2008年[ 技術開発研究助成 (開発研究) ] 成果報告 : 年報第22号

半導体センサによるマイクロ化学チップ内部の可視化に関する研究

研究責任者

吉信 達夫

所属:東北大学大学院 工学研究科 電子工学専攻 教授

共同研究者

加納 慎一郎

所属:東北大学大学院 工学研究科 生体電子工学分野 助教

概要

1.はじめに
医療診断における測定対象(血液、体液、遺伝子サンプルなど)は微量であることが多く、さらにその中に含まれるごく微量の物質を高感度に検出する必要がある。微細加工技術によって作製された微小流路中を試料溶液が通過する間にさまざまな生化学的操作や分析を行うマイクロ化学チップ(Lab-on-a-Chip、 μTAS など)は、測定に要する試料や試薬が微量で済むため、このような応用に対して有効であると考えられる。
本研究は、半導体化学センサの一種である化学イメージセンサのセンサ面上に微小流路を形成することによって、流路内部におけるイオン濃度の分布を可視化できるシステムを開発するために行ったものである。
2.化学イメージセンサについて
化学イメージセンサ1,2)は、センサ面と接する試料(溶液、ゲルなど)中のイオン濃度の2次元的な空間分布を画像化することができる半導体センサである。このセンサは、Light-Addressable Potentiometric Sensor(LAPS)3)と呼ばれる半導体化学センサの測定原理を応用したものである。
図1(a)はLAPSの構造を模式的に示したものである。LAPS は、溶液(Electrolyte)-絶縁膜(Insulator)-半導体(Semiconductor)からなるEIS 電界効果構造を有し、センサ面上の溶液のイオン濃度に応じて半導体中に生じる空乏層の厚さが変化する。この空乏層容量の変化を、変調光照射によって生じる交流光電流の形で検出する。このとき、測定領域はセンサ面の全体ではなく、光照射領域で定義される。
化学イメージセンサでは、図1(b)のように光源として走査光ビームを用い、交流光電流信号のマッピングを行うことによって、センサ面上におけるイオン濃度分布の画像を得ることができる。
化学イメージセンサのセンサ面上に微小流路を有するマイクロ化学チップを作製することにより、流路内の任意の位置におけるイオン濃度を計測することが可能になる。
3.実験
3.1 微小流路の作製
化学イメージセンサ上に厚膜フォトレジストSU-8 を用いて流路壁を作製した。センサ面上にSU-8 をスピンコートした後、フォトマスクを用いて流路パターンを転写・現像した。図2(a)は、作製した微小流路の一例であり、流路幅は500μm、流路壁の高さは100μm である。この流路壁の上にカバーガラスを接着して流路の天井とし、図2(b)のようにチューブを接続した。
3.2 流路内部の化学イメージング
流路内部の化学イメージングには、図3(a)に示す測定システムを使用した。このシステムは実体顕微鏡をベースとしたものであり、流路付きのセンサを置くステージの下方に、半導体レーザと集光用対物レンズを搭載したXY 走査ステージが設置されており、レーザビームがセンサ裏面をスキャンする。発生した交流光電流はプリアンプによって増幅し、AD 変換ボードでパソコンに収録する。図3(b)は測定プログラムの操作画面であり、バイアス電圧や測定範囲、解像度などを設定して測定を行い、得られた交流光電流像を表示する。
化学イメージセンサの信号である交流光電流は試料溶液中を流れるため、微小流路内の溶液を測定する場合には、流路に沿ったインピーダンスが問題となる。図4(a)は電極を流路下流に設置した場合の電流像を示しており、電極からの距離に応じて電流が小さくなっている。この問題を解決するため、流路の全長にわたって天井部分をITO付ガラスによる対向電極とし、下流に参照電極を設置した3 極構成で測定を行ったところ、図4(b)のように流路の全長にわたって均一かつ大きな電流値が得られた。
3.3 複数光源による多点同時計測を用いた高速スキャン方式
化学イメージングセンサにおいては、各ピクセルにおける電流値を逐次測定するため、ピクセル数が多くなるにしたがって測定時間が非常に長くなるという問題がある。1ピクセルあたり10msec の測定時間を要するものとすると、例えば128×128=16,384 ピクセルの解像度で測定を行うためには3 分近い測定時間が必要である。
LAPS センサ基板上の複数の位置において同時計測を行うための手法として、周波数多重化を用いた方法が提案されている4)。すなわち、センサ基板上の複数の位置を、各々異なる周波数で変調された複数の光源で同時に照射する。このとき得られる電流波形は、各位置における交流光電流信号を合成したものとなるので、フーリエ解析によって各周波数成分を取り出すことができる。
本研究では、この手法をイメージングに応用し、直線状に配列された複数の光源を、配列と垂直な方向に走査することによって2 次元画像を得る、新しい走査方法の開発を行った。配列上のピクセルは同時に測定できるため、測定時間の大幅な短縮が期待される。
図5(a)は試作したLED ドライバ回路である。各チャネル毎に正確な周波数で光の変調を行うため、水晶発振子とプログラマブル波形発生器(アナログ・デバイセズ社、AD9833BRM)を搭載したカードをチャネル数分だけ用意した。カードの数を増やせば、さらに多くの光源に対応することができる。各チャネルのプログラマブル波形発生器は、それぞれ独立にパソコンからのコマンドでプログラムすることができ、任意の周波数で光を変調することができる。
試作したLED ドライバを用いて、16 個のLEDを2.0kHz、2.1kHz、…3.5kHz の各周波数で変調し、センサ面内の別々の位置を同時に照射したときに得られる光電流波形を高速フーリエ変換した例を図5(b)に示す。各ピークの高さが各々の位置における交流光電流信号の大きさに対応しており、センサ面内の16 点での同時測定が可能であることを示している。
16 個のLED を3.6mm 間隔で直線状に配列したスキャナを用い、一方向への走査で2 次元測定が可能なシステムを試作した。システムの外観を図6 に示す。このシステムを用いて、pH4~pH10の溶液をスキャンした例を図7 に示す。1 ラインあたりの測定時間を50ms とした場合、128 ラインの解像度の測定に要する時間は約6 秒となり、従来に比べて大幅な高速化が可能となった。今後さらに多数の光源を用いることにより、さらに高解像度でも高速なスキャンが可能になるものと期待される。
4.まとめ
厚膜レジストSU-8 を用いて、化学イメージセンサのセンサ面上に微小流路を作製し、流路内の任意の位置におけるpH やイオン濃度を計測できるシステムを試作した。微小流路を用いた場合、交流光電流信号が流れる流路内のインピーダンスが問題となるが、流路の天井部分全体に導電性ITO 薄膜コートのガラス板を用いた構造にすることで、流路全長にわたって均一な信号を得ることができた。
複数の光源を用いることによって、センサ面内の異なる点で同時にイオン濃度測定を行えるシステムを試作した。16 個のLED を直線状に配置したスキャナを一方向に走査することで1 画面を約6 秒で測定できるシステムを試作した。