2016年[ 技術開発研究助成 (開発研究) ] 成果報告 : 年報第30号

内耳の微小振動現象の計測を指向した三次元断層撮影装置の開発と最適化

研究責任者

任 書晃

所属:新潟大学大学院 医歯学総合研究科 分子生理学分野 助教

概要

1.はじめに

近年、生体組織内の高速な振動をイメージングできる光計測手法の開発が注目されている。例えば、内耳研究において、数十 kHz で微小に振動する蝸牛組織内の基底板の様子を捉えるためにレーザドップラー計を組み合わせた光コヒーレンストモグラフィー(OCT)技術[1-7]が用いられている。これらのドップラーOCT 技術は Spectral domain (SD-) OCT とヘテロダイン干渉計を基にした位相計測を通して生体内部の高速な振動計測が可能である。しかし、これらの装置ではプローブ走査による一点計測方式のため 2 次元の横方向の機械的なスキャンが必要である。生体組織内の広い範囲での動態の同定は、生理学的および病理学的現象の種々のメカニズムを解明するために重要であるにもかかわらず、従来の技術を用いて広視野の振動を一括計測することは困難である。

広視野でkHz オーダの高速な振動を瞬時に計測する要求の観点から、横方向の x-y 軸スキャンは計測時間や測定精度、及び隣り合う測定点間の位相整合性を著しく制限すると言える。従来のFull-field での振動計測法として CCD カメラを用いた様々なホログラフィック干渉手法が提案されている[8-11]。これら Stroboscopic 技術や 3 次元フーリエ変換などのボリュームデータ処理法は非常に有用であるが、OCT 装置と組み合わせて測定物体内部の平面振動を計測できる技術の開発が課題の一つとなっている。

本研究では、新たな full-field 振動計測手法として多波長走査型共通光路 en-face OCT 技術と広視野ヘテロダイン検出( Wide-filed heterodyne detection; WFHD)法を組み合わせた方法を開発した。WFHD 法では、従来のフレームレートの CCD や CMOS カメラを用いて広視野での高速振動が計測できる。また、光コム干渉法[12-15]の導入によって測定物体の深さを任意の関心領域に合わせて 2 次元平面内の振動による位相変化を捉えることが可能になった。新規装置において光コム干渉法を適用するために、ファブリペロー共振器と広帯域 SLD を用いて広い帯域の多波長光(低コヒーレンス・コム)を作り出し、ファブリペロー共振器の共振器長を可変にすることで干渉計側の参照ミラーの操作を無くした。また共通光路干渉計の構成で OCT 計測を可能にした。生体実験として、パラフィンで固定されたマウスの肝臓細胞組織の 3 次元 OCT 計測及び、WFHD 法を用いて生体内部の各層における振動パラメータ(2 次元の振動周波数、位相、及び振幅分布)の計測を行い、提案手法の有用性を確認した。

 

2.測定原理

本手法の原理を図1及び2に示す。ファブリペロー共振器によって切り出された広帯域 SLD  のスペクトルは櫛状の多波長光と見なすことが出来る。光源のスペクトルが周波数等間隔の多波長成分によって構成されているとき、干渉計の光路差を変数とする干渉信号はある一定間隔で繰り 返しの干渉ピークを持つ。この繰り返される干渉ピークを高次の干渉ピークと呼ぶ。この高次干渉ピークの間隔は多波長スペクトルの周波数間隔 に反比例する。したがって、多波長の周波数間隔を操作することで高次干渉ピークの位置を走査 することが出来る。

測定物体が単反射物体の場合、 次の干渉ピークは

(注:数式/PDFに記載)

で表される。ここで A は干渉に寄与しない直流成分、BNN 次干渉の干渉振幅、d はファブリペロー共振器の共振器長、l1 は干渉計の片道の光路差、a1 は光路差情報を含む干渉位相である。

