1998年[ 技術開発研究助成 ] 成果報告 : 年報第12号

動的画像解析法による生体細胞の同定と個数の迅速測定に関する研究

研究責任者

井口 学

所属:大阪大学 工学部 材料開発工学科 助教授

概要

1.緒言
集団検診等の普及に伴い,血液中の白血球などの生体細胞の同定と個数の迅速測定法が切望されている。これに関しては,コールターカウンター等の電気抵抗方式が広く用いられていたが,最近ではシースフローを用いた測定法が一般的であり,生体細胞からのレーザー光の散乱特性に着目する方法と,CCDカメラで取込んだ静的画像を解析するとともに時間定量法を援用する方法の2種類が知られている。
シースフローを用いた前者の方法では,既知の生体細胞の散乱特性を予め求めておき,これと測定された細胞の散乱特性を比較して細胞を同定し,かつ単位時間内に通過する細胞の数を数える。しかしこの方法では形状を直接観察できず,細胞が重なりあっていれば正確な情報は得られない。後者の方法では,予め設定された露光時間内にCCDカメラで撮影したデジタル静止画像を既存のソフトを用いて画像解析し,形状と大きさを球相当径などを用いて評価し,数を求める。また試料の全通過時間に占める全撮影時間の割合から,いわゆる時間定量法を用いて全試料中の細胞の個数を数えている。この方法では細胞の大きさの頻度分布を求めることも可能であるが,細胞の試料中濃度と露光時間との最適設定が難しい。また時間定量法ではシースフローを通過する細胞の濃度が時間的に変化せず,しかも一定速度で流れていると仮定して全細胞数を求めており,濃度変化があれば測定精度は落ちる。
両方法とも現状では十分な精度を有しており,広く実用に供されているが,さらに多量の試料を迅速に処理する場合には,上で述べた事項が問題となり精度が落ちる可能性がある。これらの問題は,実体顕微鏡と高速度カメラを組み合わせて連続的に撮影した動的画像を直接解析し,(U個々の細胞の形状と大きさを観察するとともに細胞の速度を直接測定すれば除くことができる。
粒子の種類が既知であれば,それらの特徴をコンピューター上で記憶しておき,実際に撮影した粒子の画像解析結果と比較することにより種類を同定することが可能である。動的画像解析法はカラー画像にも適用できるので,例えば粒子を種類別に染色することが可能な場合には,複数の種類の粒子が流れていても容易に同定を行うことが出来る。
このように動的画像解析法ならびに粒子同定法をシースフローに適用して,生体細胞の同定と個数の測定を迅速かつ精度よく行えるようにすることが本研究の目的である。ここではまず個数の測定法に関して,2種類の粒子流量計測法を提案する。一つは断面を通過する粒子数を計測する"Control Surface Method(検査面積法)"であり,他方は有限空間を通過する粒子数を計測する"Control Volume Method(検査体積法)"である。
2.測定原理
2.1動的画像計測法
動的画像計測法は医学,生理学の分野では一般的な用語ではないことが予想されるので,その特徴を簡潔に述べておく。
画像処理を用いた流速測定法であるPIV(粒子画像流速計測法,Particle Imaging Velocimetry)は,(1)全流れ場の同時計測が可能,(2)非接触計測が可能,(3)速度から他の物理的情報の抽出が容易,といった利点のため,様々な流れ場の計測に適用されている。1-3)
PIVは流れの可視化のためにトレーサーとして流体中に流体とほぼ等しい密度の多数の小さな粒子を混入し,粒子と流体が同じ速度で動くようにした条件下で粒子の動きを高速度ビデオカメラで撮影し,所定の短い時間間隔で得られた画像から,粒子の個数と各粒子の速度を求める方法であり,多くの方法が提案されている。筆者らも二値化画像相関法と称する解析法を開発している。1,4)
