1987年[ 技術開発研究助成 ] 成果報告 : 年報第01号

光IC技術を用いたファイバ血流速度計測システムの小型化に関する研究

研究責任者

西原 浩

所属:大阪大学 工学部 電子工学科 教授

共同研究者

春名 正光

所属:大阪大学 工学部 電子工学科 講師

概要

1.まえがき
光ファイバーは直径わずか1mm以下で可撓性に富んでいるので,これをカテーテル部に用いると容易にレーザ光を血管内に導くことができる。筆者は先に,レーザドップラ速度計測法(Laser Doppler Velocimetry: LDV)に基づいて高精度・高分解能で血流速度計測が行える光ファイバ血流速度計測システム(図1)を開発した。本システムは現在医学研究者によって実際に使用されている。しかし,本システムの光学系は約30cm角の定盤上にバルク光学部品を組み合わせて構成されているので,かなりの容積を占め,かつ部品問の光学的アライメントを必要とする。これに対して,この光学系を薄膜導波技術を用いて集積化すれば,システム全体を小型・安定化することができる。本研究では,血流速度測定を目的として新しいファイバLDV用光集積回路(光ⅡC)の設計・試作を行い,20dB以上のS/N比で速度検出が行えることを実証した。
2.ファイバ付LDV用光ICの構成
試作した光ICの構成を図2に示す。基板は電気光学効果をもつ強誘電体ニオブ酸リチウム(LiNbO3)単結晶である。この基板上に,光周波数シフタ,モード変換器,モードスプリッタなどの光学素子を含む干渉光学系が集積化されている。光の導波路は幅3μmのTiをストライフ゜状に熱拡散して作製され,伝搬損失は>0.5dB/cmである。この光ICでは,図1のブラッグセルが導波形周波数シフタに,ビームスプリッタがY分岐導波路に対応する。図2の構成では,効率良く速度検出が行えるように,プローブとして偏波保存ファイバが用いられており,このために光の偏光を制御するモード変換素子,モードスプリッタが必要となる。すなわち,図1よりもさらに複雑な機能を持つ干渉光学系がわずか32×5mm2の大きさの基板上に集積化されている。
3.主要導波形素子の特性
(a)周波数シフタ:被測定物の移動方向を識別するために,参照光にfRなる周波数シフトを与える必要がある。図2の光IC中の周波数シフタはセロダイン形単一側帯波発生素子で,電極には適当な振幅を持つ鋸波状電圧が印加される。光の周波数シフト量はこの鋸波状電圧の繰り返し周波数に一致する。実験では,長さ20mmの電極をもつ素子でfR〈1MHz,不要サイドバンド抑圧比30dBが得られている。
(b)モード変換素子:波長板に対応する導波形素子がTE/TMモード変換素子である。プレーナ3電極を装荷した素子を作製し,電極長10mm,駆動電圧5.4Vで,変換効率98%を得た。
(c)モードスプリッタ:これは偏光ビームスプリッタに対応する光学素fであり,完全結合長に等しい長さをもつ方向性結合器の一方の導波路に金属を装荷したものである。実験では,モードスプリッティング比>10dB,挿入損失1.5dBが得られているがなお特性の改善を行う必要があり,検討中である。
4.光ICのパターニング・作製
図2に示すような幅3μmの導波路を,0.2,um以下の精度で基板上にパターニングするために,新たに,レーザビーム直接描画装置を試作した。これは,〈0.2μmの位置決め精度をもつ超精密X-Y微動ステージ,光変調器,He‐Cdレーザを組み合わせて構成されており,ホストコンピュータに人力されたデータに従って,自動的に所望の導波路を0.2μm以下の精度でかつ50×50mm2以上の面積に渡ってパターニングすることができる。この装置を用いて,図2の光Icをパターニングし,Ti膜のリフトオフ,熱拡散をして導波路を作製した。その後,フォトリソグラフィ法により,アルミ膜のプレーナ電極を所定の位置に装荷して各導波形素子を作製した。また,幅3μmの単一モード導波路と偏波保存光ファイバの接続に端面ブロック装荷法を用い,両者の結合効率>70%を得ている。
5.速度検出特性
移動鏡の速度検出を行って,試作した光ICの特性を評価した。光源には0.633μmの直線偏光He-Neレーザを用い,入力端面より,TE導波モードを励起した。光ファイバからの出射光をλ/4板を通して移動鏡面上に集光した。光ICからの出射光をAPDで検出し,その周波数スペクトルをスペクトラムアナライザで観測した。結果の一例を図3に示す。参照光の周波数シフトfR=350KHzを中心として,移動鏡が近付いたときはfR - fs(図3a),遠ざかるときには,fR + fs(図3b)のスペクトルが観測できる。このときのS/N比は>20dBである。
6.まとめ
以上,試作したファイバLDV用光ICを用いて十分なS/N比で速度検出を行うことができた。これらの研究成果は昭和61年電子通信学会全国大会などで発表され,世界に先駆けてファイバLDVの信号処理光学系を集積化した点が高く評価され,関連研究者の注目を集めている。また,ここで述べた成果は,光ファイバセンサ国際会議(昭和61年10月,東京)で発表し高い評価を受けた。
このように,筆者の研究室で試作したファイバLDV用光ICは,その基礎的特性評価の段階を終え,実用化へ向けての光ICの特性改善,実際の血流速度計測への応用の段階に入っているといえる。今後,ファイバーカテーテル部の設計,光ICの実装を含めて,ファイバ血流速度計測システムの小型化の研究を継続して行っていく予定である。
なお,研究成果の詳細は,下記の発表論文をご参照頂きたい。