2014年[ 技術開発研究助成 (奨励研究) ] 成果報告 : 年報第28号

分子探針によるDNA 単分子検出技術の開発

研究責任者

西野 智昭

所属:大阪府立大学21世紀科学研究機構 ナノ科学・材料研究センター 特別講師

概要

1. はじめに
現在、集積回路の高密度化が原理的な限界に近づいていることから、新たなパラダイムシフトが必要とされており、分子エレクトロニクスがこれを解決するものとして脚光を浴びている。単一分子を電子素子として用いる分子エレクトロニクスでは、単一分子の電子伝導特性を計測し評価する手法が重要である。一方、分子デバイスの創製には、機能性分子を水素結合などの化学的相互作用を合目的に用いて自己組織的に集積する、いわゆるボトムアップ型の手法が重要である。このため、単一分子の伝導特性の計測だけでなく、ある機能性分子とそれに近接した他の機能性分子との分子間に生起する、化学的相互作用を通じた電子伝導を評価し理解することが不可欠である(図1)。また、分子間における相互作用は、生体内や超分子化学における分子認識の中心的な役割を担っている。そのため、電子伝導を計測することによって分子間の相互作用を単一分子レベルにて検出することができれば単一分子の分子認識、センシングが実現できるものと期待される。
これまでに開発された単一分子の伝導特性の計測手法では、微小な電極間に単一、または少数の分子をサンドイッチ状に挟みこんで測定しており、2 つの分子を両者の空間的配置を制御して配列することはできない。このため、上記のような、化学相互作用を形成した単一分子/単一分子界面における電子伝導を計測することができない。分子デバイスの実現に向けて、新たな計測手法を開発することが必要である。
上述の背景の下、本研究では、走査型トンネル顕微鏡(STM)の分子探針を利用し、単分子とそれに近接した単分子との界面における電子移動を測定できる初めての手法を開発することを始めの目的とした。様々な単一分子/単一分子界面での電子伝導を計測し体系的理解につなげるとともに、化学物質の添加などによる電子移動のスイッチングなどの新規現象を探索する。さらに、第二の目的、応用研究として、DNA 二本鎖形成時の電子伝導変化について検討する。DNA の電子物性は多数の研究がなされているものの、単一分子レベルでの導電性等の特性は知られていない点が多い。DNA 二本鎖が形成される際の動的な電子伝導変化を単一分子レベルでその場計測する。相補、非相補による電子伝導の違いを明らかにすることによって、新規DNA 診断デバイスの検出原理として提案する。
2. 実験
2.1 分子探針の作製
始めに、Au ワイヤ(直径0.25 mm)を1%の過塩素酸を含む3 M 塩化ナトリウム水溶液中にて炭素棒を対極に用いて10 V の電圧を印加し、電解研磨を行うことによって先端を尖らせ、下地Au 探針を作製した。これを濃硫酸と過酸化水素水を注意深く混合したピラニア溶液中に浸し洗浄した。超純水にて充分に洗浄した後、これをチオール分子のエタノール溶液(7.5 mM)に12 h浸漬することによって、自己組織化単分子膜を形成し分子探針として用いた。使用前には純粋なエタノール、および超純水にて充分に洗浄した。
2.2 試料の作製
試料表面として使用するAu(111)薄膜は以下のように作製した。始めに天然雲母を真空中(< 3.0× 10?4 Pa)、500°C にて12 h 加熱した。次いで、1?/s の速度にてAu を5 nm の膜圧となるまで蒸着し、500°C にて6 h アニールした。さらに、5 ?/sの速度にて200 nmの厚みとなるまで蒸着した後、500°C にて12 時間アニールすることによってAu(111)薄膜を得た。測定対象のチオール分子を含む溶液にこの基板をごく短時間(1 時間)浸漬し、その後純粋なエタノールで洗浄し、さらに窒素流にて乾燥して測定に供した。
2.3 電子移動計測
