1991年[ 技術開発研究助成 ] 成果報告 : 年報第05号

冠動脈疾患の無侵襲的三次元的診断装置の開発

研究責任者

鈴木 直樹

所属:東京慈恵会医科大学 医用エンジニアリング研究室 助手

共同研究者

岡村 哲夫

所属:東京慈恵会医科大学 医用エンジニアリング研究室 教授

共同研究者

松井 道彦

所属:東京慈恵会医科大学 心臓外科学教室 教授

概要

1序
本研究の目的は,冠動脈の走行,形状および内腔の状態を無侵襲的に三次元像として観察する事が可能な診断法の開発である。これを実現するために,超音波断層像を用いコンピュータグラフィクスによって,冠動脈の形状と構造を構築し,各種冠動脈疾患の診断に用いる事のできる画像診断システムの開発を目指した。本システムを構成し,冠動脈三次元像の表示を行うためには,対象とする部位の原画像データの収集法だけでなく,三次元像構築法についても専用の手法を開発する必要があった。また冠動脈内の血流の三次元的,流体力学的解析を行なうため,詳細な血流計測が困難な同部位において,形態情報よりその部位での血流速分布を推定する方法を考案した。本論文ではモデル実験により本法の精度の検討を行なった後,ボランティアによる正常例での計測を経て,川崎病によって発生した冠動脈起始部の動脈瘤の形状と構造の表示を行ない,冠動脈造影像との比較を試みた結果について報告する。
2方法
2-1システム全体の構成
本法を施行するために開発したシステムは二つの部分より構成される。
第一の部分は生体より血管断層像を得る超音波断層装置であり,これにより各画像間隔の既知な連続した断層像を得る。第二の部分は計測により得た複数の断層像を積み重ね,三次元像として表現するコンピュータグラフィクス装置である。Fig.1にシステムのブロックダイアグラムを示す。
2-2原画データ採取法
超音波断層装置は共振周波数3.5もしくは5MHzのメカニカルセクタスキャンプローブを装着したATL社製Mark8を用いた。少しでも高分解能の画像を得るため,低年令の被検者ではできるかぎり5MHzプローブを用いる事につとめた。撮像方向は安定して冠動脈横断画像を得る事の出来る位置を選んだ。
2-3三次元画像構築法
本法における三次元画像は各画像間隔が既知の断面像群である形状データをコンピュータ内の仮想空間上に再配置し,三角形面素法にて構築するものとした。コンピュータグラフィクス処理装置は,入力した断面像から抽出した血管の輪郭線群に,撮像時に計測した各画像間の距離情報を与える事により,三次元像として立体表示する機能を持つ。
2-4三次元画像表示法
本システムにより超音波断層像から構築された血管の三次元像はCRT上に表示されて始めて観察が可能となる。
構築された三次元血管像は拡大,縮小,三次元軸上での移動,回転を行なう事により自由に視点を変えて観察したり,注目部位を精査する事が可能である。
さらに任意に設定した平面によってモデルを割断し,その内部の構造を表示することも可能である。また三次元画像の特長の一つとして定量計測が可能である。モデルの全体または任意平面により割断した部分の体積,表面積並びに断面積等の値を数値として計測することが可能である。
2-5原画データ計測法
以上,原画データ採取法,三次元像構築法,表示法の概略を述べてきたが,特に冠動脈の三次元像構築を行なうためのデータ収集に関しては,解決すべき二つの問題点があった。まず冠動脈は心拍動に伴なって大きく位置が移動する点である。次は,冠動脈は血管径が細いにもかかわらず部位が比較的深部に位置しているため,高分解能ではあるが体組織中での滅衰が大きい共振周波数の高いプローブを用いる事はできなかった。前者に関しては一心拍問に血管径の数倍以上の距離を移動する血管を捕捉するために,一心拍中のあるフェイズのIIII管像のみを選択する事により解決する事ができた。このために何回かの実験的計測の結果,拍動にともなう血管の移動については心拍数が一定である場合には冠動脈の移動する距離,方向に規則性がある事を確かめた。この結果を利用し,ECG同期により必要な画像を選択する事によって安定した位置にある血管断層像の撮像を行なう事ができた。指定するフェイズは拡張末期付近であり,最も冠動脈横断面像の鮮明に見えるタイミングを選択し,この同じフェイズにて一連の三次元像構築に必要な大動脈および撮像可能な末梢までの冠動脈横断面像を得た。