すなわち速度ベクトルの決定には図1に示すように,短い時間間隔△tをおいて高速度ビデオカメラで撮影し二つの画面において,二値化することによって粒子の位置を明らかにし,まず数を数える。つづいて,例えば第1画面内の粒子EIの速度を決定するためにはつぎの手順を踏む。第1画面のEIに対応すると考えられる複数の候補者の一つであるFJを第2画面内で選び,EIとFJを重ね合わせたとき,その周りの幾つかの粒子の重なり工合を相関係数を用いて評価し,相関係数の最も大きいFjをもって対応粒子と判定する。速度はEiFj間の距離を時間間隔△tで除して求める。
本方法は流体と粒子とが同じ速度で動いていない場合にも,もちろん適用可能であり,粒子数と個々の粒子の速度を容易に求めることができる。これをシースフローに適用して,ある画面の中の粒子数と速度が分かれば,単位時間あたりに通過する粒子数が求まり,これと試料の全通過時間とから試料中の全粒子数を求めることができる。測定精度を上げるには,適当な時間間隔をおいて測定を繰返せばよい。
2.2粒子数の計測方法
微小な時間△tの間に検査平面を通過する粒子数をnpとすれば,単位時間当りの粒子流量N(個数/s)は次式で表される。
試料中の粒子の全個数は式(1)に全粒子が通過するまでの時間Tを乗ずれば求まる。粒子流量Nを求めるに際して,以下に示す2種類の方法を提案し,その妥当性を検証した。
2.2.1 Control Surface Method(検査面積法)
この方法は,特定の検査面を通過する粒子に着目した粒子流量の測定方法である。図2(a)に示すように,測定領域内で粒子の移動方向に対して面積Aの検査面を垂直に設定し,i番目の時間,Δt(一定),に検査面を通過する粒子数np,を測定する。測定精度を上げるために粒子流m量は測定時間m△tに通過する粒子数ΣnPIを用いて次式i=1で算出する。
ここでmはサンプリングされたビデオフレーム数であり,△tは2フレーム間の時間間隔である。粒子数npiと各粒子の速度ベクトルVPは二値化画像相関法[1・4]を用いて計算する。
2.2.2 Control Volume Method(検査体積法)
この方法は,特定の検査体積内に含まれる粒子数と粒子平均速度▽pから粒子流量Nを算出する方法である。▽pは断面Aに対して垂直な方向の速度成分の平均値である。検査体積は面積Aの断面の長さLの直方体で構成され,粒子数密度(単位体積当りの粒子数)の流れ方向への分布がn(y)のとき,n(y)の流れ方向平均値として与えられる粒子流量Nは次式から求まる。
ここで粒子数密度は図2(b)に示すように,座標yと測定時間間隔△tに依存する。
検査体積内の平均粒子速度が一定である場合には,y=0からLまでの検査体積全体のn(y)の値を計測するm必要はなく,検査体積中の任意の要素内の粒子数Σni(y)A△yと平均速度▽pを測定すればよい。ここでni(y)は時間tiのときの粒子数密度であり,△yは次式で置き換えられる。
図2(b)に示した長さ△yの要素の上流部の領域の時間t1-1における粒子数密度ni-1 (y)が次の時間ステップti=ti-1+△tで測定領域に移動するとすれば,▽p=constを仮定1しているので
と置き換えることができる。したがって,式(3)は次式に変形できる。
ここでmは画面フレームの総数である。
実際の測定では△tは一定であり,△y=VP△tを座標yの位置で固定された測定領域の高さsに置き換える。これより粒子流量は,有限の時間,空間幅の平均値として算出される。本研究ではsとして,画面フレームの高さを用いる。平均粒子速度は,各時刻tiのときの測定領域As内に含まれる粒子の平均速度を測定時間Tで平均して求める。
平均粒子数密度nPは次式で表される。
測定では△tを有(トユ)限としているので,式(7)を式(6)に代入すると次式が得られる。
座標y,時間t;における測定領域As内の粒子数をNp1(y)と表すと,次式となる。
単位時間間隔当りのNp、(y)の平均値Npは次式で与えられる。
式(9)を式⑩に代入すると次式が得られる。
式(11)を式(8)に代入すると,空間,時間平均した粒子流量Nは次式となる。
3.実験装置と測定手順
