2015年[ 科学教育振興助成 ] 成果報告

加速度センサーを利用した仮想空間における巨大画像資料を使った観察

実施担当者

石飛 光隆

所属:千葉大学教育学部附属中学校 教諭

概要

1.はじめに
 中学校学習指導要領解説では路頭の観察活動を実施するよう示されている。野外観察を行い,観察結果をもとに地層のでき方等を考察していくことが大切である。しかし,多くの中学校では,学区の中で路頭を観察できる場所は限られている。崩落の危険がある上,大人数で授業時間内に移動し観察を行うことは難しい。本校では夏季休業中に希望する生徒を対象に校外学習の中で房総半島の路頭を観察する活動を行っている。ただし,課題として生徒数が限られていることと,天候に左右される可能性があることがあげられる。また,授業内では資料集や教員が撮影してきた写真などの映像資料をもとに路頭の様子を観察するが,実感を伴いにくいことが課題であった。
 そこで,タブレットPCに内蔵されている加速度センサーを活用した観察を考えた。1枚の画像資料を閲覧するのでは無く,観察者がタブレットPCを向けた方向と撮影時にカメラを向けた方向を連動させる。校内でも実際の観察時の視点が再現できる教材を用意することで生徒に地層の広がりを捉えさせ,学習意欲を高めたい。


2.研究のねらい
(1)地層を主観的に観察している様子が再現できるアプリを開発する。
(2)製作した教具を用いた効果的な学習指導方法を検討する。
(3)検証授業を実施する。
(4)学習後の理解状況を調べるために生徒対象の調査及び分析をする。
(5)研究成果をまとめ,今後の課題を検討する。


3.地層観察アプリ「Go!地層」の開発
(1)アプリケーションソフトの完成イメージ
 アプリケーションを作り始めるために必要なことは,「どんなアプリを作りたいのか」のコンセプトであり,「完成品のイメージ」となるデザインである。一般に,アプリケーションの開発というと専門的な知識や機材が必要になると想像する人が多いが,近年はその想像とはかけ離れた状況がある。アップル社のiOS向けのものや,グーグル社のアンドロイド向けのもの,最も普及しているマイクロソフト社のウインドウズ向けのものも,開発に必要な最低限のソフトが無償配布されている。1台のPCがあれば,その中でプログラムコードのコーディングや,対象の端末のエミュレータによる動作確認までできる。さらに,1からコーディングを覚える必要も無く参考となるプログラムコードが著作権フリーで多くホームページ上に公開されているのである。さながらブロックを組み立てる感覚で,それらの公開されているプログラムコードを並べていけば1つのプログラムを作り上げるのには想像しているよりも労力がかからない。一方で,それらの参考となるコードでは実装されていない機能を盛り込むためにはコードの意味を理解する必要がある。
 タブレットPC内の加速度センサーから傾きを感知し,画像の切り替えをシームレスに行える環境を模索した。

(2)開発過程での試行と検討
 当初の具体的なイメージは,市販されているスマートフォン・タブレットPC用の星座観察アプリを地層に置き換えることであった。複数のアプリが発売されているが,その特徴は地磁気センサーと加速度センサーが入手した信号と,3D天球モデルをリンクさせ,画面を向けた方向の星座について天球モデル上のテクスチャ画像を表示するものであった。
 しかし,当該アプリを参考にしようとしたが上手くいかなかった。それは,星座の表示を行う場合には,星を示す点と,星座を構成するための直線,加えて星座絵で済むので,テクスチャを作成して貼り付ければ十分であり,画像のデータ量は少なく抑えられる。しかし,当該アプリを地層の観察に転用しようとした場合に,地層が天球のように球体のモデルではないことと,実際の写真を利用するためにデータ量が大きくなることから断念した。
 次に,1枚の写真画像を画面外にまで拡大して配置し,その画像を加速度センサーの動作から表示場所を変えて表示する方法を考えた。図2のようにパノラマ写真を縦方向に撮影することでテストプログラムを作成したが,本校で使用しているタブレットPCの加速度センサーの切り替えの速度(イベントの送信間隔)は遅く,タブレットPCの傾きの情報を10ミリ秒に一度送信するが実際
反映するまでに100ミリ秒程度要するため,コマ送りのようになる問題点が見つかった。更に同じ写真の中で表示する場所を切り替えるため,エレベーターに乗って上がるように視点が変化した。見上げる動作や見下ろす動作とは異なるため,観測者の視点としては傾きと連動して変化する実感は無く,写っている写真を操作によって振り回すだけのプログラムになってしまった。
 これらの検討を経て,実際のアプリ制作では方式を以下のようにした。
①表示する画像は撮影時の視点1枚ずつを,加速度センサーによって切り替える。
②それぞれの画像を任意の指定で表示,拡大して観察できる。
③あらかじめ着目させたい箇所についてすぐに示せるようにする。
 加速度センサーを画像内の表示箇所の移動ではなく,画像の切り替えにした理由は,操作者の間隔と視点のつながりが希薄になることと,地層を実際に撮影した時の追体験とするためである。また,細かく観察するために拡大・縮小をピンチ操作(画面上で2本の指でタッチし,広げたり縮めたりするタブレットPC・スマートフォン特有の操作)で動作するよう機能を実装した。さらに,アプリの観察から実際に採取してきた試料に目を向けさせるために,特定の画像のピックアップ機能を実装した。