電子移動の計測は、アジレント社製STM システム(SPM5100)を用いて行った。トンネル電流は横河電機社製高速データアクイジションユニット(SL1000)にて記録した。電子移動計測は、始めに通常のSTM による表面観察と同様に、探針を試料表面のごく近傍にてトンネル電流が計測されるまで近接させた。その後大きなトンネル電流値(典型的には数 nA)を設定し、探針と試料をさらに近接させた。さらに、STM のフィードバック回路を切断し、探針を5 nm/s~20 nm/s の速度にて鉛直方向に引き上げながらトンネル電流を記録することによって電流-距離(I?z)曲線を得た。
3. 結果と考察
3.1 水素結合を介した単分子間電子移動
始めに、水素結合を介した単一分子間における電子移動について検討した。水素結合は分子間相互作用として最も頻繁に形成されるものであり、DNA のワトソン-クリック塩基対に代表されるように生体内分子認識においても重要である。本研究では、水素結合性の官能基としてカルボキシ基を有する ω-hydroxy alkanethio(l HS(CH2)nCOOH;CnCOOH)をAu STM 探針、およびAu(111)基板に吸着させ、それぞれ分子探針、および試料表面として用いた。分子探針を試料表面のごく近傍まで近接させた後、トンネル電流を測定しながら、探針を引き上げ電流-距離(I-z)曲線を計測した(図2)。図3 にC2COOH 分子探針、およびC2COOH で修飾したAu(111)基板を試料として用いて測定されたI-z 曲線を示した。C2COOH 分子探針と基板との距離が増加するにつれ、トンネル電流は指数関数的に減少するが、距離が増加しても電流値が一定となる領域(plateau)が観察された。これは、探針および基板表面のC2COOH 分子が水素結合を形成したためであると考えられる。すなわち、図3 に示したようなI?z 曲線において観測されたplateau は探針分子と試料分子との間に形成された水素結合を介した電子移動に起因する。そこで、plateau が観測された電流値を統計的に求めるために、計測した全てのI?z 曲線に含まれる全てのデータ点の電流値に関する電流ヒストグラムを作成した。plateau では電流値が一定となっていることから同程度の電流値を示すデータ点が多数含まれており、従って電流ヒストグラムではこれがピークとして検出される。図4 にC2COOH 分子探針を用いて取得したI?z 曲線から作成した電流ヒストグラムを示した。試料はC1COOH(“C2?C1”)、C2COOH(“C2?C2”)、C3COOH(“C2?C3”)をそれぞれ用い、いずれもAu(111)基板に修飾し測定を行った。全てのヒストグラムにおいてピークが見られ、これらのピークが現れた電流値がI?z 曲線においてplateau が観測された電流値に対応する。C2COOH 分子探針、およびC2COOH 試料分子の場合、両者が水素結合を形成することによって生じた2 分子から成る分子ジャンクションは図4 の電流ヒストグラム、“C2?C2”のピーク電流値をもとに、1.5 nS と決定された。一方、同程度の分子長を持つalkanedithiol(octanedithiol、 HS(CH2)8SH)の単一分子コンダクタンスは0.99 nS であった。驚くべき事に、水素結合を介した電子移動が、共有結合を通じた電子輸送よりも高いコンダクタンスを示すことが明らかとなった。
上記の電子輸送の詳細を明らかにするために、距離依存性について検討した。すなわち、図4 に示した3 種の、長さの異なる分子ジャンクション(“C2?C1”、“C2?C2”、および“C2?C3”)のコンダクタンスを各々のヒストグラムのピーク電流値に基づき算出し、この対数値を、ジャンクションに含まれる分子の長さに対してプロットした(図5)。水素結合により形成された分子ジャンクションは実線で示し、また比較対象として、全ての構成分子が共有σ結合により連結された単分子ジャンクションのコンダクタンスの対数値を破線により示した。ジャンクションの分子長が短いときには、上述の通り、水素結合を介した電子移動は共有結合を介した場合よりもコンダクタンスが大きい(抵抗が小さい)ことが分かる。その一方、水素結合を介した場合は、コンダクタンスの距離依存性が顕著であり、ジャンクションを構成する分子が長くなるに従い、コンダクタンスは急峻に減少した。その結果、本研究で測定したうち、最も長い水素結合ジャンクション(C2COOH 分子探針?C3COOH 基板吸着分子)では、共有結合よりも低いコンダクタンスを示した。