1999年[ 技術開発研究助成 ] 成果報告 : 年報第13号

全血のアドミッタンス計測による赤血球凝集(連銭形成)計の試作

研究責任者

入交 昭彦

所属:高知医科大学 生理学講座 教授

共同研究者

V.Raicu

所属:高知医科大学 医学部 医学科 助手

共同研究者

張 冬梅

所属:高知医科大学 外国人研究者

共同研究者

西原 利治

所属:高知医科大学附属病院 講師

概要

1.はじめに
赤血球沈降速度(赤沈)は,有病状態の最もポピュラーな一般検査法であり,日常診療の現場で広く利用されている。しかし,この検査は,感染の危険性・人手不足・所要時間などの理由により,病院の中央検査部では扱わないことが多く,止むをえず各科個別に実施しているのが現状である。また,「赤沈」の実際を見ると,かなり多くの検体で血漿層と沈降層の境界がぼやけることがあり,読み取り精度にも疑問が残る。さらに,赤沈値を決める要因が複雑,例えば単なる貧血でも「赤沈」充進を来すため,その非特異性にも問題が多い。しかし,導入以来80年という長い歴史の蓄積と手技の簡便性の故に,臨床医にとっては捨て難い検査の一つとなっている。赤沈の基礎には連銭形成現象がある。最近われわれは「血液の低周波誘電率(ε)が全血中での連銭形成の強弱をよく反映する」ことを見出したD。ヒトの全血では:①流動中の赤血球は凝集せず,そのヘマトクリット値に固有のε(~3000)を示す②流動停止後の全血中では連銭形成が進行し,その強弱はεの増分に反映されるこれが本研究の着想に至った背景である。連銭形成のモニターとしては,これまで光学的手法(光散乱や反射)が知られている。しかしながら,いずれも希釈血液(Hct<5%)でなければ意味のある結果をえられず,全血(Hct・30~60%)には適用できない。事情は,顕微鏡による形態計測においても同様であり,さらにこの場合には,データ収録から統計処理に膨大な労力と時間を要する。そのため,全血を対象とする連銭形成のモニタリングは,いまだに実用化されていない。誘電計測の得意とする対象はむしろ濃厚懸濁系である。血液用の簡便な測定法が開発できれば,"希釈操作不要"および"所要時間短縮"の両面において格段に優れた方法となりうる。赤沈現象の基礎にある「連銭形成」という要因のみを"迅速"しかも"特異的"に検出できれば,外来でのスクリーニングや治療効果の判定に際してたいへん有用であろう。本研究では,採血直後の全血(約2ml)の"誘電率"を連銭形成の指標とすることにより現象の単純化をはかり,連銭形成能以外の多くの要因が絡む古典的「赤沈」法に替わりうる,迅速(5分以内)かつ高分解能(精度5%)の,自動化可能な新しい検査法の確立を目指して,その基礎的諸問題を検討する。
2.血液の誘電特性2)3)4)
赤血球ゴーストは"膜"と裏打ちタンパクのみの単純な構造をもつから,すでに確立されている"球形shell"誘電体モデルの好例である。ところが,正常赤血球(discocyte)は両面のくぼんだ円盤(biconcave disc)なので,近似的には"扁平楕円体shell"モデルに基づく理論計算に頼らざるをえない。このようにして,単分散(連銭形成のない)赤血球懸濁液の誘電率(ε)を評価することができる。Hct45%では~3000となる。細胞の体積分率(Hct値)は不変であるのに,連銭形成の進行につれて,何故εが著増するのか?その理由は"扁長楕円体shel1"モデルの理論的検討を通して明らかになりつつある。形態計測(図1左)から得られる連銭の平均長と低周波ε値との間には有意の相関が認められる(投稿準備中)。
3.血液誘電率の測定系の構築と性能テスト
3.1Parallel-plate-capacitor-type cell
直径8mm,間隔6mmのPtdisc電極つきセル(容量0.3ml)を用いて測定したヒト全血の誘電率(ε)と導電率(x)の周波数依存性を図2に示す。流動中および静止後のいずれにおいても,典型的な"誘電分散"一周波数とともにεとxが変わる現象一が見られる。低周波(50~100kHz)域でのεが流動停止後2倍以上に増大していることが判る。
