2015年[ 科学教育振興助成 ] 成果報告

化学を問題型集団思考で解決することの分析

実施担当者

中村 陽明

所属:三重県立四日市南高等学校 教諭

概要

1.はじめに
 本校は進学校として大学進学率を高めることから、「競争」中心の授業も少なくない。「言語活動が、生徒の思考力・判断力・表現力等を育むために有効な手段であること」(文部科学省、2013)とあるが、現場では短期間で教科書の膨大な内容を習得させることが求められ、言語活動を含む協同学習を取り入れると進度が遅れるのではとの懸念から、協同学習の必要性を感じても実践する教員は多くない。
 そこで、化学の授業で普通教室にICT機器(プロジェクター、iPadなど)を持ち込み、パワーポイントを用いた対話型授業を展開しながら、膨大な知識を短期間で分かりやすく整理した後、4~6人がグループになって協同しながら問題演習を行うことによる授業の効果及び指導者側の授業改善の分析を進めてきた。


2.目的
 本研究の目的は、集団での対話にもとづく思考力及び生徒自らが協同で問題を解決する授業(化学)を主な分析対象とし、その教室場面における問題解決への動的なメカニズムを「協調を通しての課題解決における生徒間相互作用」の観点から検討する。


3.方法
【授業の方法】
「化学」の授業で、ICT機器(プロジェクター、iPadなど)を持ち込み、パワーポイントを用いた対話型授業を展開しながら、膨大な知識を短期間で分かりやすく整理した後、4~6人1組のグループになって、お互いに協力し合いながら、問題演習を行う。

【対象生徒】
三重県立四日市南高等学校2年生理系3クラスクラスA(男子15名、女子9名)
クラスB(男子30名、女子11名)クラスC(男子30名、女子11名)

【調査方法】
①調査:「個人思考」の内容は、ワークシートの記述によって調査する。「グループ内対話」の過程は、録画をすることで記録する。
②分析:これらの過程で記録された発言は、録音にもとづいて文字に起こすことで、教室内の集団的な論理的思考過程と個人の科学的思考のそれぞれを把握し、それら諸思考間の相互関連性について分析する。また対話における集団による課題解決の構造を明らかにすることで、生徒間相互作用がどのように授業改善の効果をもたらすのかの効果を質問紙、観察記録に基づいて分析をする。
③成果の公表:成果の一部を日本協同教育学会で発表する。

(注:図/PDFに記載)


4.結果
生徒による質問紙の結果を以下に示す。
①iPad(パワーポイント)を用いた授業の展開はどうでしたか?
ア)とてもよい
イ)よい
ウ)ふつう
エ)止めたほうがよい(理由:  )

(注:図/PDFに記載)

【理由】
・最初はiPadを使った授業は経験がなく、とまどいが大きかったが、慣れていくうちに分かりやすいなと思う機会が増えたから。
・展開が速すぎて、公式や用語が分かっても、なぜそうなるのか等理解しきれない。

(注:図/PDFに記載)

【理由】
・iPadの感じとかを思い出すと、解きやすくて良かったから。
・パワーポイントの授業はとても新鮮で分かりやすかったと思ったけど、パワーポイントだと授業内容をノートに書くという作業が少なく、そのときは理解していても、記憶にあまり残らなかったから。

(注:図/PDFに記載)

【理由】
・パワーポイントの授業は楽しくて、勉強がとても苦手な僕でも楽しんで授業を受けることができたから。
・黒板に慣れているから。

②グループのメンバーと化学の考え方などを対話しました。そのことで、化学への興味はどうなりましたか?
ア)とても向上した
イ)向上した
ウ)変わらない
エ)(化学への)興味がなくなった。

(注:図/PDFに記載)

【理由】
・分からないところをみんなで考えあえるから。
・自分とは違う発想・解き方があることに気づけるから。
・個人的にもともと人とお互いの考え方を分かち合うのが好きだから。

(注:図/PDFに記載)

【理由】
・集中できるから。寝ることがないから。
・学力面もそうだが、仲が良くなる。
・人に聞きやすい環境だったから。

(注:図/PDFに記載)

【理由】
・他の人の豆知識などが聞けて面白いから。
・友達に聞くと、ツッコミを入れやすく、逆に教えたりすることで理解が深まるから。
・コミュニケーションがとれて化学以外の点でも利点があると思ったから。

③グループで問題を一緒に解きました。そのことで、化学の学力はどうなったと感じていますか?
ア)とても向上したと思う
イ)向上したと思う
ウ)変わらないと思うエ)下がったと思う

(注:図/PDFに記載)

【理由】
・教えあうことでお互いの理解が深まるから。
・分からないところが少なくなる、教えることで知識が深まるから。
・分からないところや考え方が共有できるから。

(注:図/PDFに記載)

【理由】
・分からない問題も何人かで考えると分かることが多いから。
・分かっている人にとっても、分かっていない人にとっても教え合うことによりメリットしかないと思うから。
・分からないことを教えてもらえるし、教えることでより分かるようになるから。新しく気づくこともあるから。