このようなコンダクタンスの距離依存性は図5 のプロットにおける傾きを用いて定量的に表すことができ、一般に減衰定数、β値と呼ばれる。共有σ結合のみから成る単分子ジャンクションでは、4.2?8.5 nm?1 程度のβ値が一般に報告されている。これに対し、本研究において、水素結合により形成された分子ジャンクションのβ値は10 nm?1 と求められた。ごく単純なモデルでは、β値はジャンクション内の分子の最高被占軌道と最低空軌道のエネルギー差により決まると指摘されているが、本成果により、β値が分子間相互作用によって大きな影響を受けることが明らかとなった。
さらに、短い分子から構成された水素結合ジャンクションにおいて観測された大きなコンダクタンスの原因について、第一原理計算により検討した。具体的には、ジャンクション内の分子の電子状態密度を計算し、これを各構成原子に投影した、部分状態密度(PDOS)に着目した(図6)。水素結合を含むジャンクション(図6a、 左)の中心部のPDOS では、共有結合のみを含む単分子ジャンクション(図6a、 右)には見られないピークが現れた(図6b)。従って、水素結合ジャンクションにおいては、この電子状態を通じた電子移動が生起するため大きなコンダクタンスを示すものと結論づけられた1)。
3.2 電子供与体?受容体単一錯体における電子移動
電子供与体および受容体から成る分子錯体は、多様な電子的・光学的性質を示すため、分子エレクトロニクスや光エネルギー変換など様々な分野における機能性物質として有用である。そのため、これまで溶液中において多角的な研究例が数多く報告されている。一方、近年では単分子の電子輸送計測に大きな進歩が得られその理解が急速に進んでいる。しかし、これまで単分子と単分子との間に生じる電子移動に関する報告は極めて限られており、上記の電子供与体?受容体の単一錯体の電子移動については報告例がない。前節に記載の通り、我々は単分子間に生起する水素結合を介した電子移動を計測することに成功した。ここで開発した手法は、分子探針を用い、基板吸着分子との単分子間電子移動を計測することを原理としており、水素結合だけでなく、他の様々な分子間相互作用を介した電子移動の計測へと展開できるものと期待される。そこで、本研究項目では、電子受容性であるfullerene 分子探針(C60探針)を用い、電子供与体としてporphyrin を基板に吸着させ、両者から形成される電子供与体?受容体単一錯体における電子移動の計測を試みた。
始めに、試料porphyin として5,10,15,20-tetraphenylporphynato cobalt (CoTPP)をAu(111)表面に直接吸着させ、測定に用いた(図7a)。ここにC60 探針をごく近傍まで近接させ、その後引き上げながら電流を計測し、I-z 曲線を得た(図7d)。得られたI-z 曲線にはノイズが多く、またplateau が見られなかった。ノイズはporphyrin とfullerene との相互作用に起因する可能性が考えられるものの、plateau がないため、porphyrin?fullerene から成る分子ジャンクションのコンダクタンスを計測することはできなかった。分子ジャンクションの電子移動計測には、試料分子が基板、または探針と強く電子的に接合していることが重要であり、一般にはチオール(?SH)基などの官能基を試料分子に導入し、これを介して分子を基板に化学吸着させることが必須である。このような官能基の探索は現在、単分子コンダクタンスの計測に関する研究の主要なターゲットの一つとなっている。今回用いたCoTPP にはそのような官能基が含まれておらず、測定に適した電子的接合がないため、I-z 曲線にplateau が得られなかったものと考えられる。従って、従来の考え方によれば試料porphyrin にチオール基等を導入することが必要であるが、これには煩雑な有機合成が求められる。このような分子コンダクタンス計測の制限をなくすため、我々は新たな手法、ligation-mediated coupling 法を開発した。
