1999年[ 技術開発研究助成 ] 成果報告 : 年報第13号

全血試料および毛細管内細胞電気泳動法を用いた血液型およびクロスマッチ判定

研究責任者

津田 孝雄

所属:名古屋工業大学 工学部 応用化学科 教授

共同研究者

野崎 修

所属:近畿大学 医学部 臨床病理学教室 講師

共同研究者

河本 裕子

所属:鳥取大学医療技術短期大学部  助教授

共同研究者

北川 慎也

所属:名古屋工業大学 工学部 応用化学科

概要

1緒言
血液型判定及び血液型クロスマッチの検査は,臨床でしばしば緊迫した場面(重篤な場面,夜間や休日の非日常体制時)で必要となり,迅速な報告が求められる。現在広く用いられている試験管法の問題点は,煩雑で時間がかかる検査操作であること,弱い血球凝集のさいに判定が困難なことがある,検査を行うには熟練が必要である,などがあげられよう。又,凝集反応検査の前に血漿と血球との分離が必要で,血球は生理食塩水洗浄後に使用している。血液型の検査を迅速化や自動化する試みには次の方法があげられよう。N.Tatsumiら2〕は自動血球計数装置を用いて抗原抗体反応後の血球の凝集を血球のサイズ分布から判定している。すなわち,凝集した血球は2個又は数個のサイズとして認識され,これらの集団による新たなピークが生じる。吉田ら31はMicro Typing Systemゲル遠心法による輸血検査を報告している。このMicro Typing Systemゲル遠心法2}31は球状アクリルアミド・デキストリンゲル,緩衝溶液,試薬を含んだ小細管を用いて,通常小細管の上部に血球と血清を滴下し一定時間反応させた後に遠心すると,凝集血球はゲルの上部に,非凝集血球はゲルの下部にたまることを利用している。同様な手法としてカラム凝集法(Column Agglutination Technology:CAT)があるa15)。CAT法ではゲルの代わりにガラスビーズを用いている。これらの方法において実際にゲルやガラスビーズ上に供する血液を含んだ溶液量は100-40マイクロリットル程度である。血液型判定装置の開発の方向は,確実・迅速でかつできる限りの微量血液での測定が可能になることであろう。本報告では血液の前処理を行わずに全血をそのまま試料とし,nLレベルの血液を用いて,赤血球一個一個の反応を観察し,血液型の判定ができるシステムを提案する。
2理論
2・1全血試料中の赤血球と血漿成分の電場による分離
細胞が溶融石英キャピラリー管中で電気浸透流の流れ(陰極に向かう)に逆らって陽極側へ移動していく現象を神経芽細胞において観察している61。赤血球細胞の表面は強く負の電荷を帯びているので,赤血球の電場下での移動速度が十分に早い。そのため,全血試料を細管中に導入し,ついで直流電圧を細管の管軸方向に印加すると,血球成分と血漿成分に自動的に分離される。すなわち血球成分は表面荷電が負であるので陽極へ向かって移動し管中より溶出するが,一方血漿成分(主成分であるタンパク質など)の電気移動度は溶媒が中性領域においては浸透流に比べてその絶対値が小さいので電気浸透流によって運ばれていく。電気浸透流の大きさは溶融石英管の内壁の状態に依存するが,内壁の性質を大きく変えなければ上記の実験状態を作り出すのは困難ではない。すなわち,電場を印加した溶融石英管中において,全血試料から血球成分と血漿成分を分離することが出来る。
2・2血液型抗原と抗体のキャピラリー管内凝集反応とその検出
キャピラリー管中に赤血球を注入し,キャピラリー管の両端をゲルで封印した後陽極側の溶媒だめに血液型抗体を導入する。ついで直流電圧をキャピラリー管に印加すると赤血球と血液型抗体は管中で交叉する。血液型抗原と抗体が合致すれば,赤血球表面に血液型抗体(二価抗体)が付着する。感作血球は互いに接触して凝集する。この凝集を顕微鏡で観察できれば血液型の判定が出来る。
