2009年[ 技術開発研究助成 (奨励研究) ] 成果報告 : 年報第23号

医療材料の迅速評価に用いる表面因子アレイチップの作製とその測定システムの開発

研究責任者

平田 伊佐雄

所属:広島大学大学院 医歯薬学総合研究科 助教

共同研究者

岡崎 正之

所属:広島大学大学院 医歯薬学総合研究科 教授

共同研究者

鈴木 一臣

所属:岡山大学大学院 医歯薬学総合研究科 教授

概要

1.はじめに
組織接着、炎症、免疫反応、血液凝固など医療材料と生体組織との様々な相互作用は、基本的に材料と生体分子とのバイオインターフェースでの反応により発生する。そのため、接着促進や癒着防止、抗血栓性、抗炎症性、組織再生など様々な目的に対応した生体適合性を医療材料表面に付与するためには、これらの反応を十分に理解する必要がある。
医療材料の生体反応性を決める因子は、表面の官能基の比率、相分離、可動性、粗さなど複数あり、それぞれの因子毎に細胞・生体分子との反応性が大きく変化する。また、表面因子が同じであっても細胞・組織ごとに接着・増殖・分化能が異なる。故に、医療材料と生体間の相互作用を調べる上では、生体内に存在するさまざまな細胞や生体分子ごとにおける表面因子との相互作用を解析する分析手法の開発が必要となる。(図1)
近年、多量の検体を一度の測定で短時間に求める手法としてDNA チップやプロテインチップが用いられている。これらのチップはチップ上に数十~数万の試料をマイクロアレイ上に固定化し、光学イメージによりこれら大量の試料の反応を一網打尽的に測定している。本研究は、DNA チップやプロテインチップと並ぶ新たな検査用チップとして表面因子アレイチップを開発し、生体分子・細胞と様々な表面因子もしくは医療材料との相互作用の反応パターンを短時間で厳密に評価するシステムを確立することを目指している。
本研究では、生体適合性が高い医療材料として用いられているチタンの表面改質および細胞反応性を観察するアレイチップを作製し、測定装置として、表面近傍の物質の吸着・脱離をナノレベルかつリアルタイムで測定できるイメージング表面プラズモン解析装置(SPR Imaging)を用いた。
2.SPR 測定法とチタンセンサーチップ
2.1 SPR 測定法の原理と特徴
表面プラズモン(SP)波とは、金属表面上に存在する電子の粗密波のことである。SP 波の速度はプリズムを用いることによりエバネッセント場を介して光とSP 波を共鳴(Resonance)させることで求めることができる
( ① :k s p ( ω)=k e v ( ω)=n m e dk l i g h t ( ω ) s i nθ ) 。
①式より、SP 波の速度は光の入射光に変換することができる。また、SP 波の速度は表面での物質の吸着量により変化する。このSP 波の共鳴(Resonance)する光の入射光角度(SPR)から表面吸着物質量を決定することができる。これによりSPR 測定法は、(1)表面に存在する薄膜の厚さを0.1nm のオーダーで測定可能、(2)表面吸着物質量をng~pg/mm2 のオーダーで実時間測定可能、(3)空気中・水中での測定可能という優れた特徴を有する。
2.2 SPR Imaging の全体図
SPR Imaging の全体図を図2に示す。光源からレンズとピンホールと偏光板を用いて試料表面に対してp 偏光の平行光をつくり、プリズムを介して試料表面に広範囲の平行光を入射し、フィルターを通して905 nm の波長での表面全体のSPR情報を 2 次元画像として測定する。物質吸着・脱離量に対応したSPR 角度変化による反射光強度の変化は2 次元像においては画像の明暗で測定される。これにより、異なる試料をスポット状に配列したマイクロアレイを併用することにより,多種類の試料を同時に解析することができる。本研究では、測定装置としてImaging SPR N1000(UBM Co. Ltd、京都)を用い、データ測定ソフトウェアは自己開発のSPR Imaging 装置用に作製したものを本装置用にカスタマイズして用いた。
2.3 SPR 用チタンセンサーチップ
本研究では第20 回中谷技術開発助成「表面プラズモン共鳴のためのリン酸カルシウムおよび各種金属センサーの開発」により達成された、大気中で酸化させた金属チタンを表面に有するSPR センサーを用いた。このチタンセンサーチップは最外表面に約8nm の厚さの酸化チタン層を有する。
3.試料および実験方法
3.1 チタンセンサーチップのマイクロアレイ処理
チタンセンサーチップのマイクロアレイ処理法を図3 に示す。SPR 用チタンセンサーチップに、直流型アルゴンプラズマ(SEDE/39N、メイワフォーシス、大阪)を23 mA の条件で90 秒間照射し、基板をアセトンに5 分間、トルエンに5 分間浸漬することで表面のコンタミネーション物質を洗浄した。2mMのoctadecyl trichloro silane(ODTCS)のトルエン溶液を調整し、この溶液中に洗浄したチタン基板を60 ?C の環境下で24 時間浸漬し、チタン表面にOTDCS を被覆した。OTDCS 処理チタン基板はトルエンとアセトンを交互に用いて3 回洗浄し、アセトン中で保存した。