図1 多波長走査型 en-face OCT

図2 WFHD 法の原理

図1に示す様に、d を変化させ次の干渉ピークの位置を変えることで測定物体の深さ方向のスキャンが可能になる。この時、干渉ピークの位置は干渉板から離れているのでフィゾー干渉計のような共通光路の干渉計で低コヒーレンス干渉計測を行う事ができ、d l1/N に達するとき強い干渉ピークが得られる。もし測定物体が生体のような多層の散乱体である場合、d の走査に伴って、内部の反射位置に対応した干渉ピークの振幅分布、|BN(d)|を得ることができる。この深さ軸方向の振幅分布が OCT 信号となる。干渉強度は生体内の各層の境界での屈折率差による反射率と散乱係数による減衰率によって影響される。OCT イメージングの分解能は振幅ピークの半値全幅で与えられ、光源のスペクトル幅に反比例する分解能劣化を考慮しなければならず、参照光路側で硝路長を合せる必要がある。

図2に WFHD 法の概要を示す。(1)式の干渉位

相は測定物体の振動によって変調を受ける。この時、測定物体の振動周波数から数 Hz 異なった周波数で干渉板を振動させることによって、干渉信号は以下のような二重の変調を受ける。

(注:数式/PDFに記載)

ここで、BPaPP 次の干渉振幅及び位相、as 及び ar は測定平面と干渉板平面の振幅分布、fs 及び fr はそれぞれの振動周波数分布、fs 及びfr はそれぞれの振動位相分布である。干渉板の振動周波数が fr = fs + δf で表されるように測定平面に対して僅かな周波数差δf で与えられているとする。一般的なスピード(fFPS = 60 Hz 程度)の CCD カメラで full-field 計測を行う場合、(2)式の干渉信号の高周波成分は平均化され干渉に寄与しない直流成分となり、差周波数df の倍波成分だけが時間変動として現れる。fr がδf < fFPS <f を満たす条件において CCD カメラで検出される干渉信号は、

(注:数式/PDFに記載)

となる。ここで、δf は干渉板と測定物体の振動の位相差である。また Jm m 次の第一種ベッセル関数を表す。検出された干渉の時間波形をフーリエ解析することにより、 バイアス成分の|F(0)|=|A+BPcos(αP)J0(Zr)J0(Zs)|及び、δf 成分である|Ff)|= |BPcos(αP)J1(Zr)J1(Zs)|を抽出する。その後、適切な画像フィルタリング処理によってBpJ0(Zr)J0(Zs)及び BpJ1(Zr)J1(Zs)の空間的分布を得る。その際、直流成分 |A|と空間キャリア成分|cos(αP)|を|F(0)|及び|Ff)|から除去する。最終的に得られた BpJ0(Zr)J0(Zs) 及び BpJ1(Zr)J1(Zs) の比R01(Zs)= J0(Zr)J0(Zs)/ J1(Zr)J1(Zs)を計算し、R01 の測定値と理論値との比較から Zs 分布を推定する。この時、Zr は既知である必要がある。また、Zs は2.4rad 付近の前後で二つの値を取るので、R01 の符号から 2.4rad より小さいか大きいかを判定する必要がある。

また、Zs は2.4rad 付近の前後で二つの値を取るので、R01 の符号から 2.4rad より小さいか大きいかを判定する必要がある。

ま た 、 空間的な位相差分布 δf はtan-1[Im{Ff)}/Re{Ff)}] を計算することによって得られる。以上のように、フーリエ解析と画像処理によるフィルタリングで平面振動の周波数、位相、振幅分布を得ることが出来る。

実験では CCD のフレームレートに合わせて周波数差δf を任意に設定できるので、ピエゾ素子の動作可能な周波数範囲内であれば、原理的には、計測できる振動の周波数に制限が無い。また、未知の振動周波数で振動する物体も、観測された周波数差δf を測定することで推定可能である。

図3 実験系と光源のスペクトル

 

3.実験結果

3.1  en-face OCT 計測

実験系を図3に示す。光源として中心 840nm、帯域幅 160nm の SLD を用いた。ピエゾアクチュエータによってファブリペロー共振器の共振器長 d を操作した。また、スペクトルをスペクトルアナライザーによって随時観測し、スキャンした距離を周波数間隔の変化から見積もった。CCD カメラのフレームレートは 27.2Hz であった。