(注:図/PDFに記載)

【理由】
・得意、不得意に分かれやすい教科だから、グループ学習は効果的だと思う。
・分からなくなったときに、メンバーに聞いてもいいという状況が良かった。ちゃんと覚えられるし。
・理解が深まるから。


5.まとめ
 学習上の支援機器等教材活用促進事業~これが欲しかった!ICT機器の「次の」活用事例 1)を文科省が作成しているように、これまでの授業形態では、学力を高めることが難しい生徒へのICT機器の活用が勧められている。今回のiPadの授業展開の結果から、クラスCで「勉強がとても苦手な僕でも楽しく授業を受けることができた」とあった。勉強が苦手なことを自分の責任としていた生徒に対して、ICT機器を用いることで個人的な思考を活性させるきっかけになったのではないかと思われる。一方で、クラスAの「展開が速すぎて、公式や用語が分かっても、なぜそうなるのか等理解しきれない」やクラスBの「パワーポイントだと授業内容をノートに書くという作業が少なく、そのときは理解していても、記憶にあまり残らなかった」から、黒板を使った講義式の授業形態も必要である声があった。今後、生徒の様子を伺いながら、iPadの授業、黒板の授業の長所を使い分ける授業展開をしていく予定である。
 次の結果であるグループ学習による興味(意欲)から、クラスCで「教えたりすることで理解が深まるから」とあった。「深い理解、構造化された知識とは、学生自ら新たに得た知識を既有の知識と結びつけ、新たな全体像を構築することである。こうした知識こそ、忘れない、活用できる知識である。一連の孤立した知識は試験で役に立つ程度であり、それ以上の何の役にも立たない」とエディンバラ大学のノエル・エントウィルス教授が述べている。つまり、授業の中で何かを学んだり経験したりするということの意義は、それまでに自分が持っていた知識と関連づけて、「あ、そうだったのか」と腑に落ちるような新たな解釈や世界像が生まれるところにある。そして、そうした「深い学び」は、テストが終わったら忘れてしまうような知識とは異なり、一生剥落しない、活用できる財産になるのである。2)集団的な論理的思考の過程で学びが深まったことにより、生徒がこのように感じたのではないかと考えられる。さらにクラスAでは「自分とは違う発想・解き方があることに気づけるから」とあり、既知の知識が新たに得た知識と結びついたのではないかと推測される。
 結果の最後にあるグループ学習による学力から、クラスAでは「分からないところが少なくなる、教えることで知識が深まるから」、クラスBでは「分からない問題も何人かで考えると分かることが多いから」とあったことから、個人で解決できなかった課題をグループで学ぶことで解決できていることが学力の向上を感じたのではないかと示唆される。
 ところで、協同学習における研究的実践の積み重ねからは、一人ひとりが成長を互いに喜び、そうした成長のための援助が期待されるような信頼関係のなかで、子どもはもっとも学びへと動機づけられ、その持てる能力を効果的に発揮することが明らかになっている。クラスAの生徒Sは、グループ学習中でも熟睡することが何度もあった。寝ているSを起こしても、瞬間的に起きるが、すぐに眠り始めた。繰り返しても結果が同じなので、別の方法を考えようと、しばらく介入しなかったところ、定期考査1週間前になり、同じグループのTが突然、寝ている生徒Sに話し始めた。
生徒T「お前は学校に何をしにきているのだ」生徒S「・・・」
生徒T「しっかりしろ!」生徒S「分かってるって」
生徒T「分かってないから言っているんや」
そのやりとりがあった次の授業から、人が変わったように一人で教科書を読み、自発的に学び始めた。Sにとって、教師とは気づきにくかった信頼関係がTと築けたのではないかと考えられる。
 一方で、クラスAの生徒で「化学が苦手な人ばかりが集まると話し合いが進まないからグループ学習はやめてほしい」との意見があった。生徒による質問紙の中で、本校に入学するまでに、グループでの学習の体験をしたことがありますか?と聞いたところ、以下の結果を示した。

(注:図/PDFに記載)

クラスの約8割が体験しているため、グループ学習での教師の介入の仕方を主に「放任型」で何とか成立していたように思っていた。
 グループへの関わり方は、概ね「放任型」と「干渉型」に分かれそうです。「放任型」とは生徒にグループワークを指示したら、基本的に任せてしまう方法です。それに対して「干渉型」は先生がグループに頻繁に声を掛ける方法です。放任型の問題点は、いつまでも沈黙が続くグループに対して為すすべもなく時間が経過してしまいます。これが続くと、グループワークは全体として機能不全に陥ってしまいます。それくらいなら、講義の方がましだという意見も出てくることになります。ただ、グループへの介入方法はグループ分け方とも密接に関係がありそうです。実践者に必要なことは「一般解を求めない」ことだと捉えています。4)今後の課題として、どのような介入の仕方が良かったのかを日々内省しながら、生徒一人ひとりを観察しながら、その状況にふさわしい介入の仕方を深めていきたい。