2010年[ 技術開発研究助成 (奨励研究) ] 成果報告 : 年報第24号

動物個体脳の単一神経細胞からの電気および光学シグナルの同時計測

研究責任者

小野 宗範

所属:京都大学 医学部 神経生物学教室 研究員

共同研究者

大森 治紀

所属:京都大学 医学部 神経生物学教室 教授

概要

1.はじめに
現在、神経科学領域で神経細胞機能を解析するための重要な手法として、
a)解剖学的手法および分子生物学的手法による生化学的特徴の解析、および
b)電気生理学的手法による神経細胞の電気活動記録が用いられている。
近年の分子生物学(a)の発展の大きな成果として、GFPを初めとした蛍光蛋白質を、遺伝子操作により特定の神経細胞に対して導入し、細胞内に発現させたマウスが多数作成されたことがある。これらのマウスを利用することで、神経細胞の形態、機能に関しての解析が格段に簡便かつ精度の高いものとなった。一方、b)神経生理学一電気生理学実験は高い精度と信頼性があり、神経細胞の機能を明らかにする上で必要不可欠のものである。しかし現在、遺伝子改変マウスの利用は、行動実験、形態学に偏っており、b)電気生理学的研究への利用は、一部の例外を除き、in vitroの実験系に限られている。その理由は、脳実質内部に存在する神経細胞の蛍光を励起させ検出することが、技術的に困難であるためである。神経細胞の機能をとらえるためには、どのような神経細胞が、どのような活動を示すかを明らかにする必要があるが、その場合、a),b)を生体内の単一細胞に対して同時に行う事が理想である。電気記録に際して神経細胞の生化学的な性質を知ることができれば、非常に高い能率で研究を進めることができる。現在、蛍光物質によりラベルした神経細胞の光学的計測は盛んに行われている。しかし、レーザーの照射、励起光の検出の技術的限界から、in vivoの実験系では、脳表面に適用が限られている。そこで、本研究では特定の細胞を蛍光ラベルした遺伝子改変動物に対して、微小電極法と組み合わせて測光実験を行える手法の開発を目指した。具体的には、金属線と共に光ファイバーを通したガラス電極を、脳実質内部に挿入し、蛍光ラベルされた神経細胞に対し、光ファイバーを通してレーザー照射することで、光計測を行う。これは、従来、神経科学領域では脳の切片標本もしくは脳表面においてのみ可能であった単一神経細胞の光学計測を、動物個体脳のあらゆる深部に拡張する技術である。さらに、光応答だけではなく神経細胞の電気活動を同時に計測することによって、
蛍光標識法による神経細胞の同定、光学測光法によるCaイオンなどの物質動態の解析、そして電気信号による神経活動解析を総合して、脳の神経細胞機能を解析することが可能となる。
2.微小電極による蛍光測定システムについて
図1は微小ガラス電極を用いた蛍光測定システムの概略図である。電極先端へ、励起光を送る光経路は、以下(1)となる。
(1) レーザー発信器→ダイクロイックミラー(反射)→集光レンズ→光ファイバー→電極
レーザー照射によって神経細胞内の蛍光物質が励起され、蛍光を放出する。放出される蛍光のうち一部は、電極を通過し光ファイバー中に入る。蛍光検出の、光経路は以下(2)となる。
(2) 電極先端→光ファイバー→集光レンズ→ダイクロイックミラー(通過)→干渉フィルター→検出器
検出器としては冷却式フォトダイオードを用いた。フォトダイオードに入った蛍光信号は、電流信号に変換され、さらにアンプによって増幅、電流電圧変換を行われる。アンプからの、電圧出力は、オシロスコープに入力、またはDAIADコンバーターを通し、PCに入力し、観察、記録を行う。
図2は、in vivoで生体中の単一神経細胞からの光記録、電気記録同時計測システムの概略図である。このシステムは、我々の研究対象である中枢聴覚神経経路における計測の場合を例としている。