OCT 計測における測定分解能と測定精度を調べるために、厚さ 100 μm のガラス基板の計測を行った。図4にその結果を示す。測定分解能は約2.5 mm であった。またガラス板がなめらかであるという仮定の基に算出した表面反射位置の測定精度は標準偏差値で約 14 nm であった。

図4 ガラス板断層計測結果

次に、散乱体である生体試料における有用性を示すために、パラフィンで固定されたマウス腎臓細胞組織を測定試料として 3 次元 OCT 計測を行った。図5にその 3 次元ボリュームレンダリング結果を示す。I 及び II の層構造が確認できた。

図 5 3 次元 OCT ボリュームレンダリング

 

3.2  生体試料の full-field 振動計測

次に、WFHD 法の有効性を確認するために、図5で計測した測定試料のI(深さ 761 μm 付近) 及びⅡ(深さ 926  μm 付近)の領域で振動計測を行った。測定試料をパラフィンで固定した理由は、内部の層の振動に顕著な違いがないため、各層での振動分布計測結果の妥当性を容易に評価でき るからである。

実験では、測定試料の振動を再現するためプレパラートにピエゾ素子を取り付け振動させた。試料側の振動周波数を 1.000kHz に設定し、干渉板にもピエゾ素子を取り付け 1.0034kHz で振動を加えた。ピエゾ素子にはそれぞれ振幅 3V の正弦波状の電圧信号を印加した。CCD カメラによって 512 枚の干渉画像を収得しフーリエ解析を行った。

図 6(a)及び(b)に領域 I での|F(0)|と|Ff)|の空間分布を示す。また、(c)及び(d)に領域Ⅱでの|F(0)| と|Ff)|の空間分布を示す。画像処理によりバイアスと空間キャリア成分 cos(aP)が除去されていることが分かる。

図6 WFHD によって得られた|F(0)|と|Ff)|の空間分布

更に、領域 I 及び II の空間的な周波数、位相、振幅分布を図7に示す。領域 I、II の空間的変動の平均振動振幅はそれぞれ約 224 ± 1.2 及び 234± 1.3 nm(平均±標準偏差)であった。振動振幅の推定は、R01 を算出するための画像処理に基づいているため、周波数フィルタの特性に大きく影響される。従って、他のパラメータと比べ、振幅の推定値は比較的大きな誤差を含んでいる。この誤差は、試料がパラフィンで固定されたことを考慮すれば、上記の画像処理における計算誤差に起因すると考えられる。振幅推定値の精度を向上させるためには、今後、より高度な画像処理技術が必要とされる。

図7 振動計測結果、(a)、(b)及び(c)は、それぞれ領域Iにおける周波数、位相、及び、振幅の空間的な分布.また、(d)、(e)、及び(f)は、それぞれ領域IIにおける周波数、位相、及び振幅の空間的な分布を表す。

 

4.まとめ

本研究では、厚い散乱性の生体標本における内部表面の微小振動の可視化に向けた WFHD 技術を組み合わせた新しい en-face OCT システムを開発した。このシステムは、広帯域な多波長走査に より、高い軸方向分解能と共通経路の full-field 計 測を実現した。さらに、従来の SD-OCT 及びドッ プラーヘテロダイン法では困難なkHz オーダの周 波数で振動する内面の全視野の検出に成功した。OCT スキャンモードでは、ガラス板及び腎組織 の 3 次元計測を行い、軸方向分解能 2.5μm を得た。振動測定モードでは、WFHD 技術を採用することで 、1 kHz の周波数で振動する内部表面振動の様子 を、横方向に走査せずに再構築することができた 。本報告で述べた手法は、容易に高性能干渉顕微 鏡と組み合わせることができるため、心臓や蝸牛 などの生体内部振動計測へ向けた、新しい生体計測への応用が可能となる。