1990年[ 技術開発研究助成 ] 成果報告 : 年報第04号

半導体集積技術を利用した埋め込み型バイオセンサーの開発

研究責任者

軽部 征夫

所属:東京工業大学 資源化学研究所 教授

共同研究者

民谷 栄一

所属:大阪大学大学院 工学研究科 教授

共同研究者

早出 広司

所属:東京大学先端科学技術研究センター  助手

概要

1.はじめに
バイオセンサーは,分子識別機能の優れたノ上体物質とトランスデューサ(信号変換部)から構成され,選択性のきわめて優れたセンサーシステムである1)2)。すでに,医療計測,環境分析,一工業プロセス計測などへの応用開発が進展している。特に最近,バイオセンサーの微小化,集積化,大量生産化を可能にしようとする試みが行われている。すなわち,微小なバイオセンサーは体内埋め込みを可能とし,体内モニタリング,人工臓器などの開発を中心に,医療分野に与える影響は図りしれない、,また集積化の実現によって同時に複数成分を測定する多機能センサーが作製でき,分析効率の向一上か期待できる。さらに大量生産化によって,バイオセンサーの汎川化を強力に推進することができる。
一般に,バイオセンサーを作製するための基盤技術としては,
1)トランスジューサの選択及び作製
2)酵素や抗体などの生体素子の調製
3)生体素子のトランスジューサへの固定化
4)センサー応答の信号処理
などがあげられる。このなかで,特に1)と3)については,微小バイオセンサーを実現するうえで,十分に検討すべき課題である。というのも,従来のバイオセンサーで多く用いられてきたトランスデューサである酸素電極,PH電極では,微小化,集積化,大量生産化に限界があるためである。また微小部位にのみ,生体素子を固定化するための新たな生体素子固定化技術が必要不可欠である。一方,近年半導体作製技術の進展に伴ない,種々のデバイスの微小化,集積化,大量生産化が実現している。したがってこれらの技術は,微小バイオセンサーの開発にきわめて有効と考えられた。
2.研究内容
1)生体素子の固定化と微小バイオセンサーの構成
生体素子を既に述べた微小1・ランスジューサ上に固定定化するためには,有機薄膜をトランスジューサ上にあらかじめ形成させることが必要である。ISFET(Ion Sensitive Field Effect Transistor)には,これまで多くの有機薄膜が適川されている。塗付法よるセルローストリアセテート膜,ポリ塩化ビニル膜,滴下法によるアルブミン膜,スピナー法によるポリビニルピロリドンージアジド系水溶性硬化樹脂膜,ポリビニルアルコール系硬化性樹脂膜,プラズマ駐合によるプラズマ重合膜,LB膜による単分子膜法などがある。ここでは申請者の開発した蒸着法9ポリビニルブチラール(PVB)法について示す。
1)-1.蒸着法
有機薄膜としては,膜厚が薄い方が,センサーの応答性が良好であると考えられる。そこで自作した蒸着装置により,酵素固定化用試薬を微小トランスジューサ上に蒸着した。3)用いた試薬はγ一アミノプロピルトリエトキシシラン(y-APTES)とグルタルアルデヒド(GA)であり,これらを各々,80℃,0.5Torrで30分間蒸着し,有機薄膜を形成する。次に,酵素溶液中に蒸着処理したISFETを4℃で24時間浸漬する。これらのプロセスで行われる反応は,図1に示すものと推定される。実際にウレアーゼを本法を用いてISFET上に固定化したところ,尿素添加後,約30秒で応答が観測され,アセチルセルロース膜を塗付する従来方法に比べ,応答時間が短くなった。これは,有機薄膜の膜厚が薄くなったために,基質の拡散が良くなったためと考えられた。なお尿素濃度1.3~16.7mMの範囲でゲート電位と良い相関が見られた。
また本法を微小過酸化水素電極にも適用した4)。γ一APTES,GAで処理後グルコースオキシダーゼ(GOD)を5mg,ウシ血清アルブミン(BSA)7.5mgを800μ£リン酸緩衝液(pH7.0)に溶かし,50%GA15μ尼を加えて撹拝した酵素溶液10μ尼をこの電極表面に滴下し,酵素を固定化した。これを用いてグルコースを測定したところ,5.6~56μMの範囲で電流値との間に相関があった。
1)-2.ポリビニルブチラール(PVB)膜法