後者に関しては共振周波数の低いプローブより得た画像中から周囲組織によるエコー像の中からできるだけ正確な冠血管横断面像を得るための画像処理を行なった。具体的にはエッジ強調を含むエンハンスメント効果等の処理を施す事により血管壁の輪郭を強調し,血管像境界線抽出の際の誤差を少なくする事に努めた。
3対象
3-1正常例
本法を用いる事により,正常例については19才女性5例について5MHzメカニカルセクタスキャンプローブを装着したATL社製Mark8を用い,前述の方法により大動脈および左冠状動脈起始部付近の連続断層像を得て三次元像を構築した。
3-2川崎病例
冠動脈病変例として川崎病発症により形成された左冠動脈主幹部血管拡張部位の三次元像構築を行った。川崎病症例では6才から15才までの女性4例について本法により血管三次元像を構築し,血管造影像との比較を行なった。原画データ収集のための超音波断層装置並びに三次元像構築法に関しては正常例と同じである。
4結果
4-1超音波断層像撮像手技
色々な試行の結果,撮像位置は第二,第三肋間を用いた。まず大動脈弁近傍での大動脈横断面像を得,この画像から冠動脈の分岐の位置と方向を大動脈横断面像中に見える冠動脈起始部の縦横断像として確認した。この位置よりプローブを約90°回転させる事により,大動脈縦断面像を描出した。このままの断層面方向にてプローブを平行に移動することにより,起始部より末梢部へとつながる冠動脈連続横断面像を捕える事ができた。撮像可能な冠動脈の領域は肺組織が超音波を遮断する位置により決定され,被検者により異なるが起始部より平均30~40mmまでの冠動脈のデータ収集が可能であった。この方法により大動脈縦断面像並びに冠動脈横断面像を被検者の体格,撮影像の条件により画像間隔2~5mmにて撮影した。Fig.2に大動脈並びに左冠動脈に対する超音波断層像の撮像方向を示す。最初に断層方向を決定するために用いられる大動脈弁付近での大動脈横断面上に,これらの撮像位置を示したのがFig.3である。さらにこの方法により得られた連続断層像群をFig.4に示す。上方より画面上に大きく見る事のできる大動脈縦断面像より,小さくリング状に見える左冠動脈横断面像へと徐々に形状を変える血管壁が描出されている。
4-2正常例
Fig.5に正常人女性19才より得た大動脈起始部およびここより派生する左冠動脈主幹部のワイヤフレーム像を示す。図中aは大動脈および左冠動脈を正面より右30°上方45°のやや高い視点からの表示例であり,bは左右の回転角度はそのままにして視点を下方に下げ大動脈起始部を仰ぎ見る視点からの表示である。
Fig.6では同例をサーフェスモデル像として表示した場合である。このサーフェスモデル表示例では,三次元像を構成する各ポリゴンの表面に色彩だけでなく光沢と陰影を持たせる事により,面表示している。さらに視点からの各ポリゴンの表と裏を判別し,それぞれ異なる色彩を与える事により血管の外壁と内壁を容易に識別できるようにしてある。
19才程度のある程度成長した被検者では小児より肺が拡張しているため,描出される冠動脈部位はこの後の川崎病例に示すような左前下降枝,回旋枝の分岐部までには至らなかった。
4-3川崎病例
川崎病例として左冠動脈主幹部に発生した瘤形成による血管拡張部位の三次元像構築例を2例示す。Fig.7は15才女性での大動脈造影像であり,同症例の三次元像構築例がFig.8である。この図は正面より右方向に30°上方へ30°回転させた視点でのサーフェスモデル像であり血管外壁を赤色,内壁を黄白色にて表現している。この三次元再構築像からは左冠動脈主幹部全体に見られる拡張の様子を見る事ができ,左前下降枝,回旋枝の分岐状態等の細部を検討する事も可能である。Fig.9は6才女性での大動脈造影像であり,同症例の三次元像構築をFig.10に示す。Fig.10はFig.8と同じ表現法を用いたサーフェスモデル像であり,やはり前例と同じく血管外壁を赤色,内壁を黄白色にて表現している。この症例では前症例よりも著しい瘤形成を見ることができ,その空間的な広がりの様子を観察する事ができる。また,左冠動脈主幹部が比較的短く,左回旋枝,下行枝の分岐が同一平面上に有る事等も知る事ができる。