シースフローを模擬した実験装置の概要を図3(a),(b)に示す。提案した2種類の方法の性能を調べるため,粒子が空気中で自由落下する場合と液体中を自由落下する場合の粒子流量を測定した。なお,粒子数密度が高い場合,画面内において粒子像が重なり,粒子の識別が困難になるが,今回は粒子数密度は画面内で粒子像が重ならない範囲に設定した。重なり粒子像の識別法5)については現在,開発中である。具体的な処理手順を図4に示す。
(1)粒子の供給,撮影
空気の場合,ホッパーの流出口の断面は2mm×30mmであり,粒子流量は流出口の断面積を変えることによって調節可能である。粒子は直径1mm,密度1.02g/c㎡のナイロン製であり,空気中の場合には一回の実験で約12,000個の粒子を用いた。粒子の挙動は,画像のノイズを減らすために暗室内において高速度ビデオカメラ(200駒/秒)を用いて撮影される。4台のランプ(出力600W×2台,500W×2台)を照明に用いた。主な測定領域はホッパーの流出口から下方に600mmの位置にあり,撮影画面の範囲は400mm×300mmである。測定時間は13.78sである。時間間隔△tは0.01s,mは1378である。
水中の実験では,流路断面は6mm×80mm,測定位置は貯水槽から1000mm下にあり,粒子の個数は約27,000個である。
(2)画像処理およびPIVを用いた粒子流量の算出
図4に示すように,画像はビデオから画像処理ボードに転送される。画像は平滑化,シャープニング化され,適当な敷居値を用いて二値化される。粒子流量は前節で述べた2種類の方法で算出した。
4.測定結果と考察
4.1 PIVの妥当性
PIVで測定した落下粒子の速度ベクトルを図5に示す。図6に示した落下速度の測定値と計算値との比較から明らかなように,本測定法の精度は妥当であるといえる。
4.2空気中を落下する粒子の場合
(1)Control Surface Method
図7に検査面積法によって得られた空気中を落下する粒子流量の誤差を示す。横軸は全フレーム(m・1378)に対するサンプリングフレーム数の比であり,縦軸は粒子流量の誤差を示す。誤差は測定値Nと実際の粒子流量N,を用いて計算した。サンプリングフレーム数の比が10%以上のとき,誤差は3%以下であった。
(2).Control Volume Method
図8に本測定法によって得られた粒子流量の誤差を示す。この場合,誤差は2%以下であり,サンプル数の増加に対する誤差の収束の割合は図7の検査面積法の場合よりもよい。これはControl Surface MethodよりもControl Volume Methodのほうが粒子数をより多く取り扱えるためである。
4.3水中を落下する粒子の場合
ここには示していないが,この場合にも空気中の落下粒子の測定精度と同程度の精度が得られた。
4.4今後の課題
実際のシースフローの寸法は本実験装置の寸法に比べて非常に小さいが,流動している粒子のビデオ画像さえ得られれば,後の処理は上記手法と同じであり,特に困難を伴うことなく,粒子流量の情報を得ることができる。シースフロー中の粒子の鮮明な動的画像は実体顕微鏡と高速度ビデオカメラとを組み合わせて用いることにより実現できる。
新しいアルゴリズムを開発して測定精度を1%未満にするとともに実体顕微鏡を用いた実験を実施し,実用化までもっていくことが今後の課題である。
5.まとめ
粒子流量の測定法として"Control Surface Method"と"Control Volume Method"の2種類の方法を提案し,空気中あるいは水中を自由落下する粒子群の粒子流量の計測に適用した。得られた主な成果は以下のようになる。
(1)粒子の速度がわずかではあるが空間的,時間的に変動するため,粒子流量の測定精度は画面フレームのサンプリング数に依存する。
(2)多数の粒子を扱えるControl Volume MethodのほうがControl Surface Methodよりも精度はよい。