脳実質内の神経細胞にアプローチするために、マウスを、麻酔下で外科手術によって、頭蓋骨を切開し脳を露出させる。手術を終えたマウスは、音刺激に対する神経細胞の反応記録のために、防音室中に設置した脳定位固定装置に拘束する。その後、プローブとなる、光ファイバーおよび金属電極を通したガラス電極を、脳表面から挿入し、モータードライブマニピュレーターによって脳深部へ進める。電極進入時には、マウスの外耳に設置したスピーカーからホワイトノイズパルスを断続的に聞かせ続け、音刺激に対して反応する神経細胞を探索する。音刺激は、信号をPCによって制御されたサウンドボード⑨から発生させ、audio用アンプ⑧によって増幅する。音刺激に対する反応は、金属電極からの電気記録によってモニターする。電気記録は、タングステン電極での電圧変化を電気生理学記録用のアンプヘッドステージ④、アンプを通し増幅した後、DAIADコンバーター⑥を通し、PC⑩に入力し記録観察を行う。音刺激に対して反応する神経細胞に接近した場合、タングステン電極からの電気記録上に活動電位と呼ばれるスパイク状の電位変化が、音刺激に対応して現れる。活動電位の大きさは電極が神経細胞に近づくほど、大きくなるため、これを電極の細胞への接触の指標とする。これとあわせ、アンプから矩形波電流パルスを断続的に注入することで、電極抵抗をモニターし、接触の指標とする(細胞に接触した場合電極抵抗が上昇する)。活動電位と電極抵抗の2つの指標から、細胞に電極が接触したと判断した場合、マニピュレーターを止め、レーザー照射による光記録計測、様々な音刺激に対する電気記録計測を行う。今回の報告では、図1に示された蛍光測定システムの開発における実験結果を以下にあげる。
3.結果
3.1蛍光物質(Alexa488)からの蛍光検出
蛍光ラベルされた神経細胞を用いた実験に先立ち、取り扱いの簡便さから、蛍光物質(Alexa488)を溶解したアガロース(2?g/ml)を、蛍光検出のための試料として用いた。その結果を図3に示す。顕微鏡下で、プローブを油圧式マニピュレータによって操作し、スライドガラス上に設置されたアガロースに接触させたときの、信号の変化を計測した。
図3.1はガラス電極の代わりに先端部として、先端径2mmのガラスロッドを用いた結果である。アガロース接触時に電圧信号が負の方向に変化し、アガロースからプローブを遠ざけた際に、もとの信号レベルに戻っているのが見て取れる。この結果により、ガラス管を用いて蛍光検出を行うことができることが、確かめられた。ただし、本研究の目的とする単一神経細胞(直径10-30?m)からの蛍光検出のためにはより小さな構造からの微弱な信号検出が必要とされる。そこで、神経細胞からの電気活動検出に用いるガラス管をmicro pippete pullerによって加工したプローブを用いて検出を行った(図3.2-3)。図3.2-4はそれぞれ先端径の異なるプローブからの検出結果である。これらの実験においては、先端部以外を黒く塗装することで、先端部分以外での蛍光信号の透過を防いだ。先端径が小さくなるにつれて(先端径は2が60?m,3が10?m、4が2?m)検出される信号変化が小さくなるのが見て取れる。神経細胞からの電気活動検出に用いるプローブの先端径は2?m程度であることから、同様のプローブを用いても蛍光検出が可能であることが、確かめられた。
以上の結果を踏まえ、蛍光ラベルされた細胞からの蛍光検出を行った。試料としては、GFPを強制発現したCOS細胞をホルマリン固定したものを使用した。図4がその結果である。微弱ではあるが、GFPの蛍光信号の変化を捉えているのが、確認された。
4.まとめ
本研究では、単一細胞からの光、電気シグナルの同時計測のためのシステムを提案した。一連の基礎的実験から、我々が考案した計測システムにより、電気シグナル計測用のガラス電極を用いて、マイクロメートルオーダーの微小構造からの蛍光検出が可能であることが確かめられた。ただし、実際の生体の神経細胞からの検出のためには、さらなるS/N比の改善が必要とされる。このため現在、検出光路の伝達特性の向上に加えて、検出器の改良を計画している。