2000年[ 技術開発研究助成 ] 成果報告 : 年報第14号

共焦点型偏光顕微鏡の開発と生物細胞の偏光解析への応用

研究責任者

川田 善正

所属:静岡大学 工学部 機械工学科 助教授

概要

1.はじめに
偏光顕微鏡は、直線偏光の光で試料を照明し、試料の散乱などによる偏光状態の変化のみを入射した直線偏光の方向と直角を成す検光子により検出する。これまでの偏光顕微鏡は試料の微小な構造によって散乱された光の偏光面の回転を検出することにより、高感度に弱散乱体を観察する手法として、光弾性、磁気カー効果の検出などに用いられてきた。しかしながら、偏光顕微鏡を生物や生体などの観察に用いた例はほとんどなく、主に工業用の応用が多かった。これは、偏光顕微鏡において高分解能化のために、開口数(レンズの開き角。大きいほど分解能が高い)の大きい対物レンズを用いると、その対物レンズで光が集光される際、偏光面が回転し偏光が乱れる。偏光の乱れのため試料による偏光面の回転が全く無くても、検光子を通過し検出される成分が発生してしまう。そのため、数ミクロンの大きさの生物細胞の偏光特性の観察には適していなかった。本研究では、レーザー走査型の偏光顕微鏡に共焦点光学系を導入し高コントラスト、高分解能でかつ光軸方向の分解能を有する偏光顕微鏡の開発、及びその結像特性を解析することを目的として研究を行った。これまでの偏光顕微鏡において開口数の大きい対物レンズを用いると、その対物レンズによって偏光面が回転してしまう。しかし、偏光顕微鏡に共焦点光学系を導入すれば、検出器の直前のピンホールによって、対物レンズで偏光面が回転した成分を除去できる。そのため、試料の偏光特性を正確に測定することが出来る。また、開発した共焦点型偏光顕微鏡による生物細胞観察への応用を試みた。生物細胞を観察することで細胞内の屈折率分布、細胞壁の偏光特性などの3次元分布を観察した。本研究で開発したシステムを用いれば、蛍光の偏光観察においては、生物細胞にマーキングした蛍光分子の配向特性を測定することで、マーキングした部分の繊維の方向、表面状態などの情報を得ることも可能である。
2.共焦点型偏光顕微鏡の原理
図1(a)に対物レンズに入射した直線偏光が、レンズによって集光されることよって偏光面が回転することを示す。この偏光面の回転は、高い開口数の対物レンズで集光すると、より顕著になる[1]。図2(b)に点物体を結像したときの結像面での光の偏光成分を示す。この図では入射偏光は、y方向の直線偏光とした。対物レンズによる偏光面の回転のために、x偏光成分とz偏光成分が生じていることが分かる。偏光面が回転した成分は、検光子を通過できるために、偏光顕微鏡のコントラストを悪くし、試料による微小な偏光面の回転を検出することが困難になる。開口数0.9の対物レンズを使用した場合には、入射光の10%もの光が検光子を通過してしまい、画像のコントラストが著しく低下する。
共焦点光学系を偏光顕微鏡に導入すると、高コントラストの偏光顕微鏡を実現できる。共焦点光学系では、検出器の前にピンホールを配置し、集光スポットの中心のみ検出するので、ピンホールの大きさが十分小さければ、図1(b)のx成分、z成分をピンホールで除去可能である。
このため、共焦点偏光顕微鏡では、開口数の大きな対物レンズを用いたときでも、観察画像のコントラストが低下しない。また共焦点光学系を用いているため、高い光軸方向の分解能を実現できる。