2・3凝集の判定
凝集とは単一赤血球がそれぞれ会合して一体となったことをもって凝集とする。
3実験
3・1ミクロ観察判定装置
nLレベルの血液を用い,箇々の赤血球の反応を観察・判定するためにシステムを組んだ。本システムは顕微鏡(POH光学顕微鏡,ニコン,東京),自製したスライドガラス上に設置できる短小なキャピラリー管を用いた交叉電気泳動システム,直流電源装置(±36.5V,PLD-36-1.2,松定プレシジョン,草津),CCDカメラ(CCD-S-1,島津理科,京都),ビデオ(HF-F92,三菱,東京),ビデオタイマー(最小単位10ミリ秒,VTG-33型,ForA,東京)よりなる。短小なキャピラリー管を用いた電気泳動システムは,白金電極を設置した溶媒だめ(2個,1.0mlポリエチレンバイアルのキャップをそのまま使用した,溶媒量300μ1),キャピラリー管{内径50μm,溶融石英キャピラリー管,被覆付き,ジーエルサイエンス,東京より供給)を長さ約10mmにカットして使用}よりなり,これらをスライドガラス上に設置した。Fig。1に概念図,Fig.2に用いたキャピラリー管と溶媒だめの写真を示した。血液はキャピラリー管に導入し,電場下で泳動させまた反応をさせる。本システムによりキャピラリー管中に導入した個々の赤血球の凝集反応,試薬による変化を追跡する。
3・2試薬の調整
コントロール血清(Dada●Moni-Trol●1・X, DadeInternationalInc., Miami, FL 33152-0672USA):生理食塩水(大塚製薬,東京):0.7mM Na2SO4水溶液(和光,京都)の三液を(1:2:1)に混合した溶液て,全血を50倍程度に希釈し試料溶液を調整する(この希釈に用いる溶液を以下混合溶液Aと記述する)。コントロールIbi清の混合により赤血球のキャピラリー管への吸着が押さえられた。抗A,BI血液型判定用抗体(イムコア抗A,Bモノクロ,三光純薬,東京)を用い,抗体試薬は混合溶液A(混合比率約1:4)で希釈した。アガロースケル(アガロースM,ファマシア,東京)を生理食塩水で溶かし1%アガロースゲルを調整した。
3・3実験手順
内径50um,長さ約10mmの短い溶融石英キャピラリー管に,試料溶液(血球を含む)を毛管現象で満たす。試料をキャピラリーに満たした後(このときキャピラリー管中のすへての場所に赤血球が存在する),その両端を,1%アガロースゲルで封印する。スライドガラス上に固定した溶媒だめ間に,試料を満たしたキャピラリー管を設置する。このとき,陰極側の溶媒だめには混合溶液Aをみたし,陽極側の溶媒だめには血液型判定用抗体を含む試薬(抗Aモノクロ,又は,抗Bモノクロ)を混合溶液Aで希釈した溶液を満たす。ついで電圧,20-30V,を印加する。キャピラリー管内の赤血球はその負電荷により陽極へと泳動する。又,血液型抗体を含む溶液は電気浸透流により陰極のほうへ向かう。これらの交叉により抗体と血球表面の抗原の型が合致すれば,血球は感作されその後凝集する。この凝集の有無を顕微鏡下で観察する。同時にビデオ記録する。
4結果
溶融石英キャピラリー管(直径50μm)の内容積は管長が10mmのとき19.6nlである。このキャピラリー管中の状態をモニターのCRT上で約1000倍の倍率で観察するので,一個の赤血球は約5-7mmの大きさで観察される。本実験では非常に希釈な血液溶液を使用しているので,管中では箇々の赤血球が観察できる。赤血球はこの管内において管長に対しての断面方向で数個並ぶことが出来る。顕微鏡観察においては平面の観察であるので重なった場合観察できないが,溶液が希釈であるためこのようなことはあまり生じなかった。
4・1全血中の血球と血漿の自動分離
