負荷を一括して2次系で表現している。
このようにして得られる筋のモデルを図2に示す。興奮収縮連関の出力側に置かれた代数加算モデルは,筋リンク系に対して主働筋と拮抗筋との筋収縮力が,互いに逆向きに作用することを示している。各ブロック内に記された式は,そのブロックの伝達関数である。さらに,各記号に付した添字DおよびSは,それぞれ,対応する諸量が相動性および持続性のものであることを示し,各記号に付した'はその記号を表す諸量が拮抗筋のものであることを示す。
脊髄のモデルは,αMNとγMNのモデルで代表されるが,αMNのシナプス前制御については,これまでモデル化された例が少ない。本研究では9筋紡鍾の発火頻度fsとシナプス前制御指令周波数fiの逆数との積でこれを表現している。また,SαMNは,特にNCの発火が止んだ後にも接続性に発火するという機能を持つが9ここでは,これを図3の特性をもつ伸張器Exで表現している。このようにして得られるSαMNのモデルを図4に示す。DαMNのモデルは,この図からExを除外して得られる。
次に,筋紡鍾のモデルは,Matthewsらのモデル(5)を相動性成分と持続性成分に分離して,次式で表現している。
ここに,u、,u2,u3,u4は,定数であり9fγおよびVth,は,それぞれ,7MNの発火頻度および筋紡鍾1次終末のしきい値である。
以上の結果と図1とから,図5のような筋制御モデルが得られる。このモデルでは,未知定数を軽減するために,多少の変換が施されている。αMNのしきい値,筋リンク系の利得,興奮収縮連関利得および筋紡鍾のしきい値と利得は,上位からの入力または電気刺激の強さに換算されている。デルタ関数δ(t)はインパルス刺激に対応しており,exp(-Td。s)は膝窩部(電気刺激の印加点)から足部までのインパルスの伝達遅れを表している。また,脊髄と興奮収縮連関との間に置かれた加算は,インパルス刺激による遠心性刺激と反射による遠心性刺激との排他的な加算である。さらに,exp(-TdDS)(exp(-Tdss))はDGIaF(SGIaF)とDαF(SαF)とのインパル伝達遅れを一括して表現している。ここにF。,F1,およびFγは,それぞれ,等価変換後のfegf,およびfγで9上述した各モデルの定数と図に付記したように関連づけられる。同様にK。は等価変換により生じた定数である。拮抗筋側モデルも,インパルス刺激が存在しないことと変位が逆位相に入力されること以外,主働筋側モデルと同じである。
3.評価法の理論的検討
3.1モデルの諸定数
ここでは,モデルの諸手数として,他の研究者の実測結果あるいは推定結果を用いた。これらの値を表1に示す。このような諸定数を用いることは,いわば,仮想被験者を作ることと同じである。したがって,入力値を適宜選定すれば,この被験者は,正常者だけでなく9痙縮患者にも固縮患者にもなり得る。
3.2足部運動のシミュレーション
痙縮患者では,1/FiD,F,Dが共に正常者より大きくなる(6)。また,固縮患者では,F,Sが正常者より大きくなるの。ここでは,これらの知見と3.1の諸定数とを用いて,図5のモデルにより足部運動を模擬した。この1例を図6に示す。これから明らかなように,痙縮患者および固縮患者の足部運動(加速度)は,正常者に比して,それぞれ,より振動的およびより制動的であり,これまでに筆者が実験的に得ている結果と,定性的によく一致している。
3.3反射の評価指数
反射の大きさは,従来,次式により評価値eとして定義されてきた(3)。
h1,h2,Tは,図7に示す諸量である。模擬して得ちれた痙縮患者および固縮患者の評価値を,それぞれ,図8および図9に示す。両者の患者の評価値は正常者(e=5.57)を中心として互いに上下に分かれ,しかも,上位からの指令(1/FiD,F,D,Frs)が大きくなる(反射が充進する)ほど,正常者の評価値から離れていく。この結果も,これまで臨床的に得られた結果(3)とよく一致している。以上から,本研究の評価法は,理論的な面からも合理的であることが示された。
4.反射評価装置の開発
開発した反射評価装置の構成を図10に示す。評価値eは次の手順で測定される。
(1)被験者をベッド上腹臥位に保持する。
(2)脛骨神経を刺激装置により単一のインパルスで刺激する。
(3)(2)の結果生じる足部運動(低屈・背屈方向)を加速度計により検出する。
(4)検出した加速度をAD変換したのち,メモリに取り込む。
(5)メモリ上の加速度データから,式(3)にしたがって評価値eを算出する。
(2)~(4)の操作は,パーソナルコンピュータの管理のもとで,完全に自動化されている。特に,②の操作におけるインパルスの強さの最適値選定や測定に失敗したときのエラー検出に工夫が凝らされている。本装置の写真を写真1に示す。
この装置による評価結果を図11に示す。3つの評価値群は,左から固縮患者,正常者,痙縮患者のそれである。これらの評価値群の分布から明らかなように,痙縮患者と固縮患者とが明瞭に分離されている。
5.むすび
加速度計を用いた足部の反射の評価法が,理論的にも合理的であるとを明らかにするとともに,この原理にもとつく反射評価装置を開発し,正常者,痙縮患者,固縮患者の反射を測定した。この結果,これら3種の被験者の反射を定量的に評価できることが示された。筆者らは今後,この装置によりさらに多数の被験者を測定して,その有効性を確かめるとともに,この評価原理を膝関節反射の評価にも適用してみたいと考えている。