図2にピンホールのサイズを変化させたときに検光子(λ略32加m)を通過するX成分およびy成分の強度を求めた結果を示す。横軸のピンホールサイズはそれぞれのNAでのエアリーディスクの半径で規格化している。その結果より、どの開口数においてもエアリーディスクの半径とピンホールの半径が等しくなるまでは、ピンホールの半径の増加とともに、ピンホールを通過する光の強度が強くなることがわかった。それより大きい半径では、ほぼ一定の強度となる。したがって、これまで共焦点顕微鏡ではピンホールサイズはエアリーディスク半径程度に選ぶのが最適とされていたが、共焦点型の偏光顕微鏡ではピンホールサイズをより小さくする必要がある。ピンホールサイズは実験で実現したいコントラストから図2を用いて決定する必要がある。
3.共焦点偏光顕微鏡の試作
図3に試作した共焦点型偏光顕微鏡の構成を示す。光源には、He-Neレーザーを使用した。レーザー光は、グラントムソンプリズムで直線偏光化し、対物レンズにより試料に集光する。試料からの散乱光は、同じ対物レンズを用いて平行光とし、入射側のグラントムソンプリズムの軸と直角をなすように置いたもう一つのグラントムソンプリズムで偏光面の回転した成分だけを取り出し、結像レンズにより結像する。そして、ピンホールを通過した光のみを光電子増倍管を用いて検出する。比較のために同時に通常の反射型共焦点顕微鏡でも観察できる構成とした。
用いたピンホールの直径は30μm、対物レンズの開口数は、0.65のものを使用した。この条件のとき、入射光の約3%がピンホールを通過し検出される。
図4(a)に開発した共焦点型偏光顕微鏡を用いてポリスチレンラッテクス球を観察した結果を示す。ポリスチレンラテックス球のエッジ部分で偏光面が回転し、大きな出力が得られていることが分かる。しかし、二つのグラントムソンプリズムの軸の方向では、偏光面は回転しないことがわかる。
図4(b)はエッジ部分の断面であり、図4(c)は同じ部分を通常の偏光顕微鏡を用いて観察した結果である。図4(b)と図4(c)を比較すると、共焦点型の偏光顕微鏡では、バイアス成分がほとんどなく、コントラストが高いことが分かる。通常の偏光顕微鏡では、対物レンズによって偏光面が回転した成分によって、観察画像のコントラストが著しく低下している。共焦点顕微鏡の特徴は、高い光軸方向の分解能を有することである。これはデフォーカス位置からの散乱光を検出器直前のピンホールでカットするからである。したがって、共焦点型の偏光顕微鏡においても光軸方向の分解能を有することが期待できる。
図5に共焦点偏光顕微鏡の光軸方向の分解能を調べた結果を示す。試料には直径25μmのポリスチレンラッテクス球を用いた。そして、3次元ステージを光軸方向に3μmずつ動かし観察した。それぞれの焦点面におけるポリスチレンラッテクス球の断面のエッジ部分が検出された。これより、共焦点型偏光顕微鏡が試料の3次元偏光解析に有効であることが確認できた。
4.生物試料の観察
生物試料の観察への応用として、昆虫の複眼を観察した。図6に観察結果を示す。個眼(複眼を構成する一つ一つの眼)一つ一つのエッジを検出することができた。また(a)から(c)に光軸方向に試料を走査することにより、検出されるエッジ部分の形状が異なり、この結果から複眼の形状および3次元偏光特性を解析することができる。
5.まとめ
従来の偏光顕微鏡に共焦点光学系を導入することで、高コントラストの観察像が得られた。また、光軸方向の分解能を有するため三次元偏光解析に非常に有効であることが分った。ピンホールのサイズは必要なコントラストにより、対物レンズの開口数と試料とから選択しなければならない。また、共焦点型偏光顕微鏡は光磁気メモリ、偏光多重メモリ、三次元メモリのピックアップ光学系として応用が可能であり、高いS/Nで読み出すことができる。今後の課題としては、共焦点偏光顕微鏡の結像特性を解析することが必要である。図4(a)の観察結果のように、球状のものを観察した場合でも、エッジ部分が4つに割れたような観察像が得られ、結像特性が複雑である。また、これらの結像特性の解析結果から、実際の試料における偏光特性を解析する手法を開発することが必要である。