始めに、Au 表面を4-aminothiophenol(4ATP)で修飾した。4ATP にはチオール基が含まれており、安定、かつ十分な電気的接合を有した吸着が可能である。この4ATP 修飾表面をCoTPP を含む溶液に浸漬した。4ATP のアミノ(?NH2)基はporphyrin の中心金属と配位結合を形成し、このような操作によって4ATPを介してporphyrin を固定化できることが知られている(図7c)。これにより、CoTPP は4ATP との配位結合を介してAu 基板と電気的に接合することができる(ligation-mediated coupling)。
CoTPP の測定に先立ち、4ATP のみを吸着させたAu 基板を試料とし、C60 探針を用いてI-z 曲線を計測した(図7b)。その結果、plateau が得られた(図7e)。これを統計的に解析するために、I-z 曲線の各データ点の電流値のヒストグラムを作成した。I-z 曲線におけるplateau は多数のデータ点を含むため、電流ヒストグラムではピークとして検出することができる。電流ヒストグラムには0.99 nA にピークが見られ(図8a)、これによりfullerene?4ATP の分子ジャンクションのコンダクタンスは2.0 nS と求められた。fullerene と4ATPは電荷移動相互作用を形成できることが知られており、分子ジャンクションはこれにより形成されたものと考えられる。
次に、ligation-mediated coupling により、4ATPを介してCoTPP を吸着させた表面を試料として用い(図7c)、C60 探針を用いてI-z 曲線を計測した。上述の、CoTPP を物理吸着させた場合とは大きく異なり、I-z 曲線にはplateau が見られ(図7f)、その電流ヒストグラムには2 つのピークが得られた(図8b)。低電流側のピーク(LCo)は0.91 nA に位置しており、4ATP のみを吸着させた際に得られたピークの位置と一致している(図8a)。従って、このピークはCoTPP を含まない、fullerene?4ATP の分子ジャンクションによるものと考えられる。高電流側のピーク(HCo)は2.4 nAに位置しており、未修飾金属探針を用いた対照実験等により、これがC60?CoTPP?4ATP からなる分子ジャンクションに起因するものであると結論づけた。すなわち、ligation-mediated coupling、およびC60 探針により、fullerene とporphyrin との単一錯体が示す電子移動を計測することができた2)。
3.3 配位結合を介した電子移動の計測と制御
単一分子スケールにおける機能性分子デバイスの創製のためには、単一分子内、および単一分子間における電子輸送を計測し、理解することが本質的に重要である。さらに、デバイスの機能の発現のためには、電場や光、または化学物質の添加等の外部刺激に応答した電子伝導のスイッチングが不可欠である。そこで、本研究では、金属イオンの添加に基づく単一分子間における電子移動のスイッチングについて検討した。
3.1 にて述べた水素結合を介した単分子間電子移動の計測と同様に、CnCOOH をAu STM 探針、およびAu(111)基板に吸着させ、それぞれ分子探針、試料として用いた。塩化亜鉛等の金属塩を溶解した溶液中にてI-z 曲線を測定し、その電流値のヒストグラムを作成した。図9 にC2COOH 分子探針、およびC1COOH で修飾したAu(111)基板を用いた測定により得られた電流ヒストグラムを示す。金属イオンの非存在下における測定では、電流ヒストグラムに単一のピークが見られた(図9a)。これは、探針と試料分子とが水素結合を形成し、これを通じて電子移動が生じたことによるものと帰属された。一方、金属イオンを含む溶液にて測定を行うと、電流ヒストグラムに2 種のピークが得られた(図9b)。低電流におけるピークは、金属イオンの非存在下での測定により得られたピークと電流値がよく一致していることから、水素結合を介した電子移動によるものと考えられる。一方、高電流におけるピークは、金属イオンが探針、および試料のカルボキシ基と配位結合を形成し、これを介して電子移動が生じたものと帰属された。以上の結果により、分子ジャンクションに金属イオンを加え、配位結合を形成することにより、さらにコンダクタンスを増加させることが可能であることを示した。