3.2.Parallel-ring-typerotary cell
(図3)同一試料の誘電特性を異なる流動条件下で測るため,平行円環型回転セルを考案した。円環の内外径は24mm/32mm,電極間隔5.8mm,試料量(全充填)は約2mlである。充k:時に0.2mlの気泡を残すと,円環状の液体試料はセル最上部で離断される。比較的高粘度の全血試料であっても,50rpm以下の遅い回転では,気泡は分散せず一塊となって浮上しようとする。その結果,セル内に試料の"流れ"が生じる。流路は円環であり,しかもその断面は矩形だから,"層流"はもちろん期待できず,shear rateは複雑なものとなる。生理食塩水(1.8ml)を充填し,セルの回転数を変えながらεとXの周波数依存性を記録したのが図4である。このように縦軸を拡大すると,導電率xのトレースには回転に伴う周期的変動がみられたが,243rpmの高速回転においても,その変動幅は静止時の2%以内であった。低周波側に向けての誘電率εの急峻な上昇は電極分極によるアーチファクトである。しかし,このアーチファクトは,生理食塩水という高電導性試料のため10MHz域においても依然として残存し,εの高値(~200)をもたらす原因となっている。セルの回転につれて気泡は絶えず移動する。その影響を見るために,2倍希釈生理食塩水を全量もしくは1.8ml充唄し,回転数依存性を記録した(図5)。気泡存在下では,明らかに導電率のトレースがnoisyになったが,誘電率に対してはさほど違いのないことがわかった。
4.全血を用いた測定例
男性被験者2名(H.1.22歳,A.1.63歳)の肘静脈から採取したヘパリン加全血(Hct・44%)を試料(気泡0.2mlを含む)とし,セルの回転数を変えながら,εとκの周波数依存性を順次記録した(図6)。これらのパターンは,通常の平行平板型セルで観測されたもの(図2)と同様の典型的な血液の誘電分散を示す。回転(=試料の流動)の加速につれて,低周波(20~300kHz)域の誘電率(対数目盛り)は大幅に低下した。いっぽう導電率(直線目盛り)のほうは,その低下幅がはるかに小さく,単純な塩溶液の場合と大差なかった。
図6の結果から,低周波のεレベルとしては50kHzでの値を選べばよいことが判ったので,その回転数依存性を調べた(図7,図8)。2検体ともに,E50kH,は回転数の増大により低下し,106rpm(H)でほぼ一定値2600~2700に落着いた。最低速回転時(L)のεレベルは,最高速時(H)よりも確かに高いが,瞬時停止5分後のレベル6000~7000に較べると,半分以下であった。導電率χ50kHz、のトレース(図9)は,回転に伴うノイズに隠されて不明瞭ではあるものの,同様の段階的変化を示した。しかし,回転停止後の時間的変化はε50kHzのそれに較べて格段に弱かった。
5.考察
本研究の眼目は次の2点にある。すなわち,(1)回転式セル(図3)を考案し,少量の検体を密閉したままで流動ストレスを可変にしたこと,(2)"流動ストレス(回転数)"の関数として全血の誘電率を表現できたこと(図7&8)。瞬時停止後のε50kH,の成長曲線はdouble-exponentia1関数で近似できるが1),これと連銭形成能との関係および詳細なメカニズムについては,目下検討中である。図7と8に示した2検体の「赤沈」値は:HIでは,30分値2mm,1時間値6mm,2時間値20mmであり,AIでは,30分値3mm,1時間値15mm,2時間値54mmであった。いっぽう図7と8を比較すると,最低速回転(L:12rpm)時の誘電率は明らかにHI6.まとめ
全血検体中での細胞凝集,とりわけ「連銭形成」の強弱をモニターするためには,低周波域でのε値がよい指標となることを確認した,今後さらに研究が進めば,従来の「赤沈法」に替わる,あるいはより分解能の高い,検査法へ向けての発展が期待される。臨床現場での実用化にあったっては,手技の簡便性・迅速性に加えて,機器の小型化が必須の要件となろう。いずれも近い将来実現するものと考えている。