4.地層観察アプリ「Go!地層」の実際
 プログラム言語はC#を用いた。当初,対応端末が多いAndroidでコーディングを行った。しかし,エミュレータで実行するには問題のない機能が,アプリケーションとして実装しようとした際にグーグルストアの申請手順を踏まないとインストールが難しい,エミュレーションソフトをインストールした上で実行しようとすると加速度センサーに対応しない,などの障害に直面したため完成直前で断念した。あらためてマイクロソフト社のヴィジュアルスタジオでコーディングし直し,アプリケーションを完成させた。
 以前からあるソフトと,タブレットPC用のアプリの違いは,アプリがexeファイルの実行ではない点にある。各種センサーに対応するためには,データのファイルをタブレットPCにコピーするだけでは起動できず,インストール手順を踏む必要がある。ウインドウズ端末に標準で搭載されているパワーシェルで,パッケージしたアプリケーションを実行するが,その際に開発者ライセンスの認証をインターネット経由で行う。セキュリティの確保のために,ウインドウズファイアーウォールを実行しておくことが必須条件になるが,特別な理由が無い限り外してあることは無いので問題にはならない。本校では管理者用のアカウントで開発者ライセンスを認証し,生徒用のアカウントでインストールを行った。インストール後のデータ量は200MB程を占めるが,アンインストールの手順はアプリ一覧の画面で長押しをするだけなので,必要に応じて授業後削除することも容易である。
 観察1と観察2に分けた理由はアプリの動作を軽量化するためである。観察1では加速度センサーによる画像の切り替えを行うが,容量の大きい画像データを読み込もうとすると加速度センサーの値の変化から画像の変化までのタイムラグが大きくなる。スマートフォンやSurfaceで実行した場合にはスムーズに動作するアプリが,本校で用いているタブレットPCは性能から非常に動作が遅い。そこで,観察者の視点のシミュレーションを行う観察1と,地層の細部を観察する観察2に場面を分けることで解決を図った。
 観察1にタイマー機能をつけた理由は,本校で用いているタブレットPCの性能の問題で,加速度センサーによる画像の切り替えとボタンによる切り替えの機能を同時に実行すると止まってしまう障害への対策である。1セット45秒で加速度センサーからのデータ取得を停止し,次の観察へ移る。タイマーの再開ボタンを配置することで同じ観察を続けることもできるようにした。


5.研究のまとめと今後の課題
 操作しているタブレットPCの傾きに応じて地層の写真を変化させることで,主観的な観察につなげることができた。現在普及している端末を大別すると,アップル社,グーグル社,マイクロソフト社のOSの3つに分けられるが,それぞれの言語をタブレット搭載のセンサーの活用という点に着目した場合互換性が高いとは言えない。そのため,生徒が使用する端末に最適な言語に合わせてアプリケーションを開発する必要があり,導入するデータの入手と平行して開発を進めることが困難であった。
 今後は,今回作成したアプリケーションのコンパイル前のファイルをキット化し,新たに導入したい画像資料を用意したときに,円滑に導入できる環境を整えたい。
 実際に撮影した画像資料を使用するため,画像の切り替えについては課題が残った。まず,画像を鮮明に撮影するため,1枚あたりのデータ量が大きくなり,複数の資料を用いる都合上,写真データだけで多くの容量を要した点である。また,画像の切り替え時にも若干のラグは解消できず,当初目指したシームレスな切り替えには至らなかった。更に,撮影時に三脚を用いて撮影を行ったが,観測者の視点として最適であるかどうかは検討の余地がある。3Dでモデリングができて,その空間内で任意に観察ポジションを変更できるのが最適であるが,それだけのスペックは,開発環境についても生徒の端末についても,まだ要求できる時代ではない。
 今後,生徒の反応と照らし合わせながら指導の効果について検証していくつもりである。