申請者らは,有機薄膜の要求特性としてデバイス表面との接着性,薄膜性,多孔性,親水性,生体素子固定化能などに着目し,これらを満たす膜としてポリビニルブチラール膜を見い出した5)。このポリマーは,ビニルブチフール,ビニルアルコール,ビニルアセテートの重合体である。この膜は,ISFET表面に対して高い接着性をしめす。ジクロロメタンを溶媒として作製した膜の特性は平均孔径0.25μm,孔数3.2×108/cm2,含水率27.6%の膜であり,先の要求特性を満たしている(図2)。また実際にウレアーゼを固定化した場合,従来法に比べ,約24%高い酵素活性を示した6)。すでに申請者らは,このPVB膜とGA,1.8一ジアミノー4一アミノメチルオクタンを用いて,尿素7),ATP8),ヒトアルブミン,アセチルコリン9),等を測定する微小バイオセンサーを開発している。ここではその例としてATPセンサーの製作方法についてしめす8)。
まず,0.1gのポリビニルブチラール,1mlの1.8一ジアミノー4一アミノメチルオクタンを10mlのジクロロメタンに溶解し,ISFETの表面にマイクロジリンジを用いて滴下し,8時間放置して膜を形成した。次に5%のグルタルアルデヒド水溶液中に室温で8時間浸漬した。このISFETを5mg/μ尼ATPase(好熱菌由来)中に4℃24時間浸漬し,ATPase固定化ISFETを製作した。これを用いてATPを測定したところ,0.2~1.OmMの範囲で測定が可能であった(図3)。
1)-3.半導体作製技術を用いる微小酸素センサーの製作とバイオセンサーへの応用
クラーク型酸素電極は,これまでバイオセンサー用トランスデューサとして多く用いられてきた。これはこの種の酸素電極が常温で安定に作動するセンサーの1つであり,水溶液中での使用に適しているからである。また,固体電解質酸素センサーや半導体酸素センサーがネルンストの式に支配され,出力が酸素濃度の対数で決まるのに対し,クラーク型酸素電極は,出力電流値が酸素濃度に比例するため,わずかな酸素濃度の変化を調べるには有利である。従来の酸素電極は,ガラスまたは塩化ビニルの容器の中に,金属電極を挿入し,KOHまたはKC1などの電解質水溶液と共に,テフロン等のガス透過性膜でカソード電極近傍を覆うことにより構成される。これは,1本ずつ手作業で作っており,高価であるだけでなく,微小化も困難であった。
そこで申請者らは,半導体加工プロセスを利用して微小酸素電極を構成した。10)そのプロセスを図4に示す。
(1)シリコンウエハを熱酸化し,前面に厚さ0.8μmのSio,層を形成する。
(2)ネガ型フォトレジストによりSio2のエッチングパターンを形成し,フッ酸/フッ化アンモニウム緩衝液中にてSiO2をエッチングする。
(3)80℃の35%KOH中にてSiの異方性エッチングを行なう。穴の深さは300μmとした。次にマスクとして使用したSiO2層を除去した後,熱酸化により再びSiO2層を全面に形成する。
(4)金電極を蒸着により形成する。この時に,密着性を改善するために,クロムを最初に蒸着する。
(5)ネガ型フォトレジストを用い,異方性エッチングで開けた穴とパッド以外の部分にレジストパターンを形成する。
(6)この基板を0.1MKCBを含む,アルギン酸Na溶液中に浸漬する。この時ネガ型フォトレジストの部分は疎水性であるため,基板を溶液から引き上げると,孔の中にのみ溶液が残る。
(7)次に0.1MKCBを含むCAC2溶液に浸漬し,ゲルを固化する。
(8)ガス透過性膜をゲル上に被覆する。ガス透過性膜としては,ネガ型フォトレジスト膜やシリコン膜を用いる。
以上の様にして作製した微小酸素電極に0.6Vを印加して検量範囲を調べたところ,1~7.9ppm(27℃での酸素飽和濃度)の範囲で良い相関が得られた。
そこで次にこれにグルコースオキシダーゼをグルタルアルデヒドとアルブミンを用いて固定化したところ,グルコースセンサーを作製することができた。測定範囲は0.2~2mMであった。(図5)。
一方,微生物を微小酸素電極に結合した微小二酸化炭素電極も試作した。これは微小酸素電極のガス透過性膜上に二酸化炭素を資化する微生物をアルギン酸ゲルを用いて固定化し,さらにその上部にガス透過性膜を形成して作製した。11)これを用いてNaHCO3(CO2濃度に対応)を1.5~3.5mMの範囲で測定できることが示された。
3.成果
今迄示してきた様に,半導体集積技術を利用して種々の微小バイオセンサーを開発することができた。これらのセンサーは医療用埋め込みセンサーのみならず,食品製造プロセス用センサー,環境モニタリング用センサーなどへの適用も可能とするものであり,本研究成果の諸分野に与える波及効果はきわめて大きいものと考えられた。