1994年[ 技術開発研究助成 ] 成果報告 : 年報第08号

動脈硬化症診断のための血管モデルの構築と計測技術の研究開発

研究責任者

岡田 正彦

所属:新潟大学 医学部 検査診断学教室 教授

共同研究者

杉田 収

所属:新潟大学 医学部 検査診断学教室  講師

共同研究者

山田 俊幸

所属:新潟大学 医学部 検査診断学教室 助手

共同研究者

松戸 隆之

所属:新潟大学 医学部 検査診断学教室  助教授

概要

1.まえがき
わが国の三大死亡原因の内,2位と3位を心臓と脳の血管障害が占めていることから,日本人の多くが血管の破綻にもとつく疾病で死亡していることになる。近年,糖尿病が増加しているが,網膜症,腎症,心筋梗塞など悲惨な合併症の多くが血管障害によるものである。
成人の動脈硬化症を中心とする血管障害では,病理学的変化の多くが非可逆的である。最近,強力な脂質代謝改善剤がいくつか開発され,動脈硬化巣がいくぶん退縮したとの報告もあるあるが,基本的には治らない。米国を中心に行われてきた大規模な疫学調査においても,薬物治療によって血中のコレステロール値は低下しても,寿命を延ばすことはできないというデータが多い。したがって,血管障害では,特に予防が大切となる。
血管障害の研究は最近著しく進歩し,血管内皮細胞の役割(1),変性脂質の意義(2),マクロファージの性質などがしだいに明かとなってきている。しかし,動脈硬化巣の初期病変がどのようにして起るのか,脂質のどのような変性が悪いのか,マクロファージはどこを通り,なぜ病巣に集るのか,など本質的な問題の多くがまだ未解決のままである。
これら一連の問題には血管壁に加わるずり応力が大きく関わっていることが示唆されている(3)。そこで,本研究では,まず生体と同じ条件の拍動流を発生させる装置の開発を試み,種々の検討を行った。また,流量,圧力,波形,温度,pHなどを各種物理特性とともにずり応力をリアルタイムで計測するソフトウエアについて検討を行った。さらに,ずり応力負荷のもとで,変性脂質を作用させるための基礎的実験などを行った。以下,その結果について報告する。
2.血管モデル
動脈硬化巣は血管の分岐部に多いことが知られている。特に,分!岐の角度が900に近いほど発生しやすいという(3)。そこで,まず内径8mmのガラス管で,種々の分岐角度をもつ血管のモデルを作成した(Fig.1)。このカラス管を豚の大動脈により採取した内皮細胞または平滑筋の浮税液で満たし,内面全体に拡がるまで培養を行った。Fig.2は培養後,免疫組織化学的方法で第VIII因子関連抗原を染色した内皮細胞である。Fig.3は同じく筋線維アクチンを染めた平滑筋細胞である。以下,これを血管モデルと呼ぶ。また,この血管モデルは, ビデオカメラを接続した倒立型顕微鏡のステージに装着することによって,内耐を連続的に観察できるようにした。
3.定常流と拍動流の発生
この血管モデルに対して,3つの貯水槽をFig.4のように配置し,ローラーポンプで培養液を循環させた(Fig.5)。上下の貯水槽の間は150cmあり,約110mmHgの圧力を亘且管モデルに与えることができる。上部にある貯水槽の1つは,ローラーポンプによる振動を吸収するためである。3つの貯水槽の間は,内径10mmのシリコンチューブで接続した。
次に,血管モデルの上流側チューブに対しFig.6に示す装置で周期的な圧迫を加えることで,培養液の流れを拍動流に変えた。この装置は,チューブを圧迫するカムとモーターから成っている。カムは,実際の脈波パターンを円形に展開させた図柄をコンピュータで作り,それに合せて削りだしたものである。本法により,外部からエネルギーを加えることになるため,拡張期圧60mmHg,収縮期圧130mmHg程度の圧変化が再現できた。
さらに,この貯水槽中の培養液に対して5%炭酸ガスと95%空気の混合ガスを泡立てるように加えることによってpHを一定にした。また,貯水槽の1つを加温することによって,培養液を細胞に適した37℃に保つようにした。
4.物理特性の計測
培養液の循環回路に対して,pHメーター,電磁流量計,圧脈波計をセットし,各パラメータを連続的に計測できるようにした。Fig.7に2チャンネルの圧脈波計出力の計測例を示す。データはすべてコンピュータ(NECPC-9800)にオンラインで取り込み,ディスプレイ装置に表示するとともに,既報の方法に従って自動計測を行った(a)。また,これらのデータから,次式によって,ずり応力を求めた。
ただし,τはずり応力(dyn/cm2),ηは培養液の粘度(poise),Qは流量(cm3/sec),rは血管モデルの半径(cm)である。Fig.8は,試作した実験システムの全景である。
5.過酸化脂質の作成と計測
動脈硬化症には血清コレステロールが深く関わっていることは確かであるが,ただ値が高いだけでは発症するとは限らない。最近,コレステロールを中心とする血清脂質の化学的な修飾が重要な意味をもつことが分ってきた(2>。そこで,我々は,高脂血症患者の透析治療に使用した低比重リボ蛋白(LDL)吸着カラム(リポソーバ(R)・,鐘淵化学)より同物質を採取し,紫外線照射を行った。LDLは,動脈硬化症発症に直接関与する脂質の1つである。過酸化脂質の測定は,八木別法による定量用キットであるデタミナーLPO(R)(協和メディクス)にもとずいて行った。なお,本研究では,同法を改良することにより高い感度で測定を行うことができた。最終的に,1~596nmol/mlと幅広い範囲の値を示すLDLを得ることに成功した。
6.化学発光によるLDLの追跡
従来,細胞レベルの微量物質の測定する際標識物質としてラジオアイソトープを用いる方法が一般的であった。しかし,放射線被曝の問題があることから,実験場所の制約など種々の不便さがある。そこで,本研究では,化学発光物質の1つであるアクリディニュームエステルを用いてLDLが内皮細胞に取り込まれる過程を追跡する方法を検討した。その結果,アイソトープを用いた方法(5)と同等の計測値を得ることができた。
7.まとめ
本研究で得た成果は,以下の通りである。
1.生体における血流とほぼ同じ特性をもつ拍動流を再現することができた。
2.培養技術によって,動物の血管細胞を移植した血管モデルを作る方法を確立した。
3.培養液の流れに対して,圧力,流量,ずり応力,pHをリアルタイムで計測するコンピュータソフトウエアを作成した。
4.従来の方法を改良することにより,過酸化脂質の作成と測定をより高い精度で行うことができた。
5.化学発光の原理を利用して,LDLの内皮細胞への取り込みを追跡する方法を開発した。
今回の研究は,動脈硬化症の発症メカニズムを研究するための各種計測手段を確立することにあった。今後は,最終的な目標に向かって,これら技術を駆使した研究を続けていく予定である。