OTDCS 処理チタン基板に、直径1mm の穴が1mm間隔で5 x 5 個並んだステンレスマスク板を介してアルゴンプラズマを10mA の条件で10 分間照射することで、表面のOTDCS 層をエッチングし、アセトンで洗浄することでチタンマイクロアレイを作製した。
3.2 チタンマイクロアレイの高分子被覆
チタンマイクロアレイのスポットに、PBS(-)を1μl ずつ滴下し、20 分間放置後取り除き、各スポットにPBS(-) を用いた100ug/ml の濃度のpolyethyleneimine (PEI)、gelatine (Gel)、純水を用いた1wt%のpolyphosphoric acid (PPAc)、そして未処理のチタンスポットとしてPBS(-)を0.5μl ずつ滴下し、20 分放置後、各スポットをPBS(-)で5 回洗浄し、PEI-Gel-PPAc-Ti パターンチタンマイクロアレイを作製した。
3.3 高分子被覆マイクロアレイへのbFGF 吸着
高分子被覆チタンマイクロアレイをSPRImaging に設置し、PBS(-)を200 μl 滴下し、SPR角度を調整後、bFGF の吸着過程の測定を開始した。PBS(-)中に濃度が4μg/ml に調整したbFGF溶液を200 μl 加え、速やかにピペッティングし、20 分間静止状態にしてSPR Imaging 測定を行った。
3.4 高分子被覆マイクロアレイへの細胞接着
高分子被覆チタンマイクロアレイをSPRImaging に設置し、アルブミン非添加PIPES 緩衝液を300 μl 滴下し、SPR 角度を調整後、MC-3T3E1 細胞の接着過程の測定を開始した。5x105cells/ml の細胞懸濁液を100 μl 加え、速やかにピペッティングし、60 分間静止状態にしてSPR Imaging 測定を行った。
3.5 チタンマイクロアレイを用いた酸エッチング
水とエタノールを1:1 の重量比で混合したエタノール水に、dodecyl phosphate (DDP)を1 wt%の濃度で調整した。チタンマイクロアレイの各スポットに1 wt%DDP 溶液とエタノール水を交互に0.3μl ずつ滴下し、30 分放置後、アセトンで3回洗浄し、Ti-DDP-OTDCS パターンマイクロアレイを作製した。
このチタンマイクロアレイをSPR Imaging に設置し、pH 1.5 のHCl/KCl 緩衝液を400 μl 滴下し、10 分間静止状態にしてSPR Imaging 測定を行った。
4.結果及び考察
4.1 チタンセンサーチップの特徴
チタンは生体親和性に優れていることから、硬組織疾患に対するインプラント材料として多用されている。しかし、これらの材料自体は組織再生能を有しておらず、周囲骨再生能の向上を目指し、チタン表層に物理的および化学的な修飾や処理を施す研究が数多く行われている1-4)。本研究では、生体材料としてのチタンにおける表面での生体物質の相互作用をnm オーダーで解析するモデルとして、本研究室で開発したSPR 用チタンセンサーチップを用いた。インプラント用チタンは鋳造もしくは切削後、大気中で表面が酸化される。チタンセンサーチップも同様に、大気中で表面の金属チタンを酸化させた。これにより、インプラント用チタンとこのチタンセンサーチップの表面は同じ状態になると予想される。
4.2 チタンの高分子被覆とサイトカインの吸着
チタン表面改質とサイトカインの固定化技術は、チタンインプラントの組織接着性と骨再生能を著しく向上することが期待できる。そこで、チタン表面を高分子で被覆し、それを介してサイトカインの一種であるbFGF の吸着過程をSPRImaging で測定した。bFGF 吸着前の高分子被覆チタンマイクロアレイのパターンとSPRImaging 強度を図4 に示す。SPR Imaging 強度が、Ti が289,000 に対してPEI:363,000 やGel:351,000 になっているのは、チタン上にこれらのポリマーが被覆しているため、またPPAc が264,000 とTi より小さくなっているのは1wt%PPAc 液により酸エッチングされたからと考えられる。
PEI-Gel-PPAc-Ti パターンチタンマイクロアレイでのbFGF の吸着過程の結果を図5 に示す。このマイクロアレイでのbFGF 吸着量はPPAc>Ti>Gel>>PEI の順になり、特にPEI ではbFGF の吸着量は少なかった。これは、PBS(-)中で、PPAc、Ti、Gel は負,PEI は正に帯電しており、このことから、正に帯電したbFGF はPEIに吸着しにくく、かつbFGF の吸着量も負の帯電順(PPAc>Ti>ゼラチン)に従って変化したと考えられる。