全血を混合溶液Aで希釈しこれを短小なキャピラリー管に注入し,ついでアガロースで両端を封印する。アガロースゲルによる封入はキャピラリー管中の圧力差流を防止するために行った。又溶媒だめに入れた抗体試薬はこのアガロースゲルの内部を通過してキャピラリー管中へ自由に導入できた。このキャピラリー管をミクロ電気泳動装置に設胃して電圧を印加すると,管中の赤血球は陽極に向かって泳動するのが観察された。又抗体試薬(抗A又は抗B)を陽極側の溶媒だめに入れて電圧を印加すると,それぞれ対応した」血球ではいずれも抗原抗体反応に基づいた凝集か認められた。これらの事実より試料の全血中の血漿に含まれる二価抗体は陰極側に溶出している。すなわち血球と血漿(主として血液型抗体)の自動分離かキャビラリー管中で出来る。
4・2抗原・抗体反応に基づく感作血球の凝集による血液型の判別
血液(血球)にA型血球を用い,試薬にA型抗体を用いたときは凝集する。これをFig.3,Fig.4に示した。Fig.3は希釈した全血をミクロキャピラリー交叉電気泳動管に導入し,ついで電圧を印加した直後の赤血球の状態を示している。すなわちまだ抗体に交叉していないので,ブランクの泳動図である。Fig.4には陽極側の溶媒だめに入れたA型抗体が電圧の印加に伴いキャピラリー管に導入され,A型血球と交叉し,これにより凝集が生じている状態が示されている。A型抗体は二価抗体であるので,血球間の凝集が生じる。A型血球がB抗体と交叉しても凝集は生じなかった。このようにして赤血球に関してA,B,AB,0型の判別がナノリットルの全血試料で可能なことが分かった。又操作時間は約5分で測定できた。
5考察
5・1ミクロキャピラリー交叉電気泳動装置を用いての血液型判定
提案した方法による血液型判定は,表試験において成立した。同様に裏試験においても予備試験結果では成立している。実際に適用するには,全血クロスマッチの表,裏両試験の成立が必要である。原理的にこれらは問題なく適用可能である。
5・2凝集の判定について
提案した方法のシステム面での問題点は凝集の判定にある。Fig.4に示したのは判定しやすい例であるが,検体により凝集の弱い場合における判定が確実にできるかがもっとも大切なことである。又非特異的凝集がブランクで認められる場合にその後の交叉反応によって生じた凝集の区別が必要である。これらの点について,現在は目視により判定しているが,コンピューターを用いた画像処理を行えば更に確実性が高まるであろう。凝集の判定について,もう一つの可能性は赤血球のブラウン運動を利用することである。顕微鏡観察により,箇々の赤血球はブラウン運動をしていることが認められた。凝集した場合には凝集体としてのブラウン運動を行うので,凝集体かそれとも単なる重なりかの判定にこのブラウン運動の動きを利用すれば有効な方法となろう。
本実験においてはすべて手作業で行った。これは将来自動化するのが適当であろう。操作時間は5分と非常に短時間である。20n1の極微量全血試料を用いての抗原抗体反応による血液型判定方法が可能になったのは,キャピラリー管の使用による安定なミクロ場の利用による。
6結論
短い溶融石英キャピラリー管(内径50μm,長さ10mm)中に全血を入れて電場(20-30V)を印加すると,血球成分と血漿成分に分離できる。分離された血球成分に赤血球抗体試薬を向流により会合させると,抗原抗体反応が生じない場合には血球成分の凝集は認められず,抗原抗体反応が生じると血球の凝集が認められる。これにより血液型の判定ができた。これらの観察は顕微鏡下で行われるので凝集のレベルは数個の血球集団が生じるかによって判定出来た。検査に供された希釈された全血を含む溶液は約20ナノリットルの極微量であり,操作時間は約5分で,顕微鏡での観察はCCDカメラ,ビデオ記録を併用した。本法は迅速,極微量の全血を用いる新たな血液型判定法として用いることが出来る。