5考察
5-1正常例における冠動脈三次元像
Fig.5の正常例における冠動脈三次元像のワイヤフレーム表示では大動脈に対する左冠動脈主幹部走行の相対的位置を把握するのに適しているといえる。特に視点を回転して大動脈の後方に冠動脈が位置した場合でもその位置と方向を知る事ができる。ワイヤフレームモデル像は一種の透視像であるため,視点前方の物体により後方の物体が隠れる事がない。よってこのように像全体の形状を把握するためには良い表示方法である。しかしワイヤフレームモデル表示法では曲面の一部での凹凸が不明確となったり,血栓など複雑な表面構造を持つ物体の表現の際には画像が煩雑となる場合もあり,このような目的での観察に際してはサーフェスモデル表示を行なうことが好ましいと言える。
Fig,6のサーフェスモデル表示例では血管像表面に色彩と陰影を与える事によりさらに実視に近い印象で観察できる様になった。
サーフェスモデル表示により血管形状,表面の状態を実感としてとらえる事ができ,大動脈起始部のバルサルバ洞の特有の膨らみや冠動脈の派生する方向とその大動脈上での位置などの状態が良くわかる。
血管三次元においてはこのワイヤモデル表示法とサーフェスモデル表示法をそれぞれ観察の用途,目的によって適宜使い分ける事により,より多くの情報を得る事ができるものと考えられる。
5-2川崎病例における冠動脈三次元像
川崎病による動脈瘤形成によって生じる冠動脈の変形の構造,部位はFig.8,Fig.10を見ても明らかなように,それぞれ個体差があり,これらの患者ごとの特長をコンピュータグラフィクスの機能を用いて観察する事により,立体的にかつ詳細に把握できる事がわかった。特に画像を拡大し画像の視点を移動して観察できることにより,病変部に対する観察者の理解が大きく向上することが確かめられた。
このように今迄生体からは,透過像もしくは断層像といった二次元情報としてしか得られなかった冠動脈瘤の形状を三次元像として表現することが出来たと言える。特に本法は血管造影法では表現されにくい,冠血管外壁の形状並びに壁厚の変化等を描出する事ができると考えられる。
また血管内腔の血栓の形状,分布を三次元的に把握する事ができ,無侵襲的方法である事も加わり,抗血栓剤の効果等を連続的に計測する手段となりうる事も考えられる。
5-3本法の有用性と将来の方向
血管断層像を三次元像として構築する事による最大の利点は,本来の血管の形状に近い状態で血管を観察できる事である。本システムの持つワイヤフレーム表示法,サーフェスモデル表示法および割断法はそれぞれ結果で示したように目的により使い分ける事によって,二次元透過像からは得る事のできない色々な情報を引き出せる特徴を持っている事がわかった。
本法により得られる大動脈と冠動脈の相互の位置,分岐角度等血管の相互関係の三次元表示は,血管手術,PTCA等における手術計画のための有力な材材となると考えられる。
また血管内構造の表示は壁在血栓形成の進展予測,治療効果判定に用いる等,本法の具体的な応用例は数多くあると考える。
今後さらに冠動脈の末梢側部分の描出の方法を考案するとともに,各種冠動脈疾患例における計測を行なっていきたいと考える。
6結語
超音波断層像を原画データとし,コンピュータグラフィクス技術を用いる事により,冠動脈起始部の血管三次元像を得る方法を開発した。本法は川崎病により生ずる動脈瘤など血管病変部位における形状と構造を知る良い手段である事がわかった。さらに本法は無侵襲的であるため冠動脈内での血栓の増減の監視等,繰り返し計測や長期の連続計測が可能である。