このように、SPR Imaging を用いてこのチタンマイクロアレイはタンパク質のチタン表面への吸着過程を経時的にかつ多点同時に測定可能であることを明らかにした。
4.3 高分子被覆チタン表面への細胞接着
チタン表面を正もしくは負を有する高分子や、生分解性を有する細胞外マトリックス由来でもあるゼラチンを被覆することにより、チタン表面と比べて細胞の接着性や増殖速度、および分化能に差が出る可能性があると考えられる。そこで、特に初期細胞接着に注目してこれらの高分子で被覆したチタンマイクロアレイ上で60 分間MC-3T3E1 細胞を播種したときのSPR Imaging強度を図6 に示す。この結果より、MC-3T3E1細胞が表面に強く接着しているのは、PPAc>Ti>PEI>Gel の順番となった。さて、チタンマイクロアレイ上に細胞を播種し、重力に従って各々のスポットに細胞が表面に沈殿していったのにもかかわらず、SPR Imaging において接着強度が変化した理由として、細胞沈着後の仮足の進展度合いによるものと考えられる(図7)。
PEI-Gel-PPAc-Ti パターンチタンマイクロアレイでのMC-3T3E1 細胞の接着過程の結果を図8に示す。この結果を見ると、細胞播種後5 分ほどはどのスポットもさほど変化がない、強いていえばPEI が他のスポットに対して細胞接着強度が強いように見える。だが、5 分を過ぎるとPEI とGel はその後も順当に接着強度が上がっているように見えるのに対し、PPAc とTi では急激に細胞接着強度が上昇している。これはおそらく、図7のようにPPAc とTi では他のPEI やGel に比べ細胞が仮足を伸ばしていっているからだと考えられ、実際にPEI とGel では播種後60 分たっても目立った仮足は進展していなかった。これらの結果自体は細胞と表面被覆チタン表面との様々な適合性を比較することは出来ない、しかしながら、細胞播種初期においての細胞の接着挙動を多点同時かつ経時的に測定できたことは重要なポイントである。
このように、SPR Imaging を用いてこのチタンマイクロアレイは細胞のチタン表面への接着過程を経時的にかつ多点同時に測定可能であることを明らかにした。
4.4 チタンの酸エッチング
チタンは生体親和性に優れ、硬組織に必要な諸性質を有した生体材料であることから、インプラント、人工関節、人工骨など医療の場で幅広く用いられている。しかし,チタンはその優れた低反応性のため表面改質が困難な材料でもある。この理由は、非常に安定な表面酸化皮膜によるものである。そこで、チタン表面の酸エッチングを用いた表面改質法に注目して、OTDCS やDDP で表面被覆もしくは未被覆のチタンマイクロアレイを酸処理したときのSPR Imaging を測定してみた。図9 は本研究で被覆したチタン表面の概略図とパター図を示す。チタンは室温では非常に強い耐酸性を有するが、それでもOTDCS やDDP で被覆されている部分に比較して、酸耐性能が弱くなると考えられる。そこで実際にTi-DDP-OTDCS パターンマイクロアレイ上にpH 1.5 のHCl/KCl 緩衝液を曝露したときのSPRImaging の測定結果を図10 に示す。この結果より、このチタンマイクロアレイ上において酸耐性能はOTDCS>>DDP>Ti の順になることが示された。これは図9 でのチタン表面被覆図のように、OTDCS は60℃で24 時間のしっかりした条件でチタン表面に固定化されているのに対し、DDPは室温で30 分とOTDCS と比べ明らかに被覆条件が悪いことが結果に反映されていると考えられる。Ti 自身は表面の酸化皮膜層分の耐酸性しか有していないため、一番低い結果となったと考えられる。
さて、未被覆のチタン表面が一番耐酸性の悪い結果となったが、これはチタン自体の優れた耐酸性を否定する結果とはなっていない。なぜなら、SPR Imaging よりも正確な測定が出来る一点型SPR で同様の実験を行ったときに測定されたチタンのエッチング速度は3.6 ?/hour 程だからである。この速度だと酸エッチングでチタンを1 μm溶かすのに115 日、1mm 溶かすのには315 年ほどかかる計算となる。このように、酸によるチタンの腐食は無視できるレベルであるが、チタンの表面改質にとっては、これぐらいのレベルで表面がエッチングされると、これにより化学的に活性な状態になったチタン表面に様々な物質を固定化できる足がかりとなるため、重要な結果である。
このように、SPR Imaging を用いてこのチタンマイクロアレイはチタン表面の酸エッチング過程を経時的にかつ多点同時に測定可能であることを明らかにした。
5.まとめ
表面因子アレイチップの一環として本研究で開発したチタンマイクロアレイチップは、医療材料によく用いられているチタンの表面改質法や細胞接着性の評価などを迅速に行えることが期待できる。