さらに、上記の金属イオンによるコンダクタンス増加は、分子ジャンクションのスイッチングに有用な現象であることを示した。すなわち、pyridine 分子を試料、および探針分子として用い、上記と同様の測定を行った(図10)。金属イオンの非存在下では、電流ヒストグラムにピークは見られず、指数関数的に減少するバックグラウンドのトンネル電流のみが測定された(図11a)。これは、探針、および基板上のpyridine 分子は、互いに水素結合等の相互作用を形成できないためである。一方、測定溶液に金属イオンを加えると、電流ヒストグラムにピークが得られた(図11b)。
金属イオンを介して探針、基板上の2 つのpyridine分子がサンドイッチ型の配位結合を形成し、これに伴い有利な電子移動が誘起されたものと考えられる。以上のように、単一の金属イオンにより、分子間電子移動をスイッチングできることを初めて示した3)。
3.4 DNA を介した電子移動の計測と単分子検出
近年、ゲノム情報に基づく高度な医療の実現に向け、簡便かつ迅速なDNA 解析技術が強く望まれている。そこで、本研究では分子探針STM に立脚し、DNA 単一分子を簡便・迅速に検出できる新規技術を開発した。すなわち、プローブDNAを固定した探針と検体DNA のハイブリダイゼーションに伴うトンネル電流の増加を指標として検出する。本手法は、単一DNA のミスマッチやメチル化をも検出できると考えられることから、高次な遺伝子解析が可能となる。本技術によって、超高感度、簡便・迅速な遺伝子検査デバイスの創製が期待される。DNA 配列の網羅的解析等への応用も期待できる。
はじめに、DNA 探針を作製し、試料DNA の単一分子検出について検討した(図12)。8mer の一本鎖DNA の3’末端にメルカプトプロピル基(HS(CH2)3-)を導入し、このチオール基がAu 表面に強固に化学吸着することを利用して、AuSTM 探針に一本鎖DNA(ssDNA)を修飾し、DNA探針を作製した。また、このDNA 探針と相補的な8mer ssDNA についても同様にメルカプトプロピル基を導入し、ターゲットDNAとして用いた。
ターゲットDNAはAu(111)基板に吸着させた後、DNA 探針を用いてSTM による電流検出を行った。DNA 探針を、ターゲットDNA を吸着させたAu(111)基板のごく近傍まで近接させた後、電流を計測しながら探針をAu(111)基板の垂直方向に引き上げることによって、I?z 曲線を得た。探針と基板とが相互作用を形成しない場合は、トンネル電流が両者の距離に対して指数関数的に減少する。一方、本測定においては、I?z 曲線は単純な指数関数的減少ではなく、一時的に距離が変化しても電流値が一定となるplateau が観察された(図13)。このplateau においては、DNA 探針とターゲットDNA とが二本鎖DNA(dsDNA)を形成し、電子輸送はこれを介して生じるものと考えられる。そこで、plateau での電流値を統計的に評価するため、電流ヒストグラムを作成した(図14a)。plateau における電流値は、このヒストグラムにおけるピーク位置の電流値として求めることができた。plateau 電流値がDNA 探針とターゲットDNA から形成された電子輸送であることを確認するために、下記の対照実験を実施した。すなわち、DNA 探針、およびターゲットDNA として用いた互いに相補的なssDNA からあらかじめdsDNA を形成させ、Au(111)基板に固定した。未修飾Au 探針を用いて、上述と同様にしてI?z 曲線を測定するとplateau が観察された。このplateauはAu(111)基板上に固定したdsDNA を介した電子輸送によるものである。このplateau 電流値から作成したヒストグラムを図14b に示した。DNA探針を用いた測定から得られたヒストグラム(図14a)に見られたピーク電流値は、図14b におけるピーク電流値と極めてよく一致することが分かった。これにより、DNA 探針を用いることによって、基板上に吸着したターゲットDNA とのdsDNA 形成が生じ、これを介した電子輸送が測定できること、さらに、これによってDNA 単一分子の検出が可能であることが明らかとなった。
DNA 単一分子検出の条件を最適化するため、DNA 探針の鎖長を変え、測定を行った。メルカプトプロピル基を3’末端に導入した8mer、10mer、12mer のssDNA(表1)をAu 探針に固定し、DNA探針とした。これと同じ鎖長(8mer、10mer、または12mer)を有し、DNA 探針と相補的な配列からなるDNA に3’末端にメルカプトプロピル基を導入し、ターゲットDNA として用いた(表1)。先と同様に、I?z 曲線を計測しヒストグラムを作成することによって検出シグナルであるplateau電流値を決定した。plateau 電流値からコンダクタンスを計算し、これをDNA 鎖長に対してプロットしたグラフを図15 に示す。
アルカンジチオール(HS(CH2)nSH)の単一分子コンダクタンスを比較対象として示した。DNA の方がアルカンジチオールよりも鎖長が長いにも関わらずより高いコンダクタンスが得られている。また、DNA を通じた電子移動では、アルカンジチオールと同様に、コンダクタンスが鎖長に対して片対数プロットにおいて直線的に減少する、すなわち、指数関数的に減少した。これらの結果から、DNA を通じた電子輸送は、トンネリングによるものであり、DNA 探針、およびターゲットDNA から形成されるdsDNA はトンネル障壁として電流値を決定していることが明らかとなった。DNA 単一分子の電子輸送特性に関する知見は現在極めて限られているため、本知見は基礎研究の面においても重要なものである。検出シグナル(plateau 電流値)は、8mer、10mer、12mer のDNA 探針では、それぞれ9.5 nA、 1.5 nA、 48 pA であり、より良い確度、精度でDNA 検出を行うためには、8mer、または10mer が適していることが分かった。
上記の鎖長依存性に関する研究から配列依存性についても知見が得られた。DNA 探針とターゲットDNA から形成される10 mer、 12 mer DNAは共通の8 塩基対に異なる塩基対が2 mer ずつ挿入された配列からなる(表1)。それにも関わらず、図15 に示したように、コンダクタンスは距離に対する指数関数的依存性を保持している。従って、塩基配列はコンダクタンス(またはトンネル電流値)にDNA 鎖長ほどには強い影響を及ぼさないことが分かった。
上記の知見に立脚し、DNA 探針によるミスマッチの単一分子検出について検討した。表2 に示した4 種の8mer DNA 探針、およびターゲットDNAを用いた。いずれのDNA 探針に対しても同一配列のターゲットDNA を用いた。DNA 探針の内、1 種はターゲットDNA と相補的であり、残りの3種は配列の中央部にミスマッチを含んでいる。これらのDNA探針を用いて上述と同様にI?z 曲線の測定を行い、ヒストグラムを作成し、各々のヒストグラムのピーク電流値を比較した(図16)。フルマッチに比べ、ミスマッチを含む場合にはピーク電流値が大きく減少することが分かった。本研究にて検討したミスマッチのうち、G:T ペアが最も大きな電流値が得られたが、これはwooble 塩基対による、ミスマッチの中でも比較的高い安定性によるものと考えられる。ただし、この場合においても、ピーク電流値はフルマッチの場合の19%程度であり、両者を容易に識別できた。以上の結果により、DNA 探針を用いることによってDNA 単一分子のミスマッチ検出が可能であることが示された4)。
4. まとめ
本研究では、単分子間における電子移動を計測できる手法を開発し、多数の新たな知見を得た。本手法、および得られた知見は、単分子を電気素子として利用する単分子エレクトロニクスの実現に大きく貢献するものと期待される。さらに、開発した計測法をもとにDNA 単分子検出の新規技術を開発した。本技術は迅速な遺伝子検査を安価に実現するものである。遺伝子検査によって、癌の早期発見や感染症の迅速なスクリーニング、さらに生活習慣病の効果的な対策が可能となる。