2015年[ 中谷賞 ] : 年報第29号

動く軟組織X線動画像を対象とした肺換気・血流・コンプライアンス計測の試み

研究責任者

田中 利恵

所属:金沢大学 医薬保健研究域 助教

共同研究者

真田 茂

所属:金沢大学 医薬保健研究域保健学系 量子医療技術学講座 教授

共同研究者

鈴木 賢治

所属:シカゴ大学 放射線科 医用物理学研究科 准教授

共同研究者

作田 啓太

所属:金沢大学附属病院 放射線部 診療放射線技師

共同研究者

川嶋 広貴

所属:金沢大学附属病院 放射線部 診療放射線技師

概要

1.はじめに
1.1 背景
 現在、肺機能の日常検査は、スパイロメーターを用いた肺機能検査によって行われている。しかし、左右肺の総合的な機能を評価する手法であり、局所診断は画像検査に頼らざるを得ない。肺機能イメージングとしては、肺シンチグラフィ、Dynamic CT・MRI、PET検査がある。これらの画像検査は、治療戦略の決定や病態の質的診断に有用であるものの、日常的に繰り返し行えるものではない。もし、肺機能情報がもっと簡便に取得できるようになれば、治療効果判定や術後経過観察に大変有用である。
 申請者らはこれまでに、低コスト・低被ばくX線動画像検査法の開発を行ってきた1)~9)。動画対応FPDを用いて呼吸過程を撮影し、画素値の変化を計測することで、肺換気欠損部をX線透過性変化量の減少領域として検出できることを解明した。しかし、骨陰影のある通常の胸部X線動画像を対象としており、解析精度に多くの課題が残っている。
 画像間位置合わせの妨げとなる肋骨や鎖骨を分離できれば、肺血管・気管支の画像間位置合わせ精度が向上し、循環・肺機能解析の精度向上が期待される。近年、1枚の胸部X線写真から画像処理により骨陰影を除去する技術(ANN)が、共同研究者であるシカゴ大学の鈴木らによって開発された。この手法を胸部X線動画像に適用することで、特別な装置や患者被ばくを増やすことなく、動く軟組織X線画像を作成することができる。

1.2 目的 
 本研究では、研究代表者らが開発してきた「低コスト・低被ばくX線動画像検査法」と共同研究者らが開発してきた「画像処理による骨陰影除去」を融合することで、新しい循環・呼吸機能イメージングを開発することを目指した(図1)。動く軟組織X線動画像を対象とした肺換気・血流・コンプライアンスの計測を試みたので報告する。

1.3 評価対象
 胸部X線動画像には、肺換気がX線透過性(=ピクセル値)の変化としてあらわれている10)~13)。これは、呼吸により単位容積あたりの肺血管および気管支密度が変化するためである。呼吸過程を撮影した胸部X線動画像の肺野内で計測したピクセル値を図2に示す。呼気でX線透過性が低下(=ピクセル値は増加)し、呼気でX線透過性が上昇(=ピクセル値は減少)しているのが分かる。従って、ピクセル値の呼吸性変化量を計測することで、肺の相対的な含気量を間接的に評価できると考えられる。また、胸部X線動画像には、血流動態もX線透過性(=ピクセル値)の変化としてあらわれている。図2において、心電図に同調して小刻みに変化する成分が、心拍に伴う血流性変化である。これは、心拍出により単位容積あたりの肺血液量が変化する(成人男性の平均的な肺内血液量=400~500ml、拍出量に伴う変動量=75ml)ためである。従って、ピクセル値の血流性変化量を計測することで、肺の血流動態を間接的に評価できると考えられる。ただし、本法が計測しているのは、肺胞レベルで行われているガス交換や肺血流そのものではなく、それらに関連する相対的なパラメータであることを留意しなければならない。

2.内容
2.1 画像の取得
 動画対応フラットパネルディテクタ(FPD)(CXDI-50RF)を搭載したポータブルX線撮影装置(試作機、キヤノン)を用いて、最大努力呼吸の過程を立位正面背腹方向にて撮影した。撮影条件は120 kV、 0.1 mAs/pulse、SID 1.0~1.2 m、5.0 fps とし、10秒間(吸気5秒+呼気5秒)に50フレームの胸部X線動画像を取得した。これらの撮影条件は、被検者への総被ばく線量が、通常の胸部単純X線撮影の2方向(正面+側面)の合計線量以下となるように設定した。取得画像のマトリックスサイズは、2208×2688 pixels、ピクセルサイズは160×160μm、撮像視野は38×43cm、階調数は16bitsグレースケールである。
 本研究は、本学医学部の倫理委員会の承認を得て行なわれ、被検者には撮影に関する十分な説明を行い、同意を得た。今回は、合計23症例(31-91歳、中央値64、M:F=13:10)の胸部X線動画像を取得した。対象は、肺癌、間質性肺炎、肺挫傷、皮下気腫、気腫性嚢胞などの基礎疾患のある症例である。

2.2 軟組織X線動画像および骨X線動画像の作成
 肋骨陰影低減(BS)処理は、胸部X線写真における肺結節の検出精度向上を目的に開発された画像処理技術である14)。米国では既に臨床実用され、肺結節の検出率が16.8%向上したとの報告もある15)、16)。本研究では、このBS処理を動画適応し、世界で初めて肺血管および気管支などの軟部組織と肋骨や鎖骨などの骨陰影をそれぞれ分離したX線動画像の作成を行った。図3にBS処理で作成した軟組織X線動画像と骨X線動画像を示す。BS処理では、その副産物として取り除いた骨陰影の画像も生成される。本研究の主たる目的は、BS処理によって作成した軟組織X線動画像を対象とした肺機能解析だが,研究過程で骨X線動画像得から肺機能評価をサポートする新しい診断情報の取得に成功したので併せて報告する。

2.3 肺機能解析
 肺血流および肺換気によるピクセル値の変化は微小であり、肉眼での評価は極めて困難である。そこで、フレーム間差分および差分値の可視化が有用である。図4は1心拍のピクセル値の血流性変化量を可視化したマッピング画像である。心室収縮期には血液が心室から送り出される様子を、心室拡張期には、血液が心室に流入する様子をとらえることができている。図5に呼吸器疾患症例(嚢胞性肺気腫、31M)の吸気過程の2フレーム間差分で作成したマッピング画像を示す。肺シンチグラフィ上で確認される肺換気障害部は、ピクセル値変化量の減少領域として描出されている。図6にマッピング画像作成アルゴリズムを示す。まず、肺野領域を認識後、横隔膜動態から呼吸位相を推定し、呼吸位相と息止め位相の画像に分ける17)、18)。呼吸位相の画像を対象に肺機能を、息止め位相の画像を対象に心機能をそれぞれ評価した。フレーム間差分を行い、算出した差分値をその値の大きさに応じて表示することで、図4-5に示すような肺換気/肺血流マッピング画像を作成した。健常者の肺換気および肺血流分布は左右対称であり、立位では肺基底部ほど大きくなる傾向がある8)、19)。したがって、正常分布からの逸脱、同一被検者における左右肺での比較、経時変化の有無などにより、異常は検出される。これまでは、通常の胸部X線動画像を解析対象としてきたが、本研究では、肋骨陰影を除去した軟組織X線動画像を対象からマッピング画像を作成し、肺換気・肺血流・肺コンプライアンスなどの肺機能に関連するパラメータの取得を試みた。

2.4 肋骨動態解析
 図7に骨X線動画像を対象とした局所移動ベクトル計測の解析プロセスを示す.格子状に区切られた領域ごとに、隣り合うフレーム間で移動ベクトルを計測し、その結果をオリジナルの画像上に重ね合わせて表示した.得られたベクトル画像からは、肋骨運動の向きと大きさを直感的に評価することができる。

3.成果
3.1 軟組織X線動画像を対象とした肺機能評価
 図5に軟組織X線動画像から作成した肺換気マッピング画像を示す。従来画像では、肋骨による動きアーチファクトが評価の妨げとなっていたが、軟組織X線動画像から作成した肺換気マップでは肋骨による動きアーチファクトが軽減していることが分かる。図8に、肺癌症例(66歳男性)の肺血流マップおよび肺血流シンチグラフィを示す。肺血流シンチグラフィでは左肺全体の血流低下を示す所見がみられた。フレーム間差分値を可視化した肺血流マップでは、右肺に比べ左肺でフレーム間変化の減少を示す分布を示した。従来画像では、鎖骨による動きアーチファクトが評価の妨げとなっていたが、肋骨除去画像では鎖骨による動きアーチファクトが軽減していることが分かる。以上より、肋骨除去処理が、解析精度の向上に有用であることが明らかとなった。肺換気マップ上で変化の大きな領域は、呼吸により肺血管・気管支に密度が大きく変化した領域である。すなわち、肺換気や肺コンプライアンスが十分大きい領域であると推察される。一方,肺血流マップ上で変化の大きな領域は、肺血液量が大きく変化した領域である。今後、更に症例を重ねてこれらの関連性の解明を行いたい。

3.2 骨X線動画像を対象とした肋骨動態解析
 図9に骨X線動画像を対象とした局所移動ベクトル計測の結果を示す。副産物として生成した「骨X線動画像」だが、この骨動画像を対象に肋骨動態を解析したところ、肺機能評価をサポートする新しい診断情報としての有用であることが明らかとなった(下図:側弯症症例、○の肋骨運動低下)。側弯症(先天的な背骨の湾曲)や外傷による肋骨損傷症例では、肋骨運動が制約され、呼吸機能障害をきたすことが知られている。すなわち、生命維持に欠かせない呼吸機能評価を可能にする肋骨動態情報は大変有用である。しかし、通常の胸部X線動画像では、骨・気管支・血管の複雑な動きを分離できず、肋骨動態の単独評価は不可能であった。技術的困難を理由に実用化を断念したが、骨動画像を対象とすることで、これまで不可能だった肋骨単体の動態解析が可能になった。

3.3 軟組織X線動画像を対象とした肺癌の動態追跡
 放射線治療分野での応用を期待できる成果も得られた。図10に示すのは、オリジナル動画像および軟組織X線動画像を対象とした標的追跡の結果である。オリジナル画像では、肋骨陰影の影響で追跡エラーが発生しているが、軟組織X線動画像では標的を正確に追跡することができた。このように、BS処理の動画応用の有用性が示された。現時点では1枚あたりの処理に15秒かかっているため、動画応用に向けた処理速度の高速化が課題である。

3.4 既存技術と比較した利点
 近年の技術進歩で、CTやMRIを用いて詳細な3次元形態情報が得られ、さらに、動画像に近い疑似動態画像の取得も可能になった。しかし、CTはレントゲン検査の約100倍の被ばくがあり、MRIは検査に約1時間かかり、循環器・呼吸器の機能検査として日常的に行えるものではない。申請者らがこれまで開発してきた「FPDによる低コスト・低被ばくX線動画像検査法」によれば、従来のレントゲン検査と同等のコスト・被ばく・時間で、造影剤を使用することなく循環器・呼吸器の機能評価が可能である。回診車への搭載により、ベッドサイド、手術室、集中治療室、屋外での利用が可能になる。救急医療や災害時救急における治療方針決定を、簡便かつ迅速に行う一手法となることが予想される。

4.まとめ
 動画対応FPDを用いた機能イメージングによれば、従来の単純X線検査時に付加的に機能情報を取得できる。横隔膜動態や心機能など、形態変化となって画像上に投影される機能情報は、数値による定量化が有用である。また、ピクセル値の変化となって画像上にあらわれる肺換気や肺血流情報は、フレーム間差分とマッピング技術による可視化が有用である。正常値からの逸脱や、左右肺の比較により、機能異常は検出可能である。2011年には、動画と静止画に対応する可搬型FPDが開発され、ポータブルでの動画撮影も可能となった。本研究の最終目標は、動画対応FPDを用いたポータブルX線肺機能イメージング(診る聴診器)の開発である(図11)。診断基準の確立、臨床評価、異常検出のアルゴリズム開発などが今後の課題である。