2010年[ 技術開発研究助成 (開発研究) ] 成果報告 : 年報第24号

動脈圧波形と電気的コンダクタンスを用いた心拍出量・左心房圧連続測定システム

研究責任者

上村 和紀

所属:国立循環器病センター研究所 先進医工学センター 循環動態機能部血行動態研究室 室員

研究責任者

杉町 勝

所属:国立循環器病センター研究所 先進医工学センター 循環動態機能部 部長

概要

1.はじめに
心筋梗塞後や心臓外科手術後に、動脈圧低下・心拍出量低下・左心房圧上昇などの急性心不全を呈する症例の循環管理において、これらの指標を好適な範囲に正常化することが患者救命に必要不可欠である1)。動脈圧は動脈カテーテルにより連続的に計測できるが、心拍出量と左心房圧は、現状では肺動脈カテーテルにより問歌的かつ侵襲的にしか計測できない。循環器医療において、心拍出量・左心房圧を連続的かつ低侵襲に計測できる方法が求められていた。また研究責任者(上村)らはこれまで、このような急性心不全患者において、複数の心臓血管作動薬投与を、コンピュータ制御により完全に自動化し、異常な動脈圧・心拍出量・左心房圧を目標とする正常値へ自動的に回復する血行動態自動制御システム1)を開発してきた。基盤開発では、実験動物を開胸し心拍出量・左心房圧を直接計測していた。しかしこれでは臨床適用できない。このシステムを臨床応用するためには、心拍出量・左心房圧を連続的・低侵襲に計測できることが求められていた。
2.過去の連続測定システムの問題点
過去に開発された心拍出量連続測定法として、肺動脈カテーテルによる心拍出量測定を単に連続化した方法があるが、実際の心拍出量変化に迅速に追随できず、カテーテル留置に伴う合併症もある2)。動脈圧波形を用いる方法も報告されているが、圧波形信号のみに基づいており対象動脈の機械的特性について多くの仮定を必要とした。このため動脈硬化・大動脈瘤や重度心不全症例などの、動脈機械特性が大きく変化する症例には仮定が成り立たず、心拍出量推定精度は低下する3・4)。左心房圧の連続測定もこれまで試みられている。肺動脈カテーテルを留置し、肺動脈圧波形から推定する方法は、肺動脈自体の機械的特性の非線形、また呼吸による胸腔内圧変動の影響を強く受けるため推定精度は低い。
このように、臨床使用に耐えうる心拍出量と左心房圧の連続的かつ低侵襲な測定法はいまだ存在しなかった。
3.一回拍出量、心拍出量の推定
大動脈の入口部(左心室と大動脈の接合部)における動脈圧と血流の関係を再現する数学的モデルとして、図1に示されるウインドケッセルモデルが確立されている5)。最も基本的なタイプが図に示す特性インピーダンス、末梢動脈抵抗と動脈コンプライアンスからなる3要素モデルである。
このモデルでは、動脈圧(P)と血流(Q:すなわち心拍出量)の関係は微分方程式により次式で表される。
動脈血圧波形は一般的に図2のような形をとる。ここでA,とAdはそれぞれ収縮期(駆出期)および拡張期における動脈圧の積分である。拡張期には流入する血流Q=0であるので、式1の両辺を拡張期積分することによりR,Cは以下のように表される。
式1を収縮期積分すると、Qを収縮期積分した値は一回拍出量(SV)に等しいので、
式2のRpCを式3へ代入すると、
式4の左辺は動脈圧波形から求められ、これを△Pとおく。右辺のカッコ内は特性インピーダンスと末梢動脈抵抗の比により決定されるが、この比は同一個体内では一定であると報告されているので6)、これを1/kとおくと、式4は以下のように変形できる。
式5より動脈のコンプライアンス:Cが分かれば△Pは血圧波形から算出できるので、相対的SVがわかり、SVが分かれば心拍数を掛け合わせることで心拍出量(CO)は算出できる。Cを推定する方法を検討した。
4.電気的コンダクタンス信号を用いた、動脈横断面積推定法の限界
動脈コンプライアンスの大部分が大動脈(胸部一腹部)レベルの血管に依存するという前提7)のもとに、大動脈の血圧と容積の関係からコンプライアンスを求めることを試みた。大動脈の縦方向の長さは一定と仮定できる。横断面積がわかれば容積に相関する信号が得られる。胸部大動脈断面積を推定する方法として経食道心臓エコーがあるものの侵襲的であり覚醒状態では使用できない。今回まず、電気的コンダクタンスにより胸部大動脈断面積を推定できるかについて、麻酔下雑種成犬(3頭)を用い検討した8)。
インピーダンス測定器(AI-601G、日本光電)でインピーダンスを求めコンダクタンスに変換(=1/インピーダンス)した。血圧は高精度カテーテル血圧計(PC-751, Millar)で計測。図3にあるように、胸部下行大動脈内にカテーテル4電極を経皮的に留置すると、図4のようなコンダクタンス信号が得られた。図4Aに示すようにコンダクタンス信号は心臓周期に一致した周期性変化を伴い、図4Bに示すように血圧信号と比較的良好に相関していた。図4B中の回帰直線の傾きが相対的な動脈コンプライアンスに一致し、動脈圧波形とコンダクタンス信号から動脈コンプライアンスが推定しうることが示唆された。しかしながら中枢大動脈レベルの血管内に電極カテーテルを留置することは感染・血栓・動脈損傷などの合併症があり実際的ではない。より末梢の動脈血管内にカテーテル電極を留置することにより、図4で得られたようなコンダクタンス信号が採取可能か検討した。4電極のうち、電流注入と感電極2個ずつを冠したカテーテルを図5Aのように、それぞれ胸腔内動脈に配置するかぎりは、血圧信号に相関するコンダクタンス信号が図5Bのように得られた。
しかしながら、図5Aの2本の電極カテーテルをそれぞれ上肢・擁骨動脈および下肢・大腿動脈レベルまで引き抜くと、コンダクタンス信号の心周期に一致した変化は消失し、図4Bのように血圧信号に有意に相関するコンダクタンス信号は得られなかった(データ非表示)。注入されるコンダクタンス測定電流が、胸腔動脈以外に、胸壁などへ漏れ出て流れるためと考えられた。血管内に留置する以外に、食道に電極を留置し、並走する大動脈の電気的コンダクタンスを得る方法9)が報告されている。自検例でも検討したが、安定したデータは得られなかった(データ非表示)。
以上より、電気的コンダクタンスにより大動脈断面積および動脈コンプライアンスを推定する方法を断念し、まったく異なった新しい方法により動脈コンプライアンス:Cを推定することを検討した。
5.大腿動脈血流波形を用いた相対的動脈コンプライアンスの推定
式5の動脈コンプライアンス:Cを、非侵襲的に計測されるパラメータから推定する方法を検討した。推定に使用するパラメータには、血流に関連するパラメータが必要と考えられた。表在動脈のドップラー流速・流量は、臨床的に計測することが容易である。表在動脈のなかでも比較的動脈径が大きくドップラー信号のサンプリングが安定して行え、仰臥位の患者にも安定してプローブが固定可能と考えられたのが大腿動脈である。大動脈血圧値と大腿動脈血流量値、およびそれぞれの時間微分値を式1に近似し算出される大腿動脈レベルのコンプライアンスCfと、動脈コンプライアンス:Cが相関すると仮定、その関係から動脈コンプライアンス:Cが逆算推定可能か検討した。
5.1.実験方法
雑種成犬計16頭を用い実験した。実験は「研究機関等における動物実験等の実施に関する基本指針(平成18年文部科学省告示第71号)」に則って行った.麻酔(静脈麻酔+吸入麻酔)下に、犬は気管内挿管し人工呼吸管理を行った。
犬の大腿動脈のドップラー流速を、ドップラー流速計(SCPD-10,プライムテック)を用いて計測し、大腿動脈血流量を算出した。臨床で急性心不全を呈する症例の循環管理を行う際、血圧は一般的に擁骨動脈にカテーテル挿入し連続的に計測する。今回の実験で血圧は、高精度カテーテル血L圧計を、下行大動脈、椀骨動脈に留置し計測した。胸部正中切開により心臓に到達し、上行大動脈に超音波流量計(Transonic)を装着し大動脈血流量を計測した。表面心電図を採取し心拍数を計測した。時系列信号(図6)はプレアンプで増幅した後、200Hz/12bitでアナログーデジタル変換し、データ解析用コンピュータ(PANASONIC : CF-W7)に保存し、Off-1ineで解析した。
13例の犬において、①低分子デキストラン投与による容量負荷・脱血による容量減少、②特異的徐脈薬投与と心房ペーシングにより心拍数を広範囲に変化、③血管拡張剤(SNP)投与による後負荷減少、④強心剤(Dobutamine)投与による心機能増強、⑤血管収縮剤(Nor-adrenarine)投与による後負荷増加、⑥べ一タ遮断薬(Inderal)投与・冠動脈塞栓による心機能低下、を施行して心拍出量を大きく変化させデータを採取した。
5.2.データ解析方法
式5左辺の分子SVは、時間平均大動脈流量を心拍数で除して算出した。
式5左辺の分母△Pは、血圧波形から、式1-4を用いて算出される。実際の臨床現場では、図1のウインドケッセルモデルに規定される大動脈入口部の大動脈血圧は得られず、椀骨動脈血圧のみとなる。しかしながら図7上にあるように大動脈血圧波形と擁骨動脈圧波形は大きく異なっていることが知られている1°)。よってまず椀骨動脈血圧から中枢大動脈圧を推定するアルゴリズムを確立した。アルゴリズムは先行研究10)で用いられたARXモデルに準拠し、線形回帰モデルにより作成した。ADサンプリングは200Hzで行っている(5ms)ので、各時点の中枢大動脈圧:AoP(t)と、その前後10時点の櫨骨動脈圧:RaP(t)を以下の式6で関係づけた。
各時点の係数c(i)は、図7上のように同時に記録される大動脈圧波形および擁骨動脈圧から最小二乗法を用い、図7右に示すように求めることができる。この係数を用い擁骨動脈圧から推定された大動脈圧は、図7下に示すように、実測された大動脈圧とほぼ重なっており、高い精度で中枢大動脈圧波形を推定し得る。
臨床では、個々の例で大動脈圧と擁骨動脈圧を同時記録し係数c(i)を決定することはできない。係数c(i)は、個体間の平均的係数を用いても個々の例において比較的良好な推定精度で中枢動脈圧を推定しうることが先行研究10)でも示されている。犬9頭においてc(i)の平均値を図8右のように算出し、その平均係数を用いて図7上の擁骨動脈圧波形から大動脈圧波形を推定すると、図8左に示すように推定値は実測された大動脈圧とほぼ重なっており、良好な精度で中枢大動脈圧波形を推定し得ることを確認した。
9例における推定大動脈圧と実測値の誤差の平均値は0.02±4.23mmHgであり、平均的係数C(i)を用いることとした。また9例においてこのようにして擁骨動脈圧波形から算出された大動脈圧波形から式1-4を用いて算出される△Pは、実測大動脈圧波形から算出した△Pと図9のように良好に一致していた。
以上より、SVと△Pは算出することができ、相対的動脈コンプライアンス:kCが得られる。
櫨骨動脈血圧波形から推定される大動脈血圧値と大腿動脈血流量値、およびそれぞれの時間微分値を最小二乗法により式1に近似しll)、大腿動脈レベルのコンプライアンスCfを算出した。
6例において、心拍数は73-157bpmの範囲で変化させ(平均値100±15bpm)、擁骨動脈圧は58-179mmHgの範囲で変化させ(平均値107±17mmHg)、心拍出量は1712-5454m1/minの範囲で変化させた(平均値3001±635m1/min)。時系列データは30秒間を一区切りとし、それぞれのパラメータは心電図R波に基づき同期加算し△P、SV、Cfを算出した。1例あたり平均105個のデータセットで解析、6例で631個のデータセットで解析した。最終的なCOの推定精度は、Bland-Altman解析12)を用い検討した。横軸に推定されたCO(COest)と実測COの平均値、縦軸に推定誤差(CO-COest)をプロットした。平均COに対する、誤差の標準偏差の2倍(2SD)の割合(%error)を算出し、推定精度の尺度とした。
5.3.データ解析結果
6例において、SV/△P(=k・C)とCfの関係を図10に示す。両者は全例で良好な相関を示し、対数関数により近似できたていた。コンプライアンスの圧依存性7)から、Cfを収縮末期圧(Pes)で補正すると、有意ではないが相関係数は図11に示すように改善した。
SV/△P(=kC)とCf/P。,の関係は6例において、以下の標準対数関数で近似し得た。
これより、1時点においてCOそしてSVを実測し、個体固有の定数Aを較正すれば、△P、Cf、P。、は実測していけるのでSVは推定され、COを算出できる。
図12に以上のようにして推定されたSVestと、実測したSVの関係を示す。両者は全例において比較的良好に線形相関していた。図13に、COの推定精度を検討したBland-Altman解析結果を示す。1例Dog5において推定誤差が大きかったものの、平均誤差は一20ml/minで、平均%errorは27%と良好で、COの基準%errorである30%以下であった。
6.まとめと今後の展望
今回、これまで過去に報告されていない、まったく新しい方法で心拍出量を推定することを試みた。今回の方法は大動脈圧と大腿動脈流量の時系列データから、大動脈コンプライアンスを推定し心拍出量を推定した。用いる信号は、擁骨動脈血圧と大腿動脈のドップラー血流量であり臨床でも一般的に用いられている、あるいは非侵襲的に採取することができる。推定精度は概ね良好であり、すぐにでも臨床応用可能と考える。
これまでにも、大動脈コンフ゜ライアンスを経食道エコーで計測し、心拍出量モニターに用いる方法が報告されている13)。しかしながら侵襲性や利便性に限界があり臨床現場に普及されるに至っていない。今回の方法は、低侵襲性、利便性、心拍出量推定精度のいずれも満足のいくものである。今後の臨床応用が期待できる。またこの心拍出量モニターシステムの導入により、我々が従来開発してきた血行動態自動制御システム1)の臨床応用も加速されていくと期待される。
今回、左心房圧の推定方法の検討は時間的な制約があり行えなかった。今後は、今回開発した心拍出量モニターシステムを統合した、心拍出量・左心房圧モニターシステムの開